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第46話 サビオの森

 亜熱帯樹林地帯であるサビオの森の探索、いや見物目的の散策か。その俺たち一行が向こう岸へとまずは簡易な造りの吊り橋を渡った。


 ひとりずつということで、案内人のサンチョさんに続いて一番手はリーアさん、次にエステルちゃんと、すすすっと渡って行く。

 まあ、幼少期からあらゆる訓練をこなしているファータの者にとっては、不安定な吊り橋と言えどいかほどのことも無い。


 続いてはヒセラさんとマレナさん。彼女らがこの吊り橋を渡るのは、数年前に此処を訪れたとき以来ということだけど、ゆっくりと慎重にふたりが続いて渡って行った。


「じゃ、次はオネルちゃんねー」

「行きますよ」


 何故だか渡る順番をライナさんが仕切っている。

 ちなみにクロウちゃんは、エステルちゃんが渡るのに合わせて、早く行こうよという感じでもう飛んで行っちゃいました。

 まあ何かを競う競技では無いので特に見守る必要は無いのだが、ひとりずつだからね。


 オネルさんはさすがの剣士の体幹というか、吊り橋を大きく揺らすことも無く安定した足取りで渡った。


「次はジェルちゃん」

「お、ああ、わたしか」

「川に落ちたら、ザカリーさま、頼むわよー」

「落ちるかっ」


 ジェルさんは意を決したように吊り橋に足を掛け、って、意を決するほどのものでも無いと思うけどね。


「踏み出しは軽くよー。手摺のロープは強く握らないのー」

「煩いっ」


 一瞬、目を瞑り、精神を統一した彼女は、って精神を統一するほどのものでも無いのだけど、言われたようにやたら強く踏み込まず、両脇のロープに軽く手を掛けながら、ゆっくりゆっくり渡って行った。

 ふー、見ていても手に汗を握りますなぁ、って、手に汗を握るほどのものでも無いのですが。


「やれやれ。じゃあ、わたしも行くわよー。その次はカリちゃんで、あとはケリュさまとザカリーさまも適当に渡ってー」

「らじゃー」


 そう言ってライナさんがその辺を歩くみたいに、スタスタ渡って行った。

 どうこう言って、少女時代にアラストル大森林を活動の場とした冒険者だった彼女は、わりと身軽なんだよね。“格闘好き魔導士”として体術も優れている。



「そしたら、わたし行きますよ」

「普通に渡ってね、カリちゃん」

「いつも普通ですよぉ」


 そう言った彼女だが、あれ、絶対に重力魔法を遣ってるよな。

 だって、足を動かして歩いているようには見えるけど、吊り橋は彼女の体重で撓みもしなければ少しの揺れもせず、すすすっと移動して行く。

 まあドラゴン的には、重力魔法での移動の方が普通と言えば普通なのですけどね。


「では、我も行くか」と言って残ったケリュさんが吊り橋に近づいた。


「変な技とかいらないですからね」

「変な技とはなんだ。ザックこそ最後だからって、自重しろよ」

「へい」


 ケリュさんもたぶん重力魔法的なもので、ツゥーと前進して行った。

 あー、いちおう足はカタチばかり動かしているか。でもあれって、ほとんど同じ姿勢で、そのまま前方に移動してるよな。もう吊り橋とか、あっても無くてもぜんぜん関係ありません。


 と言うことで、俺以外は全員渡り終えました。

 念のためひとりずつというサンチョさんからの指示だったので、向こう岸に行くだけでわりと時間を掛けてしまいましたね。

 なので、俺もさっさと渡りましょうか。


「ザックさまはもう。ここでそれ使わなくても」

「動いたと思ったら、既にこちらに来ているとか」

「それって、噂の得意技ですか?」


 あー、つい時間の無駄だと思って縮地もどきで渡っちゃいました。

 ああいう不安定な足場での縮地とかは、前世では良く鍛錬したもので。カァ。


「サンチョさん、全員渡り終えました。さあ行きましょう」

「お、あ、はい。いろいろと言いたい……ところだが、行きましょうかの」


 さあ、気分を改めて進みましょう。サビオの森の中へ。




 亜熱帯樹林と言ったけど、おそらくはそうだろうというところだ。

 この世界のこの時代の学問的には、自分たちが生きる自然界の全体像を正しく捉えてはいない。

 良く話題に出る古代文明時代には、どうだったか分からないけどね。


 なので、セルティア王立学院で学んだ限りでも、俺たちの暮らすニンフル大陸のカタチも北方山脈を越えて東へ行けば行くほど曖昧になり、また北方帝国の北方向も然り。


 南方向はミラジェス王国から商業国連合、その南のメリディオ海と、セルティア王国と交流のある国々や地理はだいたい把握されているものの、緯度経度といったものやらどこが赤道なのかなど正確には理解されている訳では無い。


 俺が生きていた前世の世界では大航海時代、発見の時代でもあったが、この世界ではまだまだだよね。

 その点では、かつてニンフル大陸の東の果て、世界樹の聳える地まであっと言う間に旅した俺とエステルちゃんは、セルティア王国の人間としては類い稀な発見者なのかも知れないけどね。


 まあそれは良いとして、俺とクロウちゃんの考察では、此処セバリオの地やいま居るサビオの森は、太陽の方向や高さ体感的な温度などから想定すると、完全な熱帯地域では無く亜熱帯ぐらいではというところ。


 クロウちゃんによると、前世の世界でも亜熱帯という定義はそれほど厳密のものではなく、言ってしまえば熱帯に次いで気温の高い地域というもの。

 一般的には北回帰線または南回帰線付近の、北緯あるいは南緯20度から30度辺りの地域を指す場合が多いとのことだ。


 尤もこの世界のこの星は、前世の地球よりも若干大きい気がするし、赤道の位置もはっきりしていないので、いま居るこの場所が北緯何度ぐらいなのかは分からないのだけどね。

 その辺のことは、ケリュさんとか世界を旅する風の精霊のシルフェ様なら知っているのかな。



 さて出発ということで、サンチョさんが先導して樹林の中に足を踏み入れる。

 どうやら獣道らしき道筋はあるのだが、サンチョさん自身もそう頻繁にはこの森に足を踏み入れることが無いとかで、人の足で踏み固められたルートと言うにはいささか覚束ない。

 ここはやはり、案内人に大人しく従うしかありませんね。


 そして一歩この森に入ってしまえば、周囲はまさしくジャングルと言って差し支えないだろう。

 種々様々な低木と高木が折り重なりツル植物がそこかしこに垂れ下がって、森を分け入って行く者を阻んでいるようだ。


 エステルちゃんとリーアさん、そして俺は、自然にファータの腰鉈こしなたを手にした。


「ほほう、それは?」

「わたしの里で良く使う腰鉈こしなたです」

「そいつがファータの腰鉈こしなたか。話には聞いたことがある」


 先頭を行くサンチョさんと、それから並んで進むリーアさんがそんな言葉を交わしている。


「僕たちの知っている森とは、だいぶ雰囲気が違うよね」

「ほんとに。アラストル大森林とも、里の周りの森とも、ぜんぜん違いますね」

「カァ」


 俺はそのサンチョさんとリーアさんの後ろで、エステルちゃんと並んで進んでいる。クロウちゃんは久し振りに俺の頭の上だ。

 キミは飛ばないの? カァカァ。ああ、なるほど。樹林が濃くて飛びにくそうなのね。それに木々の上まで出てしまうと、俺たちを視認出来なさそうなのか。


「ザカリーさまは珍しく、木の上に上がろうとせんな」

「森に入ったら直ぐに高いところに行きたがるのに、珍しいですよね」

「暑いしジメジメしてるからじゃないー」


 最後尾を行くお姉さんたちの声は聞こえてます。

 暑いからとかじゃなくて、初めての亜熱帯樹林だし植生が濃過ぎて木の上じゃ進みにくそうだからですよ。

 探査や空間把握の能力を発動させながらなら、地上を行く皆と逸れずに移動出来ると思うけど、まあ今日は知らない森を見物がてらの散策だからさ。




 まだ特にこの地ならではの動物とは遭遇していないが、耳を澄ませば複数の鳥の鳴き声らしき賑やかで甲高い声や、かなり遠くからは猿らしき動物が呼び合うような音も聞こえて来る。

 ずいぶん以前に、クリストフェルさんやニックさんたち冒険者のふたつのパーティと、アラストル大森林の奥地を初めて探索したときのことを思い出すよな。


 サンチョさんに従って暫く進んで行くと、少し見通しの開けた場所に出た。

 水場ですかね。池と言うよりは大きな沼といった感じだ。


「サビオ川の上流から何本も支流が分かれて水が流れ込んで、あちらこちらでこういった水場を作っておるのですな」

「なるほどですね。水場だと、動物なんかも来ますか?」

「ああ、ほれ、あちらをご覧なされ」


 森の中のどこもかしこも地面は草や低木などの植物が茂っていて、それがそのまま水に覆われた沼に続いている。なので、この水場の全体像が分かりにくいのだけど、かなり広いみたいだね。

 サンチョさんが指差したのはその広い沼地の対岸方向。


「なになに、あの生き物。でっかいわよねー」

「トカゲ、じゃないですよね」

「カァカァ」

「え? なんだクロウちゃん。ワ、二?」


「クロコディーロですよね」

「久し振りに見ました」

「ヒセラ嬢ちゃんとマレナ嬢ちゃんは、ここまでは来たことがあったかの」


 クロコディーロ……クロコダイル、つまり思わずクロウちゃんが言ったようにワニだ。

 俺も生で見たのは、前々世の動物園とかでぐらいじゃないかな。こういった自然の中での姿は映像でしか見たことが無い。

 しかし、あんなにデカかったっけ?


 まあこの世界の動物や獣は、だいたいにおいて前世の世界よりも大きいのだけど、その理由としては基本的にはキ素の濃度の違いではないかと思っている。


 でもそうすると、人間のサイズもじつは大きいのかな。

 確かに、前世のメートル法換算で180センチ以上の身長の人が普通に多い気もするけど、そもそもがその前世との縮尺換算が見た感じの推測だけなので、間違っていたりするかもだ。

 ただそうだとしても、人間と比較して動物の方が明らかに大きいんだよね。



 動物のサイズ巨大化の理由はともかくとして、いま俺たちが眺めているワニ、こちらで言うクロコディーロはとにかく大型だ。


 前世の世界で大型種と知られているクロコダイル科のアメリカワニだと、頭から尻尾の先までの全長は4メートルから5メートル。最大だと6メートルを超える個体もいるそうだ。

 ちなみに最も大きなワニは、やはりクロコダイル科のイリエワニという種類のもので、最大7メートルにもなるのだとか。カァ。


 しかし、いま遠目に眺めているあのクロコディーロは、どう見ても8メートルぐらいはあるんじゃないですかね。

 尤も巨大と言えば、俺たちにとっては全長20メートルのブラックドラゴンのアルさんが身内なので、さして驚愕するほどでは無い。

 カリちゃんだって15メートル以上はあるよね。


「なんですかぁ? ザックさま。それにしても、なかなかの大きさのトカゲですよね」

「トカゲじゃなくて、クロコディーロって言うんだって」

「あれって、なんだか大人しそうですよねぇ」

「いや、カリ。あの生き物はなかなかに獰猛だぞ。あの大きな口で何でも食うし、近づけば襲ってくるだろう。いささか知能には欠けるがな」


 そのケリュさんの言葉に応えるかのように、向うでひなたぼっこでもしていたらしいクロコディーロが欠伸をして大きな口を開けた。

 頭部全体が上下に開いたような巨大さで、凶暴そうな歯がこちらからでもしっかり見える。口だけで1.5メートルぐらいあるんじゃないですかねぇ。


「ほほう。ケリュ様はクロコディーロのことをご存知ですかの」

「なにサンチョよ。我はあちこちを旅しておるからな」

「ははあ」


 そのケリュさんとそれからカリちゃんは、昨日の散策からあらためてその存在感を極力封じている。

 そうしないと森の動物が逃げてしまい、お姉さん騎士たちが希望する獣見物が出来ないからだ。あとでぜったい文句言われるよね。


 ケリュさんはそういうのが自由自在らしいが、カリちゃんも師匠のアルさんと違って上手だ。

 ケリュさんに言わせると、ちょっと強い人間程度にまで抑えたのだそうだが、そのちょっと強いの度合いは良く分からない。

 真面目に相対して威圧とか殺気でも出して貰えば、俺にも分かるのだろうけどね。



「でもあれって、動きは鈍いんじゃないのー、ケリュさま」

「そんなことは無いぞ、ライナさん。あれでなかなか動きは速い。そうだな、ちょっと見ておれ」


 と言うが早いかケリュさんは拾った石ころをビュッと、向こう岸で寛ぐクロコディーロ目掛けて投げた。

 ひょいと軽く放っただけに見えて人外の豪速球ですね、まあ神様だけど。石が発光しなかっただけ抑制はしているのか。


 その石ころは、ちょうどこちら方向を向いたクロコディーロの両目の間に命中した。

 そしてかなり痛かったのか「グォロロロロー」という鳴き声を上げ、いまの飛翔物が飛んで来た先、つまり俺たちの方を睨んだように見えた。


 ああ、これは人間の姿を見付けたようですな。

 一瞬の間を置いて、直ぐにこっちに向かってもの凄い速さで沼を泳いで来る。


「どうだ、なかなかの反応速度だろ。泳ぎも速い」

「あらら、そうねー」


「そうねー、って、ありゃ、こっちを襲って来ますぞ。こいつは疾く逃げねば」

「あれって、倒しちゃっていいんですかね」

「は? いいか悪いかって、ザカリー様。そんなこと、神様にしか分からんですぞ」


 サンチョさんのそんな物言いを聞いたうちのメンバーは、思わず一斉にケリュさんの顔を見た。

 だいたい、まさに俺たちを襲おうとずんずん近づいて来るソレの原因を作ったのは、その神様なんですけど。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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