第45話 古代の石橋と賢者の装飾
昨日はサビオ川の散策、と言うか女性陣のみなさんは川遊びを満喫し、夜は別邸の庭での屋外バーベキューでサンチョさんとベニータさん夫妻が俺たち一行をもてなしてくれた。
セバリオから誰かがこの別邸を訪れた際には、必ずこれをするのだそうだ。
バーベキュー料理のメインは、散策時に話題に出たサビオ川産の川鯛と呼ばれる川魚の塩焼き。
クロウちゃんによると、前世の世界のティラピアという魚に近いのではということだが、ティラピアも“いずみ鯛”と呼ばれているそうなので、なるほど見た目の魚形は鯛に似ておりますな。
淡白な白身魚だったけど、なかなかに美味しかったですよ。
あとは、ヒセラさんとマレナさんが馬車に乗せて持って来ていた大量の牛肉や海老、貝などや野菜。それからこれも持込んだ大量のアルコール類が提供された。
いまは乾季だというこの南の国の過ごし易い夜。透き通った空気と満点の星空の下で焚き火も焚かれ、おおいにバーベキューを満喫する楽しい一夜となりました。
と言いますか、午後に散々川遊びではしゃいだお姉さんたちは、その疲れなどまったく見せずにたらふく食べて飲んで、終いには「アヌンシアシオン号名物、お天気雨踊りよー」とか言って、焚き火の周りを輪になって踊っておりました。
アリオくんとルキアちゃんが走り回り、サンチョさんとベニータさんもその踊りに引きずり込まれていたけど、いつからアヌンシアシオン号名物になったですかね。
「さて、少し走って来ますか」
「カァ」
翌早朝、俺の早起きルーティンとして朝駆けに行こうと自室のドアを出ると、隣の部屋のエステルちゃんがドアから顔を覗かせて「わたしも、と言いたいところですけど、ちょっと寝坊しちゃって。あまり遠くはダメですよ。クロウちゃん、お願いね」と声を掛けて来た。
この別邸では別々の部屋になっているが、どうやら起きたばかりのようだ。
彼女も昨晩はライナさんたちとしこたま飲んでいたので、珍しく寝坊したらしい。いいよ、今朝は少しゆっくりしてらっしゃい。
すると反対隣のドアが開いて、しっかり準備万端のカリちゃんが出て来た。
「今朝はわたしが一緒に走りますから、ダイジョウブですよ、エステルさま」
「カリちゃん、頼んだわ」
「心得ました」
カリちゃんも昨晩は皆と同様に、いや誰よりも大量にアルコールを摂取していたのだけど、さすがはドラゴンと言いますかアルさんの直弟子と言いますか。
「じゃあ、行くよ」
「らじゃー」「カァ」
それで階下に降りて玄関ホールに行くと、そこにはアリオくんとルキアちゃんが居た。
俺たちが来るのを待つように座っていて、嬉しそうにこちらに顔を向けている。
「お、キミたちも走るかい?」
「バフ」「ワン」
「行きたいんですって」
「カァ」
「では一緒に行こう」
えーと、俺以外はドラゴンと式神と大型犬だけど、まあいいですかね。
昨日の散策と同じくサビオ川に向けて走る。今日はクロウちゃんも自分の羽でちゃんと飛んでいます。
吊り橋を渡った先のサビオの森は、あとでサンチョさんに案内して貰う予定なので、昨日も少し歩いた川沿いを上流に向かって走ることにする。
しかし早朝はそれほど気温が上がらず、川沿いを走るのはじつに気持ちが良いですなぁ。
「少し、速度を上げるよ。アリオくんとルキアちゃんは大丈夫かな?」
「バウ」「バフ」
「余裕みたいですよ」
「カァ」
それでスピードを上げて疾走すること暫し。
「どこまで走るんですかぁ?」
「ちょっと見てみたいんだよね」
「カァ」
「ああ、古代の石橋ってやつですか」
「そろそろだと思うんだけど」
「バフ」
「あ、あれですよね。見えて来ましたぁ」
前方にサビオ川に架けられた橋が見えて来た。
確かに石造りの、なかなかに立派な橋のように見える。
途中、低い落差ながら滝となって落ちる川の流れを横に見て勾配を駆け上がり、俺たちはその石橋の袂へと辿り着いた。
「ふう、到着ですね」
「ワウ」「カァ」
マスキアラン家別邸を出て、途中速度を上げながら体感で15分ぐらい走ったので、4キロぐらい上流に上ったですかね。
あまり長時間になると、朝食に遅れて叱られます。
それで俺とカリちゃん、クロウちゃんとアリオくん、ルキアちゃんのふたりと3匹は、この石橋を渡ってみる。
なるほど、古代文明時代の話が出たときに精緻な石組のことを良く聞くけど、まさにこの石橋はそんな感じだ。
橋の形状としてはアーチ橋で、整然と整えられた切込接の布積。橋の下部で3つのアーチを造る輪石の曲線も美しく、橋脚にはしっかりと水切りの大石も据えられている。
サビオ川を跨ぐ橋長は50メートルほどもあるだろうか。橋の先端の左右、こちら側とあちら側の計4つの親柱には、なにやらあまり見たことの無い装飾が施されている。
しかし、橋の路面の幅員は馬車が余裕で擦れ違える5メートル以上はあるのだが、その橋の路面に繋がる道の方は3メートルも無いぐらいで幅が狭い。
これはセバリオ方面側も、橋を渡った向こう側も同じだ。普通は同じ幅か、場合によっては橋の方が狭かったりするんじゃないかな。
「カァカァ」
「ああ、この橋が古代文明時代のものだとすると、その当時のここの道幅はこのぐらいあったということなのか」
「カァ」
「それが、古代文明の終焉以後、橋はそのまま残って街道の方が劣化したということかなぁ」
「あらゆるものがそうだって、お婆ちゃんから聞いたことがありますよ」
「アルさんもそんなこと言ってたよな」
「カァ」「バウ」「バフウ」
「ところでザックさま。この装飾って、何かの像に見えますよね。なんだろ。えーと、お猿さん?」
「ああ、こっちとあっちの親柱の装飾ね。そう言われてみれば」
装飾自体はかなり風化して削れているけど、確かにカリちゃんが言ように2本足で立ち上がった猿の姿に見えなくもない。
それも身体のバランスとしては、ゴリラ的な大型の猿ですかね。
その4体の猿らしき装飾がこの古代の石橋を護っているようだ
たぶん、ケリュさんはこれが何か知っているんじゃないかな。帰ったら聞いてみよう。
途中、また川に入って汗を流そうと言うカリちゃんを急き立て、早駈け用でごく薄い衣装を全部脱ごうとするのを押し止め、朝食に遅れないように急いで別邸に戻り、さっとシャワーで汗を流して着替え朝食の席に着いた。
「どこまで走ったんですか?」
「なんだ、ザカリーさまは朝駆けをしたのですか」
「わたしたち、寝坊してちょっと恥ずかしいです」
「ふわぁー」
「わたしも寝坊しちゃったから、カリちゃんとクロウちゃんで行ったのよね」
「アリオくんとルキアちゃんもですよ」
「ワウ」「ワン」
エステルちゃんにお姉さん方もどうやら寝坊をしたようだ。リーアさんはちゃんと起きたみたいだけど。
まあいいですよ。旅先での休養みたいなものだからね。
「うん、街道の石橋まで見に行ったんだ」
「ほう、あそこまで走りましたかの」
まあ往復で8キロ程度だから、たいした距離では無かったです。
「なかなか見事な石造りの橋でしたよ」
「橋の入口と向こう側に、4つのお猿さんの像が立ってましたぁ」
「ああ、あれですな」
「お猿さんの像? ですか」
「たぶんもの凄く古いもので、だいぶ削れて分かりにくかったけど、大きな猿らしきものの石像に見えたんだよね」
俺はそう言って、黙っているケリュさんの方を見た。
念話でも何も言わないけど、あの表情は何か知っている顔だよな。
「そう言われてみれば、大きな猿といったものにも見えますな。セバリオであの橋を知っている古老によると、サビオの森の象徴を表しておるそうで、確か、賢者の護り像とか呼ばれておりますの」
サンチョさんがそう教えてくれた。
なるほど、賢者の護り像ですか。サビオの森のそのサビオが賢者という意味を表すとすると、その賢者があの石橋を護っているということですかね。
俺が生きた前世の世界だと、橋には擬宝珠あるいは葱台という装飾が設置されていて、あれは仏教における宝珠を擬したもので橋を護る魔除けとかではなかったかな。
それと似た考えのものだとすると、サビオの名の由来となった賢者が魔除けとしてあの石橋を護っているということか。
「(そういうものですか? でも、なんで大きな猿なんだろう)」
「(ふふん。そのうち分かるだろうて)」
ケリュさんは、この朝食の席ではそれだけしか言わなかった。
朝食を終えて別邸滞在の中日の本日は、サビオの森に足を踏み入れる。
皆で石橋まで行ってみようという声もあったが、やはりまずは当初の目的である樹林地帯の探索となった。
ちなみに大型犬のアリオくんとルキアちゃんは、ベニータさんと屋敷でお留守番だね。
それは、もし万が一に大型の獣や魔獣あるいは魔物なんかと出会した場合、アリオくんとルキアちゃんがそれらに果敢に突っ込んでしまい、反撃されて傷ついたり場合によっては死んでしまったりする怖れがあるからだ。
なので、サンチョさんがあの吊り橋を渡って向こう岸に行く際には、この2匹の愛犬は連れて行かないのだそうだ。
俺たちが一緒なら、仮にそういった相手と戦闘になっても、アリオくんとルキアちゃんを護りながら闘うのはそれほど問題無いと思うのだけど、ここは案内をしてくれるサンチョさんの方針に従うことにする。
2匹もその辺のところは良く理解しているようで、サンチョさんが「今日はおまえらは留守番だ」と指示したら、素直に「ワフ」と返事をして見送りのベニータさんの両脇に大人しく座った。
ただ、振り返った俺やエステルちゃんの顔をじっと見ていたので、本当は一緒に行きたかったみたいだけどね。
クロウちゃんは、昨日の散策のときみたいにアリオくんの背中に乗って楽が出来ないからか、いまはケリュさんの頭の上だ。
キミは神様を大型犬の替わりの乗り物にしますかね。
昨日や今朝と同じくサビオ川へと行き、サンチョさんとマスキアラン商会の人たちで渡したという吊り橋の袂に着いた。
「念のためだが、ひとりずつ渡ってくだされ」
「はい」
「そうしたら、まずはわしが渡って見せるでな」
「あの、サンチョさん」
「なんですかの」
「僕ら、言われた通りひとりずつで渡りますけど、その、変な渡り方をする者がいたとしても、そこは目を瞑ってください」
「あ。ははは。誰でも初めてこの吊り橋を渡るのは怖いだで、多少時間が掛かっても良いですぞ。わりと丈夫には造っておりますで、安心してくだされ」
えーと、俺が言いたかったこととちょっと違う受取り方をしたみたいだけど。
昨日にジェルさんが怖がらずに渡れるのかとか、そんな話をしていたからだろうけどね。
俺としては、このメンバーの中で普通にゆっくり歩いて渡るとかをしない者が絶対に出そうだから、その辺のところを目撃しても黙っておいてくれという意味だったんだよな。でもまあいいか。
俺が何かを言うのを待たずに「では行きますぞ」と、サンチョさんは吊り橋に足を踏み出して渡り始めた。
俺たちに見本を見せるためか、ゆっくり慎重に渡っているように見えるけど、吊り橋自体を大きく揺らすこともせず実に安定した足取りだ。
さすがは元ベテラン冒険者の斥候職だけあって、その身のこなしはただ者では無い。
程なくして渡り切り、こちらに大きく手を振った。
さて、では続いて誰から渡りますかね。
「ここは、このカリが行きましょう」
「ジェルちゃんから渡っちゃえばいいんじゃないのー」
「わ、わたしからか」
あー、でもカリちゃんが一番手だとなんだか拙い予感がするし、ジェルさんに先鋒をさせるのもなぁ。
「サンチョさんを待たせるから、早く渡っちゃいますよ。じゃ、わたしが行くわ」
「エステル嬢さま。ここはやはり、まずわたしが」
エステルちゃんが渡ろうとするのをリーアさんが前に出て、彼女が吊り橋に足を踏み出した。
まあ、リーアさんが妥当かな。サンチョさんにはファータの探索者とバレているみたいだし、彼女ならおそらく普通に渡ってくれるよね。
ともかくも、ただ吊り橋を渡るだけなんだから、ちゃっちゃと行きましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




