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第43話 別邸に到着しました

 果樹園を抜けると、もうそこでセバリオの農業地区は終わりだ。

 その先は暫く、低木の林がまばらにある草地や岩場などが続いた。

 俺たちが乗る馬車が行く道路沿いには人の手が入った物は見えず、なるほど休憩をするのに良さそうな場所も無いようだった。


 どうやらこの一帯が、セバリオという都市国家を幅広く囲む自然の境界エリアといった場所で、取り立てて動物の気配も感じられない。

 俺たちがいま向かっている樹林地帯に棲息する生き物が、セバリオの人間が活動するエリアまで現れないというのは、おそらくはこの境界エリアがあるからかも知れないな。


「要するに、この辺りの樹林帯の生き物は、わざわざこんな一帯を超えて人間の生息地まで足を伸ばす必要が無いということだな」とケリュさんが説明してくれる。


「樹林帯の中で生態系が成り立っているということですね」

「生態系? ああ、その地域の中だけで、生き物が生きるしくみが成立しているということだな。まあ、そういうことだ」


 生態系という概念は、前世の世界だと近代に入ってからのものだが、ケリュさんは直ぐに了解したようだ。

 ただし彼の場合には、この世界の生態系の外に居る存在だけどね。



 生態系や境界といった話になって、俺はふと頭に浮かんだことを聞いてみた。


「この世界に、獣や魔獣や魔物のスタンピードってあるんですか?」

「スタンピード?」

「つまり、そういった普段生きている枠を飛び出してしまうような」

「カァカァカァ」

「ああ、生き物の集団的な暴走か」


 俺の前世の世界では、牛や野生馬、羊や山羊、あるいは象とかサイなど様々な動物が、スタンピードつまり集団暴走を起こすと知られていたそうだ。

 物語の中だと魔獣や魔物のスタンピードが良く出て来るけど、じつは人間だってスタンピードを起こすのだとクロウちゃんは言う。

 要するに大勢が混雑の中で我先に動いて将棋倒しになるとか、集団パニックによる暴走状態だね。


「そういう状態というのは、まず前提として生き物が集団となって、かなりの数が過密に居るということだ」

「ですね」


「そして、その集団は統率が取れておらず、個々が冷静な判断力を失っているような状況で、なんらかのきっかけとなるものが集団内を伝播し、そして一斉に動き出す。きっかけとなるものは、恐怖や何らかの興奮状態が多いようだがな」

「カァ」


「ザックが言う獣や魔獣、魔物のという点だが、そもそも種類の異なる獣や魔獣、魔物をひと括りにして、そういった集団が形成されることはまず無い。例えば、森オオカミは集団を作って行動するが、他の異なる獣や魔獣と一緒になって集団を作ることはまず無いし、それにリーダーにしっかり統率されておるだろ? そのリーダーが魔獣となったハイウルフだとしてもだ」


「あ、そうか。ハイウルフがリーダーでも、括りとしてはオオカミの集団で、彼らにすれば他の獣とは集団を作ることは基本的には無いと。他の獣や魔獣なんかと一緒くたに捉えるのは、人間の勝手な考えということか」


 以前にアラストル大森林で出会った森オオカミのリーダーを、俺は思い浮かべた。

 彼ならいま頃は、他の森オオカミの群れを統合して、大きな群れのリーダーたるハイウルフへと進化しているのかな。


「仮に、異なる種類の獣や魔獣、魔物が合わさって、ひとつの大きな集団を作ることがあるとすれば、それは何らかの強力な魔物や高位の存在に統率されているか、あるいは反対に脅かされているからであって、そんな集団が動けば、それはもう集団暴走とは言えんだろ。人間からは、例えそう見えたとしてもだ」

「なるほどですね」


 統率されているのなら、それはもう軍隊だ。異なる種類の獣や魔獣、魔物が合わさって集団的に行動をするならば、異なる兵種や装備、兵器を揃えて編成された軍団に等しい。


 そして、その軍団が形成されて行動を起こすのは、自然発生的な暴走ではあり得なく、ケリュさんが言うように何らかの強力な魔物や高位の存在があるからだ、というのが正しい。

 統率されているにせよ脅かされているにせよ、そこには必ず何らかの意志や目的が働いているということだろうね。


「昨日も言っただろ。アラストル大森林もこの辺りの樹林地帯も、そういうことが起らんように管理されているということだ」



「3人で何、難しいお話をしてるですか?」

「どうやら、この岩場ももう終わりで、目的地に近づいてるみたいですよ」

「そのようだな」


 ケリュさんとクロウちゃんと3人でそんな話をしている一方で、エステルちゃんとカリちゃんはふたりでクスクス笑いながら楽しそうにしていたけど、そっちは何の話をしていたですかね。


 それはともかく、どうやらカリちゃんが魔法で周辺を探査したらしく、この馬車移動がもう直ぐ終わりそうだと言う。

 すると、それにタイミングを合わせたように、俺たちの馬車にサンチョさんが馬を寄せて来て「間もなく到着ですぞ」と教えてくれた。


 その声と共に馬車列は、これまで走って来た道路、セバリオとエルフのイオタ自治領とを繋ぐ街道と言っていいのかな、その街道から横道に入って行く。

 周囲はいつの間にか亜熱帯か熱帯のものと思われる樹木が茂っているが、まだそれほど密度は濃く無いみたいだ。


 そしてその横道を暫く走ると、やがて馬車は停止した。




「さあ着いたぞ。おーい、母さん。お客様のご到着だぞ。お嬢様ふたりも一緒だ」

「はーい。ようこそいらっしゃいましたね。あらあら、お嬢さま方が大勢だわ。まあまあ、これは大変」


「お久し振りです、ベニータおばさん」

「また会えて嬉しいわ、おばちゃん。アリオとルキアも元気そうだね」

「まあ、ヒセラお嬢さまにマレナお嬢さまね。うふふ、ずいぶんとお綺麗になっちゃって。はい、お久し振りです。良くいらしたわね」


 俺たちが馬車から降りると、眼の前には大きな木造の家屋があった。

 先ほど休憩をした果樹栽培農家の家屋に趣きは少し似ているが、こちらはマスキアラン家の別邸というだけあって2階建てのなかなかの屋敷だ。

 コロニアルスタイルの建物を思い出させる風情で、木材の素朴な色合いの外壁にベランダ付きの大きな窓が並んでいる。


 そして、その建物から飛び出して来た女性がサンチョさんの奥さんのベニータさんだね。その彼女の後ろには、2匹の大型犬が従っている。

 ベニータさんは白髪というかシルバーの髪が美しい中年の人族の女性で、背格好は旦那さんのサンチョさんと同じぐらいだ。


 それで、マレナさんがアリオとルキアと呼んだ2匹の犬は、白ベースにゴールドの色合いが混ざったホワイトフォーンと、同じく白に橙色が混ざったホワイトオレンジの毛色。

 名前からすると、ホワイトフォーンのアリオが男の子で、ホワイトオレンジのルキアが女の子だよね。


 しかしこの垂れ耳の犬って、なんだか見た記憶があるような。カァカァ。ああ、前世の世界のマスティフ種に似ているのか。しかし、かなりの大型犬だよな。

 バフワフ。カァ。ワフン。カァカァ。

 早速にクロウちゃんがアリオくんの上に止まって、3匹で何か話している。


 では俺たちも、ベニータさんに自己紹介をしましょう。

 あ、アリオくんとルキアちゃんは、いきなりペタンと腹這いになっちゃったですな。それ以上はもう無理というぐらいに伏せて、地べたに顔を擦り付けておりますが。

 そういうことはしなくて良いと、クロウちゃんが彼らに何かを話したみたいだけど、やっぱりケリュさんやカリちゃんを前にするとそうなりますかね。


「アリオとルキアは、何してるんだ?」

「まあ、どうしたのかしら」


 えーと、ほら、その2匹に普段通りにするように言って、クロウちゃん。カァカァ。



 アリオくんとルキアちゃんはようやく立ち上がると、恐る恐るケリュさんとカリちゃんの前に近寄った。

 ケリュさんが両手を伸ばして2匹の頭に軽く手を乗せ何か小声で話し掛けると、彼らは2、3度頷くようにして、やがてようやく落ち着いた様子に見えた。


 そんなちょっとした一件もありましたが、俺たちは別邸の建物の中に招き入れられ、2階まで吹き抜けの広くて心地良い玄関ホールのラウンジでひと息入れる。


 そんな俺たち一行にベニータさんは紅茶を淹れてくれ、それから屋敷の外で休憩している商会の護衛や御者の人たちのお世話と大忙しだ。

 すっかり落ち着きを取り戻した2匹の大型犬は、何故かエステルちゃんの側でふたりして大人しく座っている。

 誰の側がいちばん安心出来るのか、即座に彼らの勘が働いたのでしょうかね。


 暫くして休憩を終えた護衛と御者さんは、3台の馬車と共にセバリオへ戻るという。

 お昼時が近いけど、彼らは俺たち一行を別邸まで送り届けるという仕事を済ませ、セバリオの議長屋敷へ報告に戻って、それからお昼を摂るそうだ。この地方は、お昼が遅いからね。


 その彼らにお礼を言って見送り、再び屋敷内のラウンジに戻るとサンチョさんとベニータさんも来て、あらためて2泊3日の滞在をよろしくお願いしますということになった。


「はい、こちらこそ。短い間ですけれど、よろしくお願いしますね。それにしても、若くて美しいお嬢さま方が8人もなんて、わたしたちがここを任されて以来、初めてですよ。ねえ、あなた」

「お、ああ、そうだの」


「わたしたちって、ここの管理人になってもう15年くらいですけど。議長さまやそのご家族がたまにお出でになる以外は、この無愛想なおじさんとアリオとルキアと4人きりでしょ。それがいっぺんに華やかになって、わたし、もの凄く嬉しいわ。こんな機会を作っていただいたザカリーさまとエステルさま、ほんとうにありがとうございます」


「おまえ、いつも以上に喋り過ぎだ」

「たまにはいいでしょ。ね、ヒセラちゃん、マレナちゃん」

「ふふふ。いいと思いますよ」

「3日間だけですけど、賑やかにしましょ」


「ワフ」

「ルキアもいいって言ってるわよ」

「ふん」



 この別邸はマスキアラン家の人が休暇の時に利用する屋敷だということで、つまりベルナルダ婆さん議長か、その息子のエミリオさん、エウリコさんの家族なのだが、それぞれ仕事で忙しくてそう頻繁には来ないのだそうだ。


 なので1年間のほとんどは、近隣に住人の居ないこの屋敷で管理人のサンチョさんとベニータさん、そしてアリオくんとルキアちゃんのふたりと2匹だけの生活なのだとか。

 そこに俺たちが2泊3日だけの僅かな滞在とはいえ、いきなりやって来たものだから、ベニータさんがはしゃいでいるのも分かるよね。


「それではこの別邸も勿体ないでな、商会の人間も休暇を使ってたまにはやって来るのだよ。尤も、議長が許可をすればだがな」

「まあ、樹林と川以外には何も無い場所ですからね。若い人たちは、そう滅多に来ませんけど」


 要するにマスキアラン商会の保養所的にも利用される訳ですね。

 でもうちのお姉さんたちみたいに、獣や魔獣なんかを見たいという奇特な目的があるのならともかく、若手の商会員だと街で遊ぶ方が良いかもだ。


「こんなところですけど、エステルさまたちみなさんは、直ぐに飽きたりしないかしら」

「ええ、大丈夫ですよ」

「うちの者たちは、その、森へ入るのが好きなのです」

「こんな南の地の森は、初めてですしね」

「珍しいものとか、ちょっと危ないのと出会ったりするのも楽しいでしょー」

「それが楽しみですよ」


「珍しくて、危ないものですかな?」

「それって……」

「ワフン」


「あー、うちの人たちは、狩りとかも好きなものですから。ほら、僕たちの地元って、アラストル大森林て言う、もの凄く大きな森林が領都の直ぐ裏にありましてね。それで冒険者はもちろん、うちの騎士団も大森林に入りますので」


「ああ、アラストル大森林だな。行ったことは無いが、わしももちろん知っている。アラストル大森林と言えば、わしらミラジェス王国の冒険者、特に斥候職仲間の間でも、セルティア王国で最高の斥候と言えば、その大森林を働き場にしておった……ブルーノという男が有名だ」


「うふふ、やっぱりブルーノさんは有名よねー」

「他国にまで知られてるなんて、さすがですね」

「その、いま名前を出されたブルーノさんは、ザカリーさまの配下でわたしどもの同僚なのだよ、サンチョさん」

「ほう」


 ジェルさんたちの言葉に驚いているサンチョさんの顔をあらためて見てみると、おそらくはブルーノさんと同じ世代の冒険者だったのだろうね。


「今回の旅では、ブルーノさんは残念ながら王都でお留守番なんですよ」

「それは……少し残念だの。でも機会があれば、是非とも会って話がしたいところですぞ」

「いつになるか分かりませんが、次回は必ず連れて来ます」



「それでは今回は、ザカリー様よ。わしがブルーノさんに成り代わって、このセバリオの樹林地帯をご案内しましょうぞ」

「はい、よろしくお願いします」


「あらあら、あなたったら。俄然やる気を出しちゃって」

「それはおまえ、大陸に名を響かせた伝説の斥候である“疾風はやてのブルーノ”さんのご主人様を、わしらの地元の樹林にご案内するのだぞ。張り切らんでどうすると言うのだ」

「ほら、普段はぶっきらぼうなあなただって、いつも以上に良く喋るわ」

「ワウ」


 冒険者の間では知られているブルーノさんの二つ名を、久し振りにこの南の地で耳にしました。

 しかしこのご夫婦は仲が良いよな。

 サンチョさんとベニータさんのそんな軽妙なやり取りに、俺たちも思わず笑みがこぼれるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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