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第42話 別邸の管理人、そして小旅行に出発

 サンチョさんが議長屋敷に顔を見せたということで、商会本店の方からベルナルダ婆さんとヒセラさんマレナさんがやって来た。


「サンチョさん、よう来てくれた」

「お久し振りです、サンチョおじさん」

「ベニータおばちゃんもお元気ですか?」


「ふむ。議長からのお呼びだて、まずは来ましたわい。ヒセラ嬢ちゃんとマレナ嬢ちゃんだな。ずいぶんと大きくなりよって」

「いやですよ。セルティア王国に行く前に、いちど別邸に行ったでしょ」

「あのときには、もう充分、大人でしたから」

「ふふ、そうだったかの」


 雇い主であるベルナルダ婆さんとは気安い感じで言葉を交わし、それからヒセラさんとマレナさんを見て相好を崩した。

 初対面では気難しそうだけど、案外気の良いおじさんなのかも知れない。


「あのサンチョさんて、ドワーフかしら」

「わたしもなんだかそう匂いますよ、嬢さま」

「え? 人族だよね」


 どちらかと言うと、俺はサンダーソードのマリカさんみたいな猫人族に感じたのだけどなぁ。


 確かに小柄で身体つきは頑丈そうに見えるので、ドワーフっぽい雰囲気もあるけど、俺が知っているドワーフであるグリフィニア鍛冶職工ギルドのボジェクさんやチェスラフさんほど背は低く無いし、顔つきも人族に見えるよな。


 でも、同じ精霊族のエステルちゃんとリーアさんがそう匂うって言うのだから、そうなのですかね。



「ザックさんたちとは、もう挨拶は交わしたかいの。来て貰った用件はセレドニオさんから聞いておると思うが、別邸で滞在いただくのとそれから」

「樹林の案内だな。まあ良かろうて。別邸の部屋も、いま頃うちのやつが用意しておる。それで滞在は何日ぐらいになる?」


 別邸で俺たち用の部屋を用意してくれているんだね。彼が言ったうちのやつとは、マレナさんが名前を出したベニータさんていう奥さんのことかな


「そうだのう。行って帰って、まずは2泊ぐらいというところか。どうですかいの、ザックさん。エルフ連中が来るということもありますからの」

「まあ、そんなところですね」


「ふん。イオタのエルフどもとの交渉のために当地に来たと聞いたが、やつらを相手にするのに遠方から遥々とは、何ともご苦労なことだ。無駄足にならねば良いがな」

「わたしたちがザカリーさまにお願いして、わざわざ来ていただいたんですよ、サンチョおじさん」

「それでもだ」


 このサンチョさんも、イオタ自治領のエルフにはあまり良い印象を持っていないようだな。

 俺自身、自分でもご苦労なことだとは思うけど、エルフの役人とは経験があるし、何を置いてもショコレトールのためには無駄足にしたくない。


 ともかくも、マスキアラン家の別邸へ2泊3日の小旅行に出ることが決まり、近々エルフが来ることも想定して、早速に明日の朝から出掛けることになった。

 この小旅行にはヒセラさんとマレナさんも同行する。

「ザカリーさまたちのお世話が、わたしたちのお役目ですからね」なのだそうだ。


 東の樹林地帯の入口にある別邸まではマスキアラン商会が馬車を出して送り届けてくれ、その翌々日には迎えに来てくれるとのこと。

 所要時間は馬車で片道3時間ほどだそうで、このセバリオの都市の直ぐ近くにそんな樹林地帯があることが分かる。


「ならば、そういうことで、頼むなサンチョさん」

「明日が楽しみです」

「また明日、サンチョおじさん」


 まだ仕事が残っているそうで、ベルナルダ婆さんとヒセラさんマレナさんは商会の方へと戻って行った。


「そうしたら、わしも今日はこれで失礼するぞ」と、3人を見送ったサンチョさん。

 彼はせっかく街まで出て来たので、市場メルカドで奥さんから頼まれた買い物をして戻り、また明朝に迎えに来てくれるそうだ。



「あの、サンチョさん」

「ん、なんだ? おぬしは、エステル……様、だったかの」


 屋敷を出て行こうと裏口に足を向けたサンチョさんを、エステルちゃんが呼び止めた。


「あの、つかぬことをお聞きしますけど、サンチョさんてもしかして、ドワーフの方ですか?」


 ああ、それを聞くんだ。同じ精霊族としては確かめて置きたかったのかな。


「そのことか、ファータのお嬢さん。……おぬしはファータだな。あちらの娘さんも」

「はい、ファータです」


「ふん、ならば感覚で分かるか。だがわしは、純粋なドワーフでは無い。議長の婆さんももちろん知っとるし、別に隠してはおらんが、わしには人族とドワーフと獣人族の血が流れておる。父がドワーフと獣人族との混血でな、母は人族だ。尤もわしには、見た目で獣人族の特徴は出んかったがの」


 なるほどです。そういうことだったのですね。


「もしかして、猫人の血が入っていますか?」

「な、なんだ。どうしてそれが分かる、貴族の坊ちゃんはよ」

「貴族の坊ちゃんじゃなくて、僕はザカリー。ザックでも良いですよ。それはですね。僕らの地元の冒険者で、斥候職をしているマリカさんて人が猫人で。それで何となく、そのマリカさんと似たところを感じたもので」


「ほう。それでそう感じたとはな。なるほど、猫人で斥候職の冒険者とな。貴族の坊ちゃん、いやザカリー様か。そんなお貴族様が、良く冒険者のことなんぞ知っておるものだ」


「うふふ。このザカリーさまは、グリフィニアでは冒険者たちが尊敬する若旦那で、こちらのエステルさまはあねさんなのよー」

「ついでに言うと、このライナ姉さんも、元冒険者ですよ」

「ついでって、まあいいわ、カリちゃん」


「ほほう。冒険者が尊敬する若旦那とあねさんとな。それでこちらのねえさんも元冒険者か……。じつはな、このわしも、かつてはミラジェス王国で働いていた元冒険者よ。それも、ザカリー様がお察しの通り、斥候職のな」


 サンチョさんがドワーフかどうかをエステルちゃんが尋ねたのがきっかけで、その彼が人族とドワーフと猫人族の血が入った冒険者であることが分かり、そしてライナさんの発言もあってこの場が一気に和んだ。


 明日から3日間の小旅行で、俺たちに対する警戒心と言うかサンチョさんの取っ付きにくさがずっと続いたら、なんだか嫌だなぁと思っていたので良かったです。

 グリフィニアの冒険者から、俺が若旦那でエステルちゃんがあねさんと呼ばれているのも、たまには役に立つことがあるのですなぁ。



「しかし、あらためておぬしらを見てみると、ずいぶんと変わった一行よな。冒険者に若旦那と呼ばれる貴族の若者と、あねさんと呼ばれるファータの娘のふたりがご主人様で……。逆らえば直ぐに斬られそうな騎士のねえさんふたりに、元冒険者で魔導騎士のねえさん。あと、そっちのねえさんはたぶん、ファータの本職だろうな。こちらの嬢ちゃんと向うに居る騎士様は、ふむ、何とも良く判らん。それからペットのカラスか」


「カァカァ」

「お、なんだ」

「あ、うちのクロウちゃんは人間の言葉が分かるのと、カラスと呼ばれると怒るものですから」

「お、おう。それは悪かった」


「変わった一行って、わたしたち4人はザカリー長官の部下で、いたって普通よー」

「ライナ以外の3人は、だろうが」

「人として普通かどうかと言えば、そうですよね」

「わたしは、その4人に入って無いんですかぁ?」

「えー、いちばん変なザカリーさまとかケリュさまから比べたら、わたしは普通側だと思うけどなー」


「はっはっは。これは別邸も明日から賑やかになりそうだて」

「すみません。煩くなりますけど、よろしくお願いしますね」

「おう。うちのやつも喜ぶで。こちらこそよろしくですぞ、エステル様、ザカリー様」


 はっはっはという笑い声を残し、サンチョさんはセレドニオさんに伴われて俺たちの前から去って行った。


「なんだか最初の印象とは違って、優しそうな人でしたね」

「考えてみると、ブルーノさんにも少し似ていたよな」

「言われてみれば、ほんと」

「しかし、人族とドワーフと猫人族の血が流れているのか。そういう人も居るんだ」


「なに、それほど珍しいことでは無いだろ」

「そうなんですか? ケリュさま」

「人間、特に人族とは本来、そうやって色々な血が混ざり合っているものさ。やがて産まれるであろう、おまえたちの子もそうなる訳だしな」

「まあ」


 だからこの世界では、人族が他の種族よりも圧倒的に数が多いということですかね。




 翌朝、朝食を終えるとサンチョさんがもうこちらに来ているという。

 執事のセレドニオさんの手配で馬車の用意もされていて、やがてヒセラさんとマレナさんもやって来た。


「用意はいいか? 良ければ出発するぞ」


 馬車が3台用意され、サンチョさんは馬に跨がって行く。

 あと、ベルナルダ婆さん議長の専属護衛がふたり、念のために騎乗で付いて来てくれる。

 彼らは立場上、マスキアラン商会の商会員だそうだね。


 ジェルさんが「われらに馬をお貸しいただければ、護衛はこちらで」言ったが、「なんのなんの、ジェルさんたちもお客さまだて」と、ベルナルダ婆さんに押し切られていました。

 まあ3時間足らずの道程だそうだし、ここはお言葉に甘えましょう。


 それでベルナルダ婆さんとセレドニオさん、侍女のみなさんに見送られて俺たちは出発した。



 3台の馬車は騎乗のサンチョさんに先導され、議長屋敷前の広場から東方向に向かう通りに入ってセバリオの市街地を抜け、やがて東の都市門を潜った。

 都市国家セバリオを出入りする都市門は、この東と西の2ヶ所があると昨日聞いたが、通過するのは大抵が周辺の農家や近郊に在る衛星村の人たちなのだそうだ。


 何故なら商業国連合の各都市間の人流、物流は主に船が用いられるからで、要するに表玄関は港ということになる。

 なので、都市門の警備もそれほど厳重ではなく、またセバリオの市街地を囲む都市城壁というか、どちらかと言えば石塀も街の境界を区分している程度のものだ。


 いま抜けた東の都市門の外側は農業地区で、道の両側には果樹園と思われる一帯が広がっている。

 ちなみに、この東へ向かう道路の先にはセバリオの衛星村は無く、やがて樹林地帯へと至る。

 そしてこの道は、その樹林地帯の切れ目や境い目を辿るように続いて行き、そのずっと先にはエルフのイオタ自治領があるということだ。


「商業国連合の国境とかは無いんですかね」

「セバリオが連合の中でいちばん東にあるけど、国境は特に無いみたいだよ」


 俺の乗る馬車の中はこの旅でのいつものメンバー、エステルちゃんにケリュさんとカリちゃん、そしてクロウちゃんだ。

 クロウちゃんはこういう馬車移動だと、直ぐに外に出て飛ぶとか御者台に行くのだけど、いまは陽射しが強くて暑いとかでエステルちゃんとカリちゃんの間に座っている。

 まあ、御者台は知らない御者のおじさんだしね。


 馬車の中も暑いと言えば暑いのだけど、エステルちゃんとカリちゃんが交代で風を吹かせてくれているので、わりと爽快だ。

 でもクロウちゃん、キミも自分で風を吹かせたら? カァ。


「こちらは都市国家だしな。樹林地帯を挟んでその向うはエルフの支配地になるが、あの連中も国とか、その境い目を設けるといった意識が薄いのだ」

「でも、アルファから始まって、イオタまで9つの自治領があるんですよね」


「ああ。世界樹の膝元から始まって、西へ西へと住む場所を伸ばし、その9つめの居住地点がイオタだというだけのことだ。アルファはそれなりに大きいが、あとの8つはせいぜい大きな村という程度のものさ。自治領という言い方は、アルファからそれぞれが独立して自分たちで治めているという、まあやつらの見栄みたいなものだな」


 ケリュさんがそう解説してくれたが、なるほどですね。



 左右の車窓に果樹園が広がる中の道を暫く走っていたが、やがて馬車が停車した。

 議長屋敷を出発してまだ1時間ほどだと思うけど、もう途中休憩なのだろうか。

 それで窓から外を見ると、わりと大きな木造家屋の前に停まっている。宿屋や料理屋がこんな果樹園の中にあるとは思えないし、ここってどこですかね。


 直ぐに護衛の男性が馬車の扉を開けてくれたので外に出ると、同じく馬車を降りたジェルさんたちやヒセラさんとマレナさんが近づいて来た。


「ここは?」

「休憩にはちょっと早いのですけど、ここから先はもう暫く行くと果樹園も終わって、休憩場所が無いんです」

「それでここは、うちの商会直営の果樹栽培農家なんですよ。別邸に行くときはいつもこちらで休むんです」

「さあ、あちらにどうぞ」


 ヒセラさんとマレナさんがそう説明をしてくれ、家屋の外に付設された屋外テラス風の休憩場所に案内してくれた。

 屋外ではあるが屋根で陽射しが遮られ、周囲の果樹園から通り抜けて来る風が心地良い。


 すると、どうやら護衛の人が俺たちの到着を伝えたのか、女性がふたりほど家屋から出て来てカップに入ったドリンクと、それから皮を剥かれてカットされ皿に盛られた果物を持って来てくれた。


「お客さま方、ようこそお出で下さいました。お嬢さまたち、お久し振りですね」

「ほんと、久し振りの帰省なの。でも、こちらに立ち寄れて良かったわ」


 そんなヒセラさんマレナさんとここの女性たちとのやり取りを耳にしながらも、俺とクロウちゃんは皿に盛られているその果物に目が釘付けになっておりました。

 これって、マンゴーだよね。カァカァ。でもマンゴーって、前の世界では確か南アジアとか東南アジアの果物だったよな。カァ。


「あ、ザカリーさま。美味しいものには抜かり無く目が行きますよね。これはアンラという果物で、ここの主力栽培商品です。とっても香りが良くて、それに甘味が強いんですよ」

「こちらで栽培しているものですけれど。さあどうぞ、お召し上がりください」


 アンラ? マンゴーじゃないの? カァカァカァ。え、そうなんだ。前世でのマンゴーの別名と同じなんだね。

 俺の頭の中には、クロウちゃんから伝達された“菴羅”という漢字が浮かんで来た。


「なに、クロウちゃんと話してるんです? このアンラって果物、とっても美味しいわよ」

「姉さんたちの勢いが凄いから、早く食べないと無くなっちゃいますよー」

「まだまだ山ほどありますから、大丈夫ですよ」


 俺とクロウちゃんも慌ててカットされたアンラを口に入れる。

 まさしくこれはマンゴーですな。その豊潤で濃厚な蕩ける甘味は、まさに暑い地方ならではの味覚。

 南の国の自然の空気を感じながら、おそらく45年振りぐらいで食べたこの果物を俺はひとしきり味わうのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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