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第41話 セバリオ滞在が始まりました

 商業国連合という複数の都市国家が連合を組むこの南の地方では、昼食の時刻はわりと遅い。

 朝は手早く、昼は長めにしっかりと、夜は比較的軽めに、というのがこの地方の流儀らしい。

 俺の前世の世界でもそういう習慣の地域があったけど、気温が高くなる日中でバテずに活動するためには、その方が良いということだろうか。


 それで俺たちはベルナルダ婆さん議長の屋敷の食堂で、その流儀に従ってゆったりとお昼をいただきました。


 メニューは、アヌンシアシオン号の船上と同様にこの地方の一般的な料理だそうだが、野菜がたっぷり入った冷製のスープが美味しい。

 カァカァ。そうだね、これは俺の前世の世界で言うところのガスパチョですな。

 あとやはり魚介類の料理が豊富で、タパス風に様々な小皿料理がテーブルに並べられた。


「ご滞在中は、朝昼晩と当屋敷でお食事をされていただいて結構ですが、日中お出掛けになられて昼食を外で摂られる際には、出来ましたら前日にお知らせください。必要でしたら昼食のお弁当などもご用意させていただきますので、その際もお申し出いただければ」


 執事のセレドニオさんからそのようなありがたい言葉をいただき、滞在中は衣類の洗濯などすべて面倒を見ていただけるそうで、なんとも申し訳ありません。


「でも、下着はエステルさま以外で交代ねー」

「そうだな」

「あら、わたしも交代メンバーに混ぜて」

「ザックさまのは、このカリが責任を持って洗うのであります」


 ああ、その辺はよしなにお願いします。ドラゴンの美少女にそんな責任を持たれても、ですけど。


 本日はセバリオに到着したばかりなので、午後は街の中を軽く見物するということになった。

 ヒセラさんとマレナさんが案内してくれるそうで、その後彼女らはそれぞれ自分の実家に帰るそうだ。


「ケリュさんはどうします?」

「セバリオ初日だからな。我も頑張って同行するとしよう」

「ああ、それが良いですね。初日は素直に従うのが肝要です」

「だな」「カァ」



「それで、明日からの予定なのですけど」


 昼食を終えてラウンジで食後のお茶をいただきながら、先ほど俺たちだけのミーティングで出た話をしてみることにした。


「エルフ連中が来るまでは、皆さんの自由にしていただいて良いのですがな。何かご希望でもありますかの」

「ありがとうございます、ベルナルダさん。それでですね。さっき僕たちの間で、このセバリオから行ける樹林地帯なんかを見学出来ないかと、そんな話が出ましてですね」


「樹林地帯ですかいな……。確かにこのセバリオは、南のメリディオ海以外は樹林地帯に囲まれておって、近場ならそうですなぁ、日帰りでも行けないことは無いですがな。なあ、ロドリゴさん」


「そうですな。いちばん近場と言えば、北か東の樹林でしょうか。しかし、ここら辺の樹林地帯は足場も悪く、それに獣やときには魔獣なども現れまして、危険と言えばかなり危険な地帯で……。あ、これは、アラストル大森林のお膝元のザカリー様たちには、言わずもがなのことですね」


 はい、じつはその獣や魔獣、魔物なんかを見物に行きたいというのが、うちの女性たちの要望なのでありますよ。

 ただ、いきなり魔獣見物にというのも何なので、樹林地帯の見学と言ったのではありますが。


「ええ。ご承知のように僕たちグリフィン家の者は、森林を身近に生きて来ましたのでね。ただ、北方のアラストル大森林や王都周辺の森しか知らないものですので、時間の余裕があるのであればこの機会に、南方のそういった自然も体験してみたいと、そんな風に思った次第です」


「なるほど、わかりました。いかがですか、議長」

「はからずも日にちに余裕が出来てしもうたでな。それで、ザックさんたちにご興味があるのなら、この南の地の自然を満喫していただくのも、良いのでありましょうな。そうだ。東の樹林地帯の入口にマスキアラン家の別邸がありますで、そこを訪れていただくというのはどうですかいの」


「あ、あそこはいいですね、お婆ちゃん」

「わたしたちも子どもの頃に何回か行きました。あそこなら、樹林地帯が直ぐに眼の前です」

「なるほど、マスキアラン家の別邸ですか。ザカリー様たちに行っていただくには、丁度良いでしょうね」


「そうしたら、どうですかいの? ザックさん」

「はい。お言葉に甘えさせていただければ」

「よし。そしたらセレドニオさん。管理人に連絡してくだされや」

「はい、議長。このあと、サンチョに来るように連絡しておきます」


 マスキアラン家の別邸があるのですな。

 東の方向に在る樹林地帯の入口だということなので、これはちょっと楽しみであります。




 セバリオの市街は、港から議長屋敷までの道程で車窓から眺めたときにも感じたが、じつに活気と賑わいに溢れている。

 ちなみに、ベルナルダ婆さん議長の屋敷とマスキアラン商会本店の建物は、街の人たちから議長屋敷と呼ばれているそうだ。


 それで俺たちの市街観光は、この議長屋敷を出て徒歩でそぞろ歩いた。それにしても南の国の午後の陽射しは、なかなかに強烈ですな。

 クロウちゃんは誰かに抱かれたり頭の上に止まっている状態だと暑いのか、ゆっくりと歩く俺たちの上をフワフワ漂うように飛んでおります。


「この広場を囲んで、セバリオの大手商会が集まっています。ほら、あちらはロドリゴさんのカベーロ商会の本店ですよ」

「へぇー、そうなんですね。でもここにはお店は無いのかしら」


「そうなんです、エステルさま。ご承知の通り商業国連合の大手商会は、もちろん小売りをやっているところもありますが、うちやカベーロ商会なんかは貿易と海運が主で、街にお店は無いんですよ」

「なるほどね、マレナさん」


「この街でお店を出しているのは、それらの大手商会から商品を卸している、もう少し規模の小さな商会なんです。つまり貿易や海運と小売りとで、商売を分けているのですね」


 つまりマスキアラン商会やカベーロ商会といった大手商会は、前世の世界で言うところの総合商社的な業態なのかな。

 国外相手や都市国家間での商取引はそういった大手商会が扱い、都市国家内での小売商売はそれら大手よりも一段小規模の商会が行うということだ。


 俺の前世の世界でも、11世紀から12世紀頃にはヴェネツィアを中心とした北イタリア諸都市の商人は、地中海東方のビザンツ圏やイスラム圏の商人との東方貿易を始め、その遠隔地交易は商業ルネサンスとしてヨーロッパの経済活動を活発化させる契機となった。


 やがて大航海時代が始まると、ヨーロッパ諸国の商業活動はアジアあるいはアメリカ大陸まで拡大して行き、俺が生きていた時代には南蛮船が俺の国まで来るようになったんだよな。


「あちらがセバリオ市場メルカドの入口ですね」

「入口の隣にある大きな建物は?」

「ああ、あそこは商業ギルドと取引所ですね。職工ギルドもあそこにあります」


 商業国連合内の各都市国家の商業ギルドは、互いに連携して活動するそうだ。

 そして取引所か。カァカァ。そうだね、グリフィニアには商業ギルドはあっても、商取引を集約し年間を通じて行う取引所は無いけど、さすがこのセバリオにはあるのだね。


 前世のヨーロッパの諸都市では、商業の発達と共に年に何回か開催される商取引の大市メッセでは間に合わないほどの取引量になって行き、1531年にアントワープで初めて年間を通じて商活動の行われる取引所が開設されたそうだ。カァ。

 それが、前世で俺が産まれた5年程前のことですなぁ。



「冒険者ギルドは無いのですか?」

「商業国連合には冒険者ギルドは無いんです。冒険者に何かを依頼するような場合には、ミラジェス王国のギルドに頼んで派遣して貰うんです」

「そうなんですね」


 セルティア王国の特に北辺の貴族領では、冒険者が生産活動に組込まれて重要な役割を担っているけど、こちらではそんなシステムは無いんだね。

 そう言えば、アヌンシアシオン号で群島海域を航行中にロドリゴさんが、各島の資源探索を冒険者にお願いすることもあるけど、あまり進めていないというようなこと言っていました。


「樹林地帯には獣や魔獣なんかも棲息しているということですけど、そんなのの討伐とかはしないんですか?」

「ああ、樹林帯に分け入って討伐とかはやらないですね。このセバリオや人里までそんなのが出て来るというのも、聞いたこと無いですし」


 なるほど、そういうことですか。

 資源採取といった生産活動や獣や魔獣、魔物の討伐の必要が無ければ、冒険者やそのギルドの必要性も無いのか。


「(この辺りでは縄張りがわりと明確なのと、人間の活動領域がそれほど拡張しておらんからな。あと、管理もそれなりにされておるのだ)」

「(管理? ルーさんみたいな?)」

「(まあ、そういうことだ)」

「(ふーん)」


 ケリュさんが言うのだから、そうなのだろうね。

 つまり商業国連合の各都市国家の人間たちは、その活動が他国との交易に重点を置いていて、領土の拡張とかには積極的では無いということらしい。

 そこが商業第一主義の、いささか偏った思想を有する都市国家という所以でもあるよな。

 だから、群島海域での諸島の開発にも積極的で無いというところですか。


 あと、アラストル大森林における神獣フェンリルのルーさんみたいな管理者が、この辺の樹林地帯にも居るということですかね。

 ケリュさんはそこで念話を閉じてしまったので、その続きを話してはくれなかった。


「さあ、ここがセバリオ市場メルカドですよ」

「お買い物の時間ねー」

「セバリオに来た早々で、買い物は早いだろ、ライナ」

「まずは下見よ、ジェルちゃん。下見」

「なにごとも下見は大切ですよね、エステルさま」

「うふふ。そうね」


 さて、今日も修行の時間になりました。

 ところでリーアさんがいちど姿を消して、気が付いたら何ごとも無く一行に混ざっていたのだが、どうやらこのセバリオに居るファータの探索者と繋ぎを取っていたらしい。


「西の里の?」

「ですね。そちらはリーアさんに任せておきましょう」

「だね」


 エステルちゃんもしっかり把握していたみたいだった。




 翌日の午前には、昨日は実家に帰ったヒセラさんとマレナさんが、それぞれのお父上を連れて議長屋敷に俺たちを訪ねて来た。

 おふたりのお父上、つまりベルナルダ婆さん議長の息子さんで兄弟だよね。


「セルティア王国より当地までわざわざご来訪いただき、誠に恐縮の限りです」

「娘たちとは、親しくご交誼をいただいていると伺っています。マレナがご迷惑をお掛けしておらねば良いのですが」

「父さんたち、挨拶が硬ぁい」


 兄でヒセラさんのお父さんがエミリオさんで、マレナさんのお父さんがエウリコさん。

 共に恰幅が良くて50歳前半といった年齢のようだが、陽に焼けた褐色の肌が逞しそうでひ弱な商人という見た目では無い。

 でも、こちらも良く似た風貌のご兄弟で、ミラプエルトの兄弟支店長を思い出しますなぁ。


「ミラプエルトでは、アンヘロとディマスに会われましたか」

「あのふたりとは幼馴染なのですよ」


 ヒセラさんとマレナさんもそうだったらしいけど、小さい時分から船の上を学びと遊びの場に、船上の仕事や商売のやり方から戦闘訓練まで、4人で経験を積みながら育って来たのだそうだ。

 現在はエミリオさんもエウリコさんも一家を構え、この議長屋敷と同じ建物内のマスキアラン商会本店で、ベルナルダ婆さんの後継者としてそれぞれ異なる部門の責任者を務めている。


 おふたりは挨拶と少しばかり雑談を俺たちと交わして、娘さんを伴いその商会本店の方へと戻って行った。

 ヒセラさんとマレナさんは今回の帰郷の機会に、セルティア王国での在外連絡事務所関係の仕事もこなすみたいだね。


 ベルナルダ婆さんも朝食後には本店の方で仕事があるようで居なくなり、ロドリゴさんも自分の商会で本来の仕事なので、屋敷には俺たちだけとなった。

 そんな訳でヒマになったので、今日はのんびりと過ごさせていただきますかね。カァ。


「ザカリーさま、暫く訓練が出来ておらなかったので、木剣を振りますぞ。この暑い気候でも動けるように、慣れんといけませんからな」

「そうですよ、ザカリーさま。旅先で暑いからと言って、ダラダラしちゃダメですからね。ということでセレドニオさん。どこかで木剣を振れるところは無いでしょうか」


 あー、お姉さん剣士のふたりならそう言うと思っておりましたよ。

 ライナさんは「えー」とか言っていますけどね。


「でしたら中庭でいかがでしょうか」と、執事のセレドニオさんに案内された屋敷のその中庭は、まるで小さな公園のように広々としていた。

 木立や色とりどりの花々が咲く花壇が整備されているけど、俺たち一行が剣術訓練をするのに充分な広さの空間がある。

 それではいっちょう、木剣を振って汗を流すとしましょうか。




 俺の無限インベントリに保管してある、アルさんの洞穴の甘露のチカラ水で水分とキ素を時折補給しながら、この地の気候に慣れるように体調に気を配って剣術訓練を終えた。


 それで、昨日と同じ昼食の頃合いにベルナルダ婆さんとヒセラさんマレナさんが屋敷に戻って来たので、ゆったりとお昼をいただく。

 エミリオさんとエウリコさん兄弟は来なかったが、彼らはそれぞれの家に帰って昼食を摂るのが習慣なのだそうだね。


「午前中は、中庭で木剣を振られておったそうですな。旅先なのに、なんともご苦労なことですのう」

「ははは。僕らはそれも生活の一部でして」

「それでもこのひと、朝に早駈けが出来ていないので、ちょっと不満なんですよ」


「早駈けですかいの? エステルさん」

「ええ。朝起きて支度をして外で走るのも、このひとの場合、生活の一部なんです。それがここ暫く船の上でしたので」

「ははあ。ならば、セバリオ滞在中はどこでも走って貰って良いですわいな」


 議長でこのセバリオの首長のお許しが出たのなら、そうさせていただきますかね。

 ケリュさんも走る? 「おまえひとりで走って来い」ああ、そうですか。そうですよね。



 その午後に、マスキアラン家の別邸の管理人を任されているというサンチョさんという年配のおじさんが、執事のセレドニオさんに連れられてやって来た。

 見た目は小柄な人族のようだが、なんだかグリフィニアの冒険者でサンダーソードの一員のマリカさんに、少しばかり雰囲気が似ている。彼女は獣人族の猫人なのだけどね。


 彼はその別邸で奥さんとふたり、管理人として暮らしているのだそうだ。


「樹林を見物したいとか。そいつは何とも奇特なことだのう」

「これ、サンチョ。言葉遣いは気を付けなさい」

「わしは、普段通りしか喋れんだて」

「ぜんぜん構いませんよ、セレドニオさん。普段通りが互いに気遣い無くて、僕らもその方が楽ですから」

「ふん、外国の貴族の坊ちゃんと聞いておったが、話はだいぶ分かりそうだの」


 セレドニオさんはやれやれという表情で少し心配そうだけど、こういう感じは慣れてますから大丈夫ですよ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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