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第39話 都市国家セバリオに到着

 アヌンシアシオン号がセバリオ港の埠頭に着岸した。

 7日間お世話になった客室を片付けて、俺たちは甲板へと出る。この間に広げた各自の私物は、ふたつのマジックバッグに収納するだけなのだけどね。


 甲板には既にロドリゴ会長とヒセラさん、マレナさんも出ていて、接岸作業を終えたグラシアナ船長以下の乗組員たちも揃っていた。


「グラシアナ船長、皆さん、大変にお世話になりました。アヌンシアシオン号のお陰で、快適に海の旅を楽しむことが出来ました。本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。ザカリー長官とエステルさまご一行にご乗船いただいて、これまでに無く楽しい航海が出来ましたよ。お帰りの際も、たぶん当船に乗っていただくと思いますので、またお会い出来るのを楽しみにしています」


「では、また」

「セバリオ滞在をお楽しみください」


「ザカリー長官とエステルさまご一行が下船される。一同、礼っ」


「ピューイー」という号笛の音と乗組員の皆さんの礼を受けて俺たちはアヌンシアシオン号を下船し、セバリオの地へと降り立った。

 みんな、足元は大丈夫ですか? 揺れてませんか? ああ、エステルちゃんも、お姉さん騎士やリーアさんも大丈夫だね。ケリュさんとカリちゃんは、心配するだけ無駄か。



 埠頭にはミラプエルトでと同じように3台の馬車と、それから何頭かの馬が待っていた。

 そしてその馬車の前で、護衛と思しき屈強な男性ふたりを従えて立つ小柄で白髪の女性は、あれはベルナルダ・マスキアラン婆さん議長ではないですか。

 わざわざ議長自ら、俺たちを迎えに来てくれたのですな。


「あ、お婆ちゃんが来てます」と、ヒセラさんとマレナさんがタタタッと駈けて行った。

 彼女らもベルナルダ婆さんと会うのは、昨年の夏以来なのだろうね。

 そのベルナルダ議長は、抱きついて来たふたりの孫娘と何言か言葉を交わし、そしてゆっくりと近づく俺たちの方へと顔を向けた。


「ようこそお出でなさった、ザカリー長官殿、エステルさん、皆さん方。ロドリゴさんもご苦労さまだったな」

「ご無沙汰しております、ベルナルダ議長。お招きに預り、こうして罷り越しました」

「まあまあ、このセバリオでは硬い挨拶は不要ですがな。わたしのことはベルナルダ婆ちゃんで良いですぞ。のうザックさん」


 うちの者たちもあらためて紹介をし、それぞれご挨拶をする。リーアさんは会ったことがあったかな? 初めてでしたかね。


「ほほう、エステルさんの侍女さんとな。だが、エステルさんの里の人では無いかの? どうやら、別のお顔をお持ちのようだで」

「ベルナルダさまには、お見通しみたいですね」

わたしらも取引があるでな。それから、ベルナルダ婆ちゃんだよ、エステルさん」

「はい、ベルナルダお婆さま」


「ふふふ。まあそれで良いかの。で、こちらの御方は?」

「あ、僕とエステルちゃんの義兄にあたりまして」

「ケリュと申す。ザックとエステルがお世話になっておるようで。今回の滞在、よろしく頼む」


「ほほう、ザックさんとエステルさんの義理のお兄さまかいな。と言うと?」

「シルフェ様の旦那様でして」


 それを聞いたベルナルダ婆さん議長は少し目を丸くして、ヒセラさんとマレナさん、そしてロドリゴさんの顔を見る。3人は共に小さく頷いた。


 それで彼女は、「これはこれは。ようこそ、セバリオにお出でくだいました」と言って腰を折り深々と頭を下げた。

 そして顔を上げると俺の方を見て、「して、お立場はどのように?」と聞いて来る。


「ケリュさんは僕らの義兄あにですけど、うちの騎士ということで」

「ザックとエステルの義兄あにではあるが、同時にザックの配下の騎士だな。まあそれ以上は、特段に気にせんでも良い」

「ほほう。……でありましたら、仰せのように」


 ヒセラさんとマレナさんもそうだけど、ベルナルダ婆さん議長はシルフェ様のことをどう認識していて、またその旦那様と紹介されたケリュさんをどう解釈したのか。

 いちどちゃんと聞いてみたいところだけど、なんだか思った以上に藪蛇になりそうなので、聞くのは止めて置きましょう。


 ただ、商業国連合の議長であり、この国最大の商会のトップであるこの婆さんが、貴族や王族などとは性格の異なる懐の深さを持っているのだろうとは想像が出来ます。




「まずはわたしの屋敷へ」ということで、3台の馬車に分乗して港を出た。

 馬車に乗る組み分けはミラプエルトのときと同じだが、俺の乗った馬車のエステルちゃんとカリちゃんが座る間に、何故かベルナルダ婆さん議長がちょこんと座っている。


 まあ小柄の婆さんなので、特に窮屈ということでは無さそうだけどさ。

 お孫さんたちの乗る馬車じゃなくて良いの?


「ふふふ。到着したばかりでお疲れでございましょうが、この御方たちとわたしとだけで話をする機会は、そうそうは無いと思ったでな」


 この御方たちというのは、要するに俺とエステルちゃんと、ケリュさんとカリちゃんということですよね。

 それでこの婆さんが次に何を言い出すのかと黙っていると、石畳の道を走り揺れる馬車の中で、彼女は小さな身体の背筋をこれまで以上に伸ばした。


「ケリュさまと、それからカリさんは、今回どうしてこの南の国に御座りましたかな?」

「わたしはザックさまの秘書ですから、どこでも一緒に行きますよ、ベルナルダお婆さま」

「ほほほ、カリさんはそうだったの。して……」


「我か? 我はそうだな、……ヒマだからな」

「ははぁ?」


 ケリュさんの返答に婆さんは怪訝な声を漏らし、俺たちは思わず吹き出しそうになった。

 このベルナルダ婆さん議長が態々俺たちと同乗し、この面子で話をしたいと人外のふたりに来訪理由を質問して来たのは、つまり真の正体を測って置きたいと思ったからでは無いかな。


「あとはそうだな。昨年よりザックの元に来て、つまり久し振りに各地を訪れる良い機会だったこともある」

「それは例えば、ご視察やご観察、ということで?」

「視察や観察? そんな大層なものでは無いぞ。いま現在の見聞ということだ」

「いま現在の見聞でありまするか。その、この南の地で、特に何かということではのうて、でしょうか?」

「いや、見聞して、美味いものが食えれば、それで良いのだ」


 ベルナルダ婆さん議長はひとまず安堵した表情になった。この会話の間中、じつはかなり緊張していたのが伺える。


 それはそうだよな。

 いくら俺とエステルちゃんの義兄とは紹介されても、何やら正体の知れぬ、人では無い存在とおそらく勘づいていて、そんな存在が自分の統治する国に来たのだからね。

 国の責任者として警戒しない訳が無い。



 馬車の窓の外にはセバリオの街の風景が流れて行く。

 石畳の道幅は割と広く、盛んに人や荷を積んで運ぶ馬車が行き交っているのを見ると、ここが商業の街であるのが伺える。


 街並の建物はミラプエルトに似ているが、白一色の壁では無く、赤い煉瓦や青や緑、黄色などに着色された壁と柱、外壁に飾られた原色模様の皿などの陶器。

 ベランダには亜熱帯の色彩の強い花に彩られた花壇があり、南の国を実感させる緑が濃い街路樹などなど、街の中が様々な色彩に溢れている。


 あの街路樹は? カァカァ。ゴムの木に似てるのか。あとあの大きな木は、タマリンドという亜熱帯の樹木に似ているんだね。


 ちなみにタマリンドというのはクロウちゃんによると、でっかいソラ豆のような果実が採れるそうで、その実は大変に栄養価が高く、酸味が多少強いものの甘酸っぱくて美味しいのだそうだ。

 俺、どの人生でも見たことも食べたことも無いのですけど、どうして知ってる? クロウちゃん。カァ。


「あれは、タマリンドラの木ですのう。甘酸っぱい実がたくさん採れるで、そのまま食べたり砂糖漬けにしたりと、この南の国の代表的なフルーツだて」


「へぇー、それは是非とも食べたいですわね」

「何か新しいお菓子に出来ますかね、ザックさま」

「あ、うん。タマリンドラ、ですか。これは味わってみたいな」


 こっちではタマリンドラと言うんだね。まあ、名称が少し訛ったという感じなのだろうか。

 その点ではショコレトールと同じだよな。カァカァ。



 このセバリオの街はミラプエルトと同様に港湾都市ではあるけど、あちらみたいな坂道はほとんど無くて、比較的平坦な土地で構成されている。


 街の中心部には様々な商会の本店や商業店舗が集まっていて、それを囲んで職工地区や住居地区などがあり、港湾部には倉庫街と漁業地区そして造船場地区があるという。

 街の外縁部には農業地区があって、野菜畑や果樹園、畜産場などが広がるのだそうだ。


 更にその外側は樹林地帯で、その中にいくつかの衛星村と言える農村があり、それらを含めて都市国家セバリオが構成されている。


「商業国連合のどの街も、ここと同じようなつくりでな。その中でもセバリオが、いちばん大きな街ですわいな」

「そうなんですね」

「さて、そろそろ屋敷に着きまする」


 ベルナルダ婆さん言葉に窓の外を見ると、大通りから広場へと馬車が進んで、その広場をぐるりと廻った向うに、ここまで眺めて来た建物の中でもひと際大きな建物がある。

 俺たちが乗る馬車はその正面の馬車寄せで停車した。


「はい、お疲れさんでした。ここが商業国連合評議会議長本部であり、マスキアラン商会本店であり、わたしの屋敷でありますわいな。さあ、降りた降りた」


 護衛の屈強な男性が馬車の扉を開けてくれて降りると、こちらの地方の衣装なのか俺たちの夏服に近い、わりとカジュアルな白っぽい上下を着た白髪の上品そうな男性が出迎えてくれていた。

 その男性の後ろには、花柄模様のブラウスとスカートの同じような衣装を着た中年女性と若い女性のふたりが控えている。


「セレドニオさん、出迎えご苦労さん。ラモナさんとソラナもな」


「ようこそお出でくださいました。ザカリー・グリフィン長官閣下、エステル様、ご一行様。私は当家の執事を仰せつかっておりますセレドニオと申します。どうぞよしなに。それからこちらは、侍女頭のラモナと侍女のソラナにございます。ほかにも侍女はおりますが、主にこの2名が皆様のご滞在中のお世話をさせていただきます」


「これはご丁寧に。ザカリー・グリフィンです。滞在中、よろしくお願いします」


 このセバリオ滞在は宿屋やホテルでは無く、ベルナルダ婆さん議長のこの屋敷に泊まらせていただくことになっている。

 それで俺たちの一行もそれぞれ紹介と挨拶を交わした。



「堅苦しいのは、ここまででよいわな。わたしらは王族でも貴族でもないので、まあ普段は庶民と同じ。ザックさんたちも、その方が気楽で良いと思いますがな?」


「ええ、うちも貴族とは言っても庶民みたいなものですし、普段からざっくばらんなのがうちの流儀ですので、それでお願いします」

「ザックさまもわたしも、うちの皆も、その方が楽ですので何よりです」


「承知いたしました。そうしましたら、まずは屋敷の中へ。ささ、どうぞお入りください」


 大きな玄関口から屋敷の中に入ると、そこは風通しの良い広々としたホールラウンジ空間になっていた。

 セルティア王国の王宮や上位貴族の屋敷のような無駄な豪奢さは無いけれど、高い天井のこの空間は南国風の上品な装飾に彩られている。


 ベルナルダ婆さんは庶民と同じなどと言ったけど、さすが商業国連合で随一のベルナルダ商会の財力を感じさせますな。

 でも嫌味な感じは全くなく、ミラプエルトで宿泊したホテルにも似た南のリゾートホテルを思わせる雰囲気が心地良い。


 この屋敷の建物は、1棟がベルナルダ商会の本店区画と居住区画とに分割されていて、内部で両方の区画を行き来出来る通路が繋がっているのだそうだ。

 ちなみに都市国家セバリオの行政の業務も、商会の本店側で行われているとのこと。


 いま俺たちが居るホールラウンジは居住区画で、普段ここに住んで居るのはベルナルダ婆さんと使用人だけだという。

 孫で従姉妹同士のヒセラさんとマレナさんのそれぞれの家族は、この屋敷とは別の家に住んで居るのだとか。


「子供たちも一家を構えて、爺さんが亡くなって、わたしだけの住まいになってしまいましたがな。それにこの孫娘ふたりも、長らくセルティア王国に行っておる。だがその分、部屋はたくさんあるで、この屋敷をご自分の家だと思って自由に寛いでいただいて結構ですわいな」


 ラウンジに腰を落ち着けると、俺の隣にちょこんと座ったベルナルダ婆さんがそんなことを言う。


「お婆ちゃん、寂しかった?」

「ふん、寂しくなんぞないわ、マレナ。おまえらは、あとでちゃんと自分らの家に帰るんだぞ」

「相変わらず意地っ張りね、お婆ちゃん」

「でも今日は、マレナもわたしも、そうさせていただきますわね」

「ヒセラもマレナも、何年振りかで親に甘えて来い」


 そうなんだね。

 何日間の滞在になるのかはいまのところまだ不明だけど、でも俺たちが居る間は賑やかになりますよ、きっとね。



「さて。着いて早々ですがの。エルフ連中のことですわい」

「あ、そうでした」


 初めての船旅と、異国情緒溢れる南国の雰囲気ですっかり意識から外れておりましたが、俺たちの今回の旅って、ショコレトール豆買い付けの件でエルフと交渉するのが目的でありました。


 カァカァ。いやいや、ちょっと頭から抜けていたけど、完全に忘れていた訳ではないですぞ。ちゃんと気にはしていましたし。カァ。えーと、ホントウであります。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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