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第38話 海賊を撃退、そして南の地へ

 一番手に甲板に上がって来たのは、いかにも身の軽そうな小柄の海賊。

 ましらのようなという言い方があるが、そんな雰囲気が見て取れる男がストンと甲板に着地すると姿勢を低くしながらこちらの様子を伺う。


 そしていまにも動き出そうとしたところを、ジェルさんが間合いを縮めてその動きを牽制した。

 だがその男は相手が女性と見て侮ったか、構わず走り出そうとする。そこを一閃、ジェルさんの剣が下から逆袈裟に斬り上げ、仰け反ったところを足で蹴った。


 海賊男は身体の正面を斬られたが、まだ致命傷では無い。

 しかし蹴られたことで甲板のへりまで吹っ飛び、かろうじてそこで踏ん張った。

 そこに局地的な突風が吹く。その男だけを目掛けて吹いた突風は、強烈な風で身体を持ち上げて月明かりの夜の海へと吹き飛ばした。


「すまん、クロウちゃん」

「カァ」


 ピンポイントの突風を吹かせたのはクロウちゃんだ。こんな連携がありましたか。

 彼はジェルさんとオネルさんの後ろでホバリングをして、ふたりが斬ったり剣で突いたりした海賊を吹き跳ばす役なのですな。


 左舷側から海賊どもはまだ続々と上がって来る。まあ、上って来てこちらの甲板に立てば、斬って海に落とすだけなんだけどね。

 ジェルさんはひと振りで斬っては蹴り、オネルさんも斬ったり突いたりする。

 エステルちゃんとリーアさんはショートソードでひゅんひゅんと斬って、おまけに自分の風魔法で吹き飛ばしていた。


 カリちゃんとライナさんは、どしゃんと鋼鉄のメイスで相手の肩口などを壊したりして、そのあと重力魔法でまさに海へ捨てるように落としている。

 一方でケリュさんは、自分の方に向かって来た大柄の海賊の胴体を目にも留まらぬ速さで横薙ぎに斬ると、その身体はまるで斬られたから飛んだという感じで海の遥か遠くまで消えて行った。


 あれって、斬らなくてもただ飛ばせば良いのでは? とも思ったが、ケリュさんは斬るという動作と飛ばすという動作を連続して行ったみたいだ。



 さて、そんな闘いというか始末の状況を俺は見ていたのだが、これはジェルさんたちに任せればいいかな。

 そう思っていたら、海賊がひとりその始末の場を抜けて俺を目掛けて走って来た。

 背中には短槍を背負っていて、それを走りながら両手で構えるとこちらに突っ込んで来る。


「若造、死ねやぁ」

「あ、そういう訳には」

「おりゃあ……ひっ?」


 声を挙げて短槍を突き出して来たので、横に動いてそれを躱しながら短槍の穂先を斬り落とし、そのまま童子切安綱どうじきりやすつなの刀先を伸ばして体が開いた相手の横っ腹を浅く斬る。

 そしてそこにキ素力の塊をドンと撃ち当てた。


 夜の闇の中に飛んで行って消えましたね。


「飛ばし過ぎですよ」

「槍が転がって来て、危なかったわよー」

「あ、申し訳ない」


 俺がキ素力を当てて海賊の身体を飛ばした時に槍の柄を手から離したようで、その柄が空中を回転しながら甲板の上を飛んで転がったみたいです。恐縮です。


「ザカリーさまは、そこで観戦を」

「手を出さなくていいですから」

「はいです」


 アヌンシアシオン号の左舷に接舷した2隻の小型船からは、20人以上が次々に乗り込んで来たが、その全てが斬られ突かれ打たれて海に落とされていた。

 そろそろ打ち止めですかね。



 観戦していろとお姉さん騎士に言われたので、その始末の様子を眺めていると、ケリュさんもひとり斬ったのみで俺の隣にやって来た。


「ケリュさんも、もうお終い?」

「ああ、ひとり片付ければ良いだろ。我が手を下したというしるしが刻まれれば、それで奴らも引く」


 そういうことですか。


 俺とケリュさんが見ている前で闘いは終わり、最後の仕上げとばかりにライナさんとカリちゃんがそれぞれ、空中に硬化したでっかい大岩を生成出現させると2隻の小型海賊船へと落とした。

 あー、あれはたまりませんな。こちら側に廻り込んで来たばっかりに、あの2隻の船は災難でした。


 一方で右舷側では、やはり1隻、2隻ばかり接舷して来た船があり、同じようにこちらの甲板まで上がって来た海賊どもが居たが、多勢に無勢でそれらはことごとくアヌンシアシオン号の乗組員たちに取り囲まれて撃退されていた。


 同時に火魔法の応酬も止んでおり、左舷側の2隻の小型海賊船の沈没もあって、ケリュさんが言った通りにどうやら海賊船団は引いて行ったようだった。


 なるほど、こちらの応戦が強力で海賊の倣いとして引き際が素早いというのもあったのだろうけど、ケリュさんがひと太刀参戦したことで戦神いくさがみの何らかのしるしが刻まれて、それが襲撃を終了させたらしい。


 まあこのことは、ロドリゴさんや船長たちには話せないけどね。


 ともかくも海賊船団の襲撃は終わり、残った8隻の海賊船は船足も速く引揚げて行った。


 本船の損害はほぼ無し。右舷側から接近して来た小型海賊船からも弓矢の攻撃があり、避け切れずにそれが掠ってしまった乗組員と、こちらの甲板まで上がって来た海賊どもを打ち払う際に若干の傷を負った乗組員が合わせて数名というだけで済んだ。


 その人たちには船医のナタリアさんと共に、俺とエステルちゃん、ライナさんとカリちゃんが手分けして治療を行いました。




「わたしたちは何も手が出せませんでした」

「ザカリーさまたちの戦闘に加わるのって、わたしたちじゃ無理ですけど」

「ともかくも、ありがとうございました。ザカリー様たちのお陰で、思いのほか早く撃退することができましたよ」


 グラシアナ船長以下は見張りを継続して強化すると共に、船に破損箇所などが無いかを総員で点検している。

 それでロドリゴ会長とヒセラさん、マレナさんと俺たちは船長食堂で闘いの後の休息だ。


「左舷から上がって来た海賊って、どのぐらいでしたかね」

「25、6人近くは来たのではないかしら、ヒセラ姉さん」


 まあそのぐらいでしたかね。俺とケリュさんでひとりずつ、あとはうちの6人の女性がそれぞれ4人ずつ始末したというところでしょうか。

 それにしても2隻の船から25、6人なので、1隻に12、3人が乗って来たということか。

 操船担当も含めると、30人以上の海賊を海の藻屑にしてしまったです。


「10隻の船団だったから、結構な人数を動員して来たということですか?」

「おそらく中型船は幹部のほか魔法要員と操船役が中心で、突入役の戦闘員は小型船に分乗していたのでしょうね。戦闘員はオール漕ぎもしますから。特に左舷側に廻ったのが、突入役の本隊だったのでしょう」


 なるほどね。右舷側の7隻が魔法戦と小型船での突破、弓矢での海上戦闘でこちらの戦力を引きつけ、その隙に本隊が力技で突入するという作戦だった訳か。


「その点では、本船にザカリー様ご一行が乗られていたのが、奴らの最大の誤算でしたな。はっはっは」


 ロドリゴさんは上機嫌で、一方、始末働きをした当のうちの女性たちは、お疲れさまということで供されたワインなどを口にしながら、先ほどの戦闘という程でも無い戦闘を振り返って話している。


「やはり、船を汚さずに斬るというのは神経を遣うな」

「クロウちゃんに直ぐに飛ばして貰いましたから、良かったですけどね」

「ジェルちゃんもオネルちゃんも、エステルさまたちみたいに風魔法で飛ばせば良かったのにー」


「そこはだな。剣の速さには遣えても、斬ったあとに風魔法で人間の身体を吹き飛ばすのは、なかなか」

「でも、こんな場合に備えて、風魔法の訓練をもっとしないとですね、ジェル姉さん」

「そうだな、オネル。こういう実戦だから、分かったこともあったということだ」


 お姉さん騎士の3人は、剣捌きと魔法との連続使用について話していた。

 ジェルさんとオネルさんは本来、魔法適性が無くて出来なかったのだが、シルフェ様の加護のお陰で風魔法が遣えるようになっている。


 それで剣術に風魔法を応用する訓練はしているが、今回のように斬った相手を続けて風魔法で吹き飛ばすというのは、なかなかに難しいだろうね。

 エステルちゃんとリーアさんは風魔法適性の極めて高いファータだし、子どものときから魔法の訓練をしているからこそ出来る技だ。


「ケリュさまとザックさまは、風魔法とか重力魔法とかじゃなくて、なんだか斬ると同時に、バカみたいに遠くまで吹き飛ばしてましたよね」

「ザカリーさまのはあれ、強化剣術とか特殊掌底とかと同じ感じよねー? きっと」

「あー、素のキ素力だけで飛ばしたのか。魔獣の咆哮みたいなもんですね」


「そうそう。キ素力で相手を吹っ飛ばすのって、ザカリーさまがちっちゃい頃からお得意だからさー」

「バカみたいなキ素力だからですよね」

「そうそう、災害級の魔獣並み。ケリュさまのは、えーと、わかんないわー」

「口に出しちゃいけないアレですよ、きっと」


 カリちゃんとライナさんの魔法姉妹が、俺とケリュさんのことを話しているけど、それから俺のことをバカみたいにとか災害級の魔獣並みとか言ってるけど、無視しましょ。

 ケリュさんのアレは、カリちゃんが言う通り口に出してはいけない神様のアレです。


 それから暫くして、船の点検や後片付けを終えたグラシアナ船長とヴィクトル航海長、ホアキン掌帆長兼魔導長やナタリア船医、パラシオス船匠も船長食堂にやって来て、俺たちは働きを讃えられて大いに感謝された。


 そしてあらためてワインが行き渡り、無事に海賊船団を撃退した祝勝と慰労の乾杯をし、ミラプエルト出航から2日目の航海の夜も過ぎて行った。




 翌日は何ごとも無く、群島海域の中を進む航海が続く。


 島と島との距離が比較的離れていて航行に安全な航路を進んでいるので、間近にそれらの島々を見ることは出来ないが、それでも現れては去って行く島を眺められる。

 どの島々も緑豊かだが、時折は岩肌が剥き出しになった岸壁も見える。おそらくは亜熱帯の樹木に覆われていてほとんど人の手が入っていないようだ。


「無人島ばかりなんですか?」

「ええ、ほとんどは動物だけの島ですね。ただし、あの島々のどれかに海賊の拠点がありますよ。いま進んでいる航路からは、もちろん見えませんけどね」


 なるほど、あのどこかの島に海賊が拠点を構えている訳か。

 この航路は、海域を行き交うほとんどの船が利用するので、こちらから見えている島のどれかには海賊の見張り所があるらしい。

 しかし、商業国連合としてはその海賊の見張り所や拠点を攻略するような活動は、これまでして来なかったそうだ。


「商業国連合は、軍を持っていませんので」

「それぞれの商会が戦力を有していても、ですよね」

「そういうことです。商会の船はあくまで交易や荷を運ぶのが第一義で、戦闘はその付属でしかありません。もし仮に国の海軍があったとしても、そこはやはり同じでしょうね」


 つまりは、その考え方が商業国連合たる所以ということだろう。

 常に商会単位での商業活動が第一義であって、戦力はそれを円滑に行うための手段だということだ。

 従って、基本的に自己完結型の組織で商売などは行わない国家の軍隊というのは、商業国連合の場合には存在し得ない。

 ちなみに軍事組織というのは、だからどの世界のどの時代でも強いのだけどね



「あの島には、魔獣とか魔物とかも居るんですか? ロドリゴさん」

「はい、エステルさま。いちおうは商業国連合でも、時には冒険者を使って島の資源の探索などはするのですよ。それで中には、魔獣や魔物が棲む島も確認されています。ただし、それらを討伐して資源を得るために島を開発する、というところには至っておりません」


「それは、海賊が居るから?」

「ええ、それもあるのですがね、ザカリー様」

「他には何が?」

「この群島海域は、狭い海と呼ばれるティアマ海の中でも、エンキワナ大陸に最も近いのですよ」


「ああ、そういうことですか」

「どういうことなの? ザックさま」

「それはね、エステルちゃん。エンキワナ大陸の勢力も、影響を及ぼして来る可能性があるってことじゃないかな。そうですよね、ロドリゴさん」

「はい、ザカリー様のおっしゃる通りです。ただ、あちら側が群島海域の島をどうこうしているという兆候は、未だ出てはいないのですがね。とは言えこの海域は、緩衝海域ということでして」


「アラストル大森林とちょっと似てますね」

「そう考えると、そうだね」


 アラストル大森林は、人間の力がその奥までは及ばない不可侵の広大な森だが、他方でセルティア王国と北方帝国との間に横たわる緩衝地帯ともなっている。

 そしてその不可侵の領域を守護しているのがフェンリルのルーさんであり、そして数多あまたの獣や魔獣、魔物たちだ。


「ただ、海賊の中には、向うの大陸から来た連中も加わっているらしいですがね」

「そうなんですね。種族的には?」

「人族、獣人族、いろいろですよ」


 エンキワナ大陸と言えば、こちらのニンフル大陸には居ない妖魔族かと少し身構えたが、どうやらそうでは無いらしい。

 向うにも人族や獣人族が居るのか。それはそうだよね。




 その翌日の午前、つまりミラプエルトを出航して4日目。俺とエステルちゃんとカリちゃんの3人は、甲板の船首近くで前方を眺めていた。

 昨日のうちには群島海域を抜け、アヌンシアシオン号は既にティアマ海からメリディオ海へと入っている。

 方角的には南東方向へと進路を取っていて、まだ陸地は見えないがこのメリディオ海に面した場所は既に商業国連合の支配地域だ。


 カァカァ。檣楼に居るクロウちゃんから、陸が見えるという通信が入った。

 俺たちが居るこの甲板上からも、間もなく見えて来るだろう。


「あ、見えましたよ、エステルさま。ほら、陸です」

「ほんとだ。見えて来たわね」


 前方に陸地が現れ、それがゆっくりと大きくなって行く。カァカァ。クロウちゃんが、港が見えると教えてくれた。きっとそれがセバリオの港だ。


「ようやくだわねー」

「早く陸に上がりたいぞ」

「しっかりと地面を踏みしめたいですよ」

「もうすぐですね」

「ふむ。この地は何が美味いかな」

「カァ」


 いつの間にかお姉さん騎士とリーアさん、そしてケリュさんも来ていて、うちの一行8人と檣楼から降りて俺の頭の上に止まった1羽で、ぐんぐんと近づいて来る陸地とセバリオの港を眺めている。


 いよいよ目的の地、商業国連合の都市国家セバリオだ。

 空は今日も抜けるような青空で、この航海の間中は幸いなことに毎日が好天だった。

 しかし、この亜熱帯のメリディオ海で俺たちを照らす陽射しはじりじりと熱く、朝早くから気温はかなり上がっていることだろう。


「でも、気持ちがいいよね」

「何ですか? ザックさま」

「この陽射しがさ、エステルちゃん」

「そうですね。それに初めての場所ですから」

「だね」


 さて、この南の地セバリオで何が俺たちを待っているのかな。

 俺はあらためて期待に胸を膨らませ、はっきりとその姿を現した港の数多くの船が停泊する光景を眺めるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

本話で第二部第1章は終了です。次話からは第2章セバリオ滞在編です(たぶん主に)。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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