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第37話 群島海域の海戦

「ザカリーさま、わたしたちはどうしますか?」


 アヌンシアシオン号の乗組員たちが慌ただしく海賊を迎え撃つ準備を整えているなか、ジェルさんがそう聞いて来た。


「そうだなぁ。海での戦闘がどうなるのか、僕にも経験が無いから分からないけど、まずは船長たちの戦いを見させて貰おうか。こちらは、いつでも戦闘に参加出来るように準備して待機だ」

「わかりました」


 ジェルさんは俺の指示を聞き、ライナさんたちを促して船室へと向かった。

 戦闘装備に着替えるのとそれぞれの武器の準備だね。それらはオネルさんが所持しているマジックバッグにすべて納められている。


「僕たちもいちおう準備をしておこうか」

「ですね。ここで夏服の旅装が汚れちゃうと嫌ですから」


「ザックさま、わたしも自分のメイスを出していいですか?」

「あー、巨頭砕き? 出すのはいいけど、船を壊さないでよね」

「普通のメイスでいいんじゃないの? カリちゃん」

「らじゃー」


 あの魔導武器である超重量のメイスをカリちゃんが振り回してマストなんかに当たったら、折れるどころか粉々に砕かれて船の航行が出来なくなりますから。

 それでエステルちゃんが普通のメイスでと言って、そちらにするようだ。カリちゃんなら普通の鋼鉄製のメイスでも、人間の頭ぐらいは砕けるよね。


「我はザックから貰ったカタナを出すかな」

「んー、いいですけど」


 ケリュさんも戦闘に参加するの? 相手は海賊とはいえ人間ですよ。

 それと、いざというときにケリュさんが遣えるように、前にも王都の地下洞窟で貸した大包平おおかねひら2尺9寸4分5厘を、旅に出る前に無限インベントリからカリちゃんの持つマジックバッグに移してあるけど、あれはあなたにあげた訳じゃないですからね。


「なに、殺したりはせんよ。他人の船を襲って金品を強奪する輩へのお仕置きだ」

「それは僕も同じ考えですけどね」

「剣やカタナでなら、死なん程度に斬って海に落としてやれば良いだろう。それで死ぬのなら、それだけごうが深かったということだ」


 悪行あくぎょう悪業あくごうとなって業報ごうほうをもたらすか。

 身体のどこかを斬られて夜の海に落とされたら限りなく死に近づくが、もし悪業あくごうがそれ程でも無く運が良ければ、仲間の海賊が助けてくれるかも知れない。



 俺たちも素早く装備を整え甲板へと戻った。

 海賊の船はまだ視認出来る距離まで来ていないようだな。


 ロドリゴさんに海賊との戦い方を聞いてみると、まずは魔法を撃ち込み、それで追い払えば良しとする。

 仮に接近、接舷されてこちらに乗り込まれた際は、極力打ち払い、殺そうが生きていようがやはり海に落とすのだそうだ。

 要するに船上に死体を残したり捕縛したりすると、その後が厄介になるので海に捨てるということらしい。


 同じく海に生きる者として、こちらにはこちらの、あちらにはあちらの生業なりわいと目的があり、こちらはその目的が阻害されるのを阻止すればそれで良い。

 そしてアヌンシアシオン号のただいまの目的は、乗船している客人つまり俺たちと若干の交易の荷を、なるべく早くセバリオの港まで送り届けることだ。


 なので、時間と労力と大切な人命を失ってまで、襲って来る海賊の相手をして殲滅するまで全面的に戦闘を行う必要は無い。

 それは海賊側も同じで、彼らの目的である標的の船に積んでいる荷や金品が容易に奪えないと判断すれば、引き際は早いらしい。


「私どもも、元を辿れば奴らと同様でして、共に海族ですからね」

「海賊も現在は海の商人も、海族という訳ですか」


 商業国連合の商人たちの出自が何なのかは良く知らないが、海族ということならそれはそうなのだろうね。


「まあ、特に私どもカベーロ商会や、あるいはマスキアラン商会の船と判れば、無闇に襲っては来ないでしょうが。しかし今回は、アヌンシアシオン号だけの単独航海ですから、そこはどうでしょう」


 商業国連合の船は、どこの商船でもその船だけで単独航海はせずに、だいたいは必ず武装商船と船団を組んで航海に出ると前に聞いたことがある。

 今回、アヌンシアシオン号が単独なのは、高速帆船であるということと同時に海賊たちにも知られた武装船だからなんだね。



「船が見えたぞー。右舷斜め前方からこちらに向かって来ます。海賊船と思われます。おっ、数が多いっ」

「何隻見える」

「中型、小型、合わせて……、視認出来る数で、10隻っ」


「わかった。総員、戦闘用意。魔導攻撃員はいつでも撃てるようにしろっ」

「アイアイサー」


 檣楼の見張りからの声が聞こえ、ヴィクトル航海長の指示が飛んだ。

 俺たちは航海士が握る舵輪の後ろの船長席の側で、ロドリゴさんやヒセラさんマレナさんと共に待機する。

 ようやく俺の探査範囲内にも海賊船が入り、その船影が認められた。確かに10隻だ。


 ジェルさんとオネルさんは魔導武器ではなく通常の剣の装備で、エステルちゃんとリーアさんはショートソード。ライナさんは、今日はカリちゃんと同じく鋼鉄製のメイスを持っている。

 慣れない船の上だし、格闘戦になるかどうか分からないのでそれにしたらしい。あなた、魔導騎士ですよね。でも船の甲板上だと、大穴とかも開けられないしな。


 ケリュさんとカリちゃんは暢気な感じで、海賊船が接近してくる方角を何やら雑談しながら眺めている。

 ケリュさんはマジックバッグから出して貰った大包平おおかねひらを腰に佩き、カリちゃんはメイスを腰から吊るしているけど、特段にこれから戦闘するという張り詰めた雰囲気では無いよね。


 それで俺も武器をどうしようかと思ったが、別に本赤樫の木刀でも良かったのだけど、何となくケリュさんに合わせて同じく地下洞窟で遣った童子切安綱どうじきりやすつなを佩いている。まあ、長めの得物の方が良いでしょ。



 10隻の敵の船影が距離200メートルほどで散開行動へと移った。甲板からもその姿が既に目視出来ている。

 海賊船は、アヌンシアシオン号よりも小振りの中型船が3隻。それよりも小型の船が7隻だ。


 その中型船のうちの1隻を中央に、他の9隻がアヌンシアシオン号を囲むように広がって進んで来る。

 先日の魔法訓練を考えると、こちらの攻撃魔法の有効射程距離は70メートルから100メートル。

 おそらく海賊側も同様だとして、その有効射程に互いが入る前にアヌンシアシオン号を包囲してしまおうということだろう。


「中型船に牽制撃ちを放て」

「火魔法、牽制撃ちだ。目標は中型船3隻。当たらなくても良い。牽制攻撃を開始せよ」

「火魔法、牽制攻撃、目標は中型船3隻。攻撃開始。放てっ」


 グラシアナ船長の命令にヴィクトル航海長が大声で指示を出し、魔導攻撃員を指揮するホアキン掌帆長兼魔導長が復唱して、火魔法攻撃が開始された。


 右舷の各所で持ち場を定めた5名の火魔法魔導攻撃員から、それぞれファイアーボールが撃ち出される。

 間隔を空けて接近して来る3隻の中型船までの距離は、まだ150メートルはあるか。

 双方が速度を落としているので、直ぐに互いの距離は縮まらない。


「私どもが1隻だけだとしても、こちらから逃げたりはしませんよ。カベーロ商会の船ですからね」と、先ほどロドリゴ会長が落ち着いた口調でそう言っていた。

 逃げればしつこく追って来るそうで、何よりもカベーロ商会の船としての矜持があり、そして逃げなどしたら海賊どもに示しがつかないのだそうだ。


 5発の火球がほぼ同時に夜の海に放たれた。

 うち3発が海賊船団を指揮していると思われる中央の船を狙い、1発ずつがその左右の船へと向かって飛んで行くが、牽制なので飛距離は不足していて届かない。


 すると向うの船からもファイアーボールで応戦して来た。中央の船から2発、左右からは1発ずつだが、もちろんそちらも届くことは無い。


「これは本気で挑んで来るようですな。アヌンシアシオン号が相当のお宝が運んでいると、奴らは踏んだのでしょう」


 そうロドリゴさんは言って俺の方を見た。


「尤も、我がアヌンシアシオン号が今回運んでいるお宝は、金品では無いので、狙いを外していますけどね」と、不敵な笑顔で微笑む。

 この会長も、10隻もの海賊船に攻められようとしているのに、なかなかに肝が座っております。



「廻り込んでいる小型船はどうするんです?」

「ああ、そろそろ対処を始めるでしょう」


 ファイアーボールの牽制的な撃ち合いが幾度か繰り返されるなか、散開した7隻の小型海賊船がこちらを包囲する位置取りで徐々に近づいて来た。


 海賊船団はどうやら、3隻の中型船が自分たちに魔法攻撃を集中させ、その隙に四方から小型船が接近する作戦のようだ。

 それでもし火魔法の攻撃がそれらの小型船に向いた場合には、今度は中型船が一気に突っ込んで来る筈だ。


「しかしこちらには、魔法攻撃の余力が充分にありますからね」


 そうなんだよね。

 このアヌンシアシオン号には魔導加速員という職種の風魔法の遣い手が8人も居て、彼らならウィンドカッターやウィンドボムといった攻撃魔法も撃てる。

 更には水魔法の遣い手も3名居るのだ。

 そして戦闘待機をしている多くの甲板員たちも、既に弓矢を準備している。


「どうやら、僕たちの出番は無いかな」

「そうみたいですねぇ。これは観戦だけで終わっちゃいますよ」

「カァカァ」


 小さい頃から厳しい戦闘訓練を受け、実際の戦闘も幾度か経験して来たエステルちゃんは、然程緊張もせずに余裕をもって初めてのこの船戦ふないくさを眺めていた。

 ジェルさんたちもおそらく、戦況のこれからの推移を予測し合ったりしながら見ているようだ。


「風魔法と水魔法で、接近する小型船の牽制を始めよ」

「弓矢はまだ良いですか?」

「温存しておけ。ただし左舷の注意を怠るな」

「アイアイサー」


 船長と航海長が手短にやり取りをし、直ぐに指示が出された。

 そして直ぐに、散開して接近を試みる小型船に向けてウィンドカッターとウォーターボムが撃ち出される。


 月明かりはあるとは言え、夜の海だ。

 右舷方向は火球の魔法戦で明るいが、その分、左舷側は檣楼の見張り要員にも見え辛い。

 そちら側へ廻り込んで来る小型船へも、グラシアナ船長は注意を促した。



「小型船、何隻か抜けますっ」

「よし、矢を放て」

「抜けて来た船に矢を浴びせろ。接近に注意っ」


 アヌンシアシオン号を囲むように接近して来た小型海賊船は、それぞれが帆を下ろして複数のオールで進んでいる。

 俺が前に居た世界で言うところのガレー船に近いかな。そして接近速度がぐんぐん上がっている。


 こちらが撃つウィンドカッターやウォーターボムは射程が短いのと、特に風魔法は帆を切り裂くには有効だが打撃の威力は低い。

 なので、帆を下ろしてオールで速度を上げた小型海賊船の幾隻かが、こちらの魔法攻撃を抜けたらしい。

 海賊船団との海戦は牽制から、いよいよ接近しての本格的な戦闘へ移行する。


 すると俺の探査で、左舷側に2隻の船が廻り込んで接舷しようとしているのが分かった。

 どうやら檣楼の見張り要員には見えていなかったようだ


「船長、左舷に海賊船が取り付こうとしている」と、俺は直ぐにグラシアナ船長に声を掛ける。


「なにっ。弓矢員、左舷に」


 船長と航海長が俺の声に反応して指示を出そうとしたとき、ガツッ、ガツッという音が連続して聞こえ、左舷の手摺やふちに幾つも手鉤のようなものが投げ込まれて引っ掛けられる。


 ガレー船のような船形である小型海賊船はアヌンシアシオン号より甲板の高さが低く、この投げ鉤から伸びたロープを伝わってこちらに乗り込もうとしているのだろう。


「ザックさま、ロープを燃やすか切りますか?」

「いやカリちゃん、船の奇麗な外板を焦がしたり傷つけたりすると申し訳ない。昇って来たら迎え撃ってやろう。船長、航海長、左舷側は僕たちに任せて貰えますか? みなさんは右舷側に集中してください」


「あ、はい、頼みます」

「お任せします、ザカリー様」


「任されました。よしっ、ジェルさん、みんな、やるよ。ってもいいけど、斬って海に落とす。それでいくよ」

「はいっ」「はーい」「らじゃー」


 なんとも気の抜けた返事も聞こえて来るが、うちの人たちはこういった仕事を始めると、声も出さずに素早く黙々と始末しますよ。

 エステルちゃんを見ると、もう1本ショートソードを出して二刀流になっていた。

 ケリュさんは腰に佩いた大包平おおかねひらすらりと抜いて、俺にニヤリと笑いかける。


 先陣を切るようにひとりの海賊がロープを昇り切って手摺に手を掛け、身軽に甲板へと跳んで降り立ち低い姿勢でこちらの様子を伺った。

 だがそこにもう、ジェルさんがするすると近づいて距離を縮めている。


 さて、では俺も少しばかりやりますか。

 そうして、童子切安綱どうじきりやすつな2尺6寸5分をゆっくりと鞘から抜いたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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