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第35話 バルトロメオ王太子のお願い

「ザカリー様、僕とお友だちになってください」

「へっ?」


 思いも寄らぬバルトロメオ・レンダーノ王太子とルチア・レンダーノ宮宰の訪問に驚いた皆がようやく落ち着いた。

 それで、同じく起動したホテルの支配人さんの指示によりラウンジを一時封鎖して貸切りにされると、そこに俺たちは案内された。


 ラウンジでお茶などを飲んでいた数名のお客様方、追い出してしまって申し訳ありませんでした。

 でも、ルチアさんがそのお客さんたちひとりひとりに声を掛けていたので、なるほどこの王国の王族はわりと国民と距離が近いのかもですね。


 それであらためてご挨拶をというところで、バルトロメオ王太子がいきなり口にしたのがいまの言葉だ。


「殿下、そのようにいきなりは。まずはザカリー殿とお話をして、それで順を追って」

「えーと、どういうことでしょうか?」


 王太子の隣のルチアさんが少し慌てた様子で口を挟み、俺は率直に彼にそう問い掛ける。

 ダークブラウンの長めの髪を無造作に左右に分けて垂らした王太子少年は、正面の俺やその左右後ろの美しい女性たちが少し吃驚した表情で自分を見つめているのに気付いたのか、その髪で顔を隠しながら恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いた。


 その様子を見てロドリゴさんが、「まずは、お座りになられてからにしましょう」と場慣れた様子で声を掛けて、この場の全員を座らせる。

 すかさず幾人かのホテルの女性スタッフが、支配人の指示で紅茶をサーブしてくれた。

 王太子と宮宰の一行には警護の騎士やお付きの侍女さんたちも居るので、俺たちの方と合わせるとまあまあ人数も多いですしね。取りあえずは落ち着きましょう。



 昨年のセルティア王国の王宮行事、セオさんとフェリさんの結婚式で顔を合わせてはいるが、バルトロメオ王太子やルチア宮宰と言葉を交わすのはこれが初めてだ。

 まああの時のあの場だと、子爵の息子程度の者が隣国の王太子や宮宰と話をする機会は無かったからね。


 それであらためて自己紹介をし、同席しているこちらの者たちも紹介した。

 商業国連合の都市国家セバリオ副首長であるロドリゴさんはもちろん、マスキアラン商会とカベーロ商会の兄弟支店長も面識があったが、ヒセラさんとマレナさんはちゃんとご挨拶をしていなかったみたいだ。


 そういった紹介や挨拶が終わり、まずは本題に入る前の軽い会話タイムです。

 バルトロメオ王太子は先ほどのいきなりの発言から、なんだか顔を赤らめたままだからね。


「王太子殿下は、ご勉学の方は?」

「あ、はい。僕はただいま、王国学院の2年生です。えーと、あの、ザカリー様は昨年にご卒業されて、直ぐに教授になられたとか。凄いです」


 俺がそう話し掛けると、今度は何だかキラキラした目でそんなことを言う。

 へぇー、良く知ってるね。そんな情報までこちらの王家に届いているですかね。イェッセさんらファータからの報告かな。


「教授と言っても特別栄誉教授という栄誉職で、学院生に講義をしたりとかでは無いのですよ」

「でも凄いです。それも、剣術と魔法と両方のですよね。僕もザカリー様に教わりたいです」


 こちらではミラジェス王国学院という名称らしいが、セルティア王立学院と同様で4年制だそうだ。なので彼は2年生だから、おそらく今年13歳という訳だね。

 それにしても次期国王となる立場なのに、ずいぶんと素直そうな少年ですな。

 うちの学院の後輩を見るようで、少しだけの会話なのに俺の中の好感度が上がる。あと、王族ということで言えば、どこかの第2王子と入替えたいぐらいだ。



「本日こちらに到着したばかりで、明朝には出航するという予定でしたものですから、こちらからのご挨拶は遠慮させていただいたのですが」


 王国学院での様子を聞くなどの会話が一段落したところで、タイミング良くロドリゴさんが、それまで黙って話を聞いていたルチア宮宰に顔を向けてそう投げかけた。


「ええ。ザカリー殿ご一行が、セバリオの船で当ミラプエルトにお立ち寄りというのは、承知しておりましたわ。と言いますのも、グロリアーナ叔母さまよりご連絡をいただきまして」


 やはりね。うちの王妃さんから連絡が来ていたですか。

 ルチアさんはミラジェス王国の現国王の末の妹さんで、セルティア王国のグロリアーナ王妃は先代国王の年の離れた妹だから、叔母と姪の関係になる。

 バルトロメオ王太子から見るとグロリアーナさんは大叔母で、セオさんは従叔父いとこおじという関係だ。


「ただ、叔母さまからご連絡をいただいてはいましたけど、航海途中にお立ち寄りになるのではと聞いていましたし、それも正確な日程は把握しておりませんでしたので、わたくしどもとしましても、特に何かということはありませんでしたの」


 しかしルチアさんて、昨年も遠目に眺めてそう思ったのだけど、こうして眼の前で顔を合わせてみると、長い黒髪と少しエキゾチックな容貌がなんとも妖艶で美しい御方ですな。

 お立場を知らなかったら、宮宰という国家の重職に就いている人だとか俄に信じられない。

 でも以前にグロリアーナさんから聞いたけど、ミラジェス王国随一の才女で秀才姫とか呼ばれていたんだよね。


「そうしましたら殿下が、ザカリー殿に会いたいと言い出しまして……」

「だって、去年にセオドリック叔父さんとフェリシア様から、ザカリー様のお話をいろいろ聞いたのです。機会があったら是非ともお目に掛かれって、そう言われたではないですか。それに、セオドリック叔父さんとザカリー様とはお友だちだって。だから僕も……」


 ああ、そういうことですか。それでさっきはいきなり、友だちになってくださいとか言っちゃったのか。

 いまのバルトロメオくんが言ったことを聞いて、俺の両隣に座るエステルちゃんとカリちゃんは、それから後ろに居るお姉さん騎士の3人もおそらくは、そんな素直な少年王太子の言葉に微笑んでいるだろうね。


「なので先日来、港の方にも通達して、それから密かにうちの探索の者にもお願いをしておりましたのよ。それにエステルさまは、彼らの本家のお姫さまだと承知しておりますし」

「まあ。わたし、そんな大層なものではありませんよ、宮宰さま」

「ルチアでいいわよ」


 ここの王家と王国を束ねる宮宰という立場のルチアさんだからか、エステルちゃんとファータのことはずいぶんと把握しているみたいだ。

 まあそれだけ、ファータの西の里とは良い関係を持っているということなのかもね。

 その点も、ファータとはほとんど関わりを持たないセルティア王国のフォルサイス王家とは、だいぶ異なる点でありますな。



「しかし殿下。どうして僕なんかと友だちになりたいのですか? 僕は隣国の、それも子爵の息子ですし」

「爵位とか、そういうの関係ないです。だって、セオドリック叔父さんとはご友人関係なのですよね?」


「まあ、そうなのですが。それは、僕の義兄とセオドリック王太子殿下とが古くからご友人だったこともありますし」

「でも、でしたら、甥の僕とだって……」


「殿下、ご友人関係というのは、それなりにお互いを知って、同じ時間を過ごしたりしてですね」

「そうしたらルチア叔母さんだって、僕と一緒にザカリー様のご友人になれるようにしましょう」

「あら、わたしもですか? うふふ、わたしも一緒にとの殿下の仰せですわ、ザカリーさま、エステルさま。どうしましょうかしら」


 バルトロメオくんのそんな言いように楽しそうに応答するルチアさんからは、次期国王たる甥を愛情豊かに庇護する優しさが感じられた。


 でもこの世界の13歳の少年にしては、少し幼いかな。あと、王太子としてだと素直過ぎるか。

 秀才姫と呼ばれたこんな美人の叔母さんが庇護者として側に居てくれれば、取りあえず王太子という立場で大丈夫なのだろうけど、将来的にはどうなのでしょうね。


 あとおそらく、セオさんやフェリさんから俺の剣術や魔法に関してかなり大袈裟な話を聞いたんじゃないかな。年齢的にも中二心を刺激するとか。


「私たちは明朝には出航してしまいます。ですので、そうですねぇ、セバリオからの帰りに、またミラプエルトに立ち寄ることにしましょうか。どうですか? ロドリゴさん」

「はい。行きは急ぐようにと、当商業国連合の議長より指示がありますので、明朝には発たねばなりません。ですが、お帰りの航海でもこちらに寄港することになると思いますので、その際は少しばかりご滞在するのも良いのではと」


「おお、それは良いですね。そうでしたら、是非とも王宮にお招きしましょう、ルチア叔母さん」

「うふふ。そうさせていただきましょうか殿下。いかがですか? ザカリー殿、エステルさま」


 セバリオでのエルフとの交渉が終わったら、アルさんに来て貰って空路で早々に帰ろうかなんてことも考えていたのだけど、これは帰りもアヌンシアシオン号に乗せて貰わないといけなくなりました。


 しかし、ミラジェス王国の王宮にお招きされるのか。

 ちょっと面倒臭いけど、でも目のキラキラ度が増しているバルトロメオくんの顔を見ると、やっぱり止めて置きましょうとは言えないよな。


「帰りの正確な日程はまだ分かりませんけど、ではその際には。予定とかは、たぶんあちらに控えている人から事前に報告があると思いますので」


 柱の陰で控えているイェッセさんとリーアさんの方をちらっと見て、俺はそう答えた。


「ええ、承知いたしましたわ。それにしても、ベルナルダ議長がお急ぎとは、ただのご招待では無いのかしら。よほどに重要なご用件とか?」

「あ、いえ、ちょっとした交易の件ですよ。交渉の相手先の予定もあるようでしてね」


「そうですのね。ザカリー殿はご卒業される前から、グリフィン家の外交のトップに就かれておられたのでしたわね」

「教授で長官なのですよね。凄いです」


 どうもバルトロメオくんの中では、彼の中二心をかなりくすぐる存在として俺をイメージしてしまったみたいですな。

 一方でルチアさんの方はあからさまに表情や言葉には出さなかったけれど、本当はどんな用件で俺たちがセバリオに行くのか、少しばかり関心を抱いたのが伝わって来た。

 いや本当に交易の件ですから。何の交易かは言えませんけどね。




 バルトロメオ王太子とルチア宮宰の一行が引揚げ、そろそろ夕食という時間になった。

 外に出ても良かったのだが、何だか疲れたのでホテルのレストランでいただくことにする。

 アンヘロ&ディマスの兄弟支店長は「明朝お迎えにあがります」と帰って行ったので、うちの一行とロドリゴさん、ヒセラさんマレナさんだけだ。


 ちなみにケリュさんは、カリちゃんが呼びに行こうとしたら、その前にクロウちゃんを頭の上に乗せてちゃんと2階から降りて来た。

 この神様、俺たちが王太子たちと会っていた様子とか、レストランへ行こうとするタイミングをしっかり把握していたよね。

 尤もクロウちゃんが彼と一緒に居たので、こちらの行動はクロウちゃんを経由して伝わるのだが。


 俺たちは食事をしながら、先ほどの王太子と宮宰とのやりとりを話し合った。


「素直そうで可愛い子だったけど、ちょっと心配かなー」

「ライナさんもそう思う? わたしも、あれで大丈夫かなって、そう感じたのよ」

「でもエステルさま。一国の世継ぎが、真っ直ぐの性格なのは良いことだと思うぞ」

「ジェル姉さんも真っ直ぐだから。エステルさまが感じたのは、ちょっと幼いってとこじゃないですか?」

「うん。あの子、13歳でしょ。ザックさまと比べちゃいけないけど、ほら、2年生の時の年齢よね」

「うーん、エステルさまったら、それは比べちゃいけないわよー」


「あと、ルチア宮宰さまって、ちょっと要注意かもですね」

「そうだな、オネル。さっきは王太子さまの良い叔母さまという雰囲気だったが、あれは王太子さまが側に居たからだろうな。宮宰という立場であるからには、絶対に侮れんぞ」

「それに、妙に色っぽかったものねー」

「ライナ姉さんと良い勝負でしたよ」

「おほほほ。カリちゃんもその辺がわかるようになったのねー」


 前にも言ったけど、ライナさんていつから「おほほほ」とかいう風に笑うようになったですかね。



「バルトロメオ王太子って、ご兄弟は居なかったんでしたっけ?」

「それは、ザカリー様。あの御方が御長男で、だいぶ歳が離れて幼子の妹君がおられたのでは無いですかな」

「まだ、3歳ぐらいの筈ですよ」

「10歳違いの妹だけか。すると、ほとんど一人っ子という感じですかね」


「昨年のことですけど、セオドリック王太子に叔父さん叔父さんって甘えていたみたいですよ。ね、ヒセラ姉さん」

「そう言えば、そうだったわね。昨年の夏はもう、わたしたちはセオドリック王太子さまのお側にはあまり居りませんでしたけど、そんなご様子を見掛けましたね」


 昨年夏のセオさんとフェリさんの結婚式を機会に、ヒセラさんとマレナさんは王太子付き侍女を辞したのだったよね。

 その結婚式の際に招かれて来たバルトロメオ王太子は、従叔父いとこおじの関係のセオドリック王太子に隋分と懐いたらしい。


「あのときにザカリーさまのことが話題に出て、それで憧れちゃったんですよ、きっと」

「叔父さんとか、お兄さんとか、ご友人とか、たぶん身近にそんな男性が居ないのね」

「そうかもですね、エステルさま」


 おそらく、エステルちゃんが想像する通りなんじゃないかな。

 セオさんがヴィック義兄にいさんと俺とが友人だとか話をして、おまけに俺の剣術や魔法を大袈裟に吹聴して、それでその3人の中で自分に一番年齢の近い俺に関心を持ってしまったと言う訳か。



 ケリュさんとクロウちゃんには、帰途にまたこのミラプエルトに立ち寄って、もしかしたら王宮に招かれるかも知れないという話をして置いた。


「ふん、飯が美味いからここにまた来るのは良いが、我らは王宮なんぞには行かんぞ。なあ、クロウ殿」

「カァカァ」


 ああ、あなたたちはそうだよね。

 神様も式神も、人間社会の王族とか王宮とかにはまったく関心が無さそうだからなぁ。


「それよりも、明日はまた海だな。少々荒れる予感がするぞ。クロウ殿もそう思わんか?」

「カァ」


 そうなんだね。海が荒れて船がだいぶ揺れるのかなぁ。

 ここまではずっと海は平穏でエステルちゃんやジェルさんたちも大丈夫そうだったけど、明日は船酔いとかに気を付けないとですかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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