第99話 隠れ里秘密旅へ、レイヴンメンバー集合
昨年の夏の終わりにウォルターさんが言った通り、半年余り待ってとうとうファータの隠れ里行きが決まった。
旅に出る日数は3週間以上。アン母さんが言っていたように、この世界に生まれて初めての大きな旅だ。
出発は、北方山脈の峠を越えるということもあって、春の暖かさが増す4月10日となった。
旅程は、初日にお隣のブライアント男爵領まで行って1泊。
そこから2泊3日の予定で山脈の街道から峠道まで行き、峠の国境監視所の手前で馬車を降りて間道に入り、峠を越える。
そこからは隠れ里までは徒歩で4日ほどの行程と言うが、俺はほとんどを早駈けで行くつもりで2日と見ている。
俺とエステルちゃんは、2日間ぐらい走り続けるのは全然平気だ。と言うか、ふたりだけなら9時間を走り抜けて、その日のうちに到着できると思う。
案内役のミルカさんも、ファータの探索者だから問題ないだろう。
問題があるとすれば警護のメンバーかな。
疾風のブルーノという二つ名を持つブルーノさんは心配ないとして、従騎士のジェルメールさんと従士ライナさんは大丈夫だろうか。
まあ、騎士団で鍛えられているだろうから、多少は無理させても平気だと思うけどね。
4月に入ってすぐに、旅に行く全員が集められた。
なお、ミルカさんはあれからアプサラにいちど戻った後、すぐに領都に再度来て日程を確認し、今回の決定を里長に伝えにまたファータの里に行っている。
彼とは4月14日に峠の街道で落ち合う予定だが、まさに西に東に八面六臂の活躍だ。
叔父さん、申し訳ない。
騎士団の警護メンバー、つまりアラストル大森林探索の時の臨時パーティであるレイヴンのメンバーには、今回の旅の秘匿を徹底するためについ昨日、3週間以上の警護の旅に出ることを申し渡したそうだ。
だから、騎士団本部ではなく領主執務室に集められた彼らは、戸惑いと緊張のなかにいる。
「本日、今回の警護任務について説明するために集まって貰った訳だが、この場に来て既にどなたの警護かはもう把握しているだろう」
クレイグ騎士団長が3人にそう口を開いた。
それぞれ顔を見合わせ、俺とエステルちゃんの方を見る。
「警護は4月10日より約3週間。まだ君たちにはそこまでしか申し渡していない。本日は子爵様と奥様もご同席のうえで、その詳細を説明する」
今日も集まっているのはいつもの人たち。父さん母さんに、家令のウォルターさん。それからクレイグ騎士団長にネイサン副騎士団長だ。
「あと、騎士団本部ではなく、なぜ子爵様の執務室に来て貰ったのかだが、今回の任務は秘匿を要する任務だからだ。であるから、これから説明する任務内容、そして今後の準備のすべてを含めて、騎士団内部であってもいかなる者にも内容を漏らすことを厳禁する。いいな」
その騎士団長の言葉を聞いて、3人の緊張が一挙に高まった。
「それでは任務を説明する。今回の目的地は、ここにいるエステルさんの里、つまりファータの隠れ里だ」
別に劇的効果を狙った訳ではないのだろうが、騎士団長はここで言葉をいったん止めた。
3人は一様にはっとした顔になり、思わず口を開きそうになるのをなんとか思い留まったようだ。
ファータの里が隠れ里であり、ファータ人以外には誰も知られていないのは、騎士団員ならば知っている。
ましてやエステルちゃんとは、何度も行動を共にしているメンバーだ。
「出発は4月10日。旅程はまずブライアント男爵領で1泊し、その後2泊3日でエイデン伯爵領を起点とする北方山脈越えの街道から峠道へと行く。現在、説明できるのはそこまでだ。ブライアント男爵領では男爵様の館で宿泊するが、以降は、旅の商人一行を装い、民間の宿屋、または場合によっては野営も想定する。ここまではいいか」
クレイグさんはここで説明を区切り、3人を見渡して「ここまでで、何か質問はあるか」と発言を許した。
「き、騎士団長」
「なんだ、ジェルメール」
ジェルさんがおずおずと口を開く。
「4日で北方山脈越えの峠道までとなると、騎馬か馬車の移動かと思われますが、移動手段の具体的計画は?」
「そうだな。まず今回、ザカリー様とエステルさんに乗っていただくのは、旅商人を装うため、子爵家乃至は騎士団の紋章入り馬車ではなく、民間が使用する馬車に擬装したものとする。ブルーノは知ってると思うが、あの馬車だ。それでブルーノが御者、あとの君たちは、ブライアント男爵領までは先方に違和感を持たれないよう騎馬で随行し、その後は馬車に同乗して貰う。なお、騎馬は男爵領で回収させる」
子爵家専用の馬車はグリフィン子爵家の紋章、騎士団の馬車にはそれに似たグリフィン子爵領騎士団の紋章が掲げられている。
さすがに今回は、その馬車には乗って行けないよね。あの馬車か。
「そこまでは分かりました。それで、峠道に入った後はまだ説明できないとのことでしたが、どのような指示で行動することになるのでしょうか?」
「当然疑問に思うだろうが、ことは隠れ里の場所の秘密に関わるだけに、峠道に到着するまでは、というか男爵領を出るまでは説明できないということだ」
「これだけは言っておくと、君たちも会ったことがあるかも知れないが、峠道からはファータの探索者であるミルカが道案内をする。そして、ここからは馬車から降りて徒歩となる。馬車は別の者が回収する。」
ミルカさんと3人は、港町アプサラでの竜人の双子の兄妹を預かった一件で、向うで顔を合わせているよね。そのほかでも会っているかもだけど。
「帰りの移動手段はどうなるのですか?」
「今のところ、行きと逆の手順となるようこちらで準備する予定だ」
「先方での滞在日数は?」
「およそ1週間を想定している」
「ほかに質問はあるかね?」
「あの」
「なんだ、ブルーノ」
「ファータの里の人たちは、自分ら護衛の者がザカリー様とエステルさんと一緒に行くことを、了解済みと考えていいんでやすか? と言うか、自分らも隠れ里に入れるんでやすか?」
「うむ、それについては先方の里長の了承を得ている。つまり君たちは、ザカリー様と共に、おそらく極めて数少ない隠れ里の体験者になる訳だ」
俺はブルーノさんの眼が、ひときわ輝いたのを見逃さなかった。
護衛女子のふたり以上に、いつも冷静な彼が凄く興奮しているのが伝わって来る。
子爵領随一の斥候職と言われるブルーノさんでも、この経験は極めて稀少なものになると感じているのだろう。
「旅と護衛に必要な装備の準備など、詳細はネイサンと相談してくれ。私からは以上だ。子爵様、奥様、何かお言葉はありますでしょうか」
「うむ、ありがとうクレイグ。それでは少しだけ。今回のザックの旅は、ファータの人たちとの友誼をより強くする、大切なものだ。君たちは3人は、先の大森林探索でもザックを良く護り、献身的な働きをしたと聞いている。なんでも冒険者のように、パーティ名まで付けたそうだな。レイヴンだったか」
ヴィンス父さんはここで言葉を区切る。父さんもレイヴンを知ってたんだね。
「そうだな、表立ってはそう機会が無いだろうが、その名を今回も名乗ることを私が許可する。ザックとエステルさんを護り、また冒険者パーティのように協力して目的を無事達成して貰いたい。頼むぞ」
「はい、子爵様」
「わたしからもね。エステルさんには言ってあるけど、今回はザックの初めての大きな旅で、それにエステルさんが里に帰省するという、ザックとエステルさんのふたりの旅でもあるの。みんな強いって知ってるから心配はしてないけど、ふたりをいつも見護ってあげて、無事に帰って来てくださいね。お願いします」
アン母さんは、そこで3人に頭を下げた。
エステルちゃんもそれに合わせて、深く頭を下げている。
「奥様、私たちにそんな……。何があってもおふた方をお護りします」
3人は口々にそのような言葉を口にした。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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