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第33話 ミラプエルトのマルシェ

 フェデーレと名乗った筆頭検査官からは「当ミラプエルトの滞在は1泊で、明朝には出航と先ほどご申告をいただいております。ですが当官の職務として、ザカリー・グリフィン長官閣下ご来都を王宮に報告せねばならぬのですが、よろしいでしょうか?」と問われた。


「いや、それは止めて」とは言えないので、逆に事前に断りを入れて貰ったことへの感謝の意を伝える。

 俺は爵位持ちでは無いし、ほんの立寄りだけなので、敢えてこちらの王宮に当方から直接に届出をしたり挨拶のために訪問するなどの義務は無い。


 とは言え、外国船の出入港を取扱う入港検査官としては、報告事項なのだろうね。

 これは、グリフィン子爵領の港であるアプサラでも当然にそうだ。入港した船の情報は、港からモーリス・オルティス準男爵の代官事務所へと報告が行き、かつ現在は調査外交局となったアッツォさんたちのアプサラ支局もその情報を共有する。



 フェデーレさんとジャンニさんふたりの入港検査官が手続きを終えて下船し、いよいよ俺たちも上陸となった。


 本日宿泊する宿までは、マスキアラン商会のアンヘロ支店長とカベーロ商会のディマス支店長が馬車で送ってくれるそうだ。

 埠頭まで乗り入れて停車している何台かの馬車は、それ用だったのだね。


 例えば前々世で要人などが空港に到着した際に、飛行機発着場所までクルマが入って来るのと同じですな。

 つまりVIP扱いということで、商業国連合セバリオには気を遣わせて申し訳ありません。


「それでは行って来ます」

「明朝までの短い時間ですけど、ミラプエルトを楽しんで来てくださいな」


 グラシアナ船長のそんな言葉と整列した乗組員のみなさんに見送られ、俺たちは仮設階段を降りて下船した。

 彼女らは若干の商売上の荷の積み降ろしと、あと食料などの積込み作業があるので、上陸はせずに船に残るのだそうだ。


「お昼がまだだし、だいぶお腹が空いたわねー」

「ですよね、ライナ姉さん」

「宿に着くまでは我慢しろ」

「だってー。オネルちゃんもリーアちゃんも、ジェルちゃんだって空いたでしょー」

「えーと、空いていないと言えば嘘になります」

「わたしは、空腹を堪えるのには慣れているのですけど」


 リーアさんは本職が探索者なので、水以外はほとんど何もお腹に入れずに何時間も何日も潜んでいる、といった訓練をして来ているんだよな。


「でも、わたしもお腹が空いて来たわ」

「ですよねー、エステルさま。ほらリーアちゃん」

「じつはわたしも、です」


 今日は入港の日ということで、そのための作業がある船長や航海長に合わせて、朝食がかなり早かったのですな。

 それでお昼前に港に着き、埠頭に接岸する作業や入港検査官の乗船などと、ここまで結構時間が経過している。

 当初から今日の昼食はミラプエルトでという予定だったので、確かにお腹が空きました。



 そんなこちらの会話を聞いていたロドリゴさんが、「それでは宿に行く途中で、どこかで昼食としましょうか。いい場所はあるか? ディマス」と言ってくれた。


「それでは、セントロ市場マルシェにある料理店はどうでしょうか? なあ、アンヘロ」

「ああ、それが良いな。ついでと言ってはなんですが、市場マルシェも見ていただきましょうかな」


 そう兄弟支店長が言って、良さげな料理店の席を確保するために直ぐに部下を先行させてくれた。

 ミラプエルトのセントロ市場マルシェというのは、かなり大きなマーケットなのだという。


 魚介類はもちろん肉や野菜といった食材。ハム、ソーセージ、チーズ、パンなどの加工食品や酒類から、様々な日用品、雑貨、衣料品、服飾品。本や美術品、骨董品などから武器や武具、装備品、ポーション類まで、多種多様な商品を売る店が集合していて、庶民から貴族家までが利用する。つまり巨大ショッピングセンターと言ったところだろうか。


「わたしたちも以前に行ったことがありますけど、なかなかの市場マルシェですよ、エステルさま」

「料理店や食堂、屋台もたくさんあって、とっても賑やかなんです」

「わぁー、それは楽しみだわ」

「お昼ご飯を食べたら、市場マルシェ巡りですね」


 ということで、陸に上がるなり女性陣が盛り上がっています。


義兄あに上、これは長時間になりそうですぞ。辛抱は出来ますか?」

「だな、ザック。なに、我もシルフェと長きに渡り夫婦であるから、そういった辛抱の類いはしっかり身に付けておる」

「カァカァ」


「キミは飽きたら、勝手に飛んで行くでしょうが」

「あ、我もクロウ殿と……」

「ケリュさんはダメです」

「であるな」


「ザックさまとケリュさま、クロウちゃんも、そこで何をコソコソ話してるの? 馬車に乗りますよ」

「はいであります」「おう」「カァ」




 マスキアラン商会とカベーロ商会が用意してくれた3台の馬車に分乗し、俺たちはミラプエルトの街中へと出発した。


 摺鉢状の港町の地形からか、セルティア王国の王都フォルスのような街の中央を真っ直ぐに伸びる大通りは無いらしい。

 なので、幅員のあまり大きく無い緩やかな曲線の上り坂が続く。


 ただし道の両脇の建物はだいたいが2階建てで、それほどの圧迫感は感じない。何よりも低木の街路樹に溢れ、白い漆喰壁の街並と各建物のベランダに飾られた鉢植えの花などが、馬車の窓から見ていて楽しく華やかだ。


 俺の乗る馬車にはエステルちゃんとカリちゃん、ケリュさんにクロウちゃんが乗っていて、特に俺とエステルちゃんは、馬車の左右の窓から見えるそんな街並の風景に目を奪われていた。


「やっぱり、グリフィニアやフォルスの街とは違うんですね。建物のかたちや色とか、何だか明るく見えます」

「そうだね。うちの方とかはあまり白壁って無いし、まさに外国に来たって感じだ」

「白い壁って言うと、ヴァネッサ館ぐらいですものね」


 ヴァネッサ館というのは、ヴァニー姉さんがお嫁に行くのを機にグリフィン建設(仮)が建てた2棟の建物で、現在は調査外交局の本部と局員の宿舎になっている。

 確かにグリフィニアだと、白壁の建物はあれぐらいかな。


 一方でケリュさんとカリちゃんは、空から見たミラプエルトの街の全体像についてをクロウちゃんから聞いており、「ふむ。昔より街がだいぶ広がったのだな」とか、「やっぱりわたしも、空から眺めてみたいなぁ」とか話している。

 さっきもエステルちゃんから言われたけど、ダメだよカリちゃん。


「小さくなってもダメですかぁ?」

「小さくって、どのくらい?」

「いまのわたしの大きさくらい」


「いやいや。それでもダメでしょ。クロウちゃんぐらいならともかく」

「カァカァ」

「むぅ。さすがに、こんなにちびっ子になるのは無理ですよ」

「カァ」

「あ、ごめんなさいってば。突つかないでください」



 やがて道がいきなり開けて、石畳のかなり大きな広場に出た。

 広場の中心には噴水があって、その周囲でたくさんの人が佇んだり歩いたりしており、またその更に周囲を馬車や荷車などが周回して行き交っている。

 ここは街の中心の広場兼交差点ということですかね。なかなかに賑やかな場所だ。


 その一画に多くの馬車が停まっている場所があり、その向うには大きな門構えが見える。

 どうやらあそこがセントロ市場マルシェの入口のようだ。


 俺たちの乗る3台の馬車もその駐馬車場と言える場所で停められ、直ぐに馬車を降りたお姉さん騎士3人とリーアさんがこちらの馬車まで来て扉を開けてくれた。


「ここがセントロ広場でございます」

「そしてあちらから、セントロ市場マルシェへ入ります」


 ハンプティダンプティ、じゃなくてアンヘロ&ディマス兄弟が呼吸良く口を開き、先行して待機していてくれた両商会の支店員が先導して、市場マルシェの入口を入って直ぐの料理店へと案内してくれた。


「へぇー、こういう造りになっているのね」

「お花がいっぱいで、可愛い中庭ですよ、エステルさま」


 この料理店はカリちゃんが言ったように、色とりどりの春の花と緑の樹木で彩られた広い中庭をぐるりと建物が囲んでいて、その建物の中から中庭を眺めて楽しめるようにテーブル席が据えられている。まあ、前世の世界で言うパティオですな。


 こういった建物はセルティア王国の南部地方でも見られ、例えば俺もかつてのソフィちゃん奪還作戦で行ったことのあるグスマン伯爵領の領都タラゴで、ドミニクさんの家もこんな造りでした。


 マスキアラン商会とカベーロ商会で、そのテーブル席の一画をかなり余裕を持って貸し切りで押さえてくれていて、周囲を気にすることなく腰を落ち着けることが出来た。



 まずはワインで乾杯。ミラジェス王国はワインの産地でも有名だ。

 例えてみれば、セルティア王国のワインが前世の世界で言うところのドイツワインで、ミラジェス王国のものは南フランスかイタリア辺りのワインといったところですかね。


 出て来た料理は、新鮮な野菜たっぷりのサラダ、生ハムつまりプロシュートかハモンセラーノ、魚介の具材たっぷりのスープ、おそらく牛すじ肉のトマト煮込み、そしてボンゴレ風の魚介のパスタなどと、ランチにしては盛りだくさんだった。


 こういった料理は、学院生時代にお姉さん先生と良く行った学院内のカフェレストランやエンリケ食堂でも馴染みがあるけど、あちらは海の魚介類が少ないし、やはりこちらの方が食材も良く本場という印象だね。


 ほんの立ち寄りだけど、ミラジェス王国に来て初めての食事を美味しくいただきました。

 それで、食後のひとときもそこそこに腹ごなしということで、直ぐに市場マルシェ見物へと席を立った。と言うか女性陣に立たされた。


 買い物をするんですよね。ミラジェス王国のお金は? ああ、マスキアラン商会とカベーロ商会で立替えてくれるので、心配しなくても良いのですか、そうですか。

 俺とケリュさんとクロウちゃんは、暫くこのレストランで休んでいるとか、ダメですよね。それだと、いちおうお姉さん騎士の誰かが護衛と見張りに残らなきゃいけなくなるから、そんなのダメって、そうですよね。




「ザカリーさま、エステル嬢さま」

「ん? なに? リーアさん」

「あちらに」


 お店巡りをかなりの時間付き合って、ようやく少し休憩をしましょうかと市場マルシェの中にあるオープンテラスのカフェでひと休みしていると、いつの間にか消えていたリーアさんが戻って来て、小さくそう声を掛けて来た。


 そして彼女の視線の先を見ると、ああなるほど。カフェと向かい合う側の少し先にあるお店の横に、見知った顔が立って居た。

 あれは、ファータの西の里のイェッセさんではないですか。


「あら、イェッセさんね。ほかにもふたり、かしら」

「はい。お呼びしても?」

「もちろん。呼んで来て」


「(誰ぞ来るのか?)」

「(うちの西の里の分家の者で、あちらの次の里長さとおさ、ですよ)」

「(おお、そうか)」

「(こっちのファータの人ですね)」


 念話でエステルちゃんがそう話して、それを聞いていたライナさんがジェルさんとオネルさんにも小声で伝えたみたいだ。


 お姉さん騎士の3人も一昨年の地下拠点でのファータ集会で、イェッセさんには会っている。

 イェッセさんとはそのときに少しばかり俺と木剣を合わせたよね。あと確か、ミラジェス王国の仕事を受けていると聞いている。


 そうこうするうちに直ぐにイェッセさんが、おそらく同じ西の里のファータの探索者をふたり従えて音も無く近寄って来た。

 あ、そこで3人して片膝を突かないように。それから、ケリュさんに気付いて酷く緊張しないように。市場マルシェの中ですよ。人がたくさん往来してますからね。はい、そっちに座って座って。



「ザカリー統領、エステル嬢さま、ご無沙汰しております」

「イェッセさん、久し振り」

「ミルカ叔父さんから?」

「はい、エステル嬢さま。ミルカさんより西の里に通達がありまして、本日あたりにミラプエルトにご到着だろうと」


 良く見付けたね。と言うか、ファータの探索者だと当然か。

 聞くと、ひとりを港に配置し、アヌンシアシオン号の入港を見定めて馬車の行方を追うと共に、市場マルシェに入ったのを確認したのだそうだ。


「今回は1泊だけの立寄りだから、里の方へは行けないんだよね。本当は行ってみたいのだけど」

「いえ、お言葉はありがたいのですが、統領はご公務と伺っておりますので。またあらためて機会を作っていただければ」

「うん、そうさせて貰うよ」


「あと、その、こちらの御方は……」

「ああ、ケリュさんね。えーと、シルフェ様の旦那さん」

「ひゃっ」


 俺のひと言で、イェッセさんたちは変な声を出しながら椅子から転げ落ちるようにして、オープンテラスの石畳に土下座をしてしまった。

 あー、ほら周囲の視線がヤバいから直ぐに立って座って、ほらほら。


「まあ落ち着け。我はザックとエステルの義兄あにで、この旅ではいちおうザックの騎士になっている。お主らなら分かるだろ、そういうことだ」

「ははっ」


 ここまでの様子を、ロドリゴさんとヒセラさんマレナさんや兄弟支店長たちが口をぽかんと開けて見ていたが、これはあとで何と言い繕いましょうかねぇ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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