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第31話 船の上から魔法を撃ちます

 ライナさんが大海原に向かって撃ち出したのはストーンジャベリン、つまり石槍だ。これは予想通り。

 シルフェ様から授けられた風の精霊の加護のおかげで、彼女は四元素魔法では風魔法もかなり遣えるようになっていると思うが、ここはやはり達人ならではの土魔法だろう。


 それで彼女自身もシンプルなものでと言っていたので、土の攻撃魔法として代表的なストーンジャベリンだとは予測がついた。


 そもそもがこの世界では土魔法適性者が極めて少ない。なので、ストーンジャベリン自体は攻撃魔法としてポピュラーでは無いのだが、火魔法のファイアボール、風魔法のウィンドカッターなどと並ぶ代表的な初級攻撃魔法と言えば言える。


 ただし、いまライナさんが撃ち出したストーンジャベリンは、ただのそれではなかった。



「行きますよー」という声と共に彼女の頭上斜め右上に1本の細長いジャベリンが出現し、一瞬空中に浮かんだと同時にもの凄い速さでそれが前方に飛翔する。

 と同時に、今度は左斜め上にもう1本が出現し発射。

 続いて右上に更に1本、続いて左上に1本、また右上に1本、左上に1本……。


 結局、ライナさんの頭上の左右から合計10本のストーンジャベリンが次々に連続して撃ち出され、それらは先ほどこの船の火魔法攻撃員が撃った火魔法の倍以上のスピードで、水平に飛翔して行った。

 そしてその飛距離も仮想敵船目標までの3倍以上、およそ300メートルは飛んだだろう。


 前々世の槍投げ競技での世界記録が100メートル弱ぐらいだったと思うけど、この世界の人間で魔法ジャベリン競技を行ったら、確実にライナさんが女子の世界チャンピオンでは無いかなぁ。


 それはともかく、彼女が10本連続で撃ったストーンジャベリンは1本ごとで10回魔法を発動させるのではなく、1回の発動で10本を連続して撃ち出す、言ってみれば過去に俺が学院のジュディス先生に教えた火球機関砲と同様の発動方法だ。


 それも、あくまで威力よりも牽制のための火球の量に重点を置いた火球機関砲と異なり、ライナさんがいま撃った10本連続ストーンジャベリンは、1本1本が充分な硬度と質量と攻撃力を有した長さ1.5メートルほどの石の短槍だ。

 なので敵船の土手っ腹でも、バリバリと破壊する攻撃力を持っているだろうね。



「ライナ姉さん、今日は10本行きましたねー」

「うふっ。10本達成よー、カリちゃん」

「ライナはもう……」


 ジェルさんがハァと溜息をついているのはともかくとして、ライナさんとカリちゃんの魔法姉妹はこんな訓練をいつもやっているのですなぁ。

 あとで確認したところでは、例えばドラゴンが空を飛ぶとか人化し続けるとかいった、長時間継続的な魔法発動の手法を取り入れる練習しているのだそうだ。


 通常の人間の魔法だと、キ素を身体内で循環させてキ素力を練り込み魔法を発動させるのが1サイクルだが、この場合は魔法を撃ちながらキ素力を練り込み続ける、つまりエネルギーの生成と供給、消費を同時に行って続けるということだ。


 ジュディス先生の火球機関砲だと、1サイクルのうちの魔法発動の部分だけを火球複数発に分けて連射させるので、そこが大きな違いですな。

 ただし人間の場合、キ素力の生成力やその量がドラゴンと比べるとどうしてもかなり小さいのと、魔法力を持続させる限界もあって、生成と供給を限りなくという訳にはいかないけどね。



 やれやれという表情をしているうちの者らの一方で、ギャラリーの人たちはポカンと口を開けたままになっていた。


「こ、これは」

「確か、あれってストーンジャベリンよね」

「ストーンジャベリンというものは、話には聞いたことがありますが、10本連続で、それもあんなに飛ぶものとは」


 はい、普通は1本ずつ発動して撃つものです。それから飛距離は、真横に撃ち出したらせいぜい100メートルだと思いますよ。

 あんな風にミサイルみたいな速さで、水平方向に300メートルも飛ぶものじゃありませんからね。


 斜め上方向に撃ち出せば、言わば多連装ロケット砲かな。

 カァカァ。そうだね。前々世には同じような名前の携行ミサイルもあったですなぁ。あれは1発のみだけど。


 ようやく落ち着いて来たアヌンシアシオン号の乗組員の皆さんから、拍手が沸き起こった。

 あ、あんまり賞賛すると調子に乗るので、そのぐらいで。


「ライナ殿は、その、土魔法の達人と伺っておりましたが、おひとりだけで魔導士10人分のお働きが出来るのですなぁ」

「土魔法自体が珍しかったけど、あんな攻撃をされたら、他の適性の攻撃魔法を遥かに上まわるわよ」


「ふふ。土魔法は攻撃に適さないって、一般的にはそう考えられているのですけど、こういう風に物量で圧倒することが出来るんですよ」

「なるほど……って、そうそうあんなに連続して撃てるものでは」

「あら、ホアキンさん。うちのザカリーさまなら、あの何倍も軽いですわよ。おほほ」

「ほう」


 だからライナさん。おほほとか、普段そんな笑い方しないでしょうが。

 それから魔導長のホアキンさんも、グラシアナ船長や乗組員の皆さんも、そういう期待する表情で俺の方を見ないでください。



「ザカリーさま、交代ねー」

「だから、軽くでお願いしますって言ったよね、ライナさん」

「あら、初級魔法なんだから、言われた通りに軽くだったわよー。でも、ちょっと地味だったかしらー」


 いやいや、充分に派手でしたから。


「ここはわたしたちの親分として、ザカリーさまは派手なのを一発、行っちゃってー」


 そんなことを言いながらライナさんは手を俺の方に差し出し、俺とタッチして交代となった。

 んー、そう言われてでもですなぁ。何を見せましょうかね。


「(でっかい火球とか、どうですかぁ、ザックさま。当たると火焔が四方に飛び散るやつ)」

「(それはさー、カリちゃん、当てる敵船が実際には居ないんだから、無理じゃない?)」

「(我は、空から火の玉の岩が幾つも振って来るやつが良いな。ほれ、アルが得意とするあれだ)」

「(それいいですね、ケリュさま。ザックさまって、昔に師匠と練習したんですよね)」

「(そうなのよ。ときどきやってたわ。わたしもアルさんに荒れ地に連れて行って貰ったりしてね。でも、あれは……)」


 あー、念話が煩いですよ。

 ケリュさんが言ったのは火焔隕石魔法、通称メテオね。アルさんの得意魔法のひとつで、昔に俺も教えて貰って、エステルちゃんが言うようにどこかの荒野で試し打ちをしました。


 まああれも基本は土魔法と火魔法の複合魔法で、土魔法で生成した隕石状の大きな岩石に火焔を纏わせるものだ。

 メテオという現象として肝要なのは、遥か上空に複数の火焔隕石を遠隔生成して、次々に地上に広範囲に落とすというところなんだよね。


 だから最高難度の遠隔魔法という側面もあるのだが、自然の重力による落下が基本なので、狙った場所に落とすためにはそこに重力魔法を重ねなければならない。

 ただし、広範囲に複数の火焔隕石を落とす絨毯爆撃みたいなものなので、精密誘導爆撃といったピンポイント攻撃はなかなかに難しい。


 ともかくもエンシェントドラゴンならではの人外古代魔法で、もちろん俺だって人前であれを発動させたことは無いですし、いくらケリュさんが見たいと言ってもこんなところで見せません。

 ただ、海の上なので、どこかに被害を及ぼす心配が無いというのは確かにあるのだけどさ。


「(そうしたら、火焔隕石をごく軽い魔法にして、別のカタチのものにしますか)」

「(お、それ良いな、ザック)」

「(見せて大丈夫なものですか? ザックさま)」

「(たぶん……、海の上だしさ)」

「(わー、待ってましたぁ)」

「(パチパチパチ)」


 念話で拍手ってどうやるの? カリちゃん。ああ、拍手の音をイメージしてそう聞こえるように念を発するのね。



「じゃあ撃ちますね。でもこれは特別ですよ。ですので、この船以外の人には見たものを口外しないでください」

「はい、わかりました。口外しないとお約束します」


 ロドリゴさんが代表してそう答えてくれた。

 この口止めがどのぐらい効果があるのかは分からないけど、まあカベーロ商会会長の言葉を信頼しましょう。


 俺は先ほどのライナさんと同様に、キ素力を生成しながらある程度の数を連射する方法で行うことにする。

 ちょっとだけ重力魔法も併用しますかね。


 最初の発動用にキ素力を多少多めに練り込む。

 これを続けるとやがて暴発して、キ素力がそのまま拡散し光のドームみたいなのが拡がるのは、過去の経験で分かっていますよ。

 なので、自分の身体から光が発するか発しないかの直前でコントロールするのが肝要です。


「ザックさま」

「ん、大丈夫」


 俺はエステルちゃんの声に応えながら魔法を発動させ、自分の眼の前の海上、その空中に5個の火焔隕石をひとつずつ順番に並べて浮かべて行った。

 そしてその5個の灼熱の焔を纏った岩の塊は、船の航行速度に合わせて移動しているので空中に静止しているように見える。

 岩石の大きさは直径1メートルぐらいですかね。メテオの魔法で生成するよりもだいぶ小振りにしました。


 乗組員の誰かの口から「うぉぉっ」という声が漏れたのが聞こえた。


 さて、何時までも浮かべていても仕方がないので発射しますか。右から順番に行きますよ。

 その火焔隕石は一気に加速し、さっきのストーンジャベリンと同じように水平に撃ち出される。

 ただし異なるのは火焔を纏っているので、その焔が尾を牽いていることだ。あとは、物体の大きさや質量の違いによって、ヒュルルルーという飛翔音を伴っていることですかね。


 5個の火焔隕石が次々に射出し終わると同時に、新たな5個が同じように空中に生成され、そしてまた順番に飛翔して行った。

 あと20発や30発ぐらいはまだ行けると思うけど、軽く見せるということなので、ライナさんのストーンジャベリンと同じ10発にしておきましょうか。



「いやあ、飛んだなあ」

「飛んでますねぇ」

「ふむ、なかなかのものだ」

「10発で終わりー?」

「カァカァ」


 船が出港したときに、この星での視認出来る水平線までの距離は15キロメートルぐらいではないかという話をしたけど、さすがにそこまでの飛距離は出ていないものの、1千メートルは飛んだのではないかな。

 おそらくそのぐらいの距離で火焔隕石は次々に海へと落ち、連続して大きな水柱を上げていた。


 じつはこの火焔隕石、着弾と同時に爆発を起こすイメージを仕込んでいて、その辺のところは着弾対象となる目的物が無いので見ている人には分かりにくいのだけど、まあ俺のちょっとしたこだわりですな。


 その千メートルを飛んで海に落ちて水柱を上げる火焔隕石を目で追いながら、見学していた人たちは暫く無言で居た。

 初めて見た魔法に驚いていると言うより、なんだか呆れている感じですかね。


 航行する船の右舷後方の彼方で最後の火焔隕石が海に消えると、皆さんはようやく我に帰ったのか口々に喋り始める。

 その中を、ロドリゴさんとグラシアナ船長、ホアキン魔導長やヒセラさん、マレナさんらが俺の側に近寄って来た。


「これは……、ザカリー様、なんとも恐ろしいものを拝見いたしました。その、いまの魔法は何と云う?」


 側に来た人たちを代表するように、ロドリゴさんが聞いて来た。


「あ、えーと、メテオ、では無くて火焔隕石、では分からないか。火焔岩石とでも言えばいいんでしょうかね」

「火焔岩石、と」

「燃える岩ってことですよね」

「つまり、火魔法なのですか?」


 グラシアナ船長の言葉を継いでホアキン魔導長がそう俺に尋ねる。


「厳密には、土魔法と火魔法の複合魔法です。要するに岩石を生成してそれに火焔を纏わせる訳で」

「複合魔法、と。そんなことが出来るのですね」


「まあ出来ますね。ただし、四元素魔法と云うのは、それぞれに相性の良いものと反発し合うものがありますので、何でも複合出来る訳ではありません。例えば水魔法と火魔法は複合出来ないですよね」

「ああ、なるほど」


「その点、土魔法というものは火とも水とも相性が悪く無くて、敢えて言えば風とはちょっと悪いのですけど、そこは工夫次第で」

「ははあ」


 四元素の相関関係では基本的に火と水、土と風が対立関係にあるが、魔法的には例えば土と風を複合して砂嵐を起こすとかは可能だ。


 あと、あの火焔岩石が5個いったん空中に、それも船の航行に合わせて浮かんで、かつ超高速で千メートルも飛んで行ったとか、海に落ちた際に何故水柱が派手に上がったのかなどについての質問が出なかったのは幸いでした。


 あれはまず、重力魔法を更に複合させているからね。それと、単に火焔を纏わせているだけでなく爆発系も仕込んでおります。



 俺がそんな質問に答えていると、エステルちゃんの「ジェルさん、反省会ね」という声と「はい」と応じるジェルさんの声が聞こえた。


「お話中で申し訳ないが、これから暫し、食堂をお借り出来ないだろうか」

「はい、それはぜんぜん構いませんけれど、ジェル殿。みなさん、そちらに?」

「ありがとうございます、船長。では、食堂をお借りします」


 あ、これって、外出先でのレイヴン反省会でありますね。ずいぶんと久し振りだ。


「ロドリゴさん、グラシアナ船長、みなさま方、まだお聞きになりたいこともおありでしょうけど、すみませんがこの辺で。行きますよザックさま。うちのメンバー全員ね」

「はいであります」


 この場で正座でのお説教では無いので良かったのですが、これはお昼まで反省会ということですなぁ。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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