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第29話 剣術訓練とお説教が終わって

「初めて乗せていただいた船の上だということを、忘れてはいけませんぞ」

「そうですよ。これが陸だったら、余所のお屋敷にお邪魔したみたいなものですからね」

「何か壊すとか下手なことしちゃったら、外交問題よねー」

「ふたりとも自分のお立場とか、周りへの迷惑とか、そういうのをちゃんと考えて動かないとダメですよ」

「はいです」「おう」


 エステルちゃんとジェルさんを中心に、うちの女性陣からひとしきりお説教をいただいてようやく解放されました。


 今更ながら考えてみると、こういった場合いつも取り成してくれるブルーノさんやティモさんが今回同行していないのは、ちょっと失敗でしたか。

 俺とケリュさんの他に男性と言えばクロウちゃんだけで、彼の場合は俺とは別人格ではあるけど一心同体でもあるので、客観的な立場というのが微妙なんだよね。


「まあまあ。私共としては、初めて乗られた船の上で、あれほどに動いて剣術の攻防が出来るおふたりの腕前には、見ていて感服させられましたよ」


 ああ、少し離れて見守っていたロドリゴさんが言葉を挟んでくれました。

 それから俺たちの剣術訓練を見物していた乗組員のみなさんも、正座から立ち上がった俺とケリュさんに、たぶん同情混じりの温かい視線を向けてくれているのを感じました。


「ホント、吃驚したわよ。四六時中船に乗っているあたしらだって、あんな風に剣術の訓練なんて出来ないわ。でもここは、エステルさまやジェルさんたちのおっしゃる通りね。船の上にはその船のルールがあるから、好き勝手に動いていいってものでも無いのですよ」


 はい。グラシアナ船長のおっしゃることは尤もです。


「でも、檣楼に昇ってみたいというご要望には、船長として許可を出しましょう。ただしうちの者が見ている時だけよ」

「我侭を聞いていただいてありがとうございます、グラシアナさん」

「いいんですよ、エステルさま。みなさん、ただ者では無いことが、先ほどの訓練で良くわかりましたので」


 すみません。恐縮であります。




 早速に檣楼に昇らせて貰うことにしました。

 あらためて誰が昇りたいのかを聞いてみると、高いところがわりと苦手なジェルさん、ライナさん、オネルさんのお姉さん騎士3人は遠慮すると言う。


 それでまず、エステルちゃんとカリちゃんとリーアさんが昇って行った。

 はい、俺とケリュさんはもちろん順番を譲りました。


「良い眺めでしたぁ。海って、とっても広いんですね」と、暫く檣楼からの眺めを楽しみ上機嫌で降りて来た彼女たちと交代して、今度は俺とケリュさんが昇る。

 エステルちゃんたちも、そして俺とケリュさんもこのぐらいの高さなら一気に跳び上がるか1ステップ2ステップで上がれるのだが、さすがに先ほどお説教をいただいたばかりなので、ちゃんと手と足を使って昇ります。


「さっきは拙かったですよ、義兄あに上」

「だな。つい浮かれてしもうた」

「僕もつい乗ってしまいました」

「カァカァ」


「しかしなんだな。エステルはシルフェと良く似ておる。俺も昔から、あんな感じで説教を喰らうからなぁ」

「カァカァ」

「そうなのだよ、クロウ殿。大昔はシルフェとシルフェーダと、良くふたりから説教をされたものだ」


 クロウちゃんが俺の頭の上に乗って来て、ふたりと1羽で雄大な大海原を眺めながらそんな会話を交わす。


 そうなんだね。ファータの一族の始まりの時代、ケリュさんはシルフェ様と娘のシルフェーダ様から良く叱られていたのだそうだ。

 いったい何を仕出かしていたのだか、聞こえてはいないと思うが見張り当直の乗組員が檣楼の上に居たので、具体的なことは言わなかったけどね。



「ちょっといいっすか?」と、その乗組員の人が声を掛けて来た。


「ん? 何ですか?」

「あ、すいやせん。俺らみたいのがザカリー様にお声を掛けるのは畏れ多いんすけどね、同じ檣楼に立ってるってことで」

「ああ、そうだね。だから、ぜんぜんいいよ」


 彼は20歳代半ばぐらいの人族の男性で、セリノさんという名前だと自己紹介をした。

 中肉中背の引き締まった体型に見て取れるが、それ以上に動きが靭やかそうだ。

 雰囲気はグリフィニアの中堅冒険者みたいな感じだね。


「さっきの剣術訓練、見させていただきましたよ。いやあ驚いた。俺らだって帆桁ヤードの上で剣を打合わすなんて、そうそうに出来やしません。それに、あそこまで上がる速さも尋常では無かったすよね。おふたりは、前にも船戦ふないくさとかのご経験があったんすかね」


 俺はそのセリノさんの問いを聞いて、思わずケリュさんの顔を見る。


「ああ、我はずいぶんと昔にな。だから久し振りだ。ザックはどうだ?」


 ずいぶんと昔って、それって古代文明時代とかのことじゃないですかね。昔と言うより超古代のことでしょうが。


「こんな大きな船では、僕は初めてですよ。せいぜいが、小舟程度の上での斬り合いぐらいで」

「ほう、そうなんすか。小舟の上での斬り合いとか、それはそれで難しそうですけどね」


 つい口に出してしまったけど、それは前世でのことでした。

 忍びの技を仕込まれた修練では船上での戦闘もあったけど、それもごく小型の船だったからなぁ。


「あ、いま僕たちが言ったことは忘れてください。ほら、余計なことを喋ると、また説教されるので」

「あはは。さっきのあれは傑作でしたっす。ええ、わかってますって」


 正座して叱られてる当人としては、まったく傑作では無いですけどね。


「そうそう。明日は、この船の魔法訓練の予定日っすよ」

「ほう、船上の魔法訓練か。それは楽しみだ」


「(ケリュさん。自分たちも参加したいとか言わないでくださいよ)」

「(ふむ、ザックの方こそ。さすがに魔法は、我らが参加するのは拙いだろうよ)」

「(ですね。まあ、見学だけにしておきましょう)」




 その日の晩餐は昼と同じくグラシアナ船長の主催で行われ、ロドリゴ会長、ヴィクトル航海長のほか、アヌンシアシオン号の幹部として掌帆長と船医に船匠が席に着いた。

 掌帆長はホアキンさんという意外と細マッチョ風のおじさんで、船医はナタリアさんという30歳前後に見えるブラウンの長い髪の美人女性。


 それから、船匠と紹介された年配で小柄だがかなりがっしり体型のパラシオスさんは、要するに船大工の親方なのだそうだ。

 こういう大型帆船だと、航海中の船のメンテナンスや不測の事態に備えて、こういう役割の人が乗り込んでいるんだね。


 あと、展帆縮帆といった帆の運用を仕切るホアキン掌帆長は、同時に魔導長という職も兼任している。風魔法など航海に用いられる魔法運用係の責任者だね。

 もちろん船戦ふないくさといった場面になると、このホアキン魔導長以下の魔法に長けた乗組員が魔法による戦闘を行うのだそうだ。

 ちなみに剣や槍、弓などの物理攻撃の長はヴィクトル航海長ということになる。


 今夜の晩餐のメインディッシュは豚肉のトマト煮で、豆と野菜もたっぷり入っていてなかなかにボリューミーかつ美味でした。

 商業国連合のセバリオでは、家庭でも良く食べられる定番の料理なのだとか。


 晩餐の席での話題は、やはり本日の俺たちの剣術訓練ですな。


「少なくとも船の上での剣術ということなら、あたしらも皆さまの技量が並々ならぬものだってことはわかりましたわ。ね、ヴィクトル」

「はい、船長。訓練を拝見したところでは、多少とも荒れた海での船戦ふないくさでも、皆様方ならば十二分に闘えると、私もそう思いました。特に、ザカリー様とケリュ様おふたりの訓練は……」


「あ、いや、このふたりのことは、どうか忘れていただけまいか、航海長」

「甲板掃除でも何でもさせますので」

「いえ、そういうことを申し上げようとは……、はい、承知いたしました」


 ジェルさんとエステルちゃんがヴィクトルさんの発言を遮るように言葉を挟んだので、俺とケリュさんの訓練の件の話題はそこで終わった。


 ロドリゴさんたちやヒセラさんとマレナさんも何か言いたかったようだけど、どうやら空気を読んだみたいです。

 もちろん、当の俺とケリュさんは何も発言しませんでしたよ。余計なことを言うと、明日の朝は甲板掃除係になりかねません。



「そう言えば、明日は定例の魔法訓練をされるとか、船員の方からそう聞きましたけど」

「なになに? この船でも魔法の訓練とかするんですかー?」


 俺がその話題を出すと、ライナさんが直ぐに食い付いた。まあ、魔法の専門家としてはそうだよな。


「あら、ザカリーさまは耳聡いんですね。そうなんですよ。お聞きになっているかと思いますけど、このアヌンシアシオン号では海が凪ぎでも急ぎの場合などには、風魔法で船足を速めるのです。なので、当商会の中でも魔法達者の乗組員を集めていまして」


「風魔法だけなんですか?」

「うふふ。不測の事態にも備えていますからね。火と水の者もおりますよ。あとはナタリアさんが、もちろん回復魔法の巧者です」

「ザカリーさまやエステルさまのことはお聞きしておりますので、わたくしなどは」


 グラシアナさんの言う不測の事態とは、要するに船戦ふないくさとかのことなのだろうね。


「訓練はどういう風に?」

「私からお答えいたします。まずは、風魔法で船足を速める訓練です。これは実際に複数人で帆に風を当てて速め、一定の速度を保つ訓練となります。それから、海に向けて攻撃魔法を撃つ訓練ですね。こちらは主に火魔法ですね。仮に敵船が接近した際を想定して水魔法も用いますが、水魔法はどちらかと言うと火災対策ですね」


 掌帆長兼魔導長のホアキンさんがそう説明してくれた。


 なるほどね。船足を速くする訓練は、おそらく安定して速度を出すために、それぞれの帆に均等に風を当てる必要があるのだと想像出来る。

 攻撃魔法の方の主戦力はやはり火魔法か。火球を飛ばすとかなのだろうけど、要するに敵船の帆を焼いたり火災を起こしたりするといったことかな。


 尤もこの世界の人間が撃てる火球の飛距離はそれほど伸びないと思うので、ロドリゴさんのカベーロ商会員の中で魔法達者を集めたというアヌンシアシオン号の乗組員の魔法力がどのくらいのものなのかが楽しみだ。


 あと、水魔法や風魔法は更に飛距離が伸びないだろうから、近づいてしまった敵船や向うの乗員を攻撃するということだろう。

 船戦ふないくさには弓矢も使うそうだから、敵からも火魔法や火矢などが撃ち込まれた際には、水魔法での消火活動が結構大事になりそうだ。


「これは、明日の訓練を見るのが楽しみねー」

「ライナ殿は土魔法の達人と伺っておりますが」

「わたしが達人かどうかはわからないですけど、船の上だとあまり土魔法は役に立ちそうも無いわよね。ストーンジャベリンなんかを撃つぐらいかしらー」


 ライナさんはそう謙遜していたけど、彼女のストーンジャベリンはおそらくそこらの魔導士が撃てるファイアーボールよりも遥かに飛距離が出るのではないかな。

 それで帆やマストを狙ったり、あるいは船体の土手っ腹に穴を空けるとか、かなりの攻撃力を発揮すると俺は思いますよ。




 翌朝、うちの者たちは自然に艦長食堂に集まって朝食をいただく。

 王都屋敷ではいつも屋敷の全員で一緒に食事をしているので、特に時間を合わせなくても集まるんだよね。まあ習慣というところですか。


 ちなみにこの食堂の主であるグラシアナ船長やロドリゴ会長、ヴィクトル航海長は既に食事を終えているようで、ヒセラさんとマレナさんは俺たちが食堂に入ると既に席に着いていた。彼女たちも船での生活に慣れている。


 そして朝食を終え、朝の海の空気を浴びようと甲板に出た。今日も天候は崩れていないようだね。


 昨日の話題に出た定例の魔法訓練は午前中に行われるということだから、そろそろ始まるのかなと皆で期待しながら待っていると、「ピューイー」と聞こえる高い音色の独特な笛の音が何回か鳴り響くのが聞こえた。


 あれって? カァカァ。号笛って言うんだ。そう言えば前々世で何かの映画とかで聞いたことがある気がするなぁ。

 カァカァ。号笛、前々世の世界ではまたの名をサイドパイプとかボートマンホイッスル、ボースンコールなどと呼ばれる、艦船で使われる独特の合図笛に良く似ているんだね。


「あ、魔法訓練の開始です。訓練に参加する総員集合の号笛ですよ」

「やっぱり、号笛って言うんだ」「カァ」

「え?」

「いえ、こちらの話でして」


 はからずもヒセラさんが口にしたので、同じ名称であることが分かりました。



 この訓練を指揮するホアキン掌帆長兼魔導長が甲板上に立ち、その横にその号笛を手にした乗組員が立っている。

 そしてそのもとに、バラバラと乗組員たちが集まって来た。


 再び号笛が鳴る。今度は「ピーッ」という短い音だ。その音に合わせて乗組員たちが整列し姿勢を正す。


「なかなか訓練されておるな」

「そうですね」

「ファータはこういう整列とかしないので、なんだか不思議ですけど、でも気持ち良いわね」

「ドラゴンはもっとしませんよ」


 エステルちゃんの言うように、単独か少数行動が主のファータの探索者はそうだよね。

 ドラゴンは、えーと、したらちょっと怖いです。

 確かに金竜さんのところではドラゴンの若い衆を預かって訓練しているみたいだし、カリちゃんもそこの出身だけどね。


 あと、うちの騎士団ではもちろん集団行動の訓練もするのだけど、こういう風に笛の合図でっていうのは無いよな。

 この世界でもやっぱり、艦船での独特のものということですかね。



「それでは、定例の魔法訓練を行う。なお、本日は皆も承知の通り、ご乗船いただいているザカリー・グリフィン長官ご一行が見学される。しかるに、いつも以上に気を引き締めて訓練を行うように。良いかっ」

「おうっ」「はいっ」


 ホアキン掌帆長兼魔導長の短い訓示があり、参加する者たちの力強いいらえの声が甲板に響いた。

 さあ、魔法訓練が始まるようだ。これはライナさんじゃないけど、楽しみですぞ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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