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第27話 出航

 エルランドさんと会うのは、俺が学院の1年生の終わりで彼が卒業した時以来なので、3年半振りぐらいだよな。

 なので、この人ももう20歳前か。学院生時代の面影はもちろん残っているけど、すっかり大人の雰囲気になっている。


 ヒセラさんたちやうちの者たちとは明日の朝食で会うことにして、俺はエステルちゃんとそれからカリちゃんを伴って、宿のラウンジにエルランドさんと腰を落ち着けることにした。


 クロウちゃんはもうおねむなので、今夜はリーアさんと同室のユディちゃんのふたりが引き取って行った。

 何とも不思議なのだけど、リーアさんももうだいぶクロウちゃんと会話が出来るようだ。



「久し振りだな、ザカリー君。いや、ザカリー長官殿でしたな。お噂は時折、耳にしていたよ」

「ここは同じ卒業生の先輩後輩ということで、官職呼びは止めましょう、エルランドさん」


「エステルさんもお久し振りです。それと、こちらの素敵なお嬢さんは?」

「ご無沙汰いたしております、エルランドさま」

「カリオペと申します。ザックさまの秘書を仰せつかっています」


「ほう、ザカリー君の秘書さんですか。先ほどはお美しい護衛の方々も見掛けたし、君は相変わらず美人に囲まれているんだな」

「あー、恐縮であります」


 エルランドさんは卒業後、このヘルクヴィスト子爵家の次男として主に内政面の仕事に就き、現在は内政官局という部署の副局長なのだそうだ。

 領主貴族家の子息子女はこういった官職に就くのが通例だが、彼の場合は学院生時代もどちらかと言うと文官肌だったからね。


「学院生会では副会長で、卒業したら副局長だから、ずっと副だよね」とか言っていたけど、おそらくは間もなく局長になるのだろう。

 それからは、共通の知人と言って良いフェリさんの話題などで盛り上がった。


「フェリシア会長、いや王太子妃殿下は、どう?」

「えーと、最近は普通ですよ。ごくたまに、その、出ますけど」

「あは、やっぱり出るのか。あれは何て言うか、あの方の地だから仕方がないよな」

「王太子様とふたりだけのときにどうなのかは、わかりませんけどね」


 フェリさんの言動不審状態のことだね。

 学院生当時にそれを知っていたのは、少なくとも彼女が4年生で会長時代にはエルランドさんと俺だけだったらしい。

 あれが彼の言うように地なのか、それとも少女から女性へと歩む道すがらでの心の不安定さがもたらしたものなのかは、俺には分からないけど。



「それでザカリー君は、何でも明日には船に乗るんだって? それも商業国連合の船だとか」

「ええ、先方からご招待いただきましてね。それで明日は朝早くの出航予定でもありましたので、ヘルクヴィスト子爵家にはご挨拶もせず、失礼いたしました」


「いや、うちの港を利用して貰うのに、挨拶などはぜんぜん無くて良いのだが。そうか、商業国連合からご招待か。ザカリー君は王国内だけでなく、すっかり国外でも有名人なのだな」

「昨年夏の王宮行事で、たまたま向うの議長と面識を得たからですよ。それに、王太子様絡みのご縁もありましたのでね」


「そういう縁を手元に引き寄せて来る力が、君には備わっているんだよ。そうだよね、エステルさん、カリオペさん」

「うふふ、そうかもです。ザックさまが特にそう思っていなくても、いろいろと来ますから」

「良いこともそうでないことも、ごっちゃですけどね」


「良いこともそうでないことも、か。明日からの航海では良いことだけなのを、僕も願っておくよ」

「ありがとうございます。それは、ザックさまと共にする皆が願っておりますわ、エルランドさま」




 翌朝もかなり早起きをして宿の周りを走ろうと思ったが、エステルちゃんからダメと言われた。初めて来た他領の街なので自重しなさい、ということだ。

 俺としては船に乗ったら早駈けが出来ないので、走り溜めをと思ったのですが。やはりダメですか、そうですか。


 皆で揃って朝食をいただき、そのまま港へと向かう。


 昨日の到着時には気付かなかったのだが、この宿は港の直ぐ近くにあるということで、ロドリゴさんに引率されて全員で歩いて行くことになった。

 俺たちはもちろんほとんど手ぶらで、ヒセラさんとマレナさんは旅の荷物をもう船に運んであるのだそうだ。


 支配人や宿の人たちに見送られて外に出ると、なるほど朝の清々しい風に潮の香りが混ざっている。


「これから暫く、こんな潮風と香りに包まれて行くんですね」

「そうだね。ベタつくから嫌だって、クロウちゃんは言うけどさ」

「カァカァ」

「だから、頻繁に洗ってあげるって言ってるでしょうが」


「あ、坂の向うに船と、それから海が見えて来たよ」

「あら、とっても美しい眺めだわ」


 港に続く道はアプサラと似て緩やかな下り坂で、その先に多くの船が停泊する風景が広がっていた。


 今朝はユディちゃんがまだ小さかった頃みたいに、エステルちゃんと手を繋いで離さない。

 もうすっかりお姉さんになって、背丈もエステルちゃんと変わらないのだけど、これから20日間以上も離れるので今日は仕方が無いよな。

 そのエステルちゃんと俺の後ろを、しっかり護るようにフォルくんが従って歩いている。


 君たちと初めて出会ったのが、もう8年も前のアプサラの港だった。それを想い起こすと、ずいぶんと感慨深いよね。



「さあ、これが我が船、これからお乗りいただくアヌンシアシオン号です」


 岸壁に繋留されて横付けされているのは、とても大きくて船の全体が白と淡い青でカラーリングされた見るからに優美な帆船だった。

 船の先端から船尾までの全長は60メートル以上あるだろうか。

 マストつまり帆柱が3本立ち上がっており、船尾に向かっては何層かの船尾楼というのかな、そんな構造が見られる。


 これって、ガレオン船って言うんだっけ、クロウちゃん。

 カァカァカァ。ああ俺の前世で、西欧の当時の新型外洋船がそういう通称だったのか。

 ちょうどあの頃は、西欧諸国の大航海時代が始まって1世紀ほどが過ぎた時分で、その初期の遠洋航海船であるキャラックからガレオンへと発展した時代だったんだね


 このアヌンシアシオン号は、たぶん3本のマストとあそこに張られるであろう帆のかたちを考えると、前から一番目のフォアマストと中央のメインマストにはヤードつまり帆桁が何本ずつかあるので、前2本が横帆でその後ろのミズンマストが縦帆の、横帆と縦帆を組み合せたバークかジャッカスバークと呼ばれる種類の帆船に似ているんじゃないかって? ふーん、そうなんだ。


 岸壁から上甲板まで仮設の階段が設けられていて、あそこを昇って乗船するのですな。


「そろそろ乗船いただきましょうか」というロドリゴさんの声に、それまで船を見上げていた俺とエステルちゃん、そして共に南の国に向かう者たちは、後ろを振り返った。

 眼の前には王都屋敷に残って留守を預かるメンバー、ブルーノさんとティモさん、フォルくんとユディちゃんが並んで立っている。


「ブルーノさん、ティモさん、フォルくんとユディちゃん。それでは行って来るね」

「お気を付けて、ザカリー様、エステル様、皆さん方。旅を楽しんで来てください」


 ユディちゃんが何も言わずにエステルちゃんに抱きつき、それから少し躊躇って小さかった頃のように俺にも身体を寄せて来た。

 口には決して出さなかったけれど、本当は自分も一緒に行きたかったのだろうな。


「ユディちゃん、お兄ちゃんとみんなと留守を頼むね」

「はい。行ってらっしゃい、ザックさま」


「行ってらっしゃいませ」


 俺たちは4人のその声を背中に、アヌンシアシオン号へと乗船した。




 甲板の上には屈強な乗組員たちが整列していた。


「ザカリー・グリフィン長官閣下のご乗船に敬意を表し、礼」


 前世の海軍みたいに水兵や士官といった制服を着用している訳では無いが、その鍛えられた身体と規律正しい立ち姿から、この船がただの商船では無く戦闘艦であることが伺える。

 また、この世界らしく男性だけでなく女性乗組員も結構な割合で乗っているようだ。

 この彼らを見ると、敢えて言うなら海軍と海賊とそれから冒険者を混ぜたような、という感じですかね。


 そのうちのおそらく階級が高いと思われる服装の女性がひとり、ガタイの良い男性を従えて歩み寄って来た。


「出迎え、ご苦労。ザカリー様、彼女がこのアヌンシアシオン号の船長を務めるグラシアナ。そして隣が航海長のヴィクトルです」


 ロドリゴさんがそう俺たちに紹介し、ふたりは右手で自分の左胸を叩いてこの世界の敬礼で挨拶をした。


「長官閣下、ようこそアヌンシアシオン号へ。セバリオまでの航海、あたしたちがお世話をさせていただきますよ。ここは大船に乗ったつもりで、あ、もう船に乗っていましたね、あっはっは」

「船長はまた、つまらない冗談を。航海長のヴィクトル・ドゥランです。航海中は何かありましたら、遠慮なくお申し付けください」


 グラシアナ船長は女性ながら船乗りらしく、朗らかで肝が太そうだ。

 赤く長い髪を無造作に後ろで束ねたその顔は、潮で小麦色にほど良く焼けていたけど20歳代後半ぐらいに見えて、ずいぶんと若い船長さんなんだね。


 一方のヴィクトル航海長は、うちの父さんやクレイグ騎士団長ぐらいの背丈で筋肉も付いたがっしりとした体型で、相当に鍛え上げられたように見えるおじさんだ。

 物腰は柔らかそうだが、たぶんかなりベテランの船乗りなのだろうね。



「このグラシアナ・カベーロは、その、つまり私の娘なのですよ。いえ、小さい頃から船に乗っていて、船乗りとしての腕は確かなのでご安心を」

「陸で遊ぶより、船の上での方が長かったのよね」

「お嬢、いや船長は、海と船の申し子なのです」


 なるほどね。ある意味で天分持ちと言うことなのかな。船乗りの天分というのがどういうものなのかは具体的には分からないけど、このひと個人戦闘力もかなり高そうだよな。

 その点ではヴィクトルさんや他の乗組員たちもそう伺える。


 俺の方からはエステルちゃんをはじめ、うちのメンバーを紹介した。

 ジェルさんたちもグラシアナさんを見つめて、その力量を測っているようだ。


「会長やベルナルダ議長からも聞いてたけど、ザカリーさまご一行は、これは相当なものみたいよね、ヒセラ、マレナ」

「相当どころではないわよ、グラシアナ姉さん」

「セルティア王国で一番、いえ、もしかしたら大陸で一番強いかもよ」

「ほほう、これは楽しみだわ」


「グラシアナ船長、話は後にしてまずは皆さんを客室キャビンにご案内し、出航の準備を」

「アイアイサー、会長。よし、皆動け」

「応っ」


 乗組員たちがグラシアナ船長の号令に応え、一斉に持ち場へ動いて出航の準備を始めた。



 俺たちは客室係を担当するという男女ふたりの甲板員に、船尾楼にある客室へと案内された。

 ヒセラさんとマレナさんもこちらの客室を使う。この船の持ち主であるロドリゴさんには会長室があるそうだが、客室まで一緒に案内してくれた。


「この船は、お客様をお乗せすることも多いですからね。ですので、客室キャビンは充分に備えているのです」

「もちろん積み荷もあるんですよね」

「はい。本来、商船ですから」


軍船いくさぶねではなくて?」

「ははは。お客様も売り買いの荷も運ぶ商船です。ですが、戦う必要が生じたら戦いますけどね」


 俺の前世での南蛮船、つまり大航海時代の西欧の船やあるいは海賊船なんかだと、船戦ふないくさのための大砲が積まれていたよな。

 当時の木製の戦闘艦の場合、重い大砲は大型船を重量的に安定させる役割も果たしていたらしい。

 そう言えば甲板上に大砲は無かったし砲門なども見えなかったので、やはりこの世界では大砲や銃は無いのだろうか。


 以前にジェルさんたちがヒセラさんとマレナさんを訪問して話を聞いて来たときに、船同士での戦いでは魔法戦が行われるとか言っていた。

 これはちょっと見てみたい気がするけど、でもそうそう船戦ふないくさなどは無いのでしょうな。カァ。



 俺たちに用意されていた客室は4部屋で、ふたりで1部屋だ。

 まあこの部屋割りとしては、エステルちゃんとカリちゃんで1部屋、ジェルさんたちにリーアさんのお姉さん方4人で2部屋が自然だから、俺はケリュさんとか。


「ふふ。ザックとの相部屋か。おまえはエステルとでは無いが、まあ我慢せよ」

「どう考えても、仕方が無いのでありますな」

「ザックさまは、エステルさまとわたしの部屋に一緒にします? ちょっと狭くなるけど」


「はいはい、つまらないこと言ってないで、カリちゃん、取りあえず身の回りの荷物を出してね。あと、ザックさまとケリュさまは、喧嘩しないようにですよ」

「はーい」「おう」「はいです」


 今回はマジックバックをふたつ持って来ていて、俺とエステルちゃんとカリちゃん、ケリュさんの分の身の回り荷物はカリちゃんが持つバックに入っている。

 ところで、クロウちゃんは寝床を何処にするの? カァカァ。ああ、俺とケリュさんの部屋以外の部屋ですか。3部屋も使えるからいいよね、キミは。



「出航しますぞー」という声が聞こえて来たので、俺たち全員は甲板へと出た。


 既にマストには帆が張られ、岸壁に繋がれていた繋留ロープも外されている。碇も既に引き上げられているのだろう。

 甲板上の各所には人が配置され、マスト半ばにある檣楼に立って四方を監視する甲板員も見える。

 後部甲板上に設置されている舵輪をヴィクトル航海長が握り、その後ろに一段高く据えられた椅子にはグラシアナ船長が座って指示をしていた。


「よーし、出航するっ」と、グラシアナ船長の良く通る声が響いた。

 俺たちも右舷に行って、岸壁の方を眺める。そこにはまだブルーノさんたち4人が居て、こちらに大きく手を振っていた。


 その彼らに見送られて、アヌンシアシオン号がゆっくりと岸壁を離れて行く。

 俺たちも大きく手を振る。クロウちゃんが空に飛び上がり、アヌンシアシオン号から徐々に離れる岸壁へとゆっくりと何周か旋回して、やがて俺の頭の上に降りて来た。

 岸壁のブルーノさんたちと船上の俺たちとは、お互いに相手の姿が小さくなるまで手を振り続けたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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