第98話 秘密旅の計画
「ザックがどのようなかたちでファータの里に行くか、か。ウォルターは何か考えがあるのか?」
「はい、まずはこの話、ここにいる者以外には秘密にしなければなりません。よろしいでしょうか、子爵様」
「う、うん、そうだな。それは重要だ。余計な噂が流れるのは避けなければな」
「それもありますが、ことはファータの里の機密に関わるのです」
「それは、隠れ里の場所ということか、ウォルター」
「そうですよ、クレイグ。話を進めて行けば、自ずと隠れ里の在処のことになります」
そうだよね。俺たちの行程や日数の具体的な計画には、隠れ里がどこに在るかがポイントになる。
この話が洩れてしまえば、長年に渡って秘匿して来たファータの隠れ里に綻びが出始めるだろう。
「ミルカ、そういうことでいいですね」
「はい、そうしていただけると。これから話し合われる内容は、今のところこの場にいる皆様だけに留めてください」
「ネイサン副騎士団長には話していいかね?」
「そうですね。騎士団は、まずは副騎士団長までということで。それから、この件はアプサラの準男爵には話しておりませんし、今後もお話することはないと思います。それでよろしいですか? 子爵様、ウォルター様」
護衛の問題が出てくるだろうから、副騎士団長は知る必要があるだろう。
ミルカさんが常駐している港町アプサラの代官、モーリス・オルティス準男爵はウォルターさんのお兄さんなんだよね。
でもあの人、凄くおしゃべりだし。まあ、事後に話すのだろうな。
「それでいいだろう。では話を進めてくれ」
「はい子爵様。では、まずは私どものファータの里の場所です。ご想像されている方もいらっしゃるかと思いますが、リガニア地方の南部になります」
やはりそうだった。
昨年に俺が想像していた通り、セルティア王国から東に北方山脈の峠を越えた先、リガニア地方にあるんだね。
「これはあくまで、私どもの、ということであとはお察しください」
ファータの里は複数あると、これも以前に聞いた覚えがある。
しかしその里の数も、もちろんどこに在るのかも、ファータ人以外は誰も知らない。
「それで、私どものファータの里への道筋ですが、王国のエイデン伯爵領から北方山脈を越える峠道の頂点より、徒歩で普通に行けば4日から5日、早駈けで走り続ければまる1日の距離とお考えください」
グリフィン子爵領から王都方向に南に行くと、隣はアン母さんの実家であるブライアント男爵領だ。
そこから東に、子爵領をひとつ挟んで次にあるのがナサニエル・エイデン伯爵の伯爵領。
この伯爵領は北方山脈の麓の貴族領のひとつであり、峠道を通って山脈を越えリガニア地方に至る起点でもある。
ほかにも山脈を越える街道の起点はいくつかあるそうだが、エイデン伯爵領がグリフィン子爵領からいちばん近い。
ここから峠を越える山道の街道を行き、その最も標高の高い地点から徒歩で4日、早駈けでまる1日の距離か。
時速4キロで、こちらの人は長ければ1日10時間は歩くから、4日だと160キロぐらい。
時速18キロで走り続ければ、正味9時間弱ということか。
走って行くかな。
「なるほどな。それでウォルターの考えはどうなのだ?」
「はい、これは今ざっと考えたものなのですが、まずはザカリー様に目立たぬようにごく少数の護衛を付け、エイデン伯爵領から峠の街道まで行っていただきます。お隣のブライアント男爵領までは良いのですが、その先は旅の商人を装うのがよろしいかと」
今ざっと考えたとか言ってるけど、これ絶対に前から考えてるでしょ、ウォルターさん。
「そして山道に入りましたら、途中で馬車を降りていただきます。昨年からのリガニア地方での紛争により、現在、峠の国境は監視が強化されている状態ですので、万が一に備え間道を抜けて峠を越えます。降りた後の馬車の回収は別の者にさせ、また間道とその先の里までの道案内は、ここにいるミルカにして貰いましょう」
ウォルターさんの計画に、それぞれが考えを巡らせた。
「セルティア国内は治安が良いが、それでも何が起こるかは分からない。ましてや峠を越えた先は。ウォルターは少数の護衛と言ったが、具体的にどの程度なんだ?」
「ザックとエステルさんだったら、盗賊とかぐらいなら、ふたりで殺れちゃうわよねー」
「そう言うがな、母さん」
「はっはっは、確かに奥様の言う通りですな。ですが多人数や不意を衝かれてなど、ふたりでは対処出来ない場合もあり得ますので、少なくとも2、3人は付けておかないと」
「そうすると、一昨年の大森林での探索に付けたメンバーが良いかな、クレイグ」
「そうだなウォルター。彼らならザカリー様たちとの連携もうまいと聞いているしな」
おじさんふたりで、どんどん話を進めます。
阿吽の呼吸なのか、ある程度相談済みなのかは分からないけど、ホントに食えないおじさんたちだ。
まぁ俺には、異存は全然ないんだけどね。
あの時の臨時パーティ名レイヴンで行けるならベストだ。
剣士に斥候職に魔法職とバランスがいいし、なかでもブルーノさんがいれば安心感が高まる。
「あの、ミルカさん。ちょっと質問ですが、2、3人とはいえ、騎士団から護衛が一緒に里まで行くのは問題ないんですか?」
「そのことですね。その点については里長も里の主立った者たちと協議したようです。ザカリー様がいらっしゃるのなら、当然に護衛がいるだろうと」
「そうですよね」
「それで、護衛がいるのはいたしかたないが、極力少数にして、絶対他言無用を誓わせ、すべての責任を子爵家と騎士団で持ってくれと」
「それは尤もな話だ。すべての責任は騎士団長の名にかけて私が持つ。よろしいですか、子爵様」
「そうだな、秘匿や現地での行動の責任は、私と騎士団長ですべて持つ。それでいいな?」
「はい、充分です子爵様、クレイグ様」
そうやって具体的な話が進んで行く。
俺の隣に座っているエステルちゃんは、緊張したりほっとしたり、驚いたり喜んだりと、話の進み具合を黙って聞きながら、くるくると表情を変えていた。
しかし途中からは、何か真剣に考える表情で、いつの間にか俺の手を強く握っていた。
それに気がついた母さんが、話が一段落したところで声を掛ける。
「どうしたの、エステルさん。大丈夫?」
「は、はい、奥さま。もとはわたしの帰省の話だったのに、わたしがひとりで帰るのをウンて言わなかったから、どんどん大事みたいになって、それでちょっと怖くなって……」
そう言いながら、エステルちゃんの大きな両目からは、ぽろぽろと大粒の涙が溢れて出てきた。
「あらあら、泣き虫のアビーがいなくなったら、今度はあなたが泣き虫さんになっちゃったのね。これはね、始まりはあなたの帰省の話だけど、もうあなたとザックの話なのよ。ザックが生まれて初めて、大きな旅をするの。あなたと一緒にね。だからふたりで、何があっても強い気持ちで、力を合わせなければいけないのよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます、奥さま」
「それと、ザック」
「え、なに?」
「あなた、ハンカチぐらい持ってないの? 隣で女の子が涙を流してるのに、なぜすぐハンカチが出て来ないのかなぁ」
えーと、たしかエステルちゃんが、ズボンのポケットにハンカチを入れてくれてたよね。
それから、そっちのおじさんたち。笑いを堪えてるんじゃないですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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