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第23話 王宮内務部長官の来訪

 ライナさんとオネルさんの仮の騎士叙任式から4日ほどが過ぎた3月12日。商業国連合セバリオの在外連絡事務所から連絡が届いた。

 セバリオより高速帆船がヘルクヴィスト子爵領の港に到着し、早速だがセバリオ行きの詳細を相談して決めるために、明日にでもうちの屋敷を訪問したいとのことだった。


 返事を持って帰りたいと在外連絡事務所の人が待っているので、それでは明日の午後にお待ちしていますと言付ける。


「ずいぶんと早かったですね」

「ぜんぜん遅いですよ、エステルさま」

「カァ」


 カリちゃんがそんなことを言って、エステルちゃんが苦笑している。

 ドラゴン感覚とはだいぶ違うと思うけど、この世界の人間の移動交通手段としてはかなり早かったと思うよ。

 前回のヒセラさんとマレナさんとの協議のときに彼女らが言っていた通りの日数で、その高速帆船が到着したということだからね。


「でも、いよいよ船の旅ですかぁ。ちょっとワクワクしますね」

「カリちゃんでも? わたしもよ。どんな旅になるのかしらね」

「まあ飽きちゃったら、わたしがみんなを乗せて空から行きますから」

「うふふ。飽きたりはしないわよ、きっと」


 エステルちゃんとカリちゃんの会話はいつも暢気で、船旅の不安とか危険への心配とかはまったく出て来ないよね。


 ティアマ海を航海すると言っても、おそらく大陸からそれほど離れずに行く沿岸航行だろうから、俺としてもあまり心配はしていない。

 仮に万が一のことがあったとして、俺たちを収容して空を飛べるカリちゃんが居るというのは大きな安心材料だ。


「でも、ザックさまの旅ですからね」

「心配なのはそこだけね」

「カァ」


 どういうことですか? これまでに俺が旅して、危険な目にあったことなどありませんよね。まあ、突発的なことはもしかしたら起き易いかもだけどさ。



 セバリオ行きの詳細は明日、ヒセラさんとマレナさんと詰めるとして、俺たちを乗せて行ってくれるという高速帆船がヘルクヴィスト子爵領の港に到着したということなら、それほど日を置かずして出発になりますな。


 その点は屋敷の皆に周知して貰うこととして、本日は王宮より王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵が当屋敷に来ることになっている。


 先日にその可否を尋ねて来た書簡では、「王都ご滞在とのことで挨拶に」とか「学院をご卒業されたザカリー長官と、情報交換などを」とか、なんだか曖昧な訪問目的しか書いていなかった。

 だけどこれって、きっと先日の俺たちの王太子訪問に関わる件だよな。


 あのとき、土魔法の話題でアデライン王女が自分にも適性があるかもと言い出して、俺に適性判定をしてほしい、でも王宮だといろいろ難しいからうちの屋敷ならば、それなら王太子夫妻も一緒に来たい、国王妃殿下がだったらわたしも、とかとか。


 そんな話が帰り際に持ち上がって、その件が王宮内務部長官の耳にまで届いたのだろうな。

 加えて、グリフィニアの拡張事業のことも情報収集したいということかも知れない。




 昼食の席で屋敷の皆に、セバリオの高速帆船到着と明日の午後にヒセラさんとマレナさんが打合せのために来訪することを伝えた。


「すると、出来ることは準備を始めなければなりませんな」

「船がもう着いたということは、出発はそれほど日を空けずに、ということになりますね」

「いよいよ南の国へ出発ねー」


 お姉さんたちが三者三様の反応をし、でもまだ見知らぬ国への旅が間近に迫ったという興奮を抑えられないのは同じみたいだ。


「リーア、これはまたとない経験ぞ。わしも50年振りに南方を訪れたいところだが、ここはリーアに託すとしようかの」

「はい、ユルヨ爺。しっかりザカリーさまとエステル嬢さまをお護りします」


「リーアちゃん、あなたも旅を楽しまないとよー」

「ええ、ライナ姉さんほどは出来ませんけど、わたしなりには」

「ライナは、少しだけリーアさんを見習え」


「わたし的に心配なのは、ライナちゃんよりケリュよね」

「何を言うとるか。我はこの屋敷の4騎士の一員としてだな」

「ほら、そういうのが心配なの」


 うちの食事の席は、まあいつも通り賑やかですな。


 しかし、50年ぐらい昔にユルヨ爺は南の国に行ったことがあるんだね。

 セルティア王国と商業国連合との間に位置するミラジェス王国内にはファータの西の里があるということだから、そこから更に足を伸ばすというのは当然と言えば当然か。


 あとケリュさんは先日の叙任式以来、自分を含めた当屋敷の4騎士という表現がお気に入りだよね。

 うちの調査外交局独立小隊の騎士制服を持っていて、何よりも本人が言うところの“この世界の始まりの騎士で騎士の大もと”なら、まったく否定は出来ないのですが。



 昼食のあと、ブランドンさんの訪問にミルカさんも同席して貰うということで、彼も一緒にラウンジで到着を待つ。

 お姉さんたちは早速にも旅の準備を始めると言って、リーアさんを引っ張って独立小隊王都屋敷本部の方へ行ってしまった。


「ミルカさんは、商業国連合には行ったことがあるんですか?」

「私は無いですね。もちろん、西の里は行っているので、ミラジェス王国には幾度か」

「ああ、なるほど」


 まあそれは当然か。北の里のシルフェーダ家が本家で、西の里は分家が里長さとおさになっている。だから当然に本家と分家の交流は行われている訳だ。


 一昨年の秋に、ナイアの森の地下拠点で行ったファータ集会で会ったイェッセさんはその分家の息子さんだし、何よりユリアナお母さんとその妹で長年に渡りカートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんの面倒を見てくれているセリヤ叔母さんは、その更に分家筋だ。


「今回の旅では、西の里には寄らないのよね」

「ええ、シルフェ様。船で一気にセバリオまで行くそうですから、ちょっと難しいです。それにたぶん、ヒセラさんとマレナさんが同行ということになりそうですし」


「そうね。まあ、まだいくらでもあちらの里に行く機会はあるでしょうから、今回は仕方無いわね」

「わたしも行ったことが無いので、行ってみたいですけど。それに、カートお爺さまとエリお婆さまとセリヤ叔母ちゃんにも会いたいですし」


 カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんはミラジェス王国内の田舎の村に住んでいるので、エステルちゃんが言ったように俺も会いに行きたいところだけど、今回は無理そうだ。


「西の里には念のため、ザカリー様とエステル様のセバリオ訪問は伝えて置きます。もしかしたらセバリオで繋ぎがあるかも知れませんが、そこはリーアにお任せください」


 こういうところはファータが身内だとありがたいよな。あ、俺がその統領でした。普段はどうも忘れがちなんだよな。

 今回はティモさんがブルーノさんと共に留守番組なので、同行するファータの調査部員はリーアさんだけです。いちおう彼女の役柄設定は、エステルちゃんの侍女さんね。



 ブランドンさんが到着したとフォルくんが報せに来たので、玄関ホールでエステルちゃん、ミルカさん、カリちゃんの3人と出迎える。


 クロウちゃんは独立小隊王都屋敷本部の方に行っているのかな。彼は王宮関係にはあまり関心が無いので、まあいいでしょう。

 あと、シルフェ様たち人外組がホール横のラウンジで寛いでいるけど、日常風景なので気にしません。


「これはザカリー長官、お久し振りでございます。お忙しいところ、突然のお願いで申し訳ありませんでした」


「こちらこそお久し振りです、ブランドンさん。昨年の学院祭以来でしたか。いえ、丁度予定がありませんでしたので、大丈夫ですよ。なんとなくご連絡が来るのではと、そう思っていましたしね」

「あー、ザカリー長官にはいろいろお見通しでしたか」


 相変わらずのにこやかさで、ブランドンさんが秘書のグロリアさんを伴って入って来た。

 この人、普通に会話をしていると一見、人の良いおじさんだけど、さすがに王宮内と貴族関係を一手に扱う王宮内務部の長官なので、一筋縄ではいかないところがある。


「では、まずは応接室に」


 エステルちゃん、ミルカさん、カリちゃんとも挨拶を交わし、ラウンジで寛いでいるシルフェ様たちにも挨拶したブランドンさんを応接室へと案内した。


 シルフェ様たち人外組とは何度か顔を会わせているし、昨年の総合戦技大会の貴賓席でもケリュさんやクバウナさんとも会っている筈だ。

 しかしブランドンさんとしては、うちの人外組の存在をどう捉えているのでしょうかね。

 そんなことを彼に聞くと却って執拗にほじくり返されそうなので、敢えて触れませんけどね。



「大変にご挨拶が遅くなりましたが、あらためましてセルティア王立学院ご卒業、おめでとうございます。また、ザカリー長官におかれましては、学院の特別栄誉教授にご就任されたとのこと。重ねてお祝い申し上げます」


 特別栄誉教授を贈られたけど、名称にあるように栄誉職なので正しくは就任したのではありません。


「また、グリフィン子爵家におかれましては、領都グリフィニアの拡張事業を開始され、ザカリー長官もとても重要なお仕事を早速にもされたと聞き及んでおります、噂によりますと、グリフィニアの奇跡と呼ばれることをされたとか」


 まあその話も出ますよね。


「いえいえ、ただの土木工事に少しばかり関わった程度ですよ」

「なんでも1日にして都市城壁を建ち上げ、当日は見物人も溢れてお祭りのようだったとか」

「拡張工事エリアを囲うために、ちょっとした工事をですね。土魔法を用いましたので、うちの物見高い領都民にも珍しかったらしくて。事業開始日でしたので、少しばかりお祭りみたいになったと、そんな感じですよ」


「ちょっとした工事ですか。しかし、かなり大規模な事業であるとか」

「この王都に比べれば田舎の小さな都市ですが、人の数が増えて来ましたので少しばかり拡げるだけです。なに、事前にお申し出があってグリフィニアに来ていただければ、現場をご案内してご説明させていただきますよ。ただ、北辺ということで手荒い者が多いですので、勝手に入って探ろうとしたりされると、お互いに困ることになりますけどね」


「これは。いえいえ、グリフィン子爵家を分かっていれば、その領都を勝手に探るとか、そんな大それたことをする者などおりません」

「それが、ちょうど辺境伯家から義兄あに上夫妻が視察に来ていた日に、密かに入ろうとしていた者たちを見付けたものですから」

「そう、なのですか」


 俺はブランドンの表情を注意深く見ていたが、その顔は演技ではなく本当に驚いていたようなので、どうやらあの日の連中は王宮内務部から依頼された輩では無いようだ。

 あとでミルカさんの意見も聞きたいけど、彼の方を見ると俺と同じ考えだったらしく小さく頷いた。


 王国の役所関係で領主貴族領を探ろうとする可能性があるのは、貴族家の担当組織であるブランドンさんの王宮内務部。そして王国の内政一般を担当する王宮内政部。あとは軍事関係を統括する王宮騎士団。それから出来たばかりの宰相府か。


 ブルーノさんたちのこれまでの調べでは、実際に潜入しようとした人間を寄越した裏稼業の組織の当たりをいくつか付けたそうだが、その裏稼業組織に直接接触させるのは今のところ止めている。


 そんな連中と関わりたくないし、それで依頼元を吐き出させたとしても、こちらとしては別に被害を蒙ってはいないことと特段に得るべき物も無いからね。

 せいぜいがその依頼元に対する警戒を強めるだけだが、あんな探索素人のならず者を送り込む相手などそれほどの警戒対象にはならない。


 どうやら王宮内務部は無さそうだし、王宮内政部も領主貴族家は管轄外なので無いだろう。

 あとは王宮騎士団と宰相府だが、王宮騎士団の場合はランドルフ騎士団長と俺との関係から、今のブランドンさんのように俺に直接聞いて来れば良い。


 ただし王宮騎士団には3つの派閥があって、騎士団長派はともかく多人数の家柄派の一部や最も警戒すべきサディアス・オールストン副騎士団長一派には可能性がある。

 それからやはり、出来たばかりの宰相府だよな。


 ブルーノさんたちの意見や見立てでは、あのような裏稼業組織に頼らなければならないのは、自前での調査にまだ手が回らないであろう宰相府の可能性が高いということだった。



 折角その話題が出たということで、ブランドンさんにはざっとグリフィニア拡張計画のあらましを説明してあげました。それほど秘密にすることはありませんからね。

 どちらかというとうちの秘密は、この王都屋敷にてんこ盛りで集まっております。


「ほほう。これはなかなかの事業でありますな。さすがは富んでおられるグリフィン子爵家だ」

「いえいえ、うちなどは貧乏子爵家ですよ。うちにはどうしても大勢の冒険者が居住しているので、やむにやまれずというところでして。ですので、辺境伯家とブライアント男爵家のご協力もいただいて、やっとです」

「ご親戚ですからな」


「と言うことで、僕も土魔法で手を出したという訳ですよ。僕の魔法なら、タダですからね」

「グリフィン子爵家にはザカリー長官以外にも、土魔法の達人がおふたりもおられますからなぁ。それはそれで、なんとも羨ましい限りです」


 ブランドンさんとの会話は、こんな感じで情報と腹の探り合いだ。

 同席しているエステルちゃんとカリちゃんはそんなふたりの会話を大人しく聞いていて、ミルカさんも敢えて口を挟もうとはしていなかった。

 クロウちゃんはこういうのがあまり好きでは無いので、ジェルさんたちの方に行っちゃったんだね。


「ところで、先日に王太子様をご訪問された折りも、そんな魔法のお話がずいぶんと話題になったとか」


 ようやく本題に近づきましたね。


「はい。とりわけアデライン王女殿下はご興味を示されまして」

「そのようですな。あの王女殿下が魔法にご興味を抱かれるとは。まさに、昨年の秋からご自身が魔法に掛かられたみたいな」


 なんだか王妃さんと同じようなことをブランドンさんが言う。

 でも、そろそろ俺も回りくどい会話に飽きて来たので、本日訪問して来た理由を話してくれないかなぁ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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