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第22話 おふたりを騎士に叙任します

 王宮に行った3日後。その日の王都屋敷は朝から少しばかりざわめいていた。

 今日は正午をもって、ライナさんとオネルさんへの仮の騎士叙任式を行うからだ。

 式を行ったあとは内輪のパーティー。なので朝食は軽めにして、それぞれが準備に取り掛かっている。



 昨日にはグリフィニアからユルヨ爺とミルカさんが到着した。


 本来なら今回の俺たちの王都行きは3週間程度を目安としていて、ヒセラさんマレナさんとの協議、学院の入学式への出席、更に王宮訪問と当初の予定は既に消化している。

 ユルヨ爺はこの間に子爵領に留まって、ファータの新人調査部員の領内研修を行うこととしたのだよね。


 だけど、俺たちがエルフとの直接交渉のために商業国連合の都市国家セバリオへ行くこととなったため、研修を早めに切上げて王都に駆けつけた。

 先日に届いた、グリフィン子爵家の紋章が刻印された騎士叙任用の剣を追いかけるようにして、ミルカさんと一緒にこちらに来たという訳だね。


 父さんからは手紙で、騎士叙任を各自が受諾して準備が整ったら俺の方で仮の叙任を行えという指示があった。たぶんふたりは、それを見届けるためにも急いで来たらしい。

 あとミルカさんは、俺たちのセバリオ行きの詳細などを確認してグリフィニアに持ち帰る役目でもあるよね。


「新人研修の方は大丈夫でしたか?」

「ザック様たちが出立されて、入れ違いになると困りますからな。それでも、アプサラには行きましたぞ。あと、その間にある村々も少々巡回しました。ええ、ソフィ様もご一緒に。若者4人を連れての楽しい旅でしたわい」


 グリフィニアから港町アプサラまでは、馬車で丸1日の距離だ。

 楽しい旅と言ったユルヨ爺たちは、とは言えファータの実地研修なので、ソフィちゃんも加えて5人であちらこちらを巡回しながら走って行ったのだろう。

 ファータの里からグリフィニアに来る時も自分の足で走って来ているので、そのぐらいの距離は楽勝なのだと思うけど、ソフィちゃんもすっかり逞しくなったよな。




 今日は正門を鍵で閉ざして、王都屋敷メンバーにミルカさんを加えた全員が大広間に集合した。


 大広間のいちばん奥の壁には、昨年末の俺の学院卒業に合わせて新たに作られたグリフィン子爵家調査外交局の大旗が広げられて掲出されている。

 今日の叙任式は仮のものだけど、俺としてはこの大旗を背に出来るだけきちんと厳粛に行いたかったのだよね。


 それで皆もそれぞれに服装を整え、人外組の方々は別としてほとんどが調査外交局独立小隊の準礼装制服に身を包んでいる。

 えーと、人間で制服姿では無いのは、ドレス姿の料理長のアデーレさんと侍女長のエディットちゃん。それからミルカさんだけですかね。


 人外組では、ケリュさんが我侭を言って以前に作って貰ったらしい独立小隊騎士の制服姿で、アルさんは特別な時に着る豪奢な執事服。シルフェ様、シフォニナさん、クバウナさんにシモーネちゃんはドレス姿だ。


 ところで、エステルちゃんはドレスではないのですか? 「今日は独立小隊の式ですから、制服に決まってるですよ」はい、そうですね。エステルちゃん用のは青と白の色彩が映えて、ひと際華やかですよね。カァ。

 そしてもちろん俺も漆黒の準礼装制服を身に纏いました。



 正午となり、フォルくんとユディちゃんの奏でるファンファーレが大広間に鳴り響く。

 そのファンファーレが鳴ると、壁に広げられた大旗の前、その正面横にアルさんが出て来ていつも以上の威厳ある姿で立った。


 今日の叙任式の進行はアルさんが行うと彼自身が言い出し、そして譲らなかった。


 本来なら人間のすること、特にこういった儀式的なものには、高位の人外の方々が直接的に関与することはない。

 単に式に関与した以上のものやことを人間に及ぼしてしまうから、あの方たちの流儀では見守るに止めるのだよね。

 だが今回は「わしが導き役に」と率先して手を挙げた。


 ライナさんは彼の魔法の弟子であり、オネルさんと共に過ごした年月ももう長い。

 これがグリフィニアでのセレモニーであれば、元騎士であり子爵家の一切を束ねる家令のウォルターさんが進行を行うのが通例となっているが、名目だけとはいえ王都屋敷執事を自ら任じている自分が、という気持ちも強かったのかも知れないな。


「それではただいまより、ライナ・・バラーシュ並びにオネルヴァ・ラハトマーに対する騎士叙任の式を執り行う」


 アルさんの魂にまで伝わるような声が発せられる。


 大広間に集まった王都屋敷の面々の最前列にはレイヴンの初期メンバー、つまりライナさんとオネルを中央にその左右にジェルさんとブルーノさん、そしてティモさんが横一列に並んでいる。

 ちなみに俺とエステルちゃんは、正面の大旗に向かって下手側に立つアルさんとは反対の上手側にふたりで控えた。


「ライナ・バラーシュ、オネルヴァ・ラハトマーの両名は前に進み、グリフィン子爵家調査外交局の旗の前で正面を向くのじゃ」

「はっ」


 ふたりが前に出て並んで立つと、ユディちゃんが所謂膝突き台と呼ばれる背の低い台を持って来て大旗の真下の床に置いて据えた。

 これは前世の世界の教会などでは、ニーラーと呼ばれているものだそうだね。前にクロウちゃんに教わりました。そのクロウちゃんはカリちゃんに抱かれている。


 俺のところには、フォルくんがひと振りの両手剣を持って来て渡してくれた。

 これは先日にグリフィニアから届いた剣とは別のもので、何か儀式ごとがあった際に使うようにと父さんからいただいていた、やはりグリフィン子爵家の紋章が刻印された鋼の剣だ。

 でも儀式用とは言っても斬れ味は鋭く、もちろん戦闘に充分使用出来る。使ったことは無いけどね。



「ではザカリー長官、お願いいたしまする」

「はい」


 アルさんにいつもとは違う現在の公式名で呼ばれた俺は、その鞘に納められた両手剣を持って正面に進む。


「では、まずはライナ・バラーシュ。中央に進んで両膝を突きなされ」

「はっ」


 そうアルさんに促され、ライナさんが両膝を折り曲げて膝突き台に降ろし、頭を下げて畏まる。

 その前に立った俺は鞘から両手剣を抜き、鞘は後ろに控えていたフォルくんに渡して、剣先を上に立てて身体の正面に捧げ持つ。


なんじ、ライナ・バラーシュ。われ、ザカリー・グリフィンの名において、我がグリフィン子爵家調査外交局独立小隊の騎士になろうとする者」


 その言葉と共に捧げた剣のブレードを下ろし、その平をライナさんの右肩に置いた。


なんじ、ライナ・バラーシュは、アマラ様とヨムヘル様、そしてケリュネカルク様とシルフェ様のご加護のもとに、我が騎士としてその剣と魔法を捧げ、真理と正義を守り、我が領民と我が領地、そしてすべての幼き子を守護するか」

「ははっ」


 ライナさんが大きないらえの声を響かせると、俺は肩に置かれていたブレードの平で、右肩を1回、続いて左肩を1回、再び右肩を1回軽く叩いた。


 ちなみに騎士になる者に対してのこの呼び掛けは、グリフィン子爵家伝統の文言だが、ケリュさんとシルフェ様の名を加えること、更にこの時に限りケリュさんの正しい名前を口に出すのはご本人に了解を得ています。


なんじ、ライナ・バラーシュ。われ、ザカリー・グリフィンの名において、なんじを我がグリフィン子爵家調査外交局独立小隊の騎士と任ずる」

「はっ」


「よしよし。それではライナ・バラーシュ騎士。表を上げて立ち上がりなされ」

「はっ」


 ライナさんがゆっくりと立ち上がり、緊張から安堵の表情へと少し変化したその顔で俺に向ける。

 俺はその彼女の顔を見て大きく頷きながら、おめでとうと声には出さずに心の中で言葉を掛けた。


 その俺を見ながら微笑んだライナさんからは、「(ありがとう、ございます、ザカリーさま)」という、とても小さくゆっくりとした念話が伝わって来たような気がした。


「続いてはオネルヴァ・ラハトマーじゃ。前に出なされ」

「はっ」


 アルさんの声でライナさんが下がって、オネルさんが中央に進んで来る。

 ライナさんが念話を出来るようになったのかどうかは後で確かめることにして、俺はあらためて心を無にし、背筋を伸ばし緊張した顔をこちらに向けるオネルさんを見つめた。




なんじ、オネルヴァ・ラハトマー。われ、ザカリー・グリフィンの名において、なんじを我がグリフィン子爵家調査外交局独立小隊の騎士と任ずる」

「はっ」


「よしよし。オネルヴァ・ラハトマー騎士。表を上げて立ち上がりなされ。」

「はっ」


「それでは、騎士の証しとして、ザカリー長官とエステルさまのおふたりより剣を授けまするぞ。ライナ・バラーシュ騎士とオネルヴァ・ラハトマー騎士は並んで控えなされ」

「はっ」


 叙任式の最後に、父さんから届けられたグリフィン子爵家紋章が刻印された剣を授けるのだが、これはエステルちゃんとふたりで行うことにした。

 だって、ライナさんたちは昨年までの4年間、どうこう言って学院の寮に居た俺よりもエステルちゃんを護って来たのだからね。


「この剣をもって、ライナ・バラーシュ騎士、オネルヴァ・ラハトマー騎士の両名がグリフィン子爵家の騎士であることの証しとする。まずはライナ・バラーシュ騎士」

「おめでとうございます、ライナ・バラーシュ騎士」


 並んで片膝を突いているライナさんに、俺は隣に来たエステルちゃんから受取った剣を渡す。


「続いてオネルヴァ・ラハトマー騎士」

「おめでとうございます、オネルヴァ・ラハトマー騎士」


 同じようにオネルさんにも剣を渡し、エステルちゃんはそれぞれに祝福の声を掛けた。


「両名は立ちなされ。それではこれを以て、ライナ・バラーシュ騎士、オネルヴァ・ラハトマー騎士の騎士叙任の式を終了とする」


 叙任式の終了を告げるアルさんの声が響くと、大広間の中に明るい光が舞って煌めき、同時に爽やかな風が流れて来て優しく皆を包んだ。

 ケリュさんとシルフェ様からの祝福だね、これは。


 そして式を身守っていた全員から、大きな拍手がライナさんとオネルさんに贈られる。

 その拍手に深々と頭を下げ、そして起き上がって正面に向けたふたりの顔の表情は、とても晴やかに輝いていた。



「さあ、今日はここで美味しいお昼をいただきますよ。立ったままでも腰掛けてでもいいですからね。アデーレさん、エディットちゃん、シモーネちゃん、お料理をお願いしますね」

「はーい」


 エステルちゃんの良く通る声に皆が動き出す。丸テーブルがいくつか出され、椅子も並べられる。そして、いつもよりも盛りだくさんの料理や飲み物が次々と運ばれて来る。


「それでは乾杯だね。乾杯の音頭は、ケリュさん。お願い出来ますか?」

「おう、任せろ」

「あなた、お話は短くよ。みんなはもう、お腹がぺこぺこなんだから」


 祝う席での乾杯の音頭なら、神様であるケリュさんに頼んでも良いだろうと彼に事前にお願いしたら、二つ返事で了承していただけました。


「わかっておる。まずはライナ・バラーシュ騎士、オネルヴァ・ラハトマー騎士、おめでとう。心から祝福いたすぞ。これで、この屋敷のザックの騎士はジェルさんと3名になった訳だ。いや、我も騎士に加えれば4名だな」


「あー、ケリュさんを叙任した覚えが無いんだけど」

「そもそも、我は初めから騎士だからな」

「ケリュさんは騎士というより……」

「ザックはごちゃごちゃ煩いな。この屋敷の騎士と言うただろうが」


「もう、あなたたちは直ぐにこれね」

「なかなか乾杯が出来ませんよ」


 シルフェ様とエステルちゃんから怒られました。でも大広間の皆は、また始まったかと笑っている。


「ともかくだ。ザックとエステルの後ろに、ジェルさん、ライナさん、オネルさんの3名が揃って騎士として立つ。これが本日この時を以て、正しく成り立ったということだ。我はこの世界の始まりの騎士、騎士の大もととして、あらためて3名の騎士を祝福する。ザックとエステルの後ろに立つ騎士であることを誇り、先ほどザックより問われた『その剣と魔法を捧げ、真理と正義を守り、我が領民と我が領地、そしてすべての幼き子を守護する者』たらんことを魂にしっかりと刻み、これよりも更に励んでいただきたい。それでは皆で乾杯だ。ライナさんとオネルさんの騎士叙任を祝い、栄えある3名の騎士のより善き前途を願って、乾杯!」

「乾杯!」


 いまの乾杯の挨拶で、なんだかとても重要なことをケリュさんはさらっと言ったよな。

 ケリュさんはこの世界の始まりの騎士、騎士の大もと、ですか。神様の言葉なので、大袈裟ではあっても嘘とかまやかしでは無いのだろう。

 あと、ケリュさんをそれに任じたのは、おそらくヨムヘル様なのだろうな。


 そしてその言葉にあった3名の騎士は、乾杯が終わると人外の方々のところに行ってお礼の挨拶をしていた。

 ジェルさん、ライナさん、オネルさんは、いまのケリュさんの言葉にそれぞれ感ずるところがかなりあったようだ。


 そのお姉さんたち3人が、続いて俺とエステルちゃんのところに来て同じくお礼の挨拶をする。まあ、堅苦しいのはそのぐらいで、いつも通りにしましょう。



「(ところでさ、ライナさん。この念話が聞こえるのかな?)」

「(うん。なんだか、急に聞こえるようになったの)」

「(まあっ、ライナさん)」

「(カァ)」


 まだ彼女自身の念話の出力はかなり小さいみたいだけど、どうやらしっかり伝わるようですぞ。

 以前からアル師匠とカリちゃんにも教わってかなり練習はしていたみたいだけど、なかなか会話の送受信が出来なかった筈だよな。それが、先ほどの叙任式の最中に突然開眼したという訳ですか。


 と言うことはですよ。これまで以上に様々なことが共有されちゃうですかね。カァ。

 俺とエステルちゃんは思わず顔を見合わせるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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