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第21話 セバリオ行きとか土魔法のこととか

「これがザックさんのトルテなのね。表面はパリッとして中はしっとりで、甘くてちょっと苦くて、複雑なお味ですけどちゃんとひとつになって……。ああ、もう半分食べちゃったわ」


 今回もホールケーキを2個持参したので、エステルちゃんが8等分に切り分けると16人分だ。

 前回はふたつ余ったけど、今回はちょうど人数分です。

 前のグリフィニアチーズケーキの余りは王妃さんと国王さんとで、後で食べたですかね。だとしても今回はありません。


 じつは俺が秘蔵していたショコレトールは5ホール分ぐらいあり、昨日にその5ホールのザックトルテをアデーレさんに作って貰った。

 それで、初めて食べるケリュさんやクバウナさんをはじめ、屋敷のみんなでいただいたのですな。


 王妃さんは食レポのように言葉にしながら、半分ぐらい食べたところでいったんフォークをトルテから離した。

 これが、現在のところの最後の最後の物って先ほどエステルちゃんが言ったのもあって、前半は夢中に、後半はしっかり味わいながらという感じですかね。


 同じく初めてこのトルテを食べていただくアデライン王女はずっと無言で、ゆっくりゆっくりと口に入れている。

 隣のテーブルのエデルガルトさんやシャルリーヌさんら侍女さんたちも、ザックトルテが化粧箱から出された時の喧噪から一転してとても静かに味わっているようだ。



「終わってしまいました」

「わたしもよ、アデラ」

「終わりましたね」


「エステルさんが本当に最後のと言っていたから、もう暫くは食べられないのだろうな。でもザック君。今日はこのショコレトールの話なのだろ?」

「ええ、セオさん」


 こちらのテーブルの王家の女性3人は、同じように空になってお皿を見ている。

 その様子を見て僅かに苦笑した王太子が口を開き、今日の本題の話をするように促した。


「あれからずっと、ヒセラさんとマレナさん経由でショコレトールの入手交渉をお願いしていたのは、セオさんもご存知ですよね」


「ああ、商業国連合だな。一向に進展が無さそうなので、どうしたのかと時折は思っていた。それにフェリが、進み具合を聞いてくれと煩くてな」

「そんなに煩くはしてないです」


 前々世の世界なら誰にでもごく身近なお菓子であるチョコレートだけど、この世界、いやもし仮に前世の世界にあったとしても、俺が想像する以上のインパクトをもたらすみたいだね。


「エルフとの交渉がほんの少し進展しましてね」

「え? そうですの?」


 フェリさんが思わずという感じで声を出した。

 あ、王妃さんは前回のお茶会でも話題に出たので承知しているけど、きょとんとしているアデラさんは事情を知りませんよね。


「いまいただいたザック君のトルテの基になる材料はショコレトールと言ってな、アデラ。そもそもがエルフが栽培している小さな豆なのだが、それをザック君たちが工夫して、世界で初めてショコレトールという何とも魅力的なお菓子に仕上げたんだよ。そうだよな、エステルさん」


「はい。主に今日お邪魔しているメンバーでは、ザックさまとそれからカリちゃんとライナさんなのですけど」

「それは知りませんでした」


「わたしたちは、ザカリーお菓子工房の工房員でもあるのですよ、フェリさま」

「まあ、そうなのね、カリちゃん。ザカリーお菓子工房、ですか。なんと言いますか、とても魅力的」

「うふふ。またひとつ、グリフィン子爵家の秘密を聞いてしまいましたよ」


 カリちゃんがそういうことを言うから、王妃さんにもまた変な誤解を与えるではないですか。別にうちの秘密とかでは無いですし、そもそもザカリーお菓子工房という正規の組織がある訳でもありませんからね。



 今回も、あらためてショコレトール豆の入手の経緯から現在までをセオさんが簡潔に説明してくれて、「それで、どうなったんだ?」と俺に話を振った。


「じつは、商業国連合の都市国家セバリオで、エルフのイオタ自治領の代表者と直接に交渉することになりましてね」

「つまり、ザック君がセバリオまで足を運ぶということかい?」

「はい、そうなりました」


「商業国連合のセバリオって、ミラジェス王国のもっと南の、遠い国」


 アデライン王女がそうぽつりと言葉を洩らした。


「そうだな、アデラ。南の彼方のとても遠い国だ。昨年の俺とフェリの結婚の儀には、商業国連合の各都市国家の代表も出席されて、セバリオの首長で商業国連合議長のベルナルダ・マスキアラン殿もわざわざ来ていただいた。だが、そんなことでも無い限り、我らが直接にお会いすることはまず滅多に無い。尤も港の商人同士では、かなり交流があるようだがな」


 まだ高速移動手段の無いこの世界では国境を越えて国外に旅すること、いや王女であるアデラさんにすれば王都の外に出るのさえ大変な旅の筈だ。

 前々世の世界を知っていて、この世界でもアルさんに乗せて貰って大陸の東の果てまで行ったことのある俺とは、だいぶ感覚が違うのだろうな。


「わたしたちにとっては、商業国連合と言ったらヒセラさんとマレナさんですね」

「そうだな。現在でもこの王都に常駐しているのは、彼女らとあと数人だけだ」


 昨年の夏まではヒセラさんとマレナさんはこの王宮で王太子の侍女を務めていて、フェリさんの言ったようにまさにあのふたりが商業国連合の顔だった訳ですな。


「ザックさんが、そのヒセラさんとマレナさんのお国に行かれるのですね」

「ええ。ちょうどここに居るうちの者たちと、あとひとりかふたりを加えて、ですね」


「まあ、エステルさまとカリさんも?」

「そうなのですよ、アデラさま。カリちゃんはザックさまの秘書ですし、わたしも一緒にね」

「エステルさまが一緒じゃないと、いろいろ歯止めが利かない、からですよ」

「そういうことだろうな、はっはっは」


 セオさんは何を納得してるですかね。


「でも、素敵。遠くの国までご一緒に旅をされるのね」

「そうだなアデラ。俺だって行けるものなら、ザック君と旅がしたいぞ」

「わたしもセオさまと一緒に、ザックさんとエステルさんたちに付いて行きたいですわ」

「フェリさま、わたしもご一緒したいです」


「はいはい。あなたたちは、いまは諦めなさい。そんな旅が出来る日も、いつか来るかも知れませんからね」

「だって、お母さま」

「アデラは、去年の秋までは、王宮の外など一歩も出たく無い風だったのにね。どんな魔法を掛けられたのかしら。ね、ザックさん、エステルちゃん」



 それからは、ショコレトールとその豆の入手のためのセバリオへの旅の話が尽きず、気が付けばずいぶんと長い時間のお茶会となっていた。

 ザックトルテに加工しているとはいえ、この場の皆がショコレトールの味を知ったあとだったので、興味が殊更増していたようだね。


「あまり長い時間を引き止めてもなんだが、ザック君にはもうひとつ聞いておきたかった話があったのだよ」


 ああ、セオさんが言うのはグリフィニアの拡張事業の件ですよね。


「グリフィニアの奇跡、という噂話を俺も聞いたよ」

「あら、それは何なの? セオ」


「母上の耳には入っていませんでしたか。ザック君がグリフィン子爵領の領都で奇跡を起こしたという話ですよ。旅の商人から伝わって来た話では、なんでもたった1日でかなりの広範囲を囲む都市城壁を造ったとか。それも、どんな街でも見たことの無い、精緻で美しい城壁なのだそうですよ。これは事実だよね、ザック君」


 どうやら少しぐらい話さないと、セオさんは納得しないですかね。

 その噂話を知らなかったというグロリアーナ王妃も、いまのセオさんの説明を聞いて興味津々の表情で隣に座る俺の顔を見た。


「あー、ただの土木作業ですよ。グリフィニアでは街を拡げる工事に取り掛かっていましてね。それで工事と街の安全上、その工事エリアを囲む簡単な城壁をまずは造ったという訳でして。とかく旅の商人の噂話というものは、大袈裟で面白可笑しくなるものですからね」


「しかし、奇跡とまで伝わって来るからには、ただの土木作業ではないだろ?」

「それはたぶん、土魔法を遣ったからですよ」

「ああ、土魔法か。ザック君とそれからライナさん、あと確かグリフィン子爵家には、元冒険者で有名な土魔法の遣い手がいたよな」


 セオさんは一昨年の夏にグリフィニアを訪れた時に、ダレルさんとも顔を合わせていたかな。

 まあ直接会っていなかったとしても、グリフィニアに来る際にそんなことも情報として得ていたのかも知れない。

 その辺の領主貴族家に関する情報は、王宮内務局で把握しているのだろうね。


「(カリちゃん。カリちゃんとアルさんが加わったことは、内緒にしておいてね)」

「(らじゃー)」


 さっきのザカリーお菓子工房みたいに、グリフィン建設(仮)のことをぽろっと口に出さないように、カリちゃんには念話を入れた。

 隣のテーブルのライナさんをはじめお姉さんたちは、その辺は大丈夫だろう、と思いたい。


「まあ、ライナちゃんって凄いのね。ザックさんと一緒にそんな奇跡を起こすなんて」

「うちのザカリーさまが申し上げた通り、奇跡とかではなくただの土木工事でございます、王妃さま。大掛かりな魔法、特に土魔法というのは、見たことのある者が少ないですから。それでおそらく、他領の商人などがそんな風に伝えたのかと」


「ライナちゃんもそう言うのなら、そういうことにしておきましょうか。ね、セオ」

「そうですね、母上。俺なら友の起こした奇跡を誇るが、妙に詮索したり怖れたりする者も居るでしょうからね。フェリも、義父ちち上から何か聞かれたら、ザック君とライナさんがいま言った通りに伝えてくれ」

「そうしますわ、セオさま。わたしも、お友だちのなさったことを一緒に誇りたいです」


 セオさんの言った義父ちち上とは、フェリさんのお父さんであるジェイラス・フォレスト公爵、つまり宰相閣下のことだ。

 いまの会話から、ジェイラス宰相が関心を持っていることが伺えるよな。まあ、王国の内政全般を扱うらしい宰相の立場ならばそうなのだろうけどね。



 それから今度は土魔法のことなどに会話の関心が移って、俺とライナさんに質問が集中した。

 どうやら王宮魔導士でも土魔法適性を持つ者は極めて少なくて、持っていたとしてもそれを専門的に極めているような魔導士は存在しないそうだ。


 せいぜいが、ストーンバレットといった弱い石礫を撃てるぐらいで、その土魔法を俺たちみたいに何かの工事に応用するなどの考えは及ばないらしい。

 この世界で魔法と言えば、攻撃魔法か単純な生活魔法という常識から抜け出せないからね。


「グリフィン子爵家では、庭師さんが土魔法の達人なのね。言われてみればなるほどと思いますけど、これまで考えてもみなかったわ」

「うちのダレルさんはライナさんの師匠で、元は冒険者なんですよ、王妃様。まあうちの冒険者でも、土魔法をそれほど操れる者は、ライナさん以降は出ていないみたいですけどね」


「ちょっと待って、ザックさん。ライナちゃんて、冒険者だったの?」

「あ、そうなんです。言って良かったかな、ライナさん」


「はい、いいですよ。わたしは12歳から冒険者になって、それから14歳で騎士団に入団しました」

「まあ。……それでいまは、確か従騎士さんよね」

「まだ正式の任命はしていませんが、隣のオネルさんと共に近々、騎士に叙任する予定なのです」


 本人たちも受諾したので、もう言っても良いだろうと俺はそう披露した。

 王妃さんたちから「おめでとうございます」の言葉がふたりに掛けられる。


「まるでお伽話……。あ、いえ、ごめんなさい。つい」

「良いですよ王女さま。わたしがそういう風に歩んだのは事実ですので」


「ついでにバラしちゃうと、このライナさんて、本当はアルタヴィラ侯爵家の騎士爵のお嬢さんで、11歳でひとり家を出てグリフィニアまで来て冒険者になったのですよ」

「もう、エステルさまはぁ。そこまでバラさなくてもー」


「アルタヴィラ侯爵領からグリフィニアって、凄く遠いですわ」

「それを、11歳の女の子が、たったひとりでなんて。やっぱりお伽話」

「グリフィニアには土魔法の達人のダレルさんが居て、それで冒険者の本場だからかな」

「まあそういうことですね、王太子さま」


 土魔法の話からライナさんの話にお茶会の話題が移り、そのライナさんが2歳の俺と初めて会った時のあの得意話を、俺にしたらずいぶんと脚色込みに盛りながら話して皆を笑わせるなどして、そろそろという時刻になった。



「あの」

「どうしたの? アデラ」


 俺たちがお暇しようかという段になって、アデライン王女が小さく胸の前に手を挙げた


「わたし、その、もしかしたら、土魔法の適性が」

「え? そうなの? 聞いたこと無かったわよ」

「誰にも、言ったことありませんから。お母さま」


「エデルさん、あなたもご存知なかったの?」

「あ、いえ、国王妃殿下。学院生のときに王女殿下から、誰にも言わないでと口止めされまして。申し訳ありません」


「いいのよ。あなたなら、それを守りますわね。それでアデラ、どういうこと?」

「あの、学院で1年生のときに、初等魔法学だけ受講したのです。わたしは水魔法の適性が少しあって、それでそのとき教授をされていたクリスティアン先生から、自分にははっきりとは分からないが、もしかしたら土魔法の適性もあるのでは、と言われました。いまでも憶えているのですけれど、先生は学院の教授になる前に、地元で土魔法の出来る子どもと会ったことがあるって。なので直感ではあるけれどと、そうおっしゃっていました」


 このアデラさんの話を聞いてライナさんはもちろんのこと、うちの者たちは得心するような表情になった。


 アデライン王女はおそらくエステルちゃん、ジェルさん、ライナさんと同年代ぐらい。もしかしたら同い歳かも知れない。

 学院の魔法学教授で俺の担任だったクリスティアン先生はアルタヴィラ侯爵家騎士団の魔導士部隊の出身で、確かライナさんがグリフィニアに旅立った年に学院の教授に就任していたんだよな。


 そしてライナさんの土魔法適性を発見したのは、この魔導士部隊在籍当時のクリスティアン先生だ。

 だから今のアデラさんの話に出て来た、地元で会った土魔法の出来る子とは、まさしくライナさんのことに違いない。



 アデライン王女は1年生の時の初等魔法学を受講はしたものの、当時の彼女は魔法自体にはあまり関心が無く、2年生で中等魔法学に進むのは止めてしまったそうだ。


 あと、エデルガルトさんにも口止めし、自分に土魔法適性があるのを敢えて確かめずに、以後そのことを誰にも話さなかったのは、どうやら学院生当時に酷かった誰とも関わりたく無い、誰からも関心を持たれたく無いという気持ちがかなり影響したみたいだね。


 美しい王女という自分自身の存在自体を厭いつつも逃れることは出来ず、逆にその殻に閉じこもるようにしてこれまでの年月を過ごして来たということだろうか。

 でもその呪縛が、昨年の秋から少しずつ溶けて来ているのかな。


「ねえ、ザックさん。この子に土魔法の適性があるのかどうか、あなたなら判定出来ますの?」

「ああ、えーとですね王妃さま。他の例えば水魔法でも、あるいは魔法として発動しなくても、キ素力を身体に巡らせていただければ、適性の判定は出来ますけど。でも、この王宮でそれをするのは、いろいろと拙いでしょうから。ですよね、セオさん」


「ザック君はそんなことも出来るのか。いや、君なら出来るか。そうだな。この王宮内では少々拙いな。ザック君が居てだと、以前のこともあるし」


 この王宮内で魔法を発動させるのは基本的に厳禁だ。

 王宮魔導士が常に目を光らせているし、それに魔法やキ素力の動きに特別に敏感な者が、この王宮のどこかに居る。


「ザックさんのお屋敷でなら、いいのよね。ねえ、ザックさん」

「まあ、そうですが」


「そうしたらアデラ。ザックさんのお屋敷で視て貰いなさい」

「そう、します、お母さま」

「おう、それはいいな。だったら俺らも便乗しよう、フェリ」

「それがいいですわ。一緒に行きましょう、アデラさま」

「ええ。とても楽しみ」


「わたしも行こうかしら」

「母上もですか? それはなかなか」

「なあに、ダメなの?」

「母上は国王妃ですし」

「あなたは王太子なのに、我侭を言ってグリフィニアまで行ったじゃない」

「わたしもご一緒して、ヴァネッサさまの花嫁姿を見たかったですわ」

「それはフェリ。あのときは俺たちも結婚前だし……」


 あー、そこで盛り上がってる王家ご一家の方々。うちに来るのは良いですけど、王宮内務部とか王宮騎士団とか、関係部署ともちゃんと調整はしてくださいよ。


 俺はそんなセオさんたちの会話というか言い合いを聞きながら、きっと酷く困った顔をするであろうブランドン王宮内務部長官やランドルフ王宮騎士団長の顔を思い浮かべるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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