第20話 王宮のお茶会の出席者
学院の入学式に出席してから程なくして、王太子のセオさんから書簡が届いた。
訪問したいと王太子妃のフェリさんに言付けたその返事だろうな。
その書簡にはいくつかの日時が書かれていて、それらのどこでも調整は可能とのことだ。いちばん近々は明後日の午後となっている。
フェリさんにショコレトールの件と言ったので、どうもセオさんを急かした気配がありますな。それとも王太子って、意外と日程調整がつきやすいのですかね。
「じゃあ、明後日に行きますか」
「そうですね。そしたらこれからオネルさんにご返事を届けて貰って、調整して来ていただきましょう」
エステルちゃんと相談して明後日、3月5日の午後に王宮に足を運ぶことにした。
訪問するメンバーは以前と同じでいいかな。俺とエステルちゃんにカリちゃん、ジェルさんたちお姉さん方3人。馬車の御者役はフォルくんとユディちゃんに頼んで、彼らは王宮の待機施設で待つことになる。
クロウちゃんも行く? カァ。はい、行きませんね。
その旨も含めて返信の書簡を認め、オネルさんに王宮まで調整に向かって貰った。
王宮に来るのは昨年の9月以来だ。
あのときは学院祭前で、アデライン王女とクライヴ第2王子のふたりが学院祭を訪問するという件の話で行ったのだった。
そうしたらグロリアーナ国王妃も同席しているというサプライズがあって、俺たちもいささか驚いたのでした。
「今日はそういうのは無いのだろうな、オネル」
「ええ、ジェル姉さん。本日はいちおうは、王太子さまと王太子妃さまのおふたりだけと、先日には伺っているのですけど」
「いちおう、よねー」
「いちおう、ですね」
オネルさんが事前に王宮に行って、侍女のシャルリーヌさんと調整をして来たときにもその点は聞いたのだけど、これから王宮に入るという段になってからも、王宮前の待機施設でジェルさんが再度確認をしている。
「いきなり国王妃殿下というのは、驚きますからな」
「今日は国王さんも居たりしてー」
「ライナ、おまえはもう。口に出すと本当になるぞ」
「さすがにそれは無いと思いますけどね、姉さん」
まあ、返事をしたのが一昨日の今日だから、さすがに国王はね。
待機施設の控室で女性陣が身なりを整え終わったので、フォルくんとユディちゃんをそこに残して王宮の中に入る。
王宮に来るのも隋分と慣れて来たけれど、俺以外はいつも女性ばかりなので、こういった手順に少々時間が掛かるのでありますな。
「ザックさま、何か言いましたか?」
「どうせ、手間が掛かるとかなんとか、そんなこと考えていたですよ」
「そうでしょうね、カリちゃん。でもザックさま。わたしたちだって、掛けたくてこうして手間を掛けてる訳じゃないのよ」
「ですよね」
えーと、俺は何も言っていません。
王宮内の大ホールに入り取り次ぎを頼むと、暫くしてシャルリーヌさんがやって来た。
彼女はフェリさん付きの侍女さんで正しくはシャルリーヌ・フォレスト、つまり家名が示すようにフォレスト公爵家の縁戚の人だ。
「ようこそお出でくださいました。ザカリーさま、エステルさま、皆さま方」
「早速のお招きで、早かったですね」
「あ、はい。妃殿下はショコレトールのこととなると……。それで王太子殿下を急かされまして」
先日の学院の入学式にも、このシャルリーヌさんがフェリさんに従って来ていた。
それにしてもフェリさんはショコレトールが好きだよな。
「今日は王太子殿下と妃殿下のおふたり、だけと聞いていますが」
「あ、ひゃい、あの……。早速ですがご案内いたします」
「(なんだか怪しいわね)」
「(ライナ姉さんの予想が当たってたりして)」
俺の確認にシャルリーヌさんが言葉を濁したので、エステルちゃんとカリちゃんがそんな念話を交わしている。
後ろではお姉さんたちもヒソヒソ小声で話しながら、俺たちの後を追って来た。
「えーと、本日も前回と同じお庭にご案内いたします」
それまで黙って先導していたシャルリーヌさんが、廊下の分かれ道で立ち止まって振り向きそう言った。
「と言うことは」
「はい、国王妃殿下のお庭です。なにせ、ショコレトールのお話とお聞きいたしましたので、王太子妃殿下も黙ったままには出来ませんでしたので」
「ああ、なるほど」
昨年9月の訪問時に、国王妃殿下には昨年の新作のグリフィニアチーズケーキ食べていただいたが、まだショコレトールは口にして貰っていないんだよね
でもさ。そうならそうと、先ほどの大ホールで聞いた時に言ってくれれば良いのではないですかね。
「それと……」
「それと?」
「あ、いえ。お庭は間もなくですので」
間もなくと言ってももう少し廊下を歩くよな。
他にもまだ誰かが居るのですかね。
「(ちょっと怪しくなって来ましたよ)」
「(なんだかそうみたいよねぇ)」
「(退路は確保しないとですね。まあいざと言うときには、わたしがブレスを吹きます)」
「(カリちゃんたら。そんなことしたら、戦争になっちゃうわよ)」
「(ケリュさまとか師匠とか、出て来そうですよね)」
「(うふふ。そうかもね)」
物騒と言うか暢気と言うか、エステルちゃんとカリちゃんの会話は何だか浮世離れしているですなぁ。
ケリュさんやアルさんが出て来たら、そこでこのセルティア王国は終わりです。
だいたい訪問先のおそらくお茶会で、なんで退路を確保せねばならんのですか。
ああ、後ろのお姉さんたちも同じような会話を小声でしておるですか、そうですか。
「あちらでお待ちになられています」
案内されたのは、前回もお邪魔した国王妃殿下のお住まいに付属している中庭だ。
その中庭の入口から奥の方を見ると広い屋根付きテラスがあり、そこに何人かの人が居て談笑している。
なんだか昨年のデジャヴですね。
セオさん、フェリさん、ああグロリアーナ国王妃もちゃんとおられますね。そしてその国王妃殿下の隣に居るのは。
「アデライン王女さんでよ、ザックさま」
「ですなぁ」
念話ではなくて、思わずといった感じでエステルちゃんが俺の耳元で声を出した。
そうなんだよね。あそこに居るのはセオさんの妹さんのアデライン王女だ。
俺たちの直ぐ後ろに従って中庭に足を踏み入れたジェルさんたちも、素早くそちらに視線を送って誰が居るのかを確認したのか、更に小声で言葉を交わしている。
「危険人物が居るわよねー」
「なぜ、あの王女が居るのだ」
「これは予想外の罠かも知れないですよ」
お姉さんたちの間では、アデライン王女は危険人物認定がされているのか。でも、罠とかでは無いと思いますけどね。
「さあ、お進みください」
「あ、はい」
先頭を行くシャルリーヌさんが、立ち止まった俺たちを促した。まあ、今回はこちらから訪問を打診したのだから、行くしか無いよね。
あらためて前方を見ると、俺たちがこの中庭に入って来たのに気が付いて、グロリアーナ国王妃、セオドリック王太子とフェリシア王太子妃夫妻、そしてアデライン王女がこちらに顔を向けた。
あとは前回と同じく国王妃の侍女さんたちが居て、もうひとりあの女性はエデルガルト・ギビンズ王宮騎士だよな。
アデライン王女は自分付きの侍女ではなくて、あのエデルガルトさんを伴って来たのか。
友人みたいな親しさというか、王女と護衛騎士という関係以上のものがあるのかもだね。
「本日は急なお願いにも関わらず、訪問のご承諾いただき、誠にありがとうございます」
「やあ、ザック君、元気そうだな。前にも言っただろ。友に会うのだから、堅苦しい挨拶はいらないって」
「はい、そうなのですが」
「ふふふ、セオ。ザックさんは、こちらの人数が増えてるから、思わずそうなっちゃったのよ。ね、エステルちゃん」
「あ、はい、たぶん。お久し振りでございます、妃殿下」
「エステルちゃんも。ここではグロリアーナおばさんね」
「えと」
「まあいいわ。それよりも、アデラもちゃんとご挨拶なさい。あなたは去年の秋に、ザックさんに良くしていただいたんでしょ?」
「お母さま」
「ほら」
「その節は、楽しい1日を、ありがとうございました。今日は、セオ兄上に無理を言って、こうして参加させていただきました。ダメ、だったですか?」
昨年秋のその節はとは、学院祭に来た時のことだよな。
総合戦技大会の表彰式の終了時に、確かまたお会いしましょう的なことを言っていたけど、まあ社交辞令だろうと思っておりましたが。
「いえ、ダメとかそんなことは……。いささか驚いたものですから。学院祭を楽しんでいただけたのなら何よりです、王女殿下」
「アデラ……、アデラでお願いします」
「はい、アデラ様」
「それから、エステルさまには、あの時にはちゃんとご挨拶、出来ませんでした。ごめんなさい。アデラです。その、出来ましたら、仲良くしてください」
「はいアデラさま。あらためまして、エステルです。こちらこそ、よろしくお願いします」
アデラさんは続いて、カリちゃんやお姉さんたちともきちんと挨拶を交わした。
彼女の第一印象だった、他人に対して興味が無い、あるいはおそらく他人との関わり方を知らない故の冷たさは、今回は感じられなかったように思う。
特にエステルちゃんとは挨拶だけでなく更に言葉も交わしていて、エステルちゃんの柔らかな雰囲気や表情がアデラさんに移って行くようだった。
「エステルさまは不思議な御方です」とエデルガルトさんが俺に話し掛けて来た。
「王女殿下が、初めてお友だちを作られたような、お話しされて直ぐにそんな嬉しそうなご表情になって」
「エデルガルトさんがご友人ではないのですか?」
「あ、いえ、わたしなどは。それにどちらかと言いますと、不遜ながらわたしは姉のような心持ちで、直ぐに心配が先に立ってしまいまして」
年齢はアデラさんとそれほど変わらないように見えるけれど、エデルガルトさんも学院の卒業生だろうから、同級生とか先輩後輩だったのかな。
その点を聞いてみると、彼女がひとつ先輩だったのだそうだ。
「わたしの学院生活は、王女殿下をお世話するためのものでしたよ。いえ、別にそれを苦にしたことは無かったのですけど、徐々に姉のような心持ちになってしまったみたいで。ですから、わたしが卒業した翌年の1年間は、それは心配で」
なるほどね。エデルガルトさんも隋分と苦労をしたのだろうな。
「さあさ、立ったままでお話ししていないで、座りましょ。こちらのテーブルにアデラも入って、わたしの隣にザックさんで、それからエステルちゃんね。アデラはその隣に座りなさい。それからカリちゃん、フェリちゃん、セオの順で良いかしら。うふふ。若い殿方に挟まれて座るのは、わたしの役得かしら。エデルさんはジェルちゃんたちに混ぜて貰いなさい」
「母上は何を言ってるんですか、若い殿方って。その片方はあなたの息子ですよ」
「いいのいいの。気分の問題なんだから」
「はあ」
国王妃殿下がしっかりこの場を仕切って、座る場所まで指定された。まあ逆らう必要も無いので、その指示に従って皆が席に着く」
「そうしたら、お茶ね」と、国王妃殿下が隣の俺とエステルちゃんの顔を見る。うちからのお土産を期待してますよね。
「ザックさま」
「うん。では、本日お持ちしたものを出しましょうか。オネルさん」
「はい、ザカリーさま」
隣のテーブルのオネルさんが立ち上がって、いつの間にかマジックバッグから取り出してテーブルの下に隠していた3つの箱を置く。
同じテーブルのエデルガルトさんが突如現れた箱に目を大きく見開いているけど、まあそんなものだと納得してくださいな。
「前回は、あのときの新作のグリフィニアチーズケーキをお持ちしましたけど、今回は」
「ザックさまが隠し持っていたのを、ぜんぶ出させたんですよ。ですからこれが、いまのところホントウの最後の……」
「エステルさん、もしかして」
「はい、フェリさん。今日はそのお話ですからね。そうしたら、勿体ぶってもなんですので」
オネルさんが箱のひとつを開けると、そこにはホールのザックトルテが納まっておりました。
一昨日、王宮に行くのが決まった時に、エステルちゃんから「ぜったい持ってますよね。ほら、ちゃっちゃと出してください」って言われて、ショコレトールの最後の秘蔵在庫を無限インベントリから吐き出したのですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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