第19話 グリフィニアからの届き物と分かれた結論
セルティア王立学院の入学式に出席した翌日、グリフィニアから荷物が届いた。かなり厳重に梱包されているもので、中身はわりと細長い木箱のようだ。
「子爵様からですぞ。何でしょうな」
「少しばかり重たいですが、この長さからすると中身は剣のようにも思えますの」
アルポさんとエルノさんが門から運んで来てくれたのだけど、それなりの重量感があるみたいだね。父さんから剣?
確かに箱の長手方向は両手剣が納まる長さがあるけど、しかし剣にしては重たいよな。
この荷物には父さんの手紙が付いていて「商業国連合に行く件についてはひとまず了承した。旅程などの細目が決まったら報せよ。なお、この荷物はそれもあって急ぎ送ったものだ。初めに中をあらためる際には、お前とエステルだけにせよ」といったことが記されていた。
「だってさ」
「どういうことかしら。ともかく、そうしたらまずは応接室の方に運んで貰いましょうか」
「承知」
ということで、エステルちゃんの指示でこの荷物は応接室に運ばれ、その場には俺とエステルちゃんとクロウちゃんだけが残った。まあ、クロウちゃんはいいよね。カァ。
応接室にふたりと1羽になったところで、その梱包を開けて行く。で、中身は何ですかね。
「あっ」
「何が入っていたんです? え? 剣?」
「カァ、カァ」
中身は同じ姿かたちの鋼の両手剣が三振り。クロウちゃんが目敏く見付けたように、うちのグリフィン子爵家の紋章がそれぞれに刻印されている。
「これは、騎士の剣だな」
「そういうことですか」
「カァ」
もちろん実戦に充分に耐え得るように鍛えられてはいるが、どちらかというとシンボル的な剣。つまり、うちの紋章が刻まれた、グリフィン子爵家の騎士であることを証明する剣だ。
「3人の、ですね。わたしたちが商業国連合に行くことになったから、それでですかね」
「僕がそれを知らせたので、急遽送ったって書いてあるから、そうだね」
「でもザックさま、まだお話されていませんよね」
「そうなんだよなぁ」
「カァ」
要するに、俺たちが今回王都に来る前に父さんたちと話し合っていたのが、ライナさん、オネルさん、そしてブルーノさんに従騎士から正騎士に昇って貰おうということ。
騎士爵としての叙爵は出来ないが、職位として騎士になって貰うという件だ。
以前にも触れたけど、これは厳密に言うとグリフィン子爵家騎士団の騎士ではなくて、騎士団から独立した調査外交局騎士小隊の騎士ということだね。ただし、グリフィン子爵家の騎士身分であることに変わりは無い。
あらためて解説するとこの世界での騎士とは、騎士を自称する輩はともかくとして、セルティア王国の場合、国王または領主貴族が叙爵する一代爵位としての騎士爵位を有する者が、同じく国王または領主貴族によって騎士として叙任され、ほとんどの場合はそこの騎士団に所属している。
騎士爵位は一代爵位が原則ではあるものの、たいていはその家に代々引き継がれていて、うちの場合だとそれぞれの騎士爵が領地としての村をグリフィン子爵家から預かって治めている訳だね。
ただし例外もあって、例えばアビー姉ちゃん騎士は家を継ぐお子さんの居ないクレイグ・ベネット騎士団長の養子となって、ベネット準男爵家を継承することが決まっているので、騎士の職位にはあるけど騎士爵位は持っていない。
つまり将来の爵位としては、アビゲイル・ベネット準男爵になるということですな。
それで現在、従騎士であるライナさんとオネルさん、ブルーノさんのことだ。
オネルさんは、お父上のエンシオ・ラハトマー騎士が騎士爵として現役で、その娘である彼女が従騎士。
ライナさんとブルーノさんは、かつての騎士団公募で冒険者から騎士団従士となり、現在はふたりとも従騎士の職位に就いている。
オネルさんをアビー姉ちゃんと同様に、爵位無しでの騎士の職位にしたらという話がこの冬に持ち上がり、それで俺からの提案でライナさんとブルーノさんもということになった。
ただし父さんと母さんからは、それには同意するけれど、本人たちの意志や意向をきちんと聞いて互いに納得の上ならば、ということだったのだよね。
うちではライナさんとブルーノさんをとても大切に考えていて、かつその彼女らの自由さも尊重しているから、昇格とは言え本人たちが望まないことを強制はしたく無いという意見だった。
あと、ティモさんについては彼も従騎士待遇になっているのだけど、他のファータの調査部員とのバランスもあり、今回は対象から外すことになった。
ティモさんもレイヴン初期メンバーではあるけどファータの探索者なので、偽装身分的に騎士にするというのはちょっと違うかなということもある。
それらがここまでの経緯で、これを本人たちに伝えないまま王都に来たのが現在だ。
とても大切な話なので落ち着いたタイミングでと考えていたので、エステルちゃんが言ったように王都に来てからもまだ話をしていなかったのですな。
それがそうしたら、俺たちが商業国連合の都市国家セバリオに行くこととなった件を報せたのを受けて、わりと長い日程で旅に出るのならばと父さんが先んじてこの三振りの剣を送って来た訳だ。
グリフィン子爵家の紋章が刻まれた鋼の両手剣。
これは本来、騎士になる者に対してうちの場合であれば領主で最高司令官である父さんが、騎士に叙する際に与えるものである。
「僕から叙任せよ、ということなのかなぁ」
「たぶん、そうじゃないですか? でもその前に、ちゃんとお話をしないとですよ」
「カァカァ」
「だよね。王都に来てヒセラさんたちに会って、ニュムペ様のところに行って、学院の入学式にも出たから、当初予定していたものはだいたい済んだかな」
「あとは、王太子さまのところですか?」
「そうだね。フェリさんに昨日話したので、直ぐに日程の連絡が来ると思う」
「そしたら、オネルさんたちとお話をする、良いタイミングかも知れませんよ」
「カァ」
「そうだね。しかし父さんも、じつに上手いタイミングでこの剣を送って来たものですなぁ。じゃあ、いまからでも話をしようか」
「ですね。わたし、3人を呼んで来ます」
「ジェルさんと、それからティモさんもね。彼にも居て貰った方がいいと思う」
「わかりましたぁ。クロウちゃん、みんながどこに居るか探してね」
「カァ」
エステルちゃんはそう言うと、ぴゅーっとドアの外に出て行った。同時にクロウちゃんも窓から飛んで行ってしまった。
ふーむ。しかし、お三方に受けて貰うとして、僕がこの剣を授けていいのかなぁ? あ、そう言えば手紙にまだ続きがあったよな。えーと、なになに。
『それで、3人が騎士となるのを受諾したならば、まずはザック、お前がこの剣を用いて仮の叙任を行え。だがな、仮とは言っても、実体は正式なものとせよ。3人は正真正銘のお前の臣下であり、ザック流に言うのならば、お前の仲間であり家族だ。要するに姉や伯父同然の人たちだろう。つまり、お前が責任を持って騎士に叙し、また彼女らのこれからに責任を持つことをしっかり示すのだ。正規の叙任及びお披露目の式は、グリフィニアに戻ってからまた行うこととするが、そういうことだ』
ふむふむ。そうですか、そうですよね。
この父さんからの手紙の結び部分を読みながら、俺はジェルさんが騎士になった時のセレモニーを思い出していた。
あのときも、父さんと俺とふたりで叙爵叙任を行ったんだよな。
そうして、騎士の証としての剣を渡したのはこの俺だった。
ならば今回も、仮にとは言え俺が剣を渡して叙任しないといけないよね。
応接室にレイヴン初期メンバーの5人が集まった。
カリちゃんも来たんだね。「はい、秘書ですからね。なんだか重要そうなことみたいでしたので」と言うし、エステルちゃんも頷いているので同席して貰うことにしました。
「それで何ですかな、ザカリーさま。先ほど、グリフィニアより荷物が届いたみたいですが、それと関わりのあることで?」
「うん、まあそうなんだけどね、ジェルさん」
そこで俺はライナさん、オネルさん、そしてブルーノさんと、眼の前に座る3人の顔を順番に見て行った。
「なになに、どうしたのー?」
「あー、コホン。今日はオネルさんと、それからライナさん、ブルーノさんに話があるんだ」
「3人にですか?」
「なんなのー?」
「それで、ジェルさんとティモさんには、レイヴンの元々のメンバーとして一緒に聞いていて欲しいんだよね」
「ほう。何やら大事な話なのですな」
「承知しました」
そう前置きして、俺は3人を騎士に叙任するという話が出ていることを説明した。
そして、それは3人の意志をちゃんと確認したうえでという、父さんや母さんたちとの話し合いの内容も同時に伝えた。
「ティモさんは、ファータの探索者という本当の役割と調査部員ということもあって、今回、この件からは外させて貰ったのだけど、そこは了解して貰えますか?」
「それはもちろんですよ、ザカリー様。いや、統領。現在の従騎士待遇というのも、あくまで外部に対する表向きの身分と思っていますので。本来であればその点も、調査外交局調査部員という立場だけで充分ですからね」
「ありがとう、ティモさん。それで、どうかな? オネルさん、ライナさん、ブルーノさん」
「んー、オネルちゃんは、それで良いと思うわ。そもそもが騎士爵の家の子だし、お父さんが当分はまだまだ現役なんだから、引退されるまでずっと従騎士のままっていうのも勿体無いしねー。ジェルちゃんとオネルちゃん、レイヴンのふたりの剣士がツートップで、共に騎士というのが、そろそろしっくり来るわ」
「ライナ姉さん。まるで他人ごとみたいに。姉さんご自身はどうなんですか? それにブルーノさんも」
「わたし? わたしは、いまのままでもう充分。だって、元々は冒険者なんだし、それに元を辿れば、わたしなんかただの家出娘なんだからさ。……だから、オネルちゃんの方こそ、わたしなんか気にせずに、騎士になりなさい」
「ライナ姉さん……」
「ブルーノさんは黙っているが、あなたはどうなんだ?」
「自分でやすか? ジェルさん。自分は、そうでやすね。周りからどう思われているかはともかくとして、自分は生涯ただの斥候職。それは冒険者であっても、騎士団員であっても、そして現在の独立小隊員であっても、でやすね。その点では、生まれや立場の違いはあれ、ティモさんと同じでやすよ。そして、出会ってからは生涯、ザカリー様の配下。それ以上でもそれ以下でも無いと、そう思っていやす」
「つまり、一緒にお受けしないと、そういうことですか? ブルーノさん」
「ええ、そうでやすね。なのでオネルさんは、気にせず騎士になりなさい。それから、ライナさん」
「え? わたし?」
「ライナさんも、オネルさんと一緒に騎士をお受けなさい」
「でも、わたしはさっき言ったようにさー」
「ライナ」
「あ、はい」
「あなたは、ただの家出娘と言いやしたが、ザカリー様に従騎士にしていただいた時に、ライナ・バラーシュに戻った。そうでやしたよね」
「はい」
「それはつまりザカリー様に、もうただの家出娘では無い、バラーシュ騎士爵家の娘であると、そうしていただいたのでやすよ。それに冒険者であったのも、いまとなってはずいぶんと昔のことだ。騎士団に入ってそれから、ザカリー様とエステル様と共に歩いて来た時間の方が遥かに長くなっていやす。ならばここは、オネルさんと一緒にもう一歩前に進んで歩くことを考えるのが大切でやすよ。それに、ザカリー様のお姉さん役の3人のうち、ひとりだけ立場が違うってのは、そっちの方が変でやすからね、はっはっは」
今日のブルーノさんは、珍しくとても雄弁だった。
それはまるで、いざという時に娘を諭す父親のように。特に、ライナさんに対してはだね。
俺は、それからエステルちゃんも、そんなブルーノさんたちのやりとりを黙って聞いていた。
「そうだぞ、ライナ。ブルーノさんの言う通りだ。それにライナ、おまえはいつも自分で言うじゃないか。ザカリーさまが2歳の頃から見ていたのはわたしだって。だから騎士団員にもなったのだし、偶然だったかも知れんがザカリーさまがお小さい時に自分から手を挙げて、エステルさまとブルーノさんとアラストル大森林での訓練にも行ったのだろ」
「そうなんだけどさー、ジェルちゃん。でもわたし……」
「ライナ姉さん。ここは腹を括ってうんと言わないと、話が収まりませんよ」
「オネルちゃんもー」
あの当時、ライナさんが冒険者を辞めて騎士団員の公募に応募したのって、俺のことが関係していたのですかね。
ジェルさんの洩らした言葉からはそんな風に聞こえたけど、エステルちゃんもうんうんと頷いていたので、女子たちの間では既知の話で俺だけが知らなかったのですかね。
ともかくも、家の立場や育った環境からしてオネルさんはすんなり受けて貰えるとは思っていたけど、ライナさんはそれからもジェルさんとオネルさんに色々言われて唸ったりしながら長く考え、終には承諾してくれた。
しかしブルーノさんの方は、最後まで首を縦には振らなかった。
それで話し合いもかなり時間が経過してしまったので、ここはひとまず解散ということになった。
俺は応接室から出るブルーノさんとふたりで並んで、歩きながら少し話した。
「やっぱり、ダメですかね」
「ははは。先ほども言ったでやすが、自分はただの斥候職でやすよ。いま現在の従騎士という望外の立場も、自分の中では仮の姿のようなものでやすからね」
エステルちゃんやジェルさんたちは歩く俺の視界から消えていたので、まだどこかで話をしているのかも知れない。
ティモさんもいつの間にか居なくなっており、クロウちゃんも同様だった。
「それに自分は、もう歳でやすから。昔の仲間のジェラードやダレルとだいたい同じような年齢で……。いや、ジェラードのやつだけ老けやしたけどね。ふふふ」
「ダレルさんもだけど、ブルーノさんはまだまだ若いよ」
「いえ、ザカリー様。動く分には若い者に負けやせんし、比べちゃいけないが、アルポさんやエルノさん、それにユルヨ爺がおりやすしね。でも、そういうことじゃ無いんでやすよ」
ブルーノさんはそこでいちど口を噤んだ。
「ザカリー様の騎士というのは、ザカリー様の将来を支えてお護りし共に闘う騎士であるのはもちろん、ザカリー様と一緒の表舞台に出て、そこに控えて立つ騎士でやす。ジェルさん、オネルさん、そしてライナさんはそれに相応しい。人は誰にも、特にそれなりに長く生きていると、そのお役目というものが出来上がって行くものでやすよ。自分のお役目は、ザカリー様と共にありながら、表ではなく陰に控えて思う存分に動くことだと。それが15年戦争を経て、冒険者から騎士団に入り、レイヴンの一員に加えていただいて見付けた、ささやかながら胸を張れる自分のお役目でやすからね」
そう話終えたブルーノさんは、もうこれ以上は何も言うことは無いという風に言葉を結んだ。
「そう、ですか。わかりました」
歩きながら話していたので、今は屋敷の外に出て旧騎士団王都分室、現在は調査外交局王都駐在本部の建物の方に向かっている。
「今日は自分でも珍しく、たくさん喋りやした。こんな日もあるんでやすね。では、仕事に戻りやすよ、ザカリー様」
「今夜は夕食のあとで少し飲みましょうか。まあ、アルさんとケリュさんはいつも飲んでるけど」
「それは良いでやすな。ならば、ティモさんたちも誘って男ばかりで飲み会をしやすか」
「そうしましょう」
そんな約束を交わして俺は立ち止まり、ブルーノさんを見送る。
歩き去って行くその後ろ姿は、騎士だとかどんな地位だとかを気にする必要など無いと語るみたいにとても大きくて、でもこれまでと変わらず俺の心を穏やかにしてくれるものだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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