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第18話 王太子妃の出席

 そんな会話をしていると、応接室のドアの外の廊下から何人かの人が近づく気配がした。誰かがやって来るようだ。

 俺の隣のカリちゃんも、それから後ろに立つジェルさんたちもそれを感じている。

 学院職員さんが呼びに来たという訳ではないよな。まだ入学式の開始まで多少の時間はあるみたいだし。


 やがてドアがノックされ、先ほど俺たちを案内してくれた職員さんが顔を覗かせた。


「ご到着されました」

「直ぐにこちらに」

「はい」


 まだ別の来賓のお客様が来るですか。例年は王宮内政部副長官ひとりだけどね。誰なのだろうな。


 直ぐにドアが開かれ、俺たちが良く知っている人たちがこの応接室に入って来た。

 えーと、王宮騎士団のニコラス・アボット騎士とコニー・レミントン従騎士?

 ふたりは部屋に入るなり俺を見付けて無言で会釈をする。


 このふたりが入って来たのに合わせて、オイリ学院長とマルヴィナ副長官は立ち上がって応接室の入口まで移動した。

 あ、俺も立った方が良いですかね。それで隣のカリちゃんと頷き合い、俺たちも腰掛けていたソファから立ち上がった。


「ようこそお出でくださいました。お待ち申し上げておりました」

「だいぶ遅刻してしまいましたね。お待たせしちゃったかしら。お久し振りです、オイリ学院長。マルヴィナさん、ご苦労さま。ザックさんとカリさん、ジェルさんたちもお久し振りね」


 にこやかに入って来たのはフェリさん、侍女のシャルリーヌさんを従えたフェリシア王太子妃殿下だった。

 顔合わせというのは、このフェリさんだったのですね。



「あらためまして、お忙しい中、セルティア王立学院入学式にご来臨を賜り、誠にありがとうございます。学院教授、職員一同を代表しまして深く感謝を申し上げます」

「堅苦しくしなくて良いですのよ、学院長。まだ入学式が始まる前ですし、こちらにはわたくしが良く知っている方しかおりませんしね。ね、ザックさん」


「あ、はい、そうですね。でも、ぜんぜん知らなかったので、いささか吃驚しました」

「うふ、そうね。わたくしが今日こちらに来るのは、いちおうは秘密ということにしていただいたの。ちょっとみなさんを驚かせようかなって、そんな気持ちもありましたのよ」


 王太子と結婚し、もう8ヶ月になろうとしている。そのフェリさんは、随分と王太子妃らしくなって来たのではないかな。

 こうした場での言動や雰囲気も落ち着いたものになっていた。


「王太子妃殿下は王家の者たちもお世話になっている学院と、より親しい関係を築きたいとおっしゃってね。御自ら進んで、入学式にご出席くださることになったんですよ」

「当内政部としましても、その妃殿下のお考えには大賛成でありまして、こうして本日を迎えたわけです」


 学院長とマルヴィナさんがそう経緯を俺に教えてくれて、フェリさんはそれを聞きながらにこやかに微笑んでいた。


「ザックさんにご尽力いただいた、総合戦技大会での親善試合もありましたしね」

「あ、いや、僕は尽力など何も……」

「いえいえ、そうご謙遜なさらなくても。王太子殿下も、あの2年続いた親善試合で王家と学院の関係が以前に増して良くなったとおっしゃって、今回のわたしの我侭を後押ししてくださったのですわ」


 まあ、王家や王宮が無用な権威の発露や政治的争いに学院を利用しようとするなら、卒業生となった今の俺でもだいぶ不愉快に感じるが、そもそもが王立なのだし程よく親しい関係を維持するのには反対はしませんよ。


「そうそう。聞きましたよ、ザックさん。特別栄誉教授にご就任されたのですってね」

「就任と言いますか、栄誉職で卒業記念みたいなものですので、贈られたものをお受けした訳です」


「あら、学院の卒業記念に、教授になられるなんて聞いたことがありませんわ。ねえ、学院長」

「ザカリーさま流の言い方ですよ、妃殿下。この方、卒業記念のメダルか何かを貰ったぐらいにしか思っていないんですよー、きっと」


 その学院長の言葉で、応接室は和やかな笑いに包まれた。

 後ろでうちのお姉さんたちもお淑やかに笑っていたけど、ライナさん辺りは本当は大笑いしたいのを我慢していたんじゃないかな。


「(卒業記念でメダルを貰った方が、飾って置けますよね)」

「(あー、カリちゃん)」


 ドラゴンはお宝が好きだからなぁ。確かに、たぶん実体のほとんど無い栄誉職の称号よりもメダルの方が良いかもですけどね。



 ドアをノックする音が聞こえて、「そろそろお時間です」という学院職員さんの声が聞こえた。

 それで俺たちは、入学式が行われるホールへと向かう。


「グリフィニアからの噂、聞きましたよ。セオさまもザックさんからお話を聞きたいって」と、廊下を歩く俺の隣に並んだフェリさんが小声で話し掛けて来た。


「僕の方からも、別件でお話ししたいことがあるんですよ。それで近々、お伺いしようかと」

「あら、それは楽しみ。帰ったら直ぐに空いている日時をお報せしますね。それで、別の件て?」

「ショコレトールの件ですよ」

「まあっ」


 ホールの入口前まで来たのでそれ以上は話さなかったが、フェリさんの「まあっ」という声が大きくて、前を歩いていた学院長とマルヴィナさんが思わずこちらを振り返った。

 フェリさんはショコレトールが好きだからなぁ。


「妃殿下、どうされましたか?」

「あは、なんでもありませんことよ。さ、入学式よね。新入生のみなさんのお顔を見るのが楽しみだわ、マルヴィナさん」

「然様でございますね」


 零れる笑みを抑え、慌てて真面目な顔に取り繕った王太子妃殿下だったが、新入生と会うのもさることながら、ショコレトールの話の方が楽しみといった感じでありましたな。




 入学式は問題無く進行した。

 俺的に敢えて問題と言えば、来賓の祝辞の段になり王宮内政部を代表して登壇したマルヴィナ副長官に続いて、事前の断りも無く司会の学院職員さんが俺の名前を呼んだことだ。


 聞いてないですよ、何も。さっきの応接室でも、学院長は何も言っていなかったよね。

 式の終了後に学院長に文句を言ったら「あは、言うの忘れてたわー」ですと。

 もうこの人は、相変わらずこれですな。


 ともかくも、フェリさんの隣に座らされていた俺を司会が呼び出して紹介を始めてしまったので、立ち上がって壇上に行かざるを得なかったのですよ。


「それでは続きまして、昨年のご卒業時に本学院の特別栄誉教授にご就任いただいたザカリー・グリフィン様に、ひと言ご祝辞をいただきたいと思います。なお、ご承知の方もおられると存じますが、ザカリー様は本学院在学中には常に学年首席。剣術学と魔法学では学院史上初めての2学科特待生として学院生ながら特別講師も務められ、学院祭での総合戦技大会においては教授と共に審判員と親善試合の選手としてご活躍されました。現在は、グリフィン子爵家の調査外交局の長官としてご多忙な日々を過ごされておられますが、本日の入学式にご出席いただくため王都にご来訪いただいております」


 あー、それっていったい誰のことですかね。俺のことですか、そうですか。


 ただ、この学院の入学式や卒業式などのセレモニーでは、登壇する誰も長々とは喋らずにごく短くスピーチするのが慣例となっているので、俺もその流儀に従った。


「えー、ただいまご紹介いただきました、ザカリー・グリフィンです。まずは新入生のみなさん、入学おめでとう。そして、在院生のみんな、元気そうだね。お久し振りです」


「きゃー、ザカリーさまぁー」とあちこちから声が飛んで来る。拍手とそれからドンドンと足を踏み鳴らす音も響いた。


「はい、お静かに。今日はいまご紹介いただいたように、本学院の特別栄誉教授としてお招きいただきましたが、その職名と言うよりも、ひとりの卒業生としてひと言。この学院では君たちは自己の責任において、ルールの範囲の中で自由に学び暮らすことができます。これからの4年間を創るのは君たち自身です。でも、その4年間の学びと暮らしは、教授や学院の職員、そして学院の中で様々な仕事をされている人たちに護られているということを決して忘れずに、いつも感謝の気持ちを持っていてください。さあ、それではこれからの4年間の学院生活を思う存分楽しみましょう。僕からは以上です」


「ザカリー先輩以上に楽しむのは大変だぞー」

「これは大きな課題をいただきましたー」

「ところで、ザカリーさまは講義を持たないのかしらー」

「学年に関係なく受講出来る講義がいいわよねー」

「でもきっと、剣術か魔法だぞ」

「それでもいいわよ。わたし、どっちも取って無いけど、これから取るわ」

「魔法侍女カフェもやって欲しいわー」

「ザカリー先輩のお菓子が食べたいだけだろ」

「学院の中にお店を作ってー」


 はいはい、在院生は静かにしましょうね。新入生の子たちがみんな、吃驚してるでしょ。

 でも学院の中に、グリフィン子爵家印のお菓子が食べられるカフェとか開くのは良いかもだね。カロちゃんと相談してみようかな。



「相変わらずザックさんて、人気があるのね」

「そうかなぁ」

「わたしも、ザックさんと同じ学年だったら良かったのに。そうしたら4年間ご一緒できたでしょ」

「ははは。ほら、呼ばれましたよ、王太子妃殿下」

「もう」


 ちょっと地が出そうになったフェリさんだったが、司会からの紹介があり壇上に上がると、そのときには優雅な王太子妃の顔になっていた。

 でもこの学院を久し振りに訪れて、彼女は学院生時代の甘酸っぱい想い出に少し浸っていたのかも知れないね。


「……教授方はご存知ですけど、わたくし、4年前にもこうして入学式の壇上に上がったのですよ。そのときは4年生で学院生会の会長になったばかりで、先ほどお話されたザカリー・グリフィンさんが入学された年で……。ふふふ、ちょっと大変な入学式でした。まあそれは良いとして、あの方、入学したばかりの1年生なのに、直ぐに新しい課外部を作りたいって学院生会に来られて、だいぶ特殊なケースでしたけどね。でもそのぐらい自由闊達で積極的に学院生活を楽しむ気概を、みなさんも持っていただければと思います。ただし、ザックさんもおっしゃっていたけど、しっかりとご自分の責任を考え、教授や職員のみなさん、そして先輩方への感謝と尊敬の気持ちを忘れないで、栄えあるセルティア王立学院生として4年間を過ごしてください。これはわたしからも、卒業生としてのみなさんへのお願いです。そして有意義な学院生活を願っています。みなさん、ご入学おめでとうございます」


 フェリさんは、学院生会会長当時の人前での生真面目な雰囲気から、王太子妃となって却って以前より親しみ易い微笑みの表情と口調で新入生に語り掛けていた。


 王家の代表としてそれが自身の役割であると、決して尊大にならずに多くの人たちが王家に親近感を持って貰うように、務めて心掛けているのかも知れないな。

 これまでは王家って、何かと遠くて出来ればあまり関わりになりたく無い存在だったからね。まあ、それは俺自身の捉え方ではありますが。




 入学式が終わると総合武術部の部員たちが待っていた。やあ、暫く会わないと思ってたけど、意外と早く会えたね。


「今日来るって、何で報せてくれなかったすか、部長」

「部長はキミでしょうが、カシュ」

「そうなんすけどね。って、そうじゃなくて」

「まあ、今日出席するのは急に決まったことだからさ。それでグリフィニアでのんびりしていたのを、わざわざ来たのですよ」


「でも、ザック部長がなんだか凄いことをしたって、そんな噂を聞いたであります」

「なになにフレッドくん。また部長がとんでもないことしたの?」

「きっと無茶なことですよね」


「ヘルミ先輩もブリュちゃんも知らなかったでありますか? カシュ先輩は知ってますよね」

「ああ、それでルア先輩がブルク先輩と、グリフィニアまで見に行ったらしいっすけどね」


 もう会う人みんな、その話だよな。

 でもさすがに、王国南方地域の貴族領に帰省していたヘルミちゃんとブリュちゃんは知らなかったか。ヘルミちゃんはグラウブナー侯爵領で、ブリュちゃんはアルタヴィラ侯爵領だしね。


 その点、ヴァイラント子爵家の次男であるフレッドくんの耳には届いたのですな。

 あとカシュくんは、ルアちゃんと同じ北辺貴族のエイデン伯爵領が地元で騎士の長男だから、ルアちゃんたちがうちに来たことまで知っておりました。


 その話はここでは何だからと、また学院に来て総合武術部の練習を覗きに行くよと言って彼らとは別れた。

 入学式を終えたあとの時間は、新入生たちはクラスの専用教室に初めて行って初ホームルームがあり、在院生もそれぞれ明日からの春学期に向けたホームルームがあるからね。


「ともかくもだ、カシュ部長」

「はいっす」

「明日からの新入生勧誘を頑張ってくれ。せめてふたり、できれば3人以上な。頼むねヘルミちゃん。フレッドもブリュちゃんもね」


「いきなりのプレッシャーっす」

「わたしが付いてるから安心して、ザック部長」

「お任せください」

「頑張るでしゅよ」


 カシュくんは少し不安そうな表情だったが、あとの3人は明るく返事をしてそれぞれの教室へと去って行った。



「ふふふ、やっぱりいい子たちねー」

「ヘルミちゃんはしっかりして来ましたね」

「ああ、おそらく心配はないだろう」


 そんなことを言い合うお姉さんたちと部員たちを見送った。


「さて、帰りますか? ザックさま」

「そうだねカリちゃん。早く逃げないと、なんだか捕まりそうだし」

「向うで教授方がこちらを見てるわよー」

「いまが逃げ時ですよ」

「逃げるって、まあそうだな。行きましょうザカリーさま」


 尤も大半の教授たちは担任を持っているので、彼らもこれからホームルームだ。

 ただし、フィランダー先生とウィルフレッド先生はふたりとも部長教授だから、担任は持たないんだよな。


 フェリさんたちも学院を後にしたようだし、それではさっさと引き上げますか。

 俺は教授たちに大きく手を振って、学院講堂を後にしたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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