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第17話 学院の入学式に行く

 ナイアの森の水の精霊屋敷を訪れた翌日、セルティア王立学院のオイリ学院長から書状が届いた。

 ああそうか。今日はもう26日で、明後日の3月1日はセルティア王立学院の入学式が行われる日でした。


 それで学院長からの書状を開くと、入学式への出席回答のお礼が長々と綴られたあとに、大変に申し訳ないが式が始まる時刻よりも早めに学院にご足労いただきたい旨が書かれていた。

 当日は職員棟に顔を出せば、会場である学院講堂まで案内してくれるそうだ。


 そして、同じく出席する来賓とも顔合わせをお願いしたいとのこと。

 入学式の来賓と言えば、王宮内政部の副長官が例年来ていたよな。

 異動が無ければ現在の副長官はマルヴィナ・ノックスさんで、ノックス公爵の姪御さん。俺も昨年に面識を得ている。


 早めに行くのは問題無いけど、マルヴィナさんとあらためて顔合わせとかする必要があるのかな。

 まあ、学院は独立性を保っているとはいえ王国の制度的には王宮内政部の管轄下にあって、俺に特別栄誉教授が贈られたというのも報告されているだろうから、それであらためての顔合わせというところだろうか。


 入学式は通常の講義での第1時限と同じ時刻の朝9時に開始される。

 式自体は1時間も掛からないが、まあその開始時刻の30分前ぐらいに行けば良いでしょうかね。

 俺はこのことをエステルちゃんとジェルさんに伝え、当日の準備をして貰うことにした。



 ところで、その準備に関して屋敷で少々議論があったのは、俺がどんな服装で行くのかということだ。

 俺としては普通の外出着で良いと思っていたのだけど、ここは公式のセレモニーへの出席なのだから準礼装ぐらいは着て行かないと、という意見が強かったのですな。


 でもですよ。俺の準礼装って、全体的に漆黒の色合いがベースの結構物々しいデザインなんです。

 ロングコートもその中に着る上下の衣装も同じく漆黒で、飾りが付いて騎士準礼装を少し豪奢にしたような、グリフィン子爵家継嗣としての俺専用のものなのですね。

 つまり貴族の礼装というより武闘派貴族、言ってみれば戦士の礼装なのだ。


 これって、俺の戦闘装備である所謂レイヴン(大鴉)装備に合わせたように誂えられたもので、グリフィン子爵家や領内ではまあ俺のトレードマークみたいなもの。

 しかし外部の人から見ると、いかにも禍々しくて物騒って思われるんじゃないかなぁ。


 カァカァ。なになに、クロウちゃん。あれって前世で俺が死んだあとに信長くんが勢威を示した際に、彼が自分は第六天魔王の生まれ変わりとか名乗って、好んで着ていた漆黒の衣装や鎧装束を思わせるものがあるって?


 ふーん、そうなんだ。俺が死んでのちのことだから実際には見ていないけど、前々世に映画やアニメなんかでそんなのを見たことがあるかも。って、クロウちゃんはどうして実際に知っている風なことを言うのかなぁ。カァ。


他人ひとがどう見るかを心配するなんて、ザックさまらしく無いですよ。カッコ良くて強そうならいいんです」


 えーと、カリちゃん。カッコ良いかどうかはともかく、卒業した学院の入学式への出席で強さは必要無いのでは。

 それに俺としては、あまり目立ちたく無いんだけど。


「そうよねー。やっぱりザカリーさまが特別なんちゃらの教授になって初めて学院の公式行事に出るんだし、ここにザカリー在りって示さないとよねー」


 またライナさんが適当なことを言っている。これって、面白がっているだけだよね。

 でも、出席の名目はライナさんが言う通りに特別なんちゃら教授だからだけど、出るからには俺らしくしろっていうのを彼女なりに言ってくれているのだろうね。


「そうね。ここはやはり、準礼装を着て行っていただきましょうか。でもねカリちゃん。ザックさまはどんなお衣装でも、カッコ良くて強いですからね」

「あひゃー、そうでした、エステルさま」


 男性陣は何かご意見は無いですか? そうですか、無いですか。




 セルティア王立学院の当日、俺は馬車に乗って学院に向かった。

 在学当時みたいに独りで走って行くと言ったら、屋敷の全員から怒られた。

 黒影に騎乗して行くのもダメですか。そうですか。


 それでも護衛は最少限にして貰って、お姉さんたち3人だけ。

 彼女らは騎馬で従い、御者役はフォルくん。馬車の中には、「秘書ですから」と当たり前のようにカリちゃんが隣に座っている。

 なおクロウちゃんは、どうせ行っても面白く無いからとお留守番だ。


 学院の正門から入り、馬車と馬は所定の場所で式が終わるまで待っていて貰う。フォルくん、頼むね。


 正門を入った広場内には、まだ早い時間だけど入学式に出席する新入生とその家族の姿がある。

 前々世ならばここで記念のフォトとか動画撮影とか、そんな感じでしょうかね。

 貴族家や裕福な民間の人たちが乗って来た馬車が停められ、おそらくは護衛と思しき人たちも居た。


 そんな中を俺は、外出用の独立小隊平時制服に身を包んだお姉さん方と、春らしい少し華やかな外出着を着たカリちゃんの4人を従えて正面の職員棟へと向かった。


 ちなみに、お姉さんたちの着る制服は本日はスカートバージョンで、色合いとしてうちの独立小隊制服が基本的にブルー系なので、わりとシックな装いという感じだ。

 あ、騎乗で来たのに今はスカートバージョンなのは、先ほど馬車の中で素早くお着替えされたからです。


 昨年までの在学中ならまだしも、新入生やそのご家族は俺たちを見たことが無いだろうから、ほらもう注目されているよね。

 基本どこに出掛けてもそうなのだけど、今日は更に漆黒でもしかしたら禍々しい雰囲気の俺が、4人のこちらもかなり目立つ美人女性を引き連れているのだからさ。


「これは、ザカリー様、ようこそお出でくださいました。まだ3ヶ月振りですが、なんだかそのずいぶんと……ご立派になられましたね」


 良く知っている学院職員のおじさんが出迎えてくれたのだけど、俺たちを見て何と表現すればいいのか、いま少し言い淀んでいましたよね。

 恐縮しなくても大丈夫ですよ。俺自身にも自覚がありますので。


 職員棟内の窓口では入学式の受付が始まっていて、ここにも多くの新入生とそのご家族らしき人たちが居るのだけど、彼らの視線も集まっている。

 その視線が俺と後ろの4人の女性とを行ったり来たりするのが、なんだか感じられますなぁ。

 あと女性職員さんは、俺たちに手を振るのは止めなさい。



 学院職員さんに案内されて、入学式が挙行される学院講堂へと向かった。


 講堂内に入るのは俺だけにしてくれと言われるかと思ったのだけど、特に何も言われなかったので普通にカリちゃんとジェルさんたちも従う。

 まあ、領主貴族継嗣という立場もあるので、護衛やお付きが同行するのはそれほど特別なことでも無いのだろうね。


 学院講堂の建物の中にはメインのホールの他にもいくつかの諸室があって、確か応接室も備えられている筈だ。

 その諸室のうちのかなり広い部屋、そこは出席する教授たちの控室になっているらしく、まずそこに俺たちは案内された。


「おー、ザック、いやザカリー様じゃないか。久し振りだなぁ。と言っても3ヶ月振りぐらいか。来てくれたんだなー」


 部屋の中に入るとまず飛んで来たのが、フィランダー先生のでっかい声だ。

 その隣にはウィルフレッド先生も居て、担任だったクリスティアン先生をはじめ剣術学、魔法学の教授、それからイラリ先生やボドワン先生といった馴染みの教授たちも居る。


 自然博物学のオリヴェル先生や軍事戦術学のヴィルマー先生、治療担当員でもあり近年は回復魔法の講師にもなっているクロディーヌ先生の顔も見える。

 そのほかにも全員が知っている教授方だ。入学式にはだいたい全ての教授が出席するからね。


「先生方、お久し振りです。お招きいただいたので、こうしてやって来ました」

「おうよ、来ていただいてありがとうな。学院長がお願いしたって聞いていたがよ、ちゃんと来てくれたんだな」

「もう暫くは会えんと思っておったが、こうして早く会えるとはのう。教授一同、歓迎いたしますぞ」


 フィランダー先生とウィルフレッド先生が、教授たちを代表するように声を掛けてくれる。

 このふたりが俺を特別栄誉教授に推挙してくれた張本人だからね。

 でもこのふたりの部長教授と、それから剣術学、魔法学の教授たちは、講義でもそして学院祭の総合戦技大会の審判員としても、ことあるごとに時間を共にした縁の深い人たちだ。


「ねえ、フィロ。ザックくん、あ、ザカリーさまって、たった3ヶ月見ない間に、なんだか凄く大人になったみたいよね」

「大人になったって言うか、ジュディ。カリちゃんを横に連れて、ジェルさんたちを従えて、どこぞの悪の親玉か魔王さまかって雰囲気じゃない」

「それって言い過ぎよ、フィロ」


 はいはい、小声で話しているけど、俺はもの凄く耳が良いのでしっかり聞こえてますよ、お姉さん先生。


 でも確かに俺もここのところ更に身長も伸びて、180センチを超えるうちの父さんにもかなり近くなり、おまけに今日はこの漆黒の準礼装に身を包んでいるのだけれど、悪の親玉とか魔王とかっていうのはさすがに言い過ぎですぞ。


 ちなみにこの世界では、魔王というのは子ども向けのお伽話の中だけにしか居ない筈だよな。

 そう言えばクロウちゃんが、第六天魔王を自称した信長くんのことを言っていたっけ。



 入学式の開始まだはまだ少し時間があるので、この控室に集まっていた教授方と少しずつだけど言葉を交わして挨拶をして廻っていると、案内してくれた学院職員さんが「そろそろ」と俺に声を掛けて来た。


 ああ、別の部屋に行くのですね。

 それで「また後ほど」とこの控室を出て廊下を進み、別の部屋に案内された。ここは入ったことが無いけど応接室ですな。


 それで中に入るとソファに座っていたオイリ学院長と、彼女と談笑していた女性が立ち上がってこちらの方を向いた。

 もうひとりの女性は、当初から予想していた通りマルヴィナ・ノックス王宮内政部副長官、ノックス公爵の姪御さんだね。


「ザカリーさま、良くいらしてくださいました。お待ちしていましたよ」

「これはザカリー長官殿。いえ、本日はザカリー・グリフィン特別栄誉教授殿でしたわね。お久し振りでございます」


 学院の所轄官庁である王宮内政部にも伝えられていて、マルヴィナさんも俺がその特別栄誉教授の称号を贈られていることをやはり知っていたようだ。

 確かに今日は、グリフィン子爵家の調査外交局長官としてでは無く、その名義でここに来ているからね。


「学院長のお願いは素直に聞いておかないと、後が怖いですからね。マルヴィナさんもご無沙汰しております」

「ふふふ。そんなこと言って、グリフィニアにおられたので面倒臭いなぁとかだったけれど、タイミング良く別件の用も出来たとかで、どうせそれじゃついでに、でしょ? でも、そうであってもとても嬉しいわ」


 ああ、ほぼ合っています。ついでに言うと、いや言わないけど、学院長の故郷のエルフのイオタ自治領のせいですからね。


 それからジェルさんたちとカリちゃんもおふたりに挨拶し、俺とカリちゃんがソファに腰をかけ、お姉さんたち3人は護衛らしくその後ろで控えるように立った。

 彼女らも学院長はもちろんだが、マルヴィナさんとも昨年夏の王宮行事で顔を会わせて面識がある。


 お姉さんたちはマルヴィナさんに対して特段に警戒はしていないようだが、とは言って慣れ親しんで気を許すといった様子は見せない。

 まあ、王宮関係の役人やその幹部には、うちの者たちはだいたいそうだよね。あと、ノックス公爵の姪というのもあるのだろう。



「そう言えば、このたびはグリフィン子爵家で、とても大きな事業を始められたそうですね。噂話をわたしも耳にいたしました」

「ザカリーさま、卒業した早々に、何か凄いことをしたみたいね」


 マルヴィナさんも学院長も、グリフィニア拡張事業の話は既に聞いておりましたか。

 と言うか、王宮内政部副長官のマルヴィナさんなら、当然にいろいろと耳に入っているよな。


 王国の内政については基本的には王宮内政部の所管だが、領主貴族家に直接関わることは別の組織である王宮内務部の扱いとなる。

 つまり内政部の方の直接的な担当は、王都とその周辺の国王直轄領内に限られる訳だ。

 とは言っても、王国全体の動向には当然に目を配っているよね。


 なので、マルヴィナさんは噂話を耳にしたと言ったけど、それなりに内政部で情報収集をして彼女も報告を受けている筈だ。

 ただ、あのグリフィニアに潜入しようとした不審者が、王宮内政部に依頼された者たちであるかどうかは分からない。


 それを言えば、領主貴族を直接的に所管する王宮内務部だって可能性はあるし、昨年から稼働し始めた宰相府だってあり得る。

 それ以外にも公爵家を初めとした北辺以外の領主貴族家も、まったく無い訳ではない。北辺の領主貴族家なら、見学に行きたいってうちに直接言って来るだろうけどね。


 それで、俺が「何か凄いことをしたみたい」と学院長が言ったのは、グリフィニアの奇跡と世に伝わっているらしい噂話のことを言っているのだろうな。

 学院長をはじめとして、この学院に居る人たちなら俺の土魔法のことは大なり小なり知っているからね。


「いえいえ、ただの土木建設工事ですよ。確かにグリフィニアを拡張する大きな事業ですけれど、長期間掛かる工事のほんの第一歩でして」

「ほんの第一歩、なのね」

「出来ることならわたしも、そのほんの第一歩を実際にこの目で見たかったですわ」


 当グリフィン子爵家調査外交局を通じてお申し出をいただくのでしたら、王宮内政部の副長官でも歓迎しますので、グリフィニアに見学にいらしていただいていいですよ。

 でもその際は、王宮内務部ともご調整くださいね。


 と、そんなことは敢えて口に出さなかった。

 もし彼女にそれを言ったら、それこそ内務部長官のブランドンさんとか、関係ないけど王宮騎士団長のランドルフさんとか、あるいは宰相府の誰かだって、こぞって見に行きたいとか言い出しかねないですからなぁ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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