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第15話 エルフからの要求

今話で本編以外のものも含めて1000回目の投稿となりました。

 王都屋敷に戻った翌日の午後過ぎ、商業国連合・都市国家セバリオの駐フォルス在外連絡事務所代表であるヒセラさんと共同代表のマレナさんがやって来た。

 このふたりは、商業国連合の評議会議長でセバリオの首長であるベルナルダ・マスキアラン婆ちゃんのお孫さんで、従姉妹同士だよね。


「王都にお呼びだてしてしまったみたいで、大変申し訳ありません」

「早速にご対応いただきまして、ありがとうございました」


 ふたりは珍しくとても恐縮していた。

 まあ確かにヒセラさんからの手紙と、それからオイリ学院長からの手紙が来なければ、王都に来るのはもう少し後だったかもだけどね。


「いえ、大丈夫ですよ。グリフィニアでもひと段落したタイミングでしたからね」

「その噂話、こちらにも流れて来ました」

「なんでも、ザカリー長官が奇跡を起こしたのだとか」

「あ、いや、ただの土木建設工事ですから」


 おふたりからその話をせがまれたので、ざっと簡単に説明しておきました。

 これは王都で誰かに会うたびに、このことを聞かれるよなぁ。おおやけに話す内容を決めておかないとですな。



 ヒセラさんとマレナさんはグリフィニア拡張事業にずいぶんと関心を持っているらしく、都市城壁の件だけでなく事業の規模や内容についても聞いて来た。

 彼女らは都市国家育ちの人たちだし、首長のお孫さんで公職に就いていることもあって都市問題は他人ごとでは無いようだ。

 それに、グリフィニアにもいちど来たことがあるからね。


 そんなグリフィニアの話もひと通り終わってヒセラさんが、「すみません、本題になかなか入りませんで」とようやくショコレトール豆の件になった。


「年が明けて、ようやくですがエルフのイオタ自治領当局から返事が来ました」

「ホント、ひとつの取引のやり取りで、いったい何年掛かるですかね」

「マレナ」

「あ、続きをどうぞ、ヒセラ姉さん」


 商業国連合最大の貿易商会の会長のお孫さんでもあるふたりにすれば、あまりにも進捗の遅い取引交渉だよね。

 なんだかんだで1年以上。先方からのショコレトール豆の入手目的の問合せに対して、製造された現物を提供するので、それ用の豆を入手したいと持ち掛けたのでさえ昨年の夏のことだから、それから半年は経過している。


「それで、こんどはどんな要求ですか?」

「あ、はい、そうなんですよ。また要求なんです。それがですね、このかんに、豆の最終的な提供先の問合せがありまして。それで、ザカリー長官にはご許可をいただかなかったのですが、当商会の判断でセルティア王国の某領主貴族家とまでは伝えました。すみません」


「まあ本取引になったら直ぐに分かることだから、それは良いですよ。それで?」

「はい。そうしたら先方はですね、その某領主貴族家の責任ある方と、いちどお会いしたいと……」


 なるほど、そういうことですか。

 最終的な取引相手と直接面談がしたいと。面倒臭い会話のやり取りを含めてね。


「ほら、やっぱりそう来ましたね」

「要するに、ザカリーさまと会いたいってことよねー」

「会って、何に使うのか直接聞きたいってことですね。直接交渉を要求して来たと」

「そこが面倒臭いんですよ、オネル姉さん」

「それで、エルフらがこちらにやって来る、ということですかな?」


 応接室でのヒセラさんとマレナさんとの協議の場には、エステルちゃんとクロウちゃんのほか、カリちゃんにジェルさんたちお姉さん方3人が同席している。

 それで、イオタ自治領当局からエルフが来るのかというジェルさんの問いに、ヒセラさんとマレナさんはふたり揃って難しい表情をした。



「それが……」

「こっちに来いとか、とんでもないことを言って来たらしいんですよぉ」


 ああ、でしょうね。

 どうせ、特別に自治領内に入れてやるから、こちらに来いとかなんとか言って来たのだろうね。

 マレナさんがそう言うと、エステルちゃんとクロウちゃんは「まぁ」「カァ」と呆れた声を出した。


 そもそも互いに離れた遠方であることから、間に商業国連合を挟んで交渉している訳だ。

 これが俺の前々世の世界なら飛行機で何時間か飛べばというところだが、この世界だとどのぐらいの日数が必要だろうね。

 まあ、アルさんに乗せて貰えばあっと言う間なんだけどさ。


「それは」とジェルさんも思わず絶句した。

「なんともはや」と、何か考えているオネルさん。

 ライナさんは、「エルフのイオタ自治領まで行くとなると、どのぐらい掛かるのかしらねー」と、そこまでは口に出していないが、行ってみたいという心の声が聞こえて来るようだ。


 カリちゃんは「ふんふん」と特に何かは言わなかったが、彼女のドラゴン感覚からすると「だったら今回もザックさまを乗せて、空から厳かに降りてやりましょうかね」とかなんとか考えているんじゃないですかね。


「(空からは降りないよ、カリちゃん)」

「(え? なんでわたしの考えてることがわかるですか、ザックさまは)」

「(まだ、お話の続きがあるみたいよ。ちゃんと聞きましょ)」

「(はーい)」


 エステルちゃんが言う通りに、いったん口を閉ざしたヒセラさんからはその続きがあるようだ。


「当商会、いえ、うちの会長としては、交渉も進んでおらんでいきなり呼びつけるとは何ごとじゃわな、ということだったようで、そこからまたやり取りがあったらしくてですね。結局のところ先方としては、ならばセバリオまでこちらも出向く、ということになったのだそうです」


「で、うちのお婆ちゃん、あ、会長からは、まずはここまででザカリー長官と協議しろと連絡が来たんです」

「もし長官がセバリオまでお出ましいただけるなら、当商会とセバリオとしても最大限におもてなしさせていただくと、そう言って来ておりまして」


 そういうことですか。

 ここまでの話で俺と協議しろということは、要するにベルナルダ婆ちゃん議長としては俺たちをセバリオに招きたいということなのだろうな。商業国連合の都市国家セバリオか。


「(セバリオまでって、行くとしたらどのぐらい掛かるですかね?)」

「(師匠に乗せて貰って行きますか? 以前のエルフのとこよりはぜんぜん近いですよね)」

「(カァカァ)」

「(ちょっと先に行ってみて来るって、ダメよクロウちゃん)」


 そんな念話が飛び交うなか、一方でお姉さんたち3人はヒソヒソ小声で何か話していた。

 俺たちが無言だったりヒソヒソ話だったりなので、ヒセラさんとマレナさんのふたりはとても心配そうな表情でこちらを見ておりました。




 この日は俺の方からの回答は取りあえず保留とし、ヒセラさんとマレナさんにはあらためてご返事すると伝え、おふたりには帰っていただいた。


 もし俺たちが商業国連合を訪問しエルフのイオタ自治領の関係者と会うとするならば、マスキアラン商会とそれから副首長を務めるロドリゴ・カベーロさんのカベーロ商会、そして都市国家セバリオは最大限の歓迎と必要な便宜を提供すると、彼女らは言い残して行った。


 あと、エステルちゃんも念話でどのぐらいの日数が掛かるのかしらと言っていたけど、仮に行くとしたならば、ここセルティア王国の王都フォルスからいちばん近い港のあるヘルクヴィスト子爵領内から船に乗るルートが、最も旅程が短いということだった。


 じつは当のイオタ自治領出身である学院のオイリ学院長と以前にショコレトール豆のことを話題に話したとき、陸路で商業国連合まで行くなら片道で11、2日以上は必要だと聞いたことがある。途中の各所で寄り道や観光などをしたらもっとだ。


 セルティア王国を南下してミラジェス王国と境を接するグスマン伯爵領を通り、それからそのミラジェス王国の王都ミラプエルトを経由し、更に南の商業国連合内のいくつかの都市を経て中心都市のセバリオへという道程だ。これはなかなかの旅になるよね、


 ヒセラさんとマレナさんの話では、それを直接ヘルクヴィスト子爵領内の港まで迎えの高速船を寄越し、一気にセバリオまで海路で行くことを想定しているという。


 俺が前世に生きた時代、つまり大航海時代に西欧から来た帆船の速度は、だいたい5ノット、時速9キロメートルぐらいだったそうだ。クロウちゃんによるとだけどね。

 俺が前世でそれなりの船に乗ったのは淡海つまり琵琶湖を渡ったぐらいで、そして今世ではまだ船に乗った経験が無い。


 彼女らが言う高速船というのがどのくらいの巡航速度を出せるのか分からないが、前世の大航海時代と同程度かそれ以上の造船技術であるとすれば、せいぜい6から7ノット。どんなに優れていても、8ノットを超えることは無いだろうというのがクロウちゃんの意見だった。


 彼女らの帰りがけに高速船というのは速いのかと聞いてみたら、「とっても速いですよ。速度を出すときには風魔法を用いますからね」なのだそうだ。

 ああ、帆船だけど風魔法を遣うのね。海上の風の状態や速度を上げたいときに風魔法でブーストする訳ですな。


 聞いてみればこの世界ならそうなのかもと納得するのだけど、クロウちゃんもこれは想定していなかったみたいだね。

 彼も普段から風に馴染んでいて、風魔法が遣えるのにね。カァカァ。あ、すみません、俺もまったく想定していませんでした。


 それでともかくも、風魔法を併用する商業国連合でご自慢の高速帆船が仮に10ノットの巡航速度だと推定すると、時速では18.5キロメートルぐらい。

 ヘルクヴィスト子爵領内の港からセバリオまでが沿岸航路だとして、想定では2,300キロメートルほどの距離だとすると、休み無く10ノットで航海し続ければ5日間内で行けることになる。この世界は1日が27時間もあるからね。


 尤も、途中でどこかに寄港する必要があるかもだし、昼夜問わずそんな速度で航海出来るものなのかも分からないので、あくまで単純計算での推定だ。もちろん、王都からヘルクヴィスト子爵領内の港までの陸路もある。

 なので、実際には片道7日間つまり1週間程度を見ておけば良いのかな。


 そうすると、セバリオに仮に4、5日ぐらい滞在するとしたら、往復で20日間ほどの旅ということでしょうかね。



 ヒセラさんとマレナさんが帰ったあと、俺とクロウちゃんがそんな話をした。


「片道7日間で行けるのなら、わりと速く行けるわよねー」

「なーに言ってるですか、ライナ姉さん。飛んで行けば、ゆっくりでも明日か明後日には着きますよ」

「あー、そうなのだろうがな、カリちゃん」


 ジェルさんはまたアルさんの背中に乗るのかと、少しぶるっと身を振るわせた。

 彼女たちはもう何回か乗せて貰っているのだけど、やっぱりまだ怖いのだろうな。


「あ、いや、今回行くとしたら、空からは難しいな。やはりヒセラさんたちが言っていたように、セバリオから寄越して貰う船に乗ることになるだろうね」


 俺がそう言うと、ジェルさんは少しほっとした表情になり、片やカリちゃんは不満そうだ。


「でも、海の上を行く船はだいぶ揺れるって、聞いたことありますよ」とオネルさん。

 ここに居るエステルちゃんもお姉さんたちも、誰も海で船に乗ったことが無い。


「そう言えばアルさんの背中って、高いところで怖いけどあんまり揺れなかったわよねー」

「しかし、多少は揺れたとして、船は高い空を行かんだろ」

「空じゃなくても、海ですよ、ジェル姉さん。落ちたら水の中ですよ」

「だとしてもだ」


 いまやセルティア王国第一級の剣士だと俺が思っているジェルさんだけど、どんな相手とでも闘う度胸は備えていても、アルさんの背中で空を飛ぶのはよほど怖いらしい。


「やっぱり、わたしたちだけで空から勝手に行くのは拙いですかね、ザックさま」

「そうだね、エステルちゃん。僕らがいきなりセバリオに現れたら拙いでしょ。それに今回は、公式か非公式かはともかくとして、都市国家セバリオからのご招待になると思うんだよな。それで向うが船を用意して送り迎えするとなると、断る訳にはいかないしね」


「そうですかねぇ。さっと飛んで行って、どこかで観光とかして日数を合わせてじゃダメですかぁ?」

「お、それもいいわねー、カリちゃん」


「ダメですよ、カリちゃんもライナ姉さんも。ザカリーさまが言ったでしょ、ご招待になるだろうって。そうするとたぶん、ヒセラさんとマレナさんも同行ということになると思います」


「そうだな、オネル。そうだぞ、カリちゃんもライナも」

「ジェルちゃんは空よりも海派かー」

「どっち派でもない。わたしは陸派だ」


 オネルさんの意見がいちばんまともだと思います。ひとりぐらい、きちんと考えてくれる人が居て良かったです。カァ。

 でもまずはエルフの要求を受け入れて、都市国家セバリオまで20日間以上を費やして行くのかどうか、そこを決めないといけないですぞ。




 その日の夕食後、ラウンジに全員が移動してミーティングとなった。

 夕食時の雑談で、今日のヒセラさんマレナさんとの話の内容は、みんなだいたい把握しているよね。


「よし、我がアルと出掛けて行って、そのイオタ自治領とやらのエルフをひっ捕らえて、こっちに連れて来ようぞ」

「明日にでも行きましょうかの、ケリュさん。何人ぐらい捕まえて来れば良いじゃろか」

「その、何やら言っておるエルフを特定して、あともうひとりふたりぐらいで良いのではないか」


「すると、ケリュ様とアルさんがひっ捕らえて来たエルフをどこかに押し込んで、こちらの要求を飲ませれば良いのですな」

「仮にそいつらが飲めんでも、2、3人確保すれば交渉材料としては充分ですわい」


 あー、えー、そういう話では無いのですよ、ケリュさんもアルさんも。それからアルポさんとエルノさん、人質を取るとかの話でもありませんからね。

 そんなことしたら、うちとイオタ自治領とで戦争になりますからね。


「もう、あなたたちはどうして直ぐに、そういう発想になるのかしら。そんなことしなくても、ドリュアちゃんから託宣とかをエルフに一発降ろして貰えばいいのよ」

「そうですね、おひいさま。その方が穏便です」

「すると、早速にでもドリュアさんの世界樹に行かないとかしらね」


 こっちの人外組女性陣がおっしゃっていることも、ちょっと話の筋が違うんですよね。

 もう仕方が無いので、俺が決めますよ。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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