第97話 ファータ隠れ里からのご招待
姉さんたちが王都に行って、分かってはいたことだけど屋敷にぽっかりと穴が開いたようだった。
やっぱり寂しいよね。
特に朝昼晩の食事の時など、食堂のテーブルに着くのが父さん母さんと俺の3人だけというのは、かなり寂しい。
「エステルさんも一緒に食べるか。うん、それがいいな。どうだ母さん」
「それはいいですわね。どうかしらウォルターさん」
子爵家の食事時には基本的にウォルターさんが、時にはコーデリアさんも控えていて、侍女さんが交替で給仕を行うのが従来からの慣しだ。
エステルちゃんが来て暫くしてからは、彼女が常に給仕に加わり、交替で担当している侍女さんが給仕を終わって下がっても、ウォルターさんとともに残って控えているようになった。
「それは、他の侍女との関係もありますので、いけません」
ウォルターさんがそう答え、エステルちゃんは隣で立って下を向いていた。
「そうか、そうだな……。それでは、仮の養女というのはどうだ、それとも……」
「あなた」「子爵様」
「あなた、いきなりそんなこと言って、エステルさんが困ってますよ」
「あぁ、エステルさん、悪かった」
ふたりも同時に王都に行ってしまって、我が娘大好きヴィンス父さんのロスト感はかなり大きいようだ。
そんな子爵家だったが、今年も領都に暖かな春がやって来た。
アビー姉ちゃんは無事に入学試験に合格し、晴れてセルティア王立学院生になった。
頑張って筆記試験で合格点を取れたようだ。
特技試験の剣術で受験生全員を伸して、再起不能にするなんて恐ろしい事態にならなくてよかったよね。
なんだか姉ちゃんだったら、脳筋ヂカラを出せば出来そうだもんな。
俺はと言えば、日常はこれまでとそれほど変わりはないよ。
午前中は、フォルくんユディちゃんの竜人の双子の兄妹と一緒に、騎士団での騎士見習いの子たちとの剣術の稽古。
そのあとの時間は、同じく3人で家庭教師のボドワン先生とのお勉強だ。
午後は自由時間で、大抵はエステルちゃんと剣術と魔法の稽古。
アン母さんが時間のあるときは一緒に魔法の稽古をするし、毎週水曜日はフォルくんユディちゃんも参加して剣術稽古を行う。
昨年から変化したことと言えば、俺の身長がまた伸びたことかな。
現在は150センチを超えたのではないだろうか。
「ザックさまの背丈の伸びが早くなりましたー。また革鎧装備のお直しをしないと」
ファータの隠れ里から贈られた素材を使って、鍛冶職工ギルド長のドワーフのボジェクさんが作ってくれた、俺の真っ黒い装備。
成長に合わせられるように、調整可能なかたちで作製されているが、頻繁に手直しが必要になって来ている。
うちは父さんはでかいし母さんも結構背が高いから、俺も身長が伸びるんだろうな。
今年の5月末で10歳になるのだが、この10歳と言えば前世ではいろいろ大変なことがあったんだ。いろいろ思い出しちゃうよ。
夏にはやんごとなきところから名前を貰い、年末にはなんと元服させられて、父上から地位を譲られてしまった。
その間、わが方は戦に負けて、また都から逃げる羽目になるしで、大きな転機の年齢であったが、俺的には散々な年でもあった。
満10歳、数えの11歳で、おまえは大人になったと無理矢理に認定されたんだからね。
平和な時代ならともかく、国中で戦が絶えない時にだよ。
こちらの世界も闘いや戦争が身近にない訳ではないが、それでも今は少年の自分を満喫できるのだから幸せだ。
そんな3月のある日、父さんからお呼びが掛かった。
エステルちゃんと領主執務室に来てほしいと言う。なんでしょう。
クロウちゃんも頭の上に乗っけて部屋に入ると、父さんと母さんにウォルターさん。それからクレイグ騎士団長と、エステルちゃんの叔父さんのミルカさんも来ていた。
「ザック、エステルさん、来たか」
「父さん、話ってなに?」
ミルカさんがいるから、エステルちゃんの帰省話だよね。
「ああ、昨年におまえがウォルターさんに相談したことの内容は、俺も母さんも聞いている」
「あ、はい」
「俺個人の考えはとりあえず置いておくとして、今日、ミルカが新しい報告を持って来てくれた」
俺の隣でエステルちゃんが緊張している。
「まぁ、おまえもエステルさんも座りなさい。皆も腰掛けてくれ。ゆっくり話そう」
皆がそれぞれ座ると、「それじゃミルカ、頼む」と報告を促した。
「はい、それでは。ここにいる皆様が事情をご存知、という前提でお話させていただきますが、よろしいでしょうか」
「ああ大丈夫だ」
「私は先ほど、ファータの里から戻って来たところです。里長からの最終的なご返事を持って帰って来ました」
俺とエステルちゃんは、父さんと母さんに対面してソファーに座っていたが、エステルちゃんはその言葉で緊張し、自分のスカートを両手で握りしめている。
「結論ですが、里の総意としてエステルの帰省に際して、ザカリー様がご一緒に里にご来訪されるのを歓迎したい、ということになりました」
それを聞いて、エステルちゃんは大きくふーっと息を吐いた。
俺を歓迎してくれるのか。良かった。
あれから半年余り、おそらくウォルターさんも策を練って、いろいろやり取りがあったのだろうな。
暫くこの部屋にいる皆が沈黙する。それぞれに今の話を咀嚼して考えているのだろう。
やがて沈黙を破って父さんが口を開く。
「俺もここにいる皆も、ミルカが報告してくれた今の結論は初めて聞いた。俺自身は、ファータの里長が断るのではないかとも思っていたのだが、そうか、歓迎してくれるのか」
「そうね。他の種族の者は誰も里に入れないのが掟と聞いていたから、わたしもビックリよ」
「こんな機会は滅多に無いですぞ。今後のファータとの友誼も考えますと、ザカリー様には是非とも行っていただきたいところですが」
母さんとクレイグさんも、それぞれに感想を口に出した。
子爵領で雇用しているファータ探索者の纏め役であるウォルターさんは、ひとり口を閉ざしていたが、ある程度は結論を聞いていたのかもね。
ここは他の3人の意見を、うまく引き出そうとしてるのかも知れないな。
「そうだな、ファータとの友誼はとても大切だ。周辺国がキナ臭くなり始めている状況では、ファータの人たちとの関係は重要になってくるしな」
「そうですぞ子爵様。我々が、どの国、どの貴族領よりも、ファータとの関係を重要に大切に考えている。これが肝要です」
「はい、その通りです子爵様、騎士団長。そこで考えなければならないのは、どのようなかたちでザカリー様にファータの里に訪れていただくかです」
ウォルターさんが具体的な計画へと話を誘導し始めた。これ、クレイグさんと連携してるよね。
「わたしも行ってみたいわー」
「俺も行く、というのはどうだろうか」
「ダメです。子爵様と奥様も行くということになると、大事になり過ぎます。それにご招待されているのは、ザカリー様だけです。ミルカ、そうですね?」
「はい、ザカリー様ならご招待しても良いと」
「えー、ダメかぁ。ザックはいいわよねー」
母さんは本当に行きたい気持ち半分で、無理なのを分かっていて言ってるんだろうね。
でもこれで、エステルちゃんの帰省に俺が一緒にファータの里に行くのが、ほぼ決定したようだった。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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