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第7話 夏至祭の日の出来事(1)

 今日も日の出とともに目が覚めた。たぶん朝の5時15分ぐらい。

 いよいよ夏至祭の日、初めての外出だ。

 夏至祭は今日6月26日と明日の27日に行われる。27日が夏至の日なので、今日は夏至イヴということかな。


 屋敷の中もなんだか、そわそわウキウキしている感じがする。朝食の席でもアビー姉ちゃんはもちろん、ヴァニー姉さんも珍しくはしゃいでいる。

 ヴァニー姉さんはアビーと比べるから余計そう感じるのか、ふだんは落ち着いていてちょっと大人びているけど、やっぱり7歳の少女なんだよね。

 アン母さんも一緒になって3人で騒いでいて朝からうるさい。アナスタシアさんは母親なんだから落ち着きなさい。父さんが困った顔してるよ。


 夏至祭は、正午前に領主であるヴィンス父さんが、街の中央広場に仮設されたステージ上に立って祭り開始の宣言をすると始まるそうだ。

 それで今回は領主家族全員がステージに上がることになったらしい。俺もだよね。そうですか。

 領主の子供たち、なかでも領民が誰も見たことのない男の子であるザカリーくんを、お披露目する場になってしまったようだ。

 前世ではそんなこともなかったけど、まぁこちらの世界では必要なのだろう。

 グリフィン領では、領主は領民に親しまれているようだし。特にアン母さんは若くて美人で明るく無邪気だから、とても人気があるのだそうだ。


 さてお昼時も近づいてきて、いよいよ街の中央広場に向け出発します。

 俺たち家族は二頭立ての馬車に乗り込む。16世紀の日本では馬車文化が無かったから、初めて乗ります。

 そういえば前世での29年間は、馬以外ほとんど乗り物というものに乗って移動したことが無かったから楽しみだ。

「ザックでもはしゃぐことあるんだ」

 アビーが余計なこと言ってるが、童心に帰ってちょっとはしゃいでいたみたいだ。俺も3歳児だからさ。


 家令のウォルターさんに介添えされて馬車に乗ると、領兵で御者のブレントさんが軽く手綱を振り馬車はゆっくりと動き出す。ブレントさんは先代から子爵の乗る馬車の御者をしている大ベテランだ。

 ウォルターさんと侍女のシンディーちゃんにその先輩のドナさんは、後ろのもう1台の馬車に乗っている。

 シンディーちゃんが子供たちのお世話掛りで、ドナさんはアン母さんの御付きだね。


 俺たちの馬車の前には、グリフィン子爵領騎士団長のクレイグさんが騎乗して先導し、2台の馬車の両横はそれぞれ騎士団の騎士が騎乗で固めている。

 街なかとはいえ領主一行の移動としては、ごくシンプルな備えだ。

 グリフィン子爵領は治安が安定していて領都の雰囲気も穏やかだそうだし、それにお祭りだからほかの騎士や多くの警備兵が、街中のあちこちで目を光らせているみたい。


 グリフィン子爵領には、この領都グリフィニアとティアマ海に面する港町アプサラというふたつの都市がある。あとは小さな村々が50ヵ村ほど点在する田舎領だそうだ。

 グリフィニアにしても特に街を囲む城壁もそれほど大層なものではなく、ちょっと栄えた地方都市という感じなんだろうね。


 ただ、クレイグさん以下のグリフィン子爵領騎士団は、少人数ながらとても強いと言われている。

 それというのも、俺たちが暮らす領主館の背後にはアラストルと呼ばれる大森林が西に向かって広がっていて、ここの奥には多くの魔物が棲んでいるのだそうだ。

 だから多少強固な城壁は、街側ではなくじつは領館の背後に構築されている。


 これまでの子爵領の歴史で何度も、魔物たちがアラストルの森から領都近辺に彷徨い出て来て、騎士団や冒険者ギルドの冒険者たちがそれを撃退している。何10年にいちどかは、大量の魔物が溢れ出るスタンピードも起きるという。

 騎士団は日々魔物に対抗するために厳しい訓練を行い、定期的に大森林の浅いエリアに入って魔物の駆除を行っている。

 騎士団と、それからわが家である領主館が、アラストル大森林の魔物に対する盾ということになる。


 さて、魔物の話はともかく、今日は夏至祭だ。

 屋敷の玄関前を馬車は出発し、屋敷の前庭をぐるりと巡って門から外に出る。

 玄関前では、家政婦長のコーデリアさんをはじめ使用人さんたちがニコニコと手を振っている。彼女たちもこのあと交替でお祭りに出かけるようだ。


 門前の小さな広場からは、一直線に中央広場に向かって石畳の道が伸びている。道の両脇や建物のバルコニーにはさまざまな鉢植えの花が飾られ、街路樹の幹は色とりどりの布で巻かれていて、なかなか華やかだ。

 同じように中央広場に向かって歩く人びとも、それぞれに着飾り、楽しそうに笑い合う。少女たちは、頭に花と葉や細い枝で作った冠をかぶって可愛らしい。そして領主一行の馬車を見た皆が、こちらに向かって手を振る。

 馬車の中からそれを見ていたヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんも、慌てて膝のうえに置いていた花冠をかぶり、外に向かって手を振り返していた。

 俺は馬車の窓にかじりついて、外の景色や中央広場に向かう人たちを眺めていたが、あれっ、あの人たちは獣人さんの家族だぞ。あっちにはどうやらエルフさんらしい人も見える。


「ザックは獣人さんを見るの、初めてなのねー」

 俺が小さく驚いている様子に気がついたアン母さんが、そう話しかけてくる。

 そうなんだ、屋敷で働く人たちには獣人やエルフといった人族以外の人がいなかったから、生まれて初めてなんだよね。2回目の転生、通算年齢61歳で初めての経験。

 いやー、これだけでも異世界に転生して来た意義はあったなー。

 おー、あれは狼か犬の獣人さん家族だ。男の子と女の子がズボンとスカートから出ている尻尾を振り振り、ぴょんぴょん歩いていて可愛いなぁ。

「あの人たちは狼犬人だから、アヌビス人の家族だね」

 と、ヴィンス父さんが教えてくれる。


 俺も屋敷の図書室の本をこっそり漁って、いろいろと調べていたこの世界の人種についての記述を思い出す。

 この世界には人族以外にも様々な住人がいて、獣人はその代表格だ。

 大きくは獣人と呼ばれるけど、あの狼犬人や猫人、獅子人や羊人など何種類かの獣人族がいる。それぞれは例えば狼犬人はアヌビス人、猫人はバステト人、獅子人はテフヌト人、羊人はクヌム人というのが正式の名称なのだそうだ。

 獣人のほかにはアールヴとも呼ばれるエルフやドワーフ、ピクシーといった精霊族、それから妖魔族という鬼人や魔人などもいるらしい。

 それだけこの世界の住人の種類が多いから、人族は人族という一種類で括られていて、人族である限りは、どんなに見た目が違っていたとしても同一人種と認識されている。


 それからこの世界は、言語も一種類だけなのだそうだ。だから人族もほかの種族の人たちも同じ言葉を話す。

 この世界に転生するときに、あのダメ女神のサクヤが言ってたな。


「それでは、言葉が分かたれなかった世界に、行ってらっしゃーい」だと。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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