召喚された猫
この世界には、猫がいません。
ずいぶん昔に、猫はいなくなりました。
にゃあと鳴いたらしい。
やわらかいといううわさだ。
ふわふわ、ふさふさしていたようだ。
恐ろしい牙とつめを持っていたことが確認されている。
猫の記録は、当の昔に消え失せ、今は噂話が横行しています。
猫、猫、猫。
猫というものを、みてみたい。
猫というものを、さわってみたい。
猫というものを、どうにかして、手に入れたい。
時は魔法先駆時代。
長く続いた科学の時代が終わり、地球上の魔法の力が、注目されるようになっていました。
魔法の発見があり、魔法の革命が、起きた時代です。
どうにかして、猫をこの手にできないか。
未知のものへの、期待と憧れが、おかしなブームを巻き起こすようになりました。
猫の遺物を探して冒険活劇が繰り広げられたり、猫の絵を描いて、鼓動を吹き込んでみたり。
猫に対する憧れが、魔法の技術の進歩に、多大なる影響を、与えたのです。
ある日、非常に魔法の才能にあふれる子供が、ふと、思ったのです。
猫を、召喚できないかしら。
子供は、一生懸命、魔法陣を組み上げました。
ふわふわしている。
やわらかい。
きばがある。
つめがある。
にゃあと鳴く。
名前は、猫。
この地球という星に、まだ月がひとつしかなかった時代ならば。
おそらく猫は、いたはずだから。
長い年月をさかのぼり、そこから猫を、呼び出してみよう。
大きな、大きな魔法陣に、魔力を注いで、起動させます。
大きな大きな魔法陣が光って、真ん中の丸い空間に、なにやら異変がありました。
それは、子猫を少し過ぎた、若い、猫でした。
子供は慌てふためき、師匠の元へと急ぎます。
師匠、猫を呼び出したら、大変なことになりました!!!
何が起きた。
詳しく説明するのだ。
私は魔法陣を組んで、太古の時代より、猫を召喚したのです。
したはずだったのです。
ところが、現れたのは、命だったのです!!!!
おそろしい!!
おそろしい!!
命とは、必ず最後に消えるもの。
そんな恐ろしいものを、お前は呼び出してしまったというのか!
申し訳ございません!
お前はこの責任を負わねばならん。
お前はこの世界でただ一人、命に寄り添い、その死を待つのだ。
それができたら、ここに戻ってくるように。
この地球に、月がまだひとつしかなかった時代。
月が、二つになる日がやってきました。
そのとき、命という存在が、すべて消えたのです。
そして、自我が私たちに芽生え始め、私たちは、地球上で、繁栄を始めました。
私たちは、個であり、個である存在。
すべての自我が、すべての自我とつながっていて、日々、共有しながら、各自をエンジョイしているこの時代。
命というものが、恐怖になっていたのです。
命は、命を食らって、命をつないでいるらしい。
命はいきなり、活動をとめるらしい。
命は消えると、崩れてしまい、やがて何も残らなくなるらしい。
恐ろしい!
恐ろしい!!
恐ろしい!!!
命は、魔法というものを、使うことができなかったようです。
魔法を使う、回路がなかったからです。
なんと言う不出来な存在。
この時代に、命は、ふさわしくない。
では、ブームの猫はどうだ。
これは、命だ。
だが、猫だ。
猫は、命である。
猫は、危険だ。
私たちに、恐怖を与える。
命は、危険だ。
この時代、命は何一つ存在していません。
猫が、命をつなぐために、取らなければいけない命は、どこにも存在していないのです。
猫は、魔法使いの子供が見ていました。
魔法を見せたり、様子を見たり、していましたが、ある日、猫は、にゃあと鳴いて、動かなくなりました。
この世界から、命が再び消えたのです。
猫は、日に日に形を変え、やがて崩れてしまいました。
魔法使いの子供は、恐ろしさのあまり、自我を切る事を決意しました。
自我を切れば、私はただの共有部分でいられるのです。
魔法使いの子供が自我を切ったとき、世界に激震が走りました。
命はもう、呼び出してはならない。
猫は危険だ。
猫は恐ろしい。
召喚魔法の禁止が決定され、世界に平和が、戻りましたが、猫はやっぱり一部の魔法使いの間で、人気がありました。
ただし、もう、誰も呼び出そうとは、しませんでした。