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作者: kakio

「どん底まで落ちたら後は上がるだけだよ」


 誰がいいだしたのかはしらないが、こんな陳腐なセリフを投げかけることのできる神経を持った大馬鹿屋郎は、救いがたいアホだということに疑いをかける余地はない。

 こういうことをほざく馬鹿は、結局、何もわかってやしないのだ。

 誰もが一回は通る道だよ、だなんていかにも普遍的な「どん底」があるような顔をしてすかしてみせるぐらいのものだ。

 だれもが通るんだよ陥るんだよ落ちるんだよ。

 そう後は上がるだけ上がるだけがんばってね。

「どん底」ってのは、これ以上、下なんてありえないっていうぐらいな感じなんだろうが、ところがどっこい底は抜けるのだ。

 何度も何回も何遍も。

 そして、幾度目かの暫定的な「どん底」に転げ落ちてきた時にはもう這い上がる気力なんて湧き上らない。

 落ちるたびに、頭やら胸やら足やら手やらを打ち付けて、体は傷の見本市みたくなっているし、骨にもヒビがはいってたり、臓器の疲労も半端ない。

 酒ぐらい飲まなきゃやってらんないのだ。

 もちろん、精神的にもかなりくるもので、「ここまで落ちてきたんだからもう落ちないよな?」なんて希望的観測を何度も破壊されてきたんだから、「ま、落ちるだろうけどね、いや、絶対落ちるね」と最早落ちることしか考えられなくなり、むしろ、落ちることの方に救いを求め始める。

 落ちることにしか興味がなくなるのだ。

 落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ。

 下の下の下の下まで。

 そのまた下まで徹底的に容赦なく永遠に落下させろ!


 

 ガッシャっという音が聞こえ、思わず顔を上げると体のバランスが崩れて、一瞬宙を浮いたと思った瞬間に横っ腹を激しく打ち付ける。

 思わず手を腹にやり、ぐぉーーっと痛みをこらえながら転げている最中に口の中になにやらザラザラしたものが入ってきて、ぷへぇと唾ごと吐き出した。

 腹を押さえながら辺りを見回すと公園らしきところで、というか間違いなく公園で、俺が寝てたらしいベンチのすぐ隣のゴミ箱のゴミを清掃員のおっさんが集めていた。

 どうやら俺には関わり合いにならない方がいいらしいと決めたらしく、俺の存在を世界から消したようだった。

 俺もいちいち詮索されたくもないので、清掃員のおっさんを俺の世界から消去し、ベンチに座った。

 ブランコ、滑り台、砂場、鉄棒。いったいその広さで何をやれるんだ的なスペース。

 公園だ。いたって普通のどこにでもある公園だった。

 何で俺はこんな見た事もない公園のベンチなんかで寝てたんだ?

 俺昨日何してたっけ? 酒飲んでた気はするが…。

 携帯で時間を確認。七時一五分。

 着信が二件。

 どちらも鑑由梨絵だ。

 かけてみる。


「ふっざけんなー。こんな朝早くから何よサンダルー」


 俺は坂上信二。

 何故サンダルと呼ばれるのかは出会って三年たっても未だに謎だ。

 由梨絵だけにしか呼ばれたことはないが。

 出合ってから今まで、「それやめろ!」と千回は注意したが、やめる気配はまったくないのでもう諦めかけている。

 それどころか、サンダルサンダル呼ばれているうちに「サンダル」ってあだ名としてはなかなかいい線いってるんじゃないの? なんて思ってしまい、バカ高いサンダルまで買ってしまう有様だ。

 それを履いてきた俺の足元を見ながら由梨絵は「へーサンダル買ったんだ。凄いカッコいいじゃん一号だね」といい、顔を上げて俺の目を見ながらさらにいった。

「じゃ、サンダル二号ねあんたは今日から」

 それ以来、そのサンダルは靴箱に突っ込んだまま放ってある。

 

「悪い悪い、着信来てたからつい。んで、何のようだったんだ?」


「あんた、昨日バッカみたいに飲んでたじゃない。それでちゃんと家にたどり着いた


かどうか確かめようとしたんだよ。でなかったけどね二回も」


「ごめんなさい。いや、俺もびっくりしたよ。何か知らない公園のベンチで寝てたの俺」


「はぁあああ。何やってんだか。財布とか取られてない?」


 ジーパンの右ポケットに手をつっこんで、財布の中身を確認するが、いつものとおりカラッカラッだ。

 見る間でもなかったが、一応確認したかったのだ。


「大丈夫みたいだ」


「犯人がかわいそうになるからね。そんな何も入ってない財布なんてぬすんだりしたら。よかったじゃない」


「はいはいはいはい」


「じゃー私まだ眠いから寝る。日曜日なんだからほんっとにもー」


「悪かったってば。じゃあ……」


「プチッ」


 最後までものを言い終えずに切られる電話ってのはなかなか寂しい。

 少しだけ、電話セールスの人達に共感を覚えながら背伸びをしたあと、左ポケットに携帯を突っ込む。

 さて。

 まずは、ここがどこだということをはっきりさせないと。

 さっき、俺の世界から消去した清掃のおっさんまだいないかなと見回してみるが、すでにいないようだった。

 ったく、そんなに早く消えることないだろ。

 マジで世界から消えたんじゃないかと思っていると、ぶるるると背後から音がして思わず顔をそちらに向けるが、清掃車はすでに発射してしまっていた。

 しょうがない。

 適当に歩いていればコンビニでもなんでもあるはずだ。

 と思って立ち上がろうとすると五メートルほど向かいのベンチに女の子が座っていた。

 


 え? と思わず体が硬直する。

 彼女が素晴らしく可愛いということもあるだろうが、それを考慮しなかったとしても驚きは微塵も揺るがなかった。

 いったい、いつからそこにいたんだ?

 違うそうじゃない。 

 どうやってそこに現れたんだ?

 俺はずっと正面を見ていたはずだ。

 いや、足元を知らず気付かず見ていた? サンダルのことを考えて?

 それはない。

 間違いなく俺の両眼は正面を見据えていたのだ。

 そこに唐突として出現したんだ。

 どういうことだ?

 瞬間移動? 

 バカなありえない。


 

「私は地獄から這い上がり続けているのずっと」

 

「もうそりゃ地獄。マジ地獄。ありえないぐらい地獄ずっと」


「いやぁほんと終わりなんてないよー」


 何か昔から知ってる幼馴染みたいな話し方をされて俺は圧倒されてしまう。

 しかも中途半端な距離があるので、リアクションにも困った。

 近かったらどうだったんだっていわれても変わらない多分としかいえないが。

 もしかして、どこかで会ったことあったっけ?

 いや、こんなかわいい子忘れるわけない。

 

「昨日、いってたじゃん。落とせ落とせって。どこまでも落っことせーー! って酔っ払いながら叫んでたじゃん」


 あの居酒屋にいたってことか?

 でも、落とせってなんだそりゃ。

 俺、そんな恥ずかしいことを延々とまくし立てていたのだろうか?

 まったく記憶になさすぎる。

 潜在的に自己破壊衝動でもあるんだろうかアホらしい。

 でも、まぁこんなかわいい子を頭から消去するには十分なぐらいの酒をぶちこんだんだから、相当な量だったんだろう。

 俺とこの子が居酒屋で出会ってたというのはいいとして、いきなり目の前に沸いて出たように見えたことの答えはまだでていない。

 

「ごめん。それ全然覚えてない。ところで君いつからそこにいたの?」


「ずっと前から」


「は?」


「永遠に座ってるんだよ」



 意味がわからない。

 

「永遠って……さっき地獄から這い上がってきたっていってたよね?」


 この地獄から這い上がってきたっていうのもぶっ飛んでいるが。


「うん」


「じゃあ、ずっと前からってことはないんじゃないか?」


「永遠に座りながら落ちてるの」


「……落ちるってことはそのベンチから離れるってことだよな?」


「永遠に座りながら落ちてるんだけど、這い上がり続けてるんだから離れたりしないの」


 二十をとても過ぎてるとは思えないポニーテールと水色のワンピースが神がかり的に決まっているこの子はいったい何を言ってるんだ?

 永遠に座りながら落ちてる?

 落ちながら這い上がってる?

 

「ねぇ、よかったら場所変わってくれない? さすがに疲れちゃって」


「いや、いいけど」と頭を混乱させながら俺はその子のほうのベンチへ歩いていく。


「じゃお願いね」と俺は腕をつかまれてベンチに無理やり引きずり込まれる。


「いやぁーーーー助かったーーーーもーーーーほんっと長かったんだからーーーー」


 といいながらポニーテールをフリフリさせながら彼女は公園をでていく。

 一度も振り返らずに。


「なんだったんだ?」とわけもわからず呟くと同時に空間を突き抜けて俺は落ち続ける。

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっと……

 そして、たまに思う。

 これもしかして上がってんのかな? 

 上昇してるのか下降してるのかわからなくなりながらもここから出る方法を探している。




 



 

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 筋と文の音がいい感じで出ていると思います。 後半最後のあやふやさは、物語的にしょうがないんだと思いますが、なんともいじらしい、と、こちらの感想です。 誤字脱字もなく、大変読みやす…
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