事件の始まり
数日が経過してサバイバルの様相はだんだんと厳しい状況となってくる。
各自がそれぞれで分担した生活は最初のころは順調だったが次第に自分なりの意見や尊重が強くなりだし、トラブルが起きてしまった。
「これは僕が見つけたんだぞ! 僕だけのだぞ!」
「ここまで来て何を言うんだ! これだけの食料はちゃんとみんなで分け合うべきだ!」
「何を言うんだぞ! 牙堂さんと鞍馬さんはここ最近はたいした働きもせずにいるんだ! この僕が取ってきた食糧を分けてもらう権利はないんだぞ!」
「何を言う! ちゃんと働いてる! 見回りで島の全体図形を描いてる!」
「それは働いてると言うのかだぞ? 第一大した情報一つも描き足せてないんだぞ」
肥満体質で農作業のようなつなぎ姿の男――須藤満はその特徴でもあるお腹を苛立ちを感情にだして叩き、哲也を威嚇した。
しかし、哲也も負けず劣らずに威勢を張って反論をする。
「君たちが毎日食料調達の帰りを迷わずに帰って来れてるのはオレと鞍馬さんの地図があってこそだろう! その分け前はもらうべき権利がある!」
「ない!」
「ある!」
ついに両方とも怒りをあらわにして特徴ある姿がより一層化け物じみてきた。
須藤は種族がオークであるために肥満体質であり豚鼻や角などがあるが肌などはまだ人間と色は変わらないが怒ると赤色に変色し始めた。
哲也はオオカミのような姿であるがそのオオカミの攻撃性を現す尊重すべき特徴の牙や爪が伸び生えて浮き出始めた。
一触即発の雰囲気にジーパンに清楚な色合いのシャツという衣装に着飾るエルフ族の女性、宮永桜が間に入った。
「……や、やめてください! 喧嘩はダメです!」
すかさず、悪斗も焚火起こしの作業の手を止め、桜の身を守るように援護射撃に入った。
「そうです。喧嘩したところで無駄な体力の浪費でしょう。食料なら俺と宮永さんが取って来た量がかなりあるのでそれを4人で分ければいいでしょう」
「だがな」
そっと、哲也が須藤の背後にあった食料に目を向けた。
そこにはこの島特有の生き物なのだろう、大型のイノシシらしき怪物の死体。
ここに来て初めて「肉」という魅力あふれる食料を前にして引くに引けないのだろう。それに一棟分と言うだけありうまく食べていけば2,3年は持つ可能性だってある。
須藤はよほどに腹が減っているらしくそれを一人占めする気なのだった。それを協調性を重んじる仕切り屋の哲也が待ったをかけたのだ。
「ねぇ、アクトォ、わたしぃもうお腹すいたよぉ」
悪斗の背後から肩に手をまわして抱きついてしなだれかかる雪菜に悪斗はこの状況下でもマイペースな彼女にげんなりして溜息をついた。
だが、その彼女のマイペース差がこわばった空気を壊してくれるのは何よりも良い。
「そうだな、食べよう。と言っても焚火がまだなんだ」
「それなら、オレがする」
哲也は焚火台、木の折り重なった個所で石を手に持ち鋭い爪でひっかき火花を散らせ点火させた。
あっという間の作業。手際の良さは経験はあるのだろうかと思わせる。
「こういうことならいつもオレに任せろ言ってるだろ悪斗君」
「あはは、どうも頼りっぱなしは気が引けるんで」
「協力関係なんだ、オレらは。どこぞの馬鹿はそうではないがな」
遠目に彼は須藤を眇めて見つめる。
苦笑いを浮かべながら串刺したなんの魚か分からないものを火にかざし、これまたなんの野菜か分からないものを火にかざした。
そのどれもがここ数日で食べれるとわかったものである。
「あ、あの鞍馬さんはいつまで……そ、その……神月さんにく、くっついてるんですか?」
「ん? なによ? 文句あるの? アクトは私の婚約者なのだからスキンシップが大事なのよ」
「……だからといって自嘲してください」
妙に突っかかる宮永の言葉が雪菜の表情も険しくなった。悪斗はすぐに雪菜を沈めて離れる様に頼み込む。
ふてくされるままに雪菜は離れて悪斗の隣に座り込んだ。
その反対側に宮永が平然と座っていた。
遠目ではなぜか、須藤がこちらを睨む。
(ここ数日でだいぶ協調性ができたなぁ―と思ったら雲行きが怪しくなってきたしな。俺がしっかりしないとまずいよな)
疲れ切った思いを抱きつつ焼きあがった魚を皆に配るのだった。
******
その夜、事件は起きた。
夜中に妙な声と騒々しさが聞こえた。
悪斗はいつのまにか忍び込んで隣で寝ていた雪菜を起こさないように手作りのテントから出て外へ。
星空が煌めく砂浜の海岸は美しい景色だった。
景色に目を奪われてる暇はなく、森林の方であきらかな争うような声だ。
急いで向かうと木陰で須藤が上半身裸になり宮永の衣服をひんむいて押し倒していた。
「へへっ、そんなエロい体で恋した男に見向きもされないでかわいそうだぞ。俺が慰めてやるぞ」
「いやぁっ! やだぁ!」
ひっしに手や足をじたばたさせる彼女を殴りつける須藤の姿。
人間である悪斗が彼をどうにかして食い止めることができるだろうかという思考がよぎったが彼女がこのまま犯されるのを黙っては見ていられるはずがなくそのまま地を蹴って須藤の後頭部を飛び蹴りする。
彼が悲鳴をあげてそのままよろめき宮永に覆いかぶさるように倒れた。
宮永はそのまま這いずって彼から逃げるように出ると悪斗と目が合う。
「だ、大丈夫でしたか宮永さ――」
「神月さん!」
力強く悪斗に飛び付くように抱きつく。
彼女の柔らかい肌を直に感じてどぎまぎしてしまう。
夜目が効かないのが幸いして視角にはさほど刺激的ではないが月明かりでわずかに彼女の胸の形まではわかってしまう。
二人の争いを見れたのも月明かりのおかげだといえた。
「えっと、あんまり抱きつかれると」
「うぅ……ぅぅ……こわかった……こわかったよぉ……」
さすがに突き放すのをためらわれた。彼女を連れてそのままテントまで移動する。
テントにたどりつくと彼女は落ち着いて泣き止んでくる。
「何があったんですか?」
「……ちょっと、寝付けなくって……散歩をしていたんです……」
「散歩ですか……」
彼女はうなづいた。そのあとに怖いことがあったのかと物語るように両肩を抱きしめて訥々と語りだす。
「……そうしたら、須藤さんが急に……背後から話しかけてきて……」
「話? どんな話を?」
「そ、それは……」
なぜか目を泳がせてこちらをみると顔をすぐにそらす。
なにかやましい話だったのだろうか。
「えっと、ちなみに聞きますけど須藤さんと恋人関係ではないですよね?」
「ち、違います! あんなゲスな人」
「ゲスですか……あはは」
彼女にそんな言葉遣いするんだなぁとしんみり感じつつ次の言葉を語った。
「私言われたんです……彼は私に見向きもしない……だからあきらめろって……」
「彼? 見向きもしない? どういういみですか?」
「…………」
意味がわからずに悪斗は自分の頭でもう一度言葉の意味を考えた。だが、やはりわからない。
「そうしたら……俺のになれば守ってやるぞと強引に迫られて………」
「それで、あれですか」
話の内容はいまいちつかめずともやはり、レイプ被害現場に遭遇したようだ。正確には未遂であるが。
「私……悪斗さんが助けに来なかったら……わたし……わたしぃ……」
「もう平気ですから泣きやんでください。今日は俺もここにいますから」
「え」
「だって、また須藤さんが来たら危ないでしょ。それにこのことを哲也さんに報告するのはなんかより危険が増しますし雪菜は女性ですから逆に須藤に襲われる可能性も考えられて危険ですしね」
数秒間の沈黙が流れた。
そうして、彼女はなんだか感情がたかぶるように声が高く「あ、ありがとうございます」と言う。
「そ、その神月さん」
「はい」
「神月さんって雪菜さんの婚約者って本当なんですか?」
「あー、それですか……。本当ではあるし本当ではないし」
「え」
「あー、俺と雪菜は親が勝手に決めた婚約者同士ってやつで俺自身は認めてないんですが雪菜はそれを承諾して乗り気なんですよね。付き合ってもいないのにああやって強引に言い寄られて本当に困ってしまって……あはは」
「付き合っていない……」
悪斗は彼女が黙り込んでしまったことで何か失言をしたのだろうかと考えこんだ。しかし、内容はただ自分の素性と愚痴のようなものであり失言するようなものはない。
「あ、悪斗さん」
「あ、はい?」
突然彼女の気合の入った力強い名指し。悪斗は思わず返事をした。
「わ、わたし、ここ数日あなたにいろいろ助けてもらったりしてそれで……」
次の瞬間、悪斗の唇にほのかに柔らかい感触と鼻にローズの香りがつきぬけた。
唇を力強く押し付け、強引に口をこじ開けられ宮永さんの舌が忍び込んできた。
さすがに悪斗は驚いて彼女を突き放す。
「み、宮永さんっ!?」
「わ、私あなたが好きです!」
「ちょっ!」
2度目の強引なキスは身体に電流を走らせたように硬直させ、彼女の顔を見てると瞳が怪しく光り次第に虜になり始めた。
そのまま、舌をからませあい頭が茫然となる。
「悪斗さん」
「……宮永さん?」
悪斗の瞳は宮永桜という彼女の瞳に吸い込まれて魅了されていた。
二人の身体は次第に抱き合い始めた――