悲しみの感情 改稿版
我ながら自分の行いを心底恥じ入る様にして悪斗は涙を流す。
ひたすらに基地からも誰からも見つからない場所を探すように遠くにまで走っていた。
もう、誰にも合わせる顔もない。
「基地からだいぶ離れてきちゃったか」
再び感情が荒波のように押し寄せて肥えにならない悲痛な叫びをだす。
木に寄り添い、過去の覆しようもない過ちを何度となく思い起こした。
宮永桜は愛していた自分も一時期はいた。
だけど、同時に彼女を怖いと思っていたあの時期。
彼女との行為は自らが進んで行ったことではなかったことだとしても悪斗には責任という負い目が確かに存在する。
「だけど、彼女は殺人鬼だ……そんな彼女を俺は愛することができる自信がない……」
アリカの気持ちを裏切ろうとしているかのようにも感じいる。
恋愛とかということではなく別の意味。
彼女を殺した女と今後を寄り添うことは彼女に対する罰当たりな行いでしかないだろう。
「そんなことはできない……」
遠くで爆撃の音が鳴り響くのが聞こえ始めた。
「雪菜姉ちゃんっ……」
悪斗はもう一つの愚かな行いをしてしまったことに今気づいてしまう。
しっかりと気持ちで愛した女を自分は置いて逃げてしまったという行動。
だけれど、足は止まった。
見捨てた自分が彼女を救う権利などあるはずもないと感じてしまった。
彼女が死んでしまった可能性。
その現実を目の前にしたときに自分が瘴気でいられる自信はなく、恐怖が足をすくませた。
「ようやくみつけたぜぇ」
「とっと拉致る」
厳かな声色で悪斗の存在を見下ろしてその巨体を揺らす二匹の怪物たち。
自分を追跡していた怪物たちの存在を自分のことで頭いっぱいで考えていたために敵に追われてることを忘れたがゆえに起こった悲劇。
このまま殺されるのも悪くないとさえ考えてしまった。
「もう終わりか」
自分の人生の終止符を見た気がした。
その時、自分を追い詰める怪物たちの背後に人の形をした暗闇が姿を現した。
「え」
暗闇は怪物たちの首を掻っ切る。
首が足元にまでゴロゴロと転がってきた。
思わず悲鳴を上げる。
「な、なんだよ! お前も俺を追いかけてきた怪物の一人か!」
新たな別勢力の存在を考えた。
だったら、それでもいいと思い笑いながら手を悪斗は身を差し出した。
「好きにすればいいさ! もう俺は逃げない。もうこんなのは懲り懲りなんだ。このまま終われるならそれでいい……っ」
悪斗は予想外の衝撃をその時受けた。
頬に強くくる痛み。
一瞬、自らに何がされたのかはわからなかったがジンジンと痛んだ頬を触って命のあることを自覚する。
意識も鮮明にはっきりとした。
平手打ちを食らったことに面食らう。
「愚かしい、実に愚かな人間です。それでも、あなたはアリカやイリエナ様に愛された人間にふさわしい雄なのですか?!」
その影の正体が徐々に姿を現し始めた。
イリエナと同じように金髪、金の瞳をした黒いドレスの女。
彼女はイリエナの部下であった影の女だった。
「なんでお前がここに……? イリエナとかと一緒じゃなかったのかよ……」
「イリエナ様に託されました。あなたをお守りするようにと。ですが、私には不服でしかありません」
「馬鹿だな。イリエナに託されてきたってそれは無駄な行動だよ。さっさと自分のボスでも救いに行けよ」
「ええ、そうしたいです。ですが……」
悪斗の卑屈な言葉を打ち消すように彼女は頬をつかみもう一度叩いた。
「この場を切り抜けるにはあなたの力が必要です。ですから、あなたがしっかりしてもらわないとこまるんですよ!」
「俺の力? そんなもの必要ないさ……だって、俺は心底クズな人間でしかない」
「ええ、そうでしょうね。あなたはクズでしかありません。いろんな女を抱き、愛した女を見捨て逃げた。さらに愛した女を殺した女を孕ませている」
「うぐっ……けど、アレは……」
「無理やりされた? そのような理屈が通じますか? 一度抱いたなら最後まで責任を持つのが男の務めでしょう。それに、一度愛した女なら全員守ってくださいよ!」
「っ!」
その言葉は悪斗の心に強く響いた。
「最後まであなたが守り通したアリカ様のように……」
「何を馬鹿なことを言うんだよ。アリカを俺は死なせたんだぞ。俺の行いで……。彼女は怪物が天国に行けるとするなら天で俺のことを今恨んでるはずだ。俺のことを……」
「いいえ、あなたのことなんて恨んでいませんよ彼女は」
「何を根拠にそんなことを言うんだよ!」
悪斗は感情任せに怒鳴り散らして影の女の胸ぐらを強くつかんでいた。
「根拠はあります。私の能力を知っていますか?」
「影の移動だろう? 影を操って行動すること。それがなんだよ?」
「影とは人の写し身でもあるんです。わたくしには死者でも生者であっても人の影を通してその人物の記憶を見ることができます。同時に感情も知ることができます。わたくしはアリカ様を埋葬の際に見ました。彼女の記憶と感情を」
「え」
「彼女はあなたに魔物から守ってもらった時はすごく救われた気持ちをしていた。自らが無理やりにあなたと情事を行ったとしても受け入れたあなたをしっかりと愛していました。同時にあなたをすごく人間として愛し尊敬していた。純粋でまっすぐに」
とどめなくあふれる大粒の雫が頬を伝って流れ落ちる。
「俺は……けっしてまもれてなんかいやしなかった……ただ必死で変なプライドでまっすぐにおこなってただけにすぎないんだ……」
「でも、それが彼女の救いになっていた。人質だったのに彼女はあなただけを信頼していたんですよ。あの場に一緒にいたエルフなどではなくあなただけを」
「アリカさん……ごめん……」
「なら、あの時アリカ様を救ったように行動をしてください。それができるのがあなたという男ではないんですか?」
悪斗はうずくまりながら彼女の真の気持ちをしって、泣き叫びつづけた。
しばらく泣いた後に落ち着いた悪斗は顔を上げる。
「落ち着いたんですか?」
「ああ……。オレは宮永桜としっかりと話すよ。そして、雪菜とイリエナとイリスを救うよ」
「ようやくですか」
「アリカさんのようにもう二度と同じ過ちを繰り返さないって決めたことを忘れてた。だから、もう逃げないよ」
影の女は何かを手渡した。
石で作った短剣のような武器に見えた。
「ないよりはマシかと思うので一応護身のために渡しておきます。これから奴らの痕跡を辿って向かうに危険はつきますからね」
「ありがとう。それよりさ、俺らの場所まだお前以外の他の怪物たちは見つけてないのか?」
「たぶん、原因は近いうちにわかるかと思います。先ほどから怪物たちの気配がどこかへ集中して向かってるのが感知して取れるんです」
「何?」
「たぶんそこに……」
「雪菜やイリエナにイリスもいる?」
「だと思います」
「じゃあ、向かおう其処へ」
影の女は頷いたが「その前に」と話を振る。
「私はお前ではなく濡羽黒という名前がありますのでしっかりと名前で呼んでください」
「ああ、わかったよ黒さん」
「っ! なぜ平然と……」
「なにか?」
「なんでもありません!」
悪斗と黒の奇妙なコンビの危険な移動が始まった。