黒い影
午後の講義も終わり、放課後。
大学のキャンパスで幼馴染の姉を待つ。
この通う大学、『新堂学院大学』にはそれぞれ数種類の学部がある。
文学部、芸術学部、教育学部、そして日本現代社会学部。
自分が選択している日本現代社会学部に対して幼馴染の雪菜は文学部を選択していた。
その学部の中でも雪菜が選択しているのは特殊なコース。
文学部の中でも教会や巫女などへの就職を希望している人が多くいるコース、神道学コースだ。
彼女がそのコースを選択したのには数多の理由があって入ってる。
結果的にお互いに違う学部で学年で違う講義を受けることが多くありその環境なためにいつもこうして待つことが多々あった。特に待つのは自分の役目であることが多い。
彼女が選択しているコースは実技なども多いと聞くのが要因かもしれない。
「遅いな雪菜姉ちゃん」
腕時計を確認して特徴的な背格好をした集団があるく、神道学棟方面を見た。
そこに集まる人々は黒い衣装、礼服をすこし銀の装飾であしらい大学の校章をつけた格好をし片手には聖書をもって歩いてる。
この大学では珍しくもない光景であるが他学部からは彼ら、彼女らに対しての呼び方は『狂人』などと言われている。
今なお、悪斗と同じ学部等から出てきた数人のグループがそのように叫んで蔑んでいた。
悪斗にしてみると、別にそういう偏見的思考は神道学棟の学生になく『狂人』と呼ぶ奴らの方が『狂人』だという感性である。
「お待たせー」
遠くからやっと講義が終わった様子の雪菜が慌てたように来た。
恰好は神道学棟の礼服衣装だった。
登校時に着用していた清楚なカーティガン衣装からずいぶんと離れたと思う。だが、しかたのないことである。彼女のいる学部には規則として学部での衣装は義務付けされ講義が始まる前には着替えておかねばならない。
基本的にそのまま着こんで大学に来てもよいのではあるが恰好が恰好なために好んで着用したままにくる学生はいない。
周囲の恥さらしにされるというのが常だ。
「どうしたのじっと見て? あ、もしかして私の魅力に魅了されちゃった?」
「あーいや、それはないから」
「なんでよー」
「だって、元から魅了されて‥‥」
そう言いかけたところで口を押さえた。
つい、口が滑り本音がぽろっと漏れた。
いつもなら、恥ずかしいのでいわないでいることを言ってしまえば彼女が暴走をするのは目に見えて明らかである。
そっと、彼女の目を伺うと恍惚とした表情で今にも襲いかかりそうな勢いだった。
「ないからな」
「あー! もういけずなんだから!」
彼女を置いてそそくさとキャンパスから離れていく。
その時だった。心臓が脈を打つ。
急にくる怖気。
バッと後ろを振り返り、周囲を見渡すが何もいない。
「っ! な、なんだ?」
「どうしたの?」
「雪菜姉ちゃん、なんかやばいのがいるのわからない?」
「え」
何かに見られてるような感覚を味わい急いで駆け出した。
慌てたように雪菜も追いかけてくる。
「ちょっと、アクトそんなに急いでどうしたの!」
街へ向け駆け出す道で人と幽霊とすれ違うもその者たちの視線ではない。
明らかな敵愾心をむき出しにし心臓を鷲掴み来るような粘着質な視線。
いや、これは本当に敵愾心の視線なのか。
もっと別な感じもする。
「これはやばいやばい!」
「なにがやばいのよ!」
ひたひたと背後から迫ってきている。
街の交差点、駅前の歩道に立ち止りそっと背後を振りかえった。誰もいない。
息切れを起こし雪菜姉ちゃんが困惑なまなざしを送りつけるだけだった。
「なにがどうしたっていうの?」
「あ、いや」
そのまま落ち着き、胸をなでおろす。
「駅前なのに今日はずいぶん人が集まってるわね。何かのイベントでもあるのかしら?」
幼馴染の姉に言われて悪斗もやっと気付いた。
いつもなら、この駅はさほどデパートやショップがあるわけでもなく平日はしんみりとした殺風景な印象のある駅だった。
だが、今日に限っては駅の広場に多くの人が密集していた。全員が顔を青ざめている。
ふと、彼女が何かに気づいたようにぽつり「なんで、私の様なものがこんなに密集してるの?」という。
その意味が何を指してるのか全く分からないが気を紛らわすために携帯を取り出す。
すると、携帯の画面のニューストピックスに『連続失踪殺人止まらず』の文字が見えた。
「そういえば、この駅、被害者が出たんだったっけ」
「あ、例の連続失踪殺人事件の話?」
「そう、不可解な変死を遂げる死体。どれもが急に失踪して数日後、長いと数年後に遺体として戻ってくる。原形をとどめない遺体として。どういう手口で殺されたか分からないって報道されてたよね」
「そうだったね」
雪菜姉ちゃんをみてなにかに動揺したように見えた。
それも一瞬のことではあった。
「まぁ、早いとこここを出ましょう。私もおうち帰って家の手伝いしなきゃ」
「それってまた警察のお手伝い?」
「そうなの。今回の連続殺人鬼がもしかしたらカルト集団に属した奴かもしれないって話だからウチのような神道学の家系がバックアップしていかなきゃいけないのよ。本当に面倒事だけどね」
そういって雪菜が歩きだす。
彼女の家は代々有名な家柄なのは神道学といういわば教会の関係だった。
教会の関係というのも別に神父でキリストではない。彼女の家、鞍馬は教会の政治的面を取り持つ家であり教会の経営などをとりもってる。他にも教会関連だけではなく政治の議員であるために国の内情を取りまとめたり、裏の仕事をもしてるとか。その裏の仕事がどういうものなのかは悪斗は知らない。
知ってるのはその一つが警察の仕事にかかわることだということ。
幼馴染の姉である雪菜姉ちゃんもまた昔からよくそれにかかわりをもっていた。だからこそ、大学では特殊な学部に入ってるのだ。
「なら、早く帰ろう」
悪斗も足を踏み出し、硬直した。
粘つくように足に絡みつく無数の黒い腕。
ぞっとした。雪菜姉ちゃんの頭上からも黒い煙の様なものが現れ彼女をからめ捕った。
「雪菜姉ちゃん!」
「アクトぉ!」
彼女もさすがに見えて気付いてる様子だった。しかも、このような状態に会ってるのは悪斗たちだけではあらず駅に密集していた人全員に起っていた。
次第に腕が体を這い上がって顔を覆い隠す。
黒に視界が埋め尽くされ周りの悲鳴を聞きながら悪斗はついに意識を失った。