悪魔の言葉
あふれ出す涙は止まらず悪斗は嗚咽し、叫んだ。
木々に彼の叫びがこだまするように微かに揺れた。
悪斗に気を使い、イリエナたちは伝える。
「あなたも少しは考える時間が必要よねぇん。しばらく、ここに居るといいわよぉん」
彼女たちはそそくさとこの秘密基地の中にある自分たちの寝床へと姿をくらました。
雪菜だけはその場に残って彼の肩に触れて慰めようとする。
「わるい、雪菜姉ちゃん暫く一人にしてくれ」
彼女にも冷たく当たってあしらい、その場にただ一人残った。
泣きすぎて、涙も枯れ、喉もカラカラだった。
動かずに黙ったまま空を仰ぎ見る。
この島が一体どこの土地に存在するのかもわからぬ未踏の島。
ここに来てからのいろんな経験を重ねて死を目の前に何度も経験した。
その中で何度だって思った。
自分の無謀な行動はいつも隣に誰かがいて成り立っている。
「俺は誰かに救われてばっかりだ」
自分の弱さを身に染みて体感する。
このままではいけないのだろう。
結局そうだったとしても、アリカの最後の遺言を聞いて自分がどうすればいいのか道にも迷いが生じる。
神楽坂イリエナたちを信じたい。
でも、簡単に信じられない。
「アリカさん、あなたはどうしてイリエナさんたちと協力をさせようとしているんだ?」
彼女の遺言はイリエナたちへと向けたものであるが同時にそれは悪斗がイリエナたちと袂を分かつことは許さないとした発言でもあった。
彼女は何かに気付いていた。
「あなたは何を知ったんだ……」
「そうなのよねぇん、アタシもそれはずっと感じてること」
建物の入り口からそっと神楽坂イリエナが入ってきた。
たった二人きりの状況に緊張感が走った。
「そう、殺気だってほしくないわぁん」
「…………」
「って、彼女の遺言を聞いてもまだ無理って感じかしらねぇん」
「いや、ごめん。まだ慣れることに少々抵抗があるんだ」
悪斗はゆっくりと気持ちを落ち着かせて彼女を迎え入れた。
「いろいろとありがとう。救ってくれたり匿ってくれたりしてるのには感謝してる」
「まぁ、こっちも妹を助けてくれたお礼って感じよぉん」
「本当に彼女はイリスちゃんは妹なんだな」
「正確には腹違いだけどねぇん。異母姉妹なのよ」
「え……」
「私たちの血統の悪魔は人間の選定した男子から子種をもらって子供を産んで父親に育てさせるのが一般的な種族なのよぉん、知ってたかしらぁん」
「そうなのか……なんか、すまん」
つい、自分の素性を喋らせるような雰囲気を作らせてしまったことに対する謝罪を悪斗は口にしてしまう。
「アハハハハ!」
そんな悪斗の態度が可笑しくてイリエナは腹を抱えて笑う。
「な、なんだよ!」
「いえ、悪魔には当たり前のことを言っただけなのよぉん。あなたったら、それが言いにくいことを喋らせたなみたいな罪悪感めいた表情で謝罪をするんだもの」
「ぐっ」
「ごめんなさい、傷つけたなら謝るわぁん。しかし、それがイリスやアリカがあなたに惚れた理由かしらねぇん」
「は?」
「そのやさしさ。あなたは私たちを決して怪物としてではなく一人の人間に接する態度で話してくれてるわよねぇん」
「当たり前だろう。怪物も一人の人じゃないか。姿形が違っても人間と中身は変わらない」
「あら、何度もあなたを食料として狙ったりしたのに?」
「それは人間が豚や鳥を食料として考えるのと同じことだろう」
冷静に受け答える悪斗にイリエナはますます可笑しくてしかたなかった。
「あなた不思議な人間よねぇん。いいえ、本当に人間なのかしらねぇん」
「どういう意味だよそれ」
「アリカの遺言にはあなたが貴重な存在だって含みがあったのよぉん。それはあなたが人間じゃない可能性もあるってことじゃないかしらぁん」
悪斗の目を見て堂々と彼女は宣告する。
渋った表情で悪斗は睨みかえした。
「人間じゃなかったとしたら、俺は都合が悪いか?」
「いえ、アタシはアリカの遺言を守るわよぉん」
「そうかよ」
「あと、聞きたいのだけど」
「なんだ?」
「エルフの女はどこ?」
その言葉に悪斗は過剰な反応をしてしまう。
おもわず、イリエナに向けて過剰な殺気を出した。
「アリカを殺したのは確かに宮永桜だ。だけど、彼女はお前なんかに殺させやしない」
「あら、私は別に彼女を殺すとは言ってないわよぉん」
「そうだとしてもお前はあの人を殺すってわかるんだよ」
悪斗は察しはついていた。
アリカの言葉には決してなかった桜を擁護する言葉。
悪斗を擁護する言葉はあっても宮永桜を守る行為の言葉はなくイリエナには宮永桜を保護するメリットはない。
それどころか、アリカを殺害した存在は彼女だと現場から容易に想定できたはずなのだと理解できてしまう。
「お前は気づいているんだろう。アリカさんを殺害したのが彼女だって」
「現場の状況を鑑みればねぇん。それにカリンとアリカが追いかけたのはあなたとエルフの女だった」
「…………」
「そうそう、これもあなたに聞きたいのだけどカリンはどこかしら?」
「カリンってのが誰かはわからないけどその人がどこかは俺にはわからない」
「そう……じゃあ、エルフの女は?」
「彼女はあの海岸の時以来会っていない。それに宮永桜は俺の獲物だ」
「へぇー」
その時にわずかにイリエナの頬がゆるむ。
悪斗のにじみ出た憎悪に恍惚な感情が芽生えていた。
「やはり、あなたいい男ねぇん」
「あ?」
悪斗は咄嗟の判断に対応しきれずイリエナに押し倒される。
「な、なにすんだ!」
「アリカはあなたを守れといった理由が私は知りたいのよねぇん。よく考えたら、エルフの女やあの吸血鬼の女もあなたに固執している理由を私も味わってみたいと思ったらだめかしらぁん」
「ふざけんな! だれが悪魔なんかに……」
彼女の唇は強引に悪斗の唇を塞いだ。
悪斗の身体はまるで金縛りにあったかのように動けなくなる。
「さぁ、あなたという人を教えて頂戴」