射手の女との戦い
突如として現れた珍妙な姿の射手の女。
彼女の姿は格好もそうだったが、何よりも頭頂部から突き出るように生えた二つ角とその星のような煌めきをした瞳も言うまでもなく珍妙さを出していた。
悪斗に対して彼女は『久しぶりっすね、人間』と言った。
その言葉に悪斗は疑問しかなかったのだ。
なぜならば――
「俺、お前とどこかであったことある?」
悪斗には見覚えのない顔。
だが、女は悪斗をよく知っているというように笑う。
「まあ、そうっすよね。アタイは島について早々にジンノについてたっすから」
「ジンノ? ついてたって……」
悪斗は記憶を掘り起こす。
初めて自分がこの島で目を覚ました時のことをゆっくりと思い起こした。
その中にギャルのような女というのは悪斗の中でも『神楽坂イリエナ』くらいで彼女のことは全くもって記憶にない。
「本当に誰?」
「っ! ああ! そういう反応っすよね! 全く嫌になるっすねぇ!」
どうやら彼女の堪忍袋の緒が切れたのか、弓矢が連続して射出される。
その矢すべてを余裕に雪菜がすべてを叩き伏せた。
「チッ、さすが吸血鬼っすねぇ」
「あのさ、影が薄いからって八つ当たりしないでよね。これだから土地神様ってのは自意識高いのよ」
「な、ななななっ! 怒ったっすよ、もう殺す!」
目の前の射手は強く弦を引いて、素早く矢を撃ち放つ。
連続で放たれた矢の雨が降り注いでくる。
どうにか雪菜が矢の対処をしていてもすべてを潰すことはできておらずわずかな流れ矢がこちらに突き刺さる様に襲いかかった。
どうにか回避行動をとって一命を取り留めているけれども数が数なだけにどれかがいずれ自分に刺さったとしてもおかしくはない。
(そういえば、イリスさんは!?)
心配になって彼女を見ると自らに飛んでくる矢をイリスも余裕綽々に自己防衛に張り巡らした氷の壁で防いでいた。
(え、なにそれ! 俺にもしてくださいよ!)
相手が息切れをしながらも矢の襲撃スピードは落ちない。
「ちょっと! 雪菜姉ちゃんのせいで相手怒ってるんだけどどうにかしてよ!」
雪菜が後ろに流し目を送ってイリスの様子を見ていた。
「どうかした?」
「あの土地神に聞きださないと」
「聞き出すって……まさか、どうして彼女を狙うのかを?」
「うん」
彼女、つまりはイリスを狙う理由。
雪菜は冷静に状況を把握していた。
彼女は矢の雨を防ぎながらもイリスの怯えている表情を見逃してはいない。
「ねぇ、あなたはアクトをついでに狙いに来たのそれとも本命?」
「なんすか、その質問。本命だったらどうするきッス?」
「本命だったら私も容赦はしないわ。あなたを殺す」
「っ! へぇー、神である私をたかだか吸血鬼が殺すっすか?」
「吸血鬼を舐めるんじゃないわよ、私たち一族は異教の神や土地神にも匹敵する力を持ってるわ」
「…………私の矢を余裕で弾いているのを見るとそうらしいっすね」
彼女の手がとまる。
自然と矢の雨もやんだ。
ほっと胸をなでおろす悪斗だったが緊迫した空気はまだ続いている。
「本命は人間の彼じゃないっすよ、ジンノ曰く彼ならいつでも捕縛するのは容易っすし危険性は薄いっすからね。でも、その後ろの女は違うっす」
射手の女が示す背後の女とはイリスのこと。
怯えた彼女に射手の女は宣告する。
「その女は危険なんすよ、神楽坂イリエナ以上に。だから、ジンノは始末するしかないと話していたっす。この島で最も危険な標的とさえしてるっす」
悪斗も雪菜も驚きつつ背後の怯えた少女をみた。
「あなた本気で言ってるの? ただの悪魔の子供じゃない」
「その女はただの悪魔の子供じゃないんすよ、なにせその女はソロモンの悪魔なんすからね」
「え……冗談でしょ?」
普段はどんな相手だろうとたとえ恐怖に慄いたり驚きをみせたりしない雪菜。
この時に初めて悪斗は雪菜が心底、衝撃を受けて異常なまでに警戒心を出し始めたことを理解する。
「ゆ、雪菜姉ちゃん?」
「……アクト、今すぐイリスちゃんを」
「ゆ、雪菜姉ちゃん何言ってんだよ!?」
信じられないことを言った雪菜の発言に悪斗は否定を求めた。
雪菜はイリスへと近づいていく。
だが、悪斗は彼女をかばうように前に立った。
「雪菜姉ちゃんらしくないじゃないか。いつも弱者の味方で正義の優しさをもった雪菜姉ちゃんはどこいったんだよ! 俺はそんな雪菜姉ちゃんだから好きだし、尊敬もしているのに!」
「今回ばかりは言うことを聴いてアクト! ソロモンの悪魔だけは危険なのよ!」
互いに睨みあいの牽制を行い続ける。
その時に背後にいたイリスが動いてしまう。
それを認知して待っていたのか射手の女は逃さずイリスの足を射抜いた。
「イリスさん!」
倒れた彼女に近づいて彼女をかばうようにその身を覆い隠す。
「そこの人間どくっすよ。この島で死を迎えたいんすか?」
「おい、土地神、アクトに手を出したらあなたの首を私が飛ばすわよ」
「吸血鬼、アンタはどっちの味方っすか?」
「私はいつだってアクトのために動くだけ」
「はぁ、恋狂いの吸血鬼ってやつっすか。馬鹿っすね」
一瞬でも動けばイリスは殺される。
悪斗はもう誰かを目の前で失うのは何があっても嫌なのだ。
あんな悲しさを繰り返したくはなかった。
冷静に思考回路を回す。
あちらの実力は未知数。
武器には矢を持っていていつでも遠距離攻撃が可能であるのが分が悪い証拠だ。
「吸血鬼聴くっすよ。アンタならソロモンの悪魔の危険性を十分理解しているはずっす。それならば、そこをどいてほしいっす」
「アクトごと彼女を射抜くつもりよね?」
「そうはしないっす。私は射手の土地神、ジンノとの約束で人間には傷つけないと約束しているんすよ」
ゆっくりと川を渡ってくる射手の女。
悪斗はそれを好機と見て近づいてくる彼女にとびかかった。
彼女は手にした弓をつがえるのではなく、放り投げて投擲武器にした。
顔面に木造の弓が直撃して面食らう。
「邪魔っすよ」
横合いの蹴りが強く響くように入る。
川に着水するように叩きつけられ、水しぶきが飛ぶ。
「アクト! あなたよくもアクトをぉ!」
吸血姫の本性である力を増大にあふれ出す雪菜。
爪が伸び、牙が伸び、赤い瞳へと変貌する。
雪菜は爪による殺傷攻撃を即座に繰り出した。
しかし、射手の女は余裕でその攻撃を捌き、雪菜の腹部に一撃を咥えた。
「さてと」
イリスの前についいたどり着いた射手の女。
彼女はその手をつかみ元来た道へ戻っていこうとする。
悪斗は川から起き上がって駆け出して背中へむけて襲いかかり行く手を阻む。
「ちっ! 邪魔な男っすね! 今は手いっぱいだから君はあとっすよ!」
蹴りがもう一度放たれようとしたがその足を今度こそきっちりとつかみ取った。
「っ! あー、めんどうっすね」
彼女は足をつかまれていたはずが逆側の足を跳ね上げて悪斗の側頭部へ蹴りをバランスをとって撃ち込んだ。
見事な体捌きで定位置に戻った彼女に圧巻する。
水しぶきを上げて川の中へと沈んでいき、流されて行きそうになるのを雪菜に拾われる。
「アクトっ!」
「だ、大丈夫……どうにか生きてるよ」
ぐらついた頭でイリスを連れ去っていく射手の女の姿を見る。
また彼女の後を追いかけようとするもその身体を雪菜に食い止められる。
「離してくれよ雪菜姉ちゃん! イリスさんが! イリスさんがっ!」
「彼女は危険なのよ、連れてもらってたほうがいいの!」
「そんなのが許されていいのかよ! 彼女は殺されるかもしれないんだ! そんなのを見過ごすような人だったのかよ雪菜姉ちゃんは!」
「私だって極力は助けたい……っ! でも、彼女が生きてたら――っ」
「他人を見捨てる人なんて思わなかったよ。俺の大好きな雪菜姉ちゃんじゃない」
「あ、アクト!」
悪斗は三度起き上がってとびかかった。
「っ!」
再び襲いかかってきたのは想定外だったのか射手の女の隙をついた。
狙いは彼女の腰にぶら下げた弓。
それに手を伸ばし奪い取った。
隙をつかれたことに反撃もできずにいる彼女へ向けて悪斗は嘲笑する。
「あんたの唯一の武器はこっちのもんだ。さぁ、彼女を離せ」
弓をつがえて彼女に狙いをつけた時――
「やめっ……あふぅん」
「へ?」
突如、彼女が体を抱きしめ身もだえた。
何が起こったのかよくわからず呆然としてしまう。
「えっと、はい?」
彼女は力なくしイリスを解放する。
イリスは悪斗の後ろに隠れて彼女を凝視していた。
「か、彼女を返すっすからぁ……その弓は……」
悪斗は弦にふれて引いてみた。
「やふぅ……」
「あー、なるほど」
悪斗は面白いことを考えて、まるで弦楽器奏者のごとく弓を弾きまくった。
そのたびに彼女が喘ぎ踊り狂う。
それをしばし堪能した後、目の前の射手の女は身もだえ倒れていた。
「コイツ、お前の本体か。他人に触れると自分で触れるのとでは身体に感じる具合はだいぶ違うっていうもんな。へぇ、どういう妖怪かは見当つかなかったがそういうものもいるのか、お前って見た目は普通の人間に角やその目以外は見えるしな」
「もう……やめて……っす……おねがいっす」
「だったら、このまま引け。コイツは返してやるから」
悪斗は弓を放り投げて彼女のほうへ。
弓を手にした彼女は目を瞬きながらどういうつもりだといっているように目で訴えていた。
「俺は争いごとはもう嫌なんだ。争わずに済むんならそれに越したことはない。だから、今日は帰ってくれ。弓を返したわけだしな。それにお前もこれ以上は動けないだろう」
「そうっすね…お互いのため今日はいったんひくっす」
ガクついた足で立ち上がる彼女の姿はまるで小鹿のようだった。
そのままふらふらと森の中へ歩んでいく。
その後姿を眺めていると空からぽつりぽつりと雨が降り始めた。
それが影響して漂っていた煙も沈下し始める。
「今日はこの辺にしてやるっす! また彼女を奪いに来てやるんすからね!」
そう言いながら森の深奥へ彼女は消えた。
「さてと、俺らも帰ろう……か?」
後ろを振り返るとなぜか、女性二人、雪菜とイリスから冷たい視線が突き刺さっていた。
「えっと、なんですか?」
「むぅ~、そういうのは私にすべきよ!」
「幻滅しましたなの」
そう一言、告げて二人は悪斗を邪険にするように基地へと戻っていく。
慌てて二人を追いかけて弁明を申し立てる。
「ちょっと、あれはあの場を切り抜けるための作戦だって!」
「アクトの馬鹿! へんたいッ!」
「そんな最低な人だとは思わなかったなのです、良い人だと思ったのに」
そのあとの悪斗は必死で二人のご機嫌取りを行い続けた。