川岸の戦い
走り続けて数分が経過し、どうにか振り切れる場所まで来たがだいぶ基地から離れていた。
たどり着いた先はこの川岸だった。
どこからどこまで続く川なのかはわからない川。
島の森林の中でも中流地点という場所に気て行き詰まっていた。
一度、川の水を飲み休憩をする。
相手が巻けたのは一時的にすぎない。
いずれはここに来るのは時間の問題だった。
悪斗は慎重に相手の存在を思い出し、思考をめぐらす。
カエルと美女の妖怪。
片方の美女の妖怪に関しては対処法が見えないがカエルについては対処法はいくつか思いつく。
「本で読んだうろ覚えの知識だが有効的なのはアレしかないよな」
さっそく森林のほうから火をおこすのに使えそうで丈夫そうな大小の木を一つずつ準備した。
この島での生活の中で身に着けたサバイバル方式の火おこしで火を起こして即座に焚火を川岸で作り上げた。
その煙を手で風をある程度起こして、さらに吹きすさぶ風を利用する。
しばらくして、森林側に向けて煙が充満され、周囲がむわっとし始めて乾燥状態に入る。
森林からついに二人が現れた。
「つい……に……ミツケタ……ゲロッ」
「クヒヒッ、自ら火を起こして居場所を知らせるとは、クヒッ。今すぐその火を止めな! クヒッ。逃げ場はないんだよ」
悪斗はその二人を前にしてもまだ勝機が見えてくる。
一人のカエルの様子が明らかな疲労感を見て取れた。
(ビンゴだ)
手にしたのは火の点火した木の棒。
「逃げ場がない? それはどうかな!」
それを相手に向けて放り投げた。
美女妖怪は俊敏な動きで避けたがカエルのほうは環境状態の悪さが動きを鈍らせた。
「おい、フウロ!」
「ゲロッ!? ゲェエエエエエ!」
絶え間なく火がカエル男を蹂躙し、次第に肉が焦げる臭いが充満した。
相手の男が動きを鈍らせた要因は、乾燥状態のこの環境にある。
カエルとは暑さと乾燥に弱い生き物。
その弱点を突いた攻撃に見事一人を策で倒す。
「クッ! 風炉の仇! クヒッ!」
女がその手を伸ばしこちらへ向かってきた。
とっさに悪斗は川の中に入ったとき、足を女は止めた。
「クヒヒッイィ」
顔を妙に引きつらせて川辺から離れていく。
(水が苦手なのか?)
しかし、背後には黒煙が立ち込め、火が引火し山火事を引き起こし始めている。
彼女には逃げ場は水場に入るしかない。
(さっきも回避した時になぜか、水のほうにいかなかった。火を避けたいならまず水に行くはずなのに)
もともと、カエルを倒す作戦もこの場所で決行することは悪斗は苦悩することもあった。
カエルの男が水辺に逃げることを計算に入れていたのだ。
だが、知識によってカエルの動きを鈍らせて運よく倒せた。
それ以前に、川は自らの保険でもある。
この回り切った火の中ではただの人間である悪斗もキツイ。
自分も煙の毒素で意識がもうろうとし始めていた。
川の流れは早く入った川に足が今にも崩されそうだ。
「どうした? 来ないのか?」
心中、さっさと来なければという気持ちでいっぱいだった。
川の中にいるのも限界が近い。
「ああ、いくさ。クヒッ」
女は長い舌を突き出し始めてそれをこちらへつきのばした。
とっさに水を浴びせかける。
彼女の舌に水滴が付着するとじゅわっとまるで焼け焦げるかのような音が響いた。
「やっぱか。水が弱点か」
「っ! クヒヒッ。だったら、なんだていうか! クヒィ!」
三度、舌を突き刺すように伸ばす攻撃。
悪斗は苦渋の決断で川へと潜る。
岩に手を伸ばして掴んでしばらく潜水を決行した。
体を突き刺す直前で舌は川に浸水せず止まる。
悪斗は策に打ち勝ったとニヒルな笑みを浮かべる。
「クヒヒッ、そうしていられるのもいつまでか、クヒッ」
膠着状態が続くにはかわらない。
お互いの持久戦。
こちらはあとは仲間を頼りに待つか。
「クッ、火回りが早い、こうなれば仕方ないのか」
女が動いた。
川のほうに向かい一直線で駆け出して飛び跳ねた。
跳躍の勢いで向こう岸にわたるつもりでいた。
火からの難を逃れるための行動に悪斗は思ったがソレだけではなかった。
跳躍中、彼女が悪斗の頭上を飛び越える最中にこちらに舌先の照準を合わせる。
頭上から直接攻撃するという意志のある殺気の視線が悪斗を見ている。
とっさの判断で水を手にくべて放水しようとしたが遅い。
肩先にかすめる舌。
しかし、彼女の舌もただではすまさずやけどを負い、舌を一度引っ込めて火の回っていない安全な川岸に着地した。
「クヒヒヒヒッ、最高の味、クヒッ! 人間の血はやっぱりこの島では美味クヒッ!」
「はぁ、はぁ」
体中にかすり傷程度だというのに回る激痛。
意識まで朦朧とし始めた。
(このままだとまずい手に力が……)
石をつかむ手の力が次第に緩み始めた。
「私の舌は人間には毒。もうそろそろ上がらないと川に流されるぞクヒヒヒッ」
一瞬にして蛇の類である妖怪だと確信した。
(蛇で水を嫌うなどという妖怪など存在したか?)
思考をめぐらすも思い当たらない。
「私が何者かわからないならヒントをやるクヒッ、私の祖先は昔に大きな過ちを犯し、それ以来、子孫は水がダメな身体となった」
その伝承を聞いて悪斗は思い出した。
ある日本の古書記を思い起こしてとある姫様の物語がある。
姫様の愛の群像劇が描かれた古書。
猛アタックをした姫だったが断られた挙句最後は暴走して、哀れにも思い人を殺し最後は入水自殺。
「清姫か」
「ッ! すこし、しゃべりすぎた。クヒッ」
そういうと清姫の彼女の長い裾から見えた足が蛇尾だとわかる。
彼女の素顔に変貌が起こる。
頭の両端から角を生やし鋭く長い爪を生やす蛇女に変わる。
「今すぐその場から引きずり出して火にあぶってやる! クヒヒヒッ」
じとりと冷や汗がほほを伝う。
この状況はもう追い詰められたといっても過言ではない。
相手は怒りモードだし水をもう怖がらず襲いくるのは時間の問題である。
「その精気もらう! クヒヒヒヒヒヒッ!」
意識もおのずと薄れていく。
もうだめだと思い込んだとき――
「彼のすべては私のものなのよぉおお!」
聞き覚えのある女性の声が響いた直後、清姫の女が前のめりに吹き飛んでこちらに飛んできた。
とっさに避けた。
清姫は着水して悲鳴を上げながらもがき苦しむ。
「悪斗さん!」
誰かが悪斗へ手を伸ばす
咄嗟に悪斗はその手をつかんだ。
その手の人物に引きずられるようにして悪斗は火のない川岸へと上がる。
二人の美人の素顔が見える。
一人は言うまでもなく口に出ていた。
「雪菜姉ちゃん」
「早くこっちに来て!」
向こう側の燃え盛る森林を見ながら心配なことがあった。
「我堂さんと須藤さんは?」
「あの二人なら森が燃え始めた時に別の場所へと避難したから大丈夫よ。まったく無茶するんだから。それよりも、イリスさん!」
悪斗はその場にいるもう一人の救出者を見た。
神楽坂イリス、悪斗たちの秘密基地へと来訪してきた一人の少女。
彼女は左手を掲げると手から強大な冷気を放出した。
「イリスさんっ!?」
イリスの手から放出された冷気は清姫ごと川を凍らし、森の炎を鎮火させていく。
「すげぇ……」
雪菜が彼女と協力しているのは信じられないのも一つであり、彼女が何者なのかという疑問。
あらゆる混乱。
自分の安全はもう確保されたと安心もする。
安心したのも束の間だった。
凍った川にヒビが走った。
割れた川から蛇姫が飛び出た。
「その獲物は私のだぁああああああ!」
悪斗へと伸びた舌。
その攻撃に悪斗が晒されるのを誰よりも許さない姫がいる。
「悪斗を傷つけたことは万死に値する! 死ねっ!」
悪斗の前にかばうようにして飛び出した吸血鬼の雪菜の身体からあふれ出た血が凝結して、飛び火する弾丸になった。
その血の弾丸が清姫をぼろ雑巾のようになるまで穿った。
清姫の死骸が再び割れた川の中へと沈んでいく。
「伝承の通り川に帰れ蛇」
消えていく清姫に無残な一言を言ってのける雪菜の姿に悪斗はただ無言。
(女ってこえぇええええ)
恐怖で唖然としていた。
戦いが幕を閉じたと思われた。
「キャッ」
急な悲鳴。
悲鳴の原因はイリスに刺さった矢が原因だった。
彼女が肩を痛そうに抑える。
「どこからかの攻撃!?」
今しがた鎮火した森からゆっくりと何者かがあらわれる。
桃色の長いパーマのかかった髪に、ゴスロリ風の衣装にきらきらと装飾品の数々を装着する珍妙な射手の美少女。
でも、姿はゴスロリギャルだ。
「久しぶりっすね、人間」
そう女一言口にした。