神楽坂イリス
悪斗らは謎の少女を引き連れて、建物内で取った食材を焚火かけながら輪を作って対談の場を設けていた。
少女の名前は神楽坂イリス。
悪斗が桜と行動を共にしていた時に襲撃をした悪魔の女であり、
例の雪菜が殺した黒衣の男キョウヤが所属していた勢力でもあるボス、神楽坂イリエナの妹だった。
彼女の容姿を見てどことなく見覚えがあったわけがソレだった。
その事実に気付いたからどうこうするわけもなく、彼女の身柄を様子見ながら匿うことにした。
悪斗側の事情を話すのは少々ウソを加えて説明しなくてはならなかった。
例えば、争いあった経緯はなく、ある勢力とのいざこざでこちらは巻き込まれた側であること。
その時にお姉さんの勢力に命を狙われたがこちらとしては争いは避けたいために怒っていないという内容。
彼女はそんな出まかせの発言を信じてくれた。
説明したのは我堂であったがそんなウソを彼に説明させることで責任逃れをしているという罪悪感は悪斗は身に染みてしまう。
イリエナがまだ生存にあるのは悪斗は雪菜が経験したことを教えてくれた経緯があって知っていた
けれど、実際今も生きているのかは知らない。
ただ、雪菜たちとの戦闘で大きなケガを負ったのは事実だ。
「お姉ちゃんは生きていると思うの……」
「厳しいことを言うようだが数日前の話だ。彼女が仮に生きていたとするのならば君を放っておくのだろうか?」
我堂がリーダーとしての責任で少々きつく伝えた。
現実的に考えてこの島では生存競争が始まっている。
特に人間の悪斗が狙われていたりするのだ。
さらには意図の不明な襲撃を行う連中もいる。
そのことをイリスは沈鬱な表情を浮かべて聞いている。
結構なショックではあるだろう。
親戚がこの島を荒らしまわっている一派の一つになっている上に生死不明なのだ。
気が沈むのも納得ができる。
「それにしても、本当にあなたアノ女の妹? もし、そうなら悪魔にしてはおとなし気な妹がいるなんて想像できないんだけど」
「ゆ、雪菜姉ちゃん!」
「なに……? アクトは彼女が気に入ったの?」
「そうじゃなくって、常識的に考えて彼女にこれ以上そういうこと言うのは……」
「だって、コイツは本当に信用できないじゃない!」
雪菜の冷たげな言い方に悪斗は何も言えなくなった。
けど、イリスはイリスで敵のイリエナではない。
「彼女はイリスでイリエナじゃないんだよ」
「姉が多大なご迷惑をおかけしたなら私が謝るの。ごめんなさい。でも、私は人間だからって食料にしようとかは考えてないの。だから、信じてなの」
「はぁ? 信じられるわけないでしょ! 馬鹿じゃない!」
「雪菜姉ちゃん!」
「っ!」
「どうしたんだよ! らしくないよ!」
その叱りを受けてどこか嬉しそうに体を震わせて悪斗に怒られたことをうれしそうに微笑んでいた。
心底あきれてため息を漏らす悪斗をふと、イリスが見ていたことに気付いた。
「あ、あの何か?」
「いえ、なんでも」
我堂、須藤、そして、雪菜は何かに気付いたのか瞳に険しさが宿る。
「彼はオレたちの仲間だ。もし、彼を餌とすれば君を容赦なく殺す」
「が、我堂さん! 彼女がそんなことするはずないでしょう! ほら今さっき言ったじゃないですか。食料としては考えてないって。あなたまで彼女をまだ疑ってるんですか!?」
我堂があまりにも殺意を剥きだして彼女を追い詰めるような発言に悪斗は少々忠告をする。
このまま、また殺戮闘争なんてことは絶対に避けたい。
あんな悲劇二度とごめんだ。
「まったく、君はもう少し自分の立場を考えるんだ悪斗君。この島で唯一の人間はこの島に来た我々妖怪という種には貴重な養分となる。中には君と交配しようとして失敗したものもいただろう」
「っ!」
「ねぇ、我堂……、あなたアクトの過去をほじくり返す気?」
それは過去を蒸し返すような言い分に雪菜がキレた。
我堂は両手を上げて――
「わるかった。殺気を収めてくれないか雪菜くん」
素直に雪菜も従う。
その様子を悪斗は見るあたり雪菜が他人を信用している姿を見るのを久々に感じ入った。
「珍しいな」
それだけ、雪菜にも何かしらの心境の変化もあったのだろうか。
そう考えると悪斗は悲しい気持ちになっていく。
同時に一度交わった女性の顔が脳裏にちらついた。
桜さん……アリカ……。
あの日、彼女とは別れた。
数日後にあの場所を訪れた時、桜はおらずアリカの死体もなかった。
最悪、アリカの死体は魔物に食われたのかもしれないと考えた。
もしも、あの場で悪斗が死体となれば同じ末路をたどったのか。
悪斗は少しでも思考を切り替える。
「なぁ、神楽坂イリスさん。いや、イリスさんって呼んでいいかな?」
その質問に彼女が頷いたのでさっそく彼女の呼称を「イリスさん」に悪斗は変え、質問をつづけた。
「イリスさん、ここへ来たのはどうして? たまたまここに逃げ込んできたんですか? にしてはここまであの海岸からかなり距離がある」
そう、最も重要な話題だ。
我堂さんでは彼女を責めてせめて口をつぐませるだけ。
ここは悪斗という彼女よりも種族として弱い立場にある悪斗が親身になれば口を割るだろう。
その考え方は間違いではなかった。
彼女の口がゆっくりと開き――
「逃げてお姉ちゃんを探していたの」
「っ!」
我堂を含めてその場にいる全員が生唾を飲み込み驚愕した様相でおとなしく耳を傾け始めた。
「逃げてたというと誰からですか?」
「眼鏡をかけた男」
「眼鏡をかけた男……ってもしかしてスーツを着ていますか?」
「うん……」
ふと思い出すのは海岸にいたインテリ風の男。
そして、アリカが殺害された現場の海岸に現れた集団を引き連れた眼鏡の男。
もちろん、両方とも同一の人物だ。
あの男――。
つまり、第3勢力で今悪斗たちが最も危険視している男。
「あの男か。謎めいたところが多々あったな。悪斗君を狙ってもいたわけだから恐怖があってこうして隠れているがまさか、ほかの妖怪も狙っているのか。でも、なぜだ?」
「殺すために決まってるだぞ。アイツら目がやばかったんだぞ」
「須藤さんの女を襲う考えよりはずいぶんましじゃない」
「あ? なんか言ったかゾ吸血ビッチ」
「はいぃいい?」
雪菜と須藤はずいぶんと仲が悪い。
何を隠そう悪斗も須藤は好きではなく、とくに彼は女を食い物(性欲的意味合い)で考えてる傾向がある。
そのために我堂からも強く監視があって雪菜と二人では決して行動をさせていない。
「やめろ、二人とも。争いあうのはご法度だ」
我堂の注意に二人とも殺気を収めた。
悪斗も須藤が手を出せば速攻で雪菜の味方に入る構えだったけれどその必要はなくなった。
「須藤、君が今のは悪い口を慎め」
「な、また僕のせいか! ふざけるんじゃないぞ!」
須藤は魚を刺していた焚火を蹴り飛ばし部屋から出て行った。
「あ、おい須藤!」
「俺追いかけてきますか?」
「いや、いい。あいつも少しは頭を冷やせばいい」
我堂は頭皮を掻きむしる。
「まだ、話は終わりではないはずだ。君はどうしてここまで来たのだ?」
話を元に戻し我堂はイリスに話の続きを促した。
彼女はそっと、悪斗を見てくる。
「あなたには話さない。彼にならいいなの」
「え。俺?」
我堂の目が細くなる。
それは完全に彼女を危険視した眼差しだった。
「が、我堂さん大丈夫です。彼女は悪い人には見えませんしここは俺に任せてください。二人は外の見張りをお願いします」
「しかし!」
「そうだよ! アクト一人でさせたら彼女何をするか――」
「いいですから、雪菜姉ちゃんも頼む」
おとなしく悪斗の言うとおりにしてくれて、彼女と二人きりとなってこの場を譲り受けた。
一呼吸をおいて――
「さっきの質問だけど、どうしてここに来たの?」
「うん。ここに来るまでの間も逃げてきていたなの。数日は見つからずここから数キロ離れた先で隠れて生活していたなの。だけど、見つかって逃げてきたらたまたまあなたたちに遭遇しただけなの」
「ここから数キロも走ってねぇ」
ここから数キロ先はほとんどが森林地帯。
つまり、彼女はずっと森林暮らし。
それも一人でなのか。
言い回しからして一人のように聞き取れなくもないが一人でこの島で長いこと暮らすのは無理がある。
「本当に一人ですか? 仲間は?」
「いない。一人のほうが楽だったなの。でも、食料調達は難しくて森林に生えた木の実で腹を満たしていたなの」
「じゃあ、大変でしたでしょう」
「そうなの。でも、一人だからこそしばらく見つかっていなかったなの」
単独のほうが見つかりづらいというのは分かる。
多人数よりも少人数のほうが敵からの察知はされずらい。
たしかに悪斗も桜との行動時のほうが敵に見つからなかった。
「私をこれからどうするなの」
「え?」
「殺すなの?」
「いやいや、殺しとかはしないですよ」
「でも、あの狼男は私を嫌っているなの……いや、狼男よりも吸血鬼のほうかもしれないの」
「ですね。でも、俺が殺させはしませんよ。あなたは悪い人には見えない」
「本当にそう言えるなの。私はあなたを解放された瞬間食べるかもしれないなの」
「そうかな。だって、あの時……我堂さんともめていた時、俺が現れて君はすぐに狙わなかった。俺が近づいたときはじめてとびかかった」
そう、悪斗の悪い人ではないという断言はそこだ。
我堂ともめていた彼女は餌を求めて争っていたに違いない。
さらに、あの場で悪斗という人間が登場してもすぐに手を出そうとはしないでいた。
尋問していても縄で彼女の身体を拘束しているとはいえおとなしく質問にだって答えてくれていた。
「…………」
「何か間違っているのならば指摘してください」
「私は……」
その時、爆音が聞こえた。
悪斗は立ち上がり近くにあった焚火に使用した木材を手にする。
部屋に雪菜が駆け込んでくる。
「アクト!」
「雪菜姉ちゃん何事なんだ!?」
「敵よ! ここが気づかれた」
すると、その時にイリスが「もう来たなの」といった。
「どういうことですかイリスさん!?」
「私を追いかけていた連中なの。数は3人」
「3人も!? くそっ!」
「私を解放してなの」
「え」
「私がおとりになるからそうすればいいなの」
「いやいや、なに言ってんですか!」
それに対して悪斗は許せなかった。
「女の人を囮になんかできやしない! あなたみたいな綺麗な人を囮にすれば何をされるかわからないんですよ! それなら俺がおとりになります!」
「アクト!? 馬鹿言わないで!」
「いいや、馬鹿な発言じゃない。俺がおとりになってここに住むために張った罠まで誘導させればいいんだ」
「アクト……だけどっ!」
「大丈夫、雪菜姉ちゃんは陰から俺のことを見て守ってくれ」
アクトはそのまま駆け出した。
そうして、隠れ蓑を飛び出し、表側の庭先ちかくの森林で須藤、我堂が種族特有の武器となる爪や体格を生かした構えをとっていた。
「神月君、君は出てくるべきじゃないぞ」
「悪斗君隠れているんだ! 敵が近くにいる!」
「ごめんなさい、二人とも。ここは俺がおとりになります!」
二人へ去り際に告げフェンスを飛び越えて森林を駆け抜けていく。
二人の怒号が重なり、追いかけようとする二人の先に矢が放たれて二人は足止めを食らった。
そして、悪斗の前にカエルのような造形をした人が一人。
さらに背後へもう一人。
一見ただの美女に見えるがどことなく不気味な雰囲気を醸し出す黄色い瞳の女性に囲まれた。
「こりゃぁ驚いたでゲロ」
「クヒ、まさか悪魔女追いかけてたら人間見つけちまったし、クヒ」
囲うように悪斗を取り押さえる気なんだろう。
けれど、こっちもやすやすとは捕まらない。
素早く左側へ駆け出した。
「こっちにこい! 捕まえられるならな!」
「ヒッ、逃げやがったゲロ!」
「クヒ、先に捕まえたほうの獲物になるし、クヒ」
悪斗は二匹の注意を引いて地獄の逃走劇を開始した。