小さき襲撃者
ジャッカロープの少女、アリカの死から数日が経過した。
いや、もしかしたら数週間。
悪斗は鞍馬雪菜、我堂哲也、須藤満の3人とまた行動をしていた。
今は、その中で特に雪菜と作業を行うことが増え、今も雪菜と山菜を取りに島の中を巡り歩いていた。
敵に注意を払いながら散策するのは緊張と恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
「大丈夫みたいだね」
「そうだね、雪菜姉ちゃん」
どことなく、気が沈む。
悪斗はこうして散策をしているたびに過去のことを想起した。
アリカや桜のことをだ。
そのことに感づく雪菜はただ何も言わず悪斗を抱きしめる。
「アクト、考え込まないで。私がいるでしょ」
「雪菜姉ちゃん……んっ」
突然と口をふさがれて濃厚なキスを交わす。
舌と舌が絡まりあう濃密で蠱惑的なキス。
お互いの唾液を交換するような行為に脳みそがとろけてしまうような感覚を味わう。
「んふっ、ちゅ……んちゅっ……ちゅる……ちゅっ……ちゅぷっ……んふっ」
長く長く永続するキス。
そこに木ずれの音が聞こえて二人の間で交わされたキスは中断される。
お互いが慌てて離れて顔を赤くし音の出先を確かめる。
「探したぞ、何してたんだぞ?」
「山菜取りしていただけですよ。ちょうど、摘み終わりましたんで行きましょう」
「?」
須藤満に極力気づかれないようにお互いが平然とした態度でアジトへ戻っていった。
戻っていくときに悪斗の表情はそれでも暗かった。
(俺はこのまま誰かを愛するのを許されるような存在なんだろうか)
密かに罪悪感はまだ残っていたままだった。
*****
島の一体どのあたりに位置するのかはわからないがフェンスに囲われた場所。
そこに存在しているのはコンクリート平米の建物が無数に立ち並んでいる。
何かの研究施設だったか。
真偽はわからない。
隠遁生活を送るにはもってこいの広大な屋根のある土地に悪斗たちは居住をしていた。
ここを見つけたのはつい二日前のことだった。
最初は隠れ蓑を探すのも一苦労で歩き回り続ける生活の日々を送っていたがついに二日前のことここを見つけアジトにすることを決意した。
今の悪斗たちは帰ることよりもまずは島で生き抜いていくことを目標に変えたのだ。
そして、いつの日か迎えが来てくれると信じていた。
「我堂さん今戻りましたよ」
「戻ってきたわ」
「戻ったぞ」
3人で帰還の旨を口にしたときだ。
奥から騒音が響いた。
3人は一瞬で気を引き締めて手近にあるクワや鉄パイプを手にした。
「私が先に行くわ」
「雪菜姉ちゃんは下がっていて。ここは男の俺が行く」
「またソレ! ふつうは人間のアクトより私のほうが断然に戦闘向きなの忘れたわけ?」
「でも、雪菜姉ちゃんが傷つくのは見たくない!」
「アクト……」
そんな二人のピンク色の空気を須藤が怒りに満ちて怒鳴る。
「こんな状態でなに夫婦漫才してるんだぞ!」
「夫婦漫才じゃない!」
「キャッ! 妻だなんて……」
両者の対局的な反応にさすがの須藤も頭を抱え込んだ。
そんなことをしてる間にも奥から我堂のひきつったような声を聴いた。
「我堂さん!」
「あ、アクト!」
アクトが先行して飛び出し、あとに雪菜が追いかけ、須藤も渋々追いかけた。
悪斗がそこで目にしたのは薄汚い恰好をし、金髪に角のある少女が我堂と取っ組み合いをしていた。
我堂の傍らには海で釣ってきたとおもわれる魚たち。
少女はどうやらそれ目当てで襲ったのか我堂を射殺そうとする傍らで逐一、その魚に目を向けていた。
「しね、しねっ、死んでっ!」
「うぐぐっ!」
彼女の精神は異常な状態らしく、こちらの存在にさえ気づいていない。
とっさの判断で悪斗は手にした鉄パイプで彼女を襲い掛かった。
我堂の背中から顔を極力避けて肩を突く。
彼女もやっとその衝撃を受けてこちらに気付いて尻尾を巻いて逃げようとするがその逃げ場の先に須藤と雪菜が立ちはだかる。
「ここから逃がすわけないぞ」
「仲間がいたら危険だし情報漏えいは避けたいのよ」
「ッ!」
彼女がじりじりと後退する。
ふと、悪斗は彼女に既視感を感じた。
(なんだか、彼女どこかで見覚えがある?)
見覚えがあるのはそれは当然なのかもしれない。
彼女もこの無人島に突如として召喚されてしまった被害者。
でも、それ以外の話だ。
あの場での光景ではなくもっと別、そう誰かに似ているような気がした。
記憶を掘り起こして思い当たる。
「あー!」
突然声を上げた悪斗に全員の視線が集中した。
「どうしたんだね悪斗くん」
「アクト?」
「なんぞ?」
悪斗はゆっくりと威嚇する彼女に歩み寄っていく。
彼女はその時に、悪斗へとびかかった。
「アクト!」
雪菜やほかのメンバーが慌てて助けに入ろうとする。
とびかかった少女は悪斗の首筋に噛みつこうとした刹那だ。
悪斗は一言――
「神楽坂イリエナ」
そう口にした。
少女の口が止まり、瞳に光が宿り始める。
「お姉ちゃん……知ってるなの?」
全員が一斉に戸惑いの言葉を口にし、悪斗だけはやはりなとわかりきった口調でうなづいた。
「ああ、知ってる。とにかく、まずはお互い殺意を収めて話し合わないか?」
そう言葉をつづけたのだった。