魔物襲来と再会
彼女といたしてしまった。
そのことに悪斗は余韻よりも自分の心の奥に密かにある恋心への裏切り行為に罪悪感を感じてしまっていた。
さらには彼女、アリカの純潔を奪ったというものも含まれる罪悪。
隣では悪斗の身体にその身を預けて余韻に浸るアリカの存在。
先ほどとは変わって人間のような姿がより密度を増していた。
(エネルギーを蓄えたから?)
人間に変化するにも怪物には十分なエネルギーの源が必要なのだろうか。
定かではない推測にも満たない考え。
悪斗はアリカの身体を突き放すように立ち上がる。
「動けるようであるなら、この場から逃げませんか?」
「苦しくはない……けど……」
「けど?」
「魔法……まだ解かれたわけ……じゃない」
桜が逃亡をさせないために保険として施した魔法が二人にはまだかかっていた。
先ほどの行為の後ですっかり気が抜け落ちていたことで忘れていた。
悪斗は思わず難しい顔つきになって頭を抱えた。
「大丈夫?」
「心配しないでくれ。自分の愚かさに苦悩しているだけだ」
「?」
大きな過ちをどれだけ繰り返せばいいのだろうか。
そんな気持ちがどんどん大きくなっていく。
愛する人に顔を合わせることなどもうできない。
そう、悪斗は悟ったときに森林の陰から大きな音が鬼気迫っている。
「なんだ!?」
「悪斗さん、背後に!」
アリカが悪斗をかばうようにして前に出向いた。
今までならばそんな行動を起こさなかった彼女の心変わりがすっかりと現れていた。
それは同時に悪斗もだった。
アリカは大切な人になっているという自らの心が身体を自然と彼女をかばうように動かした。
「それはアリカさんのほうだ。男である俺があなたを守る」
「悪斗さん……でも、たぶん今この場で最も悪斗さんは弱い」
その発言はまさにその通りだった。
目の前の飛び出てきた魔物を前にして勝てるはずもないと本能で分からされる恐怖。
自分の非力さを叩きつけられる。
アリカは違った。
彼女は俊敏な動きで跳躍して目の前に飛び出たバックルベア―の鼻っ面へ蹴りを叩き込んだ。
「へ」
おもわず間抜けな声が出た。
アリカも先ほどまでは目の前の魔物を恐れてたはずが、果敢に飛び蹴っていた。
「今の私に怖いもの……ないっ!」
怯んだバックルベア―に追い打ちをかけるように二度三度顔面に蹴りの連打を繰り出した。
これには苦しそうにバックルベア―がもがいている。
止めに顎先を蹴り飛ばす。
強烈な鳴き声が耳障りなほどにうるさく森林を振動させた。
バックルベア―が後ろへ倒れていく。
ドシンと土ぼこりが待ってバックルベア―が仰向けに倒れた。
最後の叫び声だったのか、バックルベア―がその身体を動かすことはない。
アリカは止めにその首骨をかかと落としで折って始末した。
「これでもう安心……へいき」
「アリカさん……」
悪斗はその時、彼女の背後にいる存在を見た。
「アリカさんっ!」
彼女はその存在に気付くのに数舜遅かった。
鋭い鉤爪が彼女を突き飛ばした。
バランスを崩さず彼女は左肩を抑えて立て直している。
間合いを取って新たに表れた敵を前にして下唇をかむ。
「親玉の登場……ということ」
「あ、アリカさん!」
悪斗はもう一体の出現を目にしていた。
それは親玉のバックルベア―ではない空からの新たな魔物。
悪斗はアリカを突き飛ばして彼女をかばった。
同時に自分に被害が起きた。
背中に走る激痛。
「あ、悪斗さん! 悪斗さん!」
動けない悪斗へ必死にアリカは揺さぶった。
「大丈夫ですから……はやくこの場から」
アリカは目の前の魔物二匹を前にしてさすがに自らがこの二匹を相手どるのは厳しいとわかってしまう。
さきほどのバックルベア―を倒せるのが自分の限界だった。
それでも、アリカは守りたかった。
後ろの彼だけでも。
目の前の魔物へと地面から咄嗟に救い上げた砂で顔面にふりかけた。
目くらまし。
それに眩んだ親玉のバックルベアー。
続けて、標的を上空に絞る。
飛行する魔物が怯んだ親玉のバックルベアーに目掛けて飛んでくる。
先に怯んだ相手を仕留めようとする行動をアリカは予測できていた。
低空飛行をしたのを見計らって大きく跳躍して足から衝撃波を放った。
飛行の魔物の羽を切裂いてそれが墜落していくのを見る。
「よしっ」
地上にはまだもう一体いる。
その一体、親玉のバックルベアーを殺そうと探した。
そこに最悪の光景が見えていた。
親玉のバックルベアーが彼の足へと噛みつこうとしているのだ。
「やめてぇえええええ!」
そんな叫びに呼応するかのように何かが飛来してきた。
それがバックルベアーの頭部を吹き飛ばしたのだ。
アリカは地へと着地して森林の奥からの足音に目を凝らす。
「誰……」
悪斗もゆっくりと顔を起こす。
悪斗だけはその人物が誰かわかった。
まるで見惚れるようなモデル顔負けでまるで深窓の令嬢のような美女。
普段はまとめてるであろうぼさぼさであってもわかる茶髪。
見間違いようがなかった。
「雪菜姉ちゃん……」
まさに長い間の出会えなかった二人の再会だった。