追跡
地に付した男の亡骸を見下ろしながら切り裂かれた腹部を抑えて雪菜は一息ついた。
神楽坂イリエナの部下である黒衣の男キョウヤ。
結果として彼が何者でどんな種族だったのかはわからなかったが非常に自分と対等なレベルにあった強者であったことに関心と尊敬をする。
「あなたの勇士は立派だったわよ」
敵に敬意の情を送る言葉を伝える。
亡骸な彼だ。
答えはない。
雪菜は周囲に目を配った。
いつの間にかどことも知れぬ森林の奥に来ていた。
「はぐれたのね」
彼女には都合のいい状況だった。
ただ一人決死の想いで悪斗を探し歩き始める行動にでる。
歩いて先へと進むにつれて不穏な空気が肌身に感じた。
「アクト……」
そんな不気味さなどどうでもよかった。
とにかく彼に会いたい。
進むごとに彼の匂いが敏感に嗅覚を刺激した。
その時にどこからか、人の叫びと喧噪する声が聞こえた。
「なに?」
どんどんと足を勧めて見えてくる光景に息を呑んだ。
そこには悪斗と消失したはずの女、宮永桜がいた。
いたのはよかったが異質な場所に立っていたのだ。
数人の男女の死体の群れの中で立ち、死体を踏みにじっている。
身体は血みどろにまみれて恍惚と笑みを浮かべてお腹をさする姿。
「うふふっ、どう? 怪物の魂はおいしい?」
すぐに雪菜は木陰に身をひそめた。
(何よアイツ……とんでもない怪物じゃない!)
一体彼女はなにをしているのか。
一瞬だけ、雪菜には彼女の後ろの空間がゆがんだように見えた。
目をこすってもう一度確認する。
(気のせい?)
その時には宮永桜の存在は消失していた。
「どこいったのよ!?」
東側に向け走っていく彼女の後姿が見えた。
彼女がちらっとこっちを見た。
それで雪菜は桜が自身の存在を認識していたのを悟った。
「待つのよ!」
横合いを何かが通り抜け目の前で爆発する。
爆風でバランスを崩しかけたがすぐに持ち直して追跡を始めた。
今の攻撃は宮永桜がもつ妖怪の力であった。
しかし、彼女はエルフ。
エルフにしてもあまりにも巨大な能力だと思った。
それほどまでの過剰な能力値を高める方法は一つしかない。
(他の妖怪を食ったから? だとすればあの死体の山は説明付くけど)
憶測からの推測だったがそうとしか結論がつかない。
思考をめぐらして彼女を追いかけてる最中忽然と再び桜が姿を消したのだ。
困惑する雪菜。
「ちょっと! 何処行ったのよ! 出てこいビッチエルフ!」
その声に反応はなくひたすら静けさの伴う空気だけがあった。
その静けさが獣の声で掻き消える。
「何今の声?」
彼女の耳は逃さずその声に混じったもう一つの声もしっかりととらえた。
「アクト!」
彼女の足は声の元に向かった。