魔物再び
魔物の巣窟とも呼べる森の中で魔物の存在から逃げて隠れる生活を送って2日が経過した。
隠れながらの森の生活に自ずと不満や心的疲労が3人には現れてきた。
食には困らない、水にも困らない。
だが、危険がいっぱいなこの場所で安全に休息を取ることができる場所など皆無だった。
さらには桜が先導で道を歩くけれども彼女は何かを必死で隠すかのように道をジグザグと進行しては元来た道へと戻りそこで居住を構えるなどの繰り返しだった。
悪斗もさすがに痺れを切らして文句を何度も言ったが彼女はその言葉をまともに聞こうとさえしない。
今日だけは二人も予想もしないことを桜は言う。
「ちょっと、一人で周囲を散策してきます」
「え」
今まで絶対に悪斗たちから目を離すことはなかった彼女が2日も経過したこの日に突然に一人で周囲の散策を行うと言いだした。
さすがに、何かあるのではないかと捕虜のアリカは疑いたくなる。
「どういうつもり?」
心意に探りを入れる圧力をかけた問いに桜は言葉ではなく表情で返した。
口角をつり上げて、不気味な微笑を浮かべる。
ぞっと背筋が凍りついた。
「別になにもないですよ。周囲の作物ではもう限界が来てしまったので戦力的に一番部がある私が散策に向いていると判断したまでです」
「私たち……置いて……一人散策……。逃げると思わない?」
「逃げないように手は施させていただきます。それと、彼に被害を及ぼさないようにも手を打ちますよ」
桜は悪斗とアリカに右手をかざす。
何かの魔法を施したことがわかった。
「裏切れったり、彼に敵意を起こす行動をすれば魔法が発動しあなたを殺すことを忘れず。では、アクトさん、私少し出かけてきます。変色バチもあれ行こうこの辺には出現していないのでしばらくここで身を隠していてくださいね」
気遣うような言葉だけを伝えて本当に去っていった桜にさすがの悪斗も呆気にとられた。
「あの人馬鹿……。魔法? ……そんなの信じない。私は逃げる」
悪斗の目の前でアリカはジャッカロープの瞬足の足を生かして逃げようと身構えた。
その時、彼女が急に倒れ込む。
もがき苦しそうにあえぎだしたのだ。
「ちょっと大丈夫か! おい、しっかり!」
慌てて悪斗は彼女の肩に触れる。
不気味に浮かぶ彼女の首筋の紋様を見て、桜の魔法が裏切り行為と認識して発動したのだと察知した。
「アリカさんあなたも自業自得だ。彼女の魔法が強力なのを見誤るから!」
どうにかして彼女を助けたい。
悪斗はそう思って懸命に思考を働かせる。
だけど、ただの人間の悪斗に魔法を解くことなどできない。
桜はそれもわかったうえで一人の行動をしたとみるべき行為。
苦しそうな彼女の胸を少しでも落ち着かせようとその胸部に触れた。
暖かな光が生まれる。
『え』
二人して戸惑う言葉が口から出る。
アリカは自分の苦しみが引いていくことに気付いた。
そっと、人間の男を見て困惑した。
「あなたは……何者?」
「俺はただの人間の神月悪斗だけど……」
「そう……。そういえば……捕虜になって二日もたつのに自己紹介してない……私、アリカ。アリカ・スフィロープ」
何ともおかしくなるような自己紹介だった。
二日もお互いに共に行動をしていながら、初めてフルネームを知った。
次第に気持ちが和らいだのか、アリカは逃げるのを忘れて悪斗の隣に肩を並べて座り込んだ。
「逃げないんですか?」
「魔法の効果思い知った……やめる」
「そうですか」
「あなたこそ、どうして彼女に従う? 別に愛情をあなたから彼女に対しては感じない」
「それは……。なんででしょう。なんか、あの桜さんって人を見てると放っておけないような気持になるんですよ」
お互いに身の上話でも始めるような感覚で互いの気持ちを吐露していた。
「人間のあなたは私たちが怖くないんです?」
「怖いか怖くないかで言えば正直怖いですが、でもここ数日間で慣れました。それにあなた方は人間と変わらない。純粋に感情もあるし食べて寝る。ただ、少しだけ特異な技能を持ってるというだけの存在だってだけじゃないですか」
「……そんなこという人間は初めて。私のことをみた人間は戸惑いや恐怖しか抱かなかったのに」
「あはは。それはたぶん僕には恐怖や異形の存在は昔からなじみがあったからだと思いますよ」
「それってどういう意味?」
「僕、霊感が昔から強いんです。だから、この島に来る途中では街中を奇妙な存在に追われてそしたら――」
「奇妙な存在って黒いの?」
「そうです! アリカさんも?」
「私は追っていたほう……。未知の存在を私は追及して捜査する仕事をしていた。そんなとき、黒い影の情報を仕入れて追っていたら……」
お互いに島に来る直前のことを話していて、原因がその謎の黒い遺物だとわかってくる。
他の人たちも見たのだろうかと考え始めたころ、雑木林からがさがさと動く音がし始めた。
「何か来る」
木陰から強大な影が姿を現す。
一つ目の大型な巨体に額から生えた角。
両手足から生えた鉤爪。
そのすべてを見て一言で言い表すならば異形の熊ともいう存在か。
「バックルベア! こんな魔物まで……っ」
そのバックルベアが額に何かを充電でもし始めた。
黒い光が集まっていく。
放たれた闇の砲弾が悪斗の傍に着弾する。
悪斗は吹き飛ばされ、アリカともつれ合うように倒れる。
「大丈夫!?」
「す、すみません」
顔を上げて後ろを見た。
深々と自分が先ほどまでいた場所にはクレーターができており土くれをえぐった証拠を残していた。
「クソッ! アリカさんは逃げてください!」
「え」
悪斗はバックルベアの前に立ちはだかって、拳を構えた。
昔、雪菜に鍛えられた拳法でどうにかできる相手ではないことを理解しながら思う。
「一人の女性も守れないようでは男が廃るんだよ!」
アリカは堂々と足腰震えながらも自分を懸命に守ろうとする人間の男の勇士を見て、あった高い気持ちになった。
今まで自分が接してきたどんな人たちとも違う。
(この人間だけはあの人間どもとは違うのかもしれない)
アリカは逃走経路を確保するように見渡した。
そして、悪斗の手をとって、彼をお姫様抱っこする。
「あ、アリカさん!?」
「舌を噛むから黙って!」
アリカは彼を抱きしめながらその場から逃走をした。
このときに二人は気づかなかった。なぜか、施された魔法が発動しなかったことに。