二つのチームの戦の始まり
魔物の森に神月悪斗らが入ってる頃――
牙堂哲也と鞍馬雪菜、そして須藤満ら3人は拠点としている海岸のキャンプ地から離れて森林地帯で歩き続けていた。
目的は、宮永桜と神月悪斗の捜索。
あの海岸での長い拠点生活も辟易とし、限界も近いことを悟った我堂の提案と鞍馬雪菜の懇意の願いを我堂が聞き入れたが故の判断であった。
同時に我堂哲也にも仲間を思う強い気持ちがあったのもまた事実だった。
彼にも二人の存在が気がかりで、真意を知りたいと感じていた。
3人で一緒に行動しながら二人を呼ぶが一向に捜索に進展はなかった。
「もう、丸二日だぞ。あきらめてもどろうぞ」
「須藤、君だけ戻るといい。仲間を見捨てるのならばそれでかまわないが君がそう言う男だという認識を今後オレはもつ。君に次なにがあってもオレは仲間を見捨てる君を助けはしないだろう」
脅し文句のように脅迫した牙堂の言葉に須藤は顔をゆがめる。
奥歯をかみしめるようにして道端の石ころを蹴り、毒を吐く。
「思ったけど、アンタは何様ぞ。僕はただ普通にココに来てからは暮らしていたいだけなんだぞ。それを君の言うとおりに行動しなければいけない理由はないぞ」
「普通に暮らしていたか……。なら、なぜ、夜中に君は森へ向かったのだ? オレは君が言う神月悪斗と宮永桜が結託して君を襲ったという話を今だに信じられんし、なぜ、二人が君を襲ったのか理由も聞かされていない」
「だから、それはしらないぞ! 突然あいつらがぼくを襲ったんだぞ! そして、二人で森へ消えて行ったんだぞ!」
須藤の言葉にますます妖しさを感じ取ると牙堂はため息をついた。
前をみて、先陣を切る鞍馬雪菜に話をかけた。
「鞍馬さん、一度ここらで休憩を取らないかね? この辺は危険だ」
「牙堂さん、私は一刻も早くアクトを探したいんです。休んでる暇はないの」
「君の気持ちもわかる。だがね、丸二日も歩き続けているんだ。疲労も大分たまってるだろう。休むことも大分大事なんだ」
「っ!」
雪菜が歯ぎしりをするように奥歯を噛み軋ませる。
彼女の足がふと、止まった。
「前に誰かいる」
「なに?」
牙堂は妖怪としての自らの攻撃性のある武器、爪を長くして構えた。
オークである須藤もその剛腕を生かして拳を作る。
ただ、一人雪菜はただ構えも取らず突っ立てるのみだがそれももちろん彼女の戦闘姿勢。
牙堂が忠告の言葉を促すが彼女は首を振った。
「どうやら心配なさそうね、殺気がない」
「なに?」
奥から数人の群れが歩み寄ってきた。
先頭に立つのは島に来た初日に、数人を引きつれて森の中へ消えさった金髪美女の悪魔だった。
悪魔と分かるのも、彼女の姿はそう認識できる装いをしていた。
漆黒のドレスの白衣の格好の下から微かにのぞく露出した肌は黒い紋様が浮かび上がっている。
彼女の瞳は赤黒く、頬にも紋様と額には光る角が生えていた。
それ以外は人間の容姿とそう変わらないけれども紛れもなく雪菜は彼女を悪魔だと認知出来た。
「あなた島にいたクソ悪魔の女ね……」
「あらぁん、そちらは仕切り屋のオオカミとドブ臭いオークにクソビッチな吸血鬼の3人じゃなぁい」
出会って早々に対しての両者の暴言。
あまりにもその毒にカチンと雪菜が早々に仕掛けた。
対抗して向こう側からも飛び出したのはこれまた初日に分かれ、彼女に付いていった黒衣の男。
種族は不明だが吸血鬼である雪菜と同等に殺傷性のある打撃力をもっていた。
黒衣で全部を覆っていて素顔の全容が見えないのが彼の特徴だったが故に種族の判別は難しい。
(だけど、 吸血鬼一族の腕力には勝れるはずがない!)
拳同士がぶつかり衝撃波が生まれた。
互いに均衡したことをわかって間合いを取って後退する。
「チッ、私と互角ってどういうことよ!」
「たすかったわぁん、キョウヤ」
「イリエナ、貴様、暗闇の血を司る姫を侮り過ぎだ。俺でなければ死んでるぞ」
「たかが、吸血鬼でしょぉん? 独占欲の強すぎるアマちゃん吸血鬼」
さらに神経を逆なでするかのような言い回しに気が短い雪菜には耐えられない。
噛みつこうと牙をむき今度こそと地を蹴り出そうとした刹那に牙堂の手が行く手を阻む。
「雪菜君、すこし落ち着くんだ」
「我堂さん、吸血鬼一族にかけて侮辱されることは許されないのよ!」
「落ち着きなさい。私たちの目的は神月悪斗くんを探すことだ。今は一族の誇りなどは捨てるんだ。それとも君は恋人の命より、誇りを大事にするのかね?」
「……」
雪菜は素直に従った。
彼の言い分は最も彼女に響くものであった。
「アクトより大事なものはないわ」
ここで無駄な体力の浪費も避けるいべきだと改めて判断し行動を抑え込む。
「へぇ、ただの狼男ってわけじゃなさそうねぇん。賢く、的確に状況を判断する。吸血鬼も従える。すばらしいわねぇん。だけど、一つ今気がかりなこと聞いちゃったわぁん。あなたいま神月悪斗といったかしらぁ?」
「オオカミではない。牙堂哲也だ。ああ、そう言ったが悪魔のお姉さん」
「――神楽坂イリエナよ。牙堂さん。神月悪斗を探してるのよね? なら、ちょうどいいわよぉん」
「なにがだ?」
「私たちもその神月悪斗、この島で唯一の人間を探してるのよねぇん。ちょうど、昨日取り逃がしたばかりなんだけどね」
「なに?」
その言葉を聞いてすぐに食いつくのはもちろん、鞍馬雪菜に他ならなかった。
彼女が動かぬようにオークの須藤が彼女を羽交い絞めで抑え込んで行動を自重させようとしたがオークの腕力では吸血鬼の力を抑えることはできない。
キョウヤと呼ばれる黒衣の男も即座にイリエナをかばうように前に出たが、彼の反応速度も上回る速度でイリエナに雪菜が掴みかかった。
イリエナもそれには驚いて蹈鞴を踏む。
「何処で見たの! 彼は生きてるの! ねぇ!」
「ちょっ、く、くるしぃ……」
「言いなさい! 彼はどこ!? 何処へ行ったの!」
「鞍馬さん、止すんだ! ここで争いごとを引き起こすんじゃない!」
黒衣の男がイリエナを助けに入り雪菜を蹴り飛ばした。
咄嗟に我堂が受け止める。
「君たち、手荒な真似は止すんだ!」
「貴様らこそ、我が姫、イリエナ様に、手出しする、禁忌だ」
「なにが禁忌か! 雪菜君! 大丈夫か!」
牙堂は抱き留めた雪菜の健康状態を心配で声をかけると彼女があらぶっていた。
雪菜は眼を赤く光らせる。
それは吸血鬼の本開を発揮する前兆。
「鞍――」
牙堂が止めようとするも遅い。
彼女はもう、牙堂の前から姿を消してイリエナの前に立っていた。
雪菜のしなる手刀が迫る。
「甘いわねぇん」
手刀はイリエナの足場から突き出た黒い刀に食い止められた。
「チッ、眷族!」
「吸血鬼のあなたも従えてるでしょぉん! とはいえ、協力の申し出に来たつもりでいたけど無理そうねぇんっ!」
「あなたたちが先に手を出したのよ」
「何を言うのかしらぁん。そちらでしょぉ、首を絞めてきたのよぉん。キョウヤは私を守っただけ」
雪菜にはそんなのどうでもよかった。
一刻も早く彼に会いたい。
彼を見つけ出し、あの愚かな女から救いたい。
そのためなら何だってする。
「ウァアア!」
牙堂も咄嗟に雪菜を羽交い締めにしてでも食い止めようとして動いたがイリエナ陣営から無数の人が飛びだして牙堂らに襲いかかった。
「交渉できる状況になりそうもないわねぇん。キョウヤ、あなたにこの場は任せるわねぇん。彼らは悪斗を食べるのに邪魔になると思うから消してしまいなさぁいん。――私はカリンと捜索を再開するわねぇん」
「OK、姫。ここは黒衣の伝道者、キョウヤに任せろ」
雪菜はその言葉に反応して彼女に詰め寄ろうとしたがキョウヤが雪菜の前に出張った。
雪菜の蹴りがキョウヤの首を狙うがキョウヤの周りから吹き荒れた風が雪菜の体勢を崩した。蹴りの挙動は崩れて無に帰す。
再度、雪菜は吠えながらもう一度蹴りを放った。
「なにが黒衣の伝道者よ! ばっかじゃないの!」
キョウヤはほくそ笑みながら後ろを見た。
「俺の役目は殲滅、貴様等を消す」
「あんたたちにはいろいろと吐いてもらうんだから!」
二つの勢力の激突が始まった。