悪魔の鬼ごっこ 後編2
赤緑の森林の中へ入った悪斗と敵のジャッカロープの女を背負った桜はさっそく森林の中で異様な光景を目撃した。
蠢く植物たちと奇妙な昆虫類だ。
それは世界のどこにでもいないような造形と色艶をした昆虫。
まず、身体はカブトムシのような甲殻類。だけれども、その色合いは紫色。さらに体格に合わぬ八本足でありながらサソリのような猛毒をもってそうな針のある尾をもつ。
他にも蝶に酷似していながらそれにはカマキリのような鎌をもち、羽は緑色でまだら模様と気色悪い。まるで、蛾ではないかと思うが蛾であるのならば止まった時に羽を開いてる習性があるがその虫は羽を閉じて蝶のように花の蜜をすする仕草をしていた。
さらには足場にはアリに似た昆虫もいた。それはしかし、アリにしてはかなり体が大きい。全長10センチくらいの大きさで4本足。さらには複眼でありまるで異形の化け物といえる。
そんな別世界のような森林地帯に入り込んで二人は後悔した。
逃げ伸びて身を隠すためとはいえその場所はあまりにも不気味な生物たちの巣窟で歩く場所にそのような生き物がうじゃうじゃとわいており背筋に寒気が走った。
特に、桜は何かを知ったかのような素振りで奥に行くのを強く拒否するように顔を顰めて悪斗の手を引いて道を北側から西へそれて移動させる。
「桜さん、またですか? どうして奥を避けようとするんですか?」
「そちらはダメです」
「何か知ってるんですか? 教えてください。ここは一体何ですか? なんでこんなに奇妙な昆虫や植物がいっぱいいるんですか?」
「…………何か知ってるはずないですよ。私は一緒にココに連れてこられた被害者です」
妙な間に悪斗は訝しむ。
彼女は躊躇もなく西側へどんどんと歩を進めた。
進めたはいいがまたしても壁に行きつき行き止まりである。これで3回目だった。
さすがの悪斗も大仰にため息をつきながら空を見上げた。
日も落ち沈み、視界さえ悪くなって今足場で何が起ってるのかわからない。カサカサと何かが音をするたびに悪斗は背筋の凍る思いをした。
「いい加減、この場所から離れないとまずいですって。この場で野宿なんてできませんよ」
「わかってます! だけど、奥へは絶対いってはいけないんです!」
頑なに何かを知ってるかのような言い回しをして拒否をする桜に対して悪斗はさらなる疑心を抱いて彼女をこのまま信用することすら危ぶみ始めた。
「桜さん、あなたをこのまま信じていいんですか?」
「え」
「さっきから、奥へ入ってはダメだと拒否して何か知ったかのような言い回しをしながら何も知らないの一点張りで、意味がわかりませんよ」
「そ、それは……」
「俺はこのまま奥へ向かいますがその前に彼女は渡してください」
桜の背負った敵の女を容赦なく乱暴に奪い去る。
以外にも桜は強引に奪い返そうとする素振りは見せなかった。
悪斗はそのまま彼女の言うことを聞かずに奥へ向かおうとした。
しかし、その時に急に身体全体に重みがくる。
敵の女を背負ったから急に重みを感じたとかではなく全く別の要因。
地に膝をついて奥歯をかみしめる。
「悪斗さん、言うことを聞いてください。そうしないと私、私……」
「さ、桜さん?」
ゆっくりと悪斗は顔をあげて桜の様子をうかがって見上げてみた。
暗く淀んだ瞳でこちらを見下ろす桜。
自分を犯した時に垣間見せたあの絶望に淀みきったかのような表情を浮かべていた。
その彼女は右手をかざしている。
その手は輝いていた。
何かの重力の魔法でも行使しているのだと悪斗は悟る。
「……うぅ……」
そんな緊迫した空気の最中に悪斗の背中に背負われた神楽坂イリエナの仲間の連中の一人、アリカと呼ばれていたジャッカロープの女が身じろぎを起こした。
徐々にその目を開き始めて悪斗と目があった。
背負われてる体制だったためにそうなったといえた。
数秒間、彼女は沈黙していたが自分の状態を理解して喚き暴れ始めた。
暴れだしたがゆえに悪斗は彼女に押し倒される。
「ぐっ」
「目を覚ましたんですね! でしたら、また眠ってもらうまで!」
重力空間の中でさすがのジャッカロープの女、アリカも身動きはうまく取れなかった。
重力に押しつぶされて膝をついたところを桜に押し倒された。
「ひぃ、離して! いやぁ!」
もみ合う二人を見て悪斗は茫然としていたがすぐに止めに入った。
二人の間に割って入り敵であるアリカを庇う立ち位置へ。
それをみた桜が不機嫌そうな表情を浮かべて険しく鋭い眼光をぎらつかせる。
「どういうことですかぁ? アクトさぁん? その女がぁ気にいったとかぁ?」
「早まらないでください! 彼女をまた眠らせてどうするんですかぁ! 今この場で目を覚ましたのならば彼女には自力で歩いてこの場所から一緒に脱出する策を考えてもらうのが得策だと思いますよ! そのほうが荷物はなくなる!」
「協力するわけないでしょ! だってぇこの女はぁ悪斗さんを毒がにかけ――きゃぁああ!」
彼女が怒り心頭に言葉をまくしたてあげていた時だった――
突然として彼女は足を何かにからめ捕られて中空へ上がる。
そのまま宙づりになったかと思えば赤緑いろの植物の蔦が彼女に絡まり始めていやらしく彼女をねぶり始めた。
植物は生きた食虫植物のようであり、彼女を餌として認識したのか彼女に食い込む蔦はどんどんと強くなっていく。
「うそ……力が……奪われて……魔法が使えない……」
脱出するのも困難な状況だと悪斗は視認する。とっさに道端に落ちていた木の棒を手にして殴りかかりに行くが相手は植物でしかも、森林の茂みの中に本体があるのはわかった。
だが、茂みの中の暗がりでは本体がどこであるかすらわからない。
集合した複数の蔦が飛びかかった悪斗へ殺到した。
そのまま身体を切り裂き最後には悪斗の胴体を殴り飛ばした。
吹き飛んだ悪斗の背中を誰かが受け止めた。
それは、敵の女アリカである。
「どういうことかわからないです……けど……協力することが良いはずなのはわかった……です!」
実に物分かりの良い彼女は蔦にからめ捕られた桜をみて、自らの額から生えた角に指を這わせた。すると、突如として悲鳴のような耳障りな音が発生した。
たまらず、悪斗は耳を抑え、桜も抑えることができない状況のために騒音にたまらず叫び声を上げるしかなかった。一瞬のうちにして彼女が気絶したのを見た。
その騒音にビビったのか植物たちは捕縛した桜を解放し茂みの奥地へと消えていった。
落下していく彼女を悪斗は受け止め、アリカを見上げる。
「た、助かりました、ありがとうございます」
「私はただ……状況を見て……判断した……です」
そうする間もなくどこからか『ブーン』という音が聞こえてきた。
今度は何かと思い振り返ると、巨大な緑色をした蜂の大群が迫ってきていた。
その蜂の羽ばたき音で目を覚ましたらしい桜。
「っ! 変色バチ……音につられて来ちゃったわけですか」
「はい?」
桜が何かを知ってるような言葉をいう。
「なんですかソレ?」
オウム返しに彼女に質問したが桜がためらう。
その蜂の正体を知っていたのは彼女だけではなかった。
「どういうこと……です? 変色蜂……この世界に……存在しない」
「え?」
「……私たちのような存在……いるような……昆虫……魔物」
「ま、魔物?」
魔物と言う言葉でピントくる物は漫画、アニメと言った物語に出てくる空想上の化け物のことでしか考えられなかった。
だが、妖怪と言うのが存在しているのだとするのならば魔物がいたっておかしくはなかった。
その結論に至った悪斗はその言葉を信じてどうすればいいかと考え、さらに桜とアリカを交互に見た。
「逃げる」
「はい?」
アリカの判断は早く、解放されたその身は独りでの逃走を開始しようとした。
しかし、その手を桜が強引に掴み引きとめ抑えた。
「あなたは捕虜ですから逃がさないんですよ。逃げるなら一緒ですから」
「離して……捕虜にはならない……です」
「なら、あの蜂の群れにあなたを投げ込んでもいいんですか?」
「っ! それならっ……私……音で仲間を呼ぶっ! 数分……すれば……仲間来るっ」
「ふーん、ならなんで今それをしないんですか? 魔物まで引き寄せることになるからですよね?」
二人による議論がなされた。
議論の結果は言うまでもなく桜の勝利だ。
桜の的確発言は的を射たことだった様子。
しぶしぶ、アリカは彼女に従うのを決心したように逃走をやめた。
「で、でも……暗闇の森……なぜここに? これ……私たち異形の存在のいる……世界の門と人間のいる世界の門を繋げた時に生じる現象……起こる……その森がこの場にあるのおかしい……。それ……誰かが……門を出現させたとしか思えない……です」
悪斗の耳にはうまく彼女のことが聞き取ることは叶わなかった。
蜂の羽音に気をとられすぎていたのだ。
「な、なんですか!? 羽音でよく聞こえないです!」
「悪斗さん、気にしないでいいです! 敵の発言なんて気にしているだけ無駄ですよ!」
「で、でも……」
「それより、すぐそこまで来ているんです!」
桜はそのまま悪斗の手を取って、アリカにも呼びかけを行い東に進んだ。
「ちょっと、桜さんこんどはそっちであってるんですか!」
「あってるんですよ。さぁ、アリカあなたは背後の魔物の監察をよろしく頼みますよ」
「指図……ムカつく……です」
アリカは一方的にそう告げ、桜と悪斗と肩を並べ逃げる。
ふと、アリカは背後を追いかけるようについていくが妙に思えた。
(さっきの言葉、エルフの女、人間に聞かせたくないように見えたです)
もしかしたら、彼女は何かを企んでいるのではないかと不気味に思えた。
それは人間の彼でさえも騙している思考。
果たして彼は彼女を本当に信頼して大丈夫なのだろうかと。
(って、私には人間がどうなろうと関係ないですけど)