悪魔の鬼ごっこ 後編1
鬼ごっこ編 後編のみ2部構成になってます。
あれから数時間が経過した頃合い――
悪斗は走って鬼熊の男から命からがら逃げのびていた。
鬼熊があたりをきょろきょろしながらこちらを探す姿を目にしながら悪斗は物陰に隠れて地中を掘り進める。
崖先の手前の地中をどんどんと堀り鬼熊の彼の片足が埋まるくらいの程度になったところでわざと鬼熊の彼の前に飛び出した。
手には地中を掘るために使った金属片。
どうして、そんなものが落ちていたのかがわからぬまでもそれは今この場を切り抜けるためにとても使える道具なのは変わりない。
それを刃物のように扱い刃先を向けた。
「おいおい、そんな武器で俺のこの巨体に穴でもあける気かって話だぜ。わらえるぜ」
そのまま踵を返して後ろに向かって走った。
先ほど掘った場所まで一直線に向かう。
「あ、こら待ちやがれ!」
目の前に見えてきた崖下を滑りおりる。
高さは約4メートル。
下手をすれば死ぬ。
うまくいったとしても足首を骨折もしくは運が良ければねんざ程度で済むのを覚悟の勢い。
鬼熊からは突然に目の前から消えたと見えているだろうことも悪斗の頭では計算の範囲内の行動である。
悪斗の存在を探すために勢いよく足場など気にせず突き進む。
そのまま足場に気を配らなかった彼。
「うぉあああああ!」
足が何かに取られた。
掘った穴に見事に躓いた。
そのまま前のめりになって崖下に落ちていく。
悪斗が立って金属の破片を構えていた。
すべては計画通り。
鬼熊の男が瞠目した。
「死ねぇえええ!」
顔面にぐさりと突き刺さる。
それは脳天まで貫通し鬼熊の彼は即死した。
「はぁはぁ」
即座に彼の体重に押しつぶされると同時に足の痛みが急激に襲った。
「ぐぅっ……」
着地と同時に足をやっていたが決死の思いで立ち鬼熊に止めを刺す信念が功をかなした。
足を抑えて骨が完全に折れていたことが分かった。
「このまま歩くことは難しいか」
ふと、崖の上で自分を呼んでる声がした。
「桜さん?」
だが、もう一度この崖をよじのぼるのは難しい。
それに声を出すのもはばかられた。
神楽坂イリエナの軍団に見つかりでもしたら非常にまずい。
「どうやってしらせる?」
ふと、足場の鬼熊の彼の死体が目に付いた。
彼の身体をまさぐって何か道具がないか探す。
「ん?」
それは大事に持っていたのだろう腕時計。
表面のガラスは砕けて秒針も止まっている。
つまり、壊れてしまっていた。
彼がそれを大事に持っていたのは大体想像できる。
こんな土地で時間間隔を少しでも忘れないようにすることだろう。
人にとっての年月はそれだけ大事なことだ。
どれだけの月日が流れたかを正確に覚えておくため。
悪斗たちはココに呼び出されたときに携帯一つとして持っていなかったのだ。
だから救援も呼べないし時間間隔もつかない。
土地ですらどこにいるかわからないこと。
その中で彼は唯一この時計を持っていたことに安心したんだろう。
彼の時計の秒針は夕刻の16時で停止していた。
日付もあの遭難した日から三日は経過している。
「あれから三日も経過しているか……ははっ……うっぷ」
冷静さを取り戻すと彼を殺した罪悪感がぶり返して吐き気に襲われる。
早鐘を打つ心臓。胸元を押さえこんでどうにか深呼吸をする。
ここで食ったものを吐いたら貴重なエネルギーを台無しにしてしまう。
それだけは避けねばならないことでどうにか吐き気を飲み込んだ。
「正当防衛だ……悪くはない……そうだ……落ち着け」
死んだ彼に黙祷をしながら腕時計を思い切り振りあげる。
夕刻の日に腕時計のガラス片が反射した。
腕時計は乾いた音を立て足元に落ちる。
すると、崖上の木々の中に紛れ込むような木枯らしの音がした。
「悪斗さん?」
「さ、桜さんこっちです!」
極力声を抑えて崖上にわずかに聞こえた桜に向けて悪斗は声をかけた。
崖上からひょっこりと顔をのぞかせた彼女の顔を見てほっとする。
その時に、桜の背に背負われた人物の存在に気付いた。
それは自分たちを襲っていた男女4人のうちの一人。
「その人を人質にしたんですね。よく、連れたままココまでこれましたね」
「これくらい愛する旦那のためならどうってことないです……あの、今助け――」
「いや、桜さんもこっちに降りて来られますか? たぶん、上よりも下に逃げた方が安全かと思います」
「た、確かにそうですね」
ちょうど、この崖は森林に囲まれた個所で目につきにくい場所。
崖淵は右向きのU字で形成されておりその崖上が森林で囲まれた地帯。
その崖下は更地であるが悪斗の右手の奥を見るとさらに森林の道が続いている。
「ヴィント!」
崖上にいた桜は何か呪文のようなものをささやくと瞬く間にどこからか風が芽吹き彼女を包み込んだ。そのまままるで魔法のごとく宙に浮き上がらい彼女は降下してくる。
ふわりと、ぼろぼろのスカートがひらめきゆっくりと着地する。
一瞬見えてしまった下着にどきりとした悪斗は目線を反らしながら奥を見た。
「桜さん、一つ提案としていいます。このままあちらの方に逃げて森林の中にまぎれませんか? 安全ではあると思うんです。いくら彼らが化け物で鼻が効いていたりしたとしてもこの島では隔絶されたかのような森林の中にまぎれれば見つからないんじゃないかと」
奥に見える森林は隔絶されたという表現にまさにあっていた。
なぜか、空気があきらかに重く感じさせる不穏さを醸し出していた。
今までいた森林とはなにかが違う。
そう、おもわせる。
森林の色と言えば通常、緑だろうがその森林だけは異様な赤緑のような色合いをしていた。
「あの森……」
「桜さんなんか知ってるんですか? エルフの伝承に伝わる何かとか?」
「いえ、知らないです。でも、その案にのりました。あの森ならば身を隠すのに最適でしょう。でも、何があるかわかりませんから私の指示に従ってくださいね悪斗さん」
「わかりました」
悪斗と桜は二人してその薄気味の悪い森の中に足を踏み入れて行った。
続きは来週です。