悪魔の鬼ごっこ 中編
騒々しい足音が辺りから聞こえながらも悪斗と桜は木陰に息を殺して身をひそめていた。
がさがさと探す神楽坂イリエナの軍団たち。
厄介なのは彼女の軍団はどれもが肉食の獣たちであり鋭敏な五感をもっていた。
息を殺していたとしても匂いに感づいてしまう者もおり、悪斗と桜はまたしても駆けださねばならない。
「いたぞ! 追え!」
「逃がすか人間がぁ!」
「肉だぁ! 肉ぅう!」
悪斗は歯噛みしながら手を引く彼女を見た。
桜はどこか逃げるのをひどく嫌になるように顔は険しい。
足のペースを次第に合わせなくなり立ち止まる。
「さ、桜さん!?」
「悪斗さんはやっぱり逃げてください! 彼らの目的はあくまであなたですから私に危害を及ぼすことはないです。ですから、私が彼らの足を止めて悪斗さんの逃げる時間を稼いでみます」
「や、やめてください! 危害を及ぼさないなんて絶対ありえません。彼女の軍団は正気の沙汰じゃない。俺を逃がした桜さんになにをするかわかったもんじゃない」
「でも、私はあなたの妻になったのですから夫を守るんです!」
「妻って……俺たちは結婚すらしてないじゃないですかっ! そんなバカを言ってる場合では……」
悪斗はただ現実的なことを指摘して口走る。
それが逆に彼女の精神を壊れさせてしまう要因になった。
瞳に影が差し込み眼には涙を浮かべて身体を震わせ始めた。
直感で悪斗は自らが地雷を踏んだことに気付いた。
まずいとわかったときには遅い。
戦慄いた彼女は悪斗を見た。
彼女の手が自らの首を絞めにかかった
「っ! あ、悪斗さんは私のことを嫌いなんですかっ!」
「い、今その話をするんですか!? そんな状況では――」
「嫌いなんですね……だったら、あなたを殺して私も死にます」
「だぁああ! 好きです! 大好きですから殺さないでください!」
瞳に光が戻った。
明らかな精神的不安定な彼女の扱いにどっと疲れた。
逃げるのも徐々にあきらめの境地に入る。
ついには追いつかれた。
神楽坂イリエナの軍団の4人の男女が周囲をとりかこんだ。
「やぁっと追いついたぞ」
「フェフェッ、いいねぇいいねぇ、この女おらが頂くぞ」
「さいってー! これだから男って……。まあ、この人間の男には興味あるから私は味見させてもらうから女はどうでもいいか」
「味見なんていけないよぉーカリンちゃん」
男女4人はそれぞれ年齢もバラバラ。
だが、仲間意識は強いように感じられしっかりと統率力のなされたような間合いをとって四方から囲んでいた。
この島で出会った者たちを一瞬で従わせ、統率性を維持してる指導者神楽坂イリエナ。
彼女の存在はこの島では強大なものを見せてくれている。
尊敬すら抱くそのリーダー性に少しでも優しさがあれば争わないで済んだかもしれない。
「悪斗さんは逃げてください」
「だから、それはいやですよ。一緒に桜さんも逃げるんです。俺の妻なんでしょう?」
「そうです」
「だったら、夫である俺を一生そばで支える義務があると思うんですけど」
「っ!」
悪斗は適当な言葉を並べて取り繕ってみた発言が思いのほか効き目があったことに少々安堵を浮かべて追い打ちをかけて彼女に説得を試みる。
「だから、ここは一度一緒に彼らを撃退して逃げるんです。だけど、桜さん注意してください。俺たちは殺人鬼じゃない。殺しはしないようにしてください」
逃げるという趣旨は置いておく。
今の現状を鑑みて悪斗は最善の策を提示した。
そして、保険をかけて彼女には殺しをしないように促す。
この島において散々見てきた怪物たち。
つまりは悪斗意外の者たちの規格外の強さは人を簡単にあやめる強さを持っていたことをしっていたからこその保険的言葉。
彼女に人を殺めてほしくはないという悪斗なりの気持ちでもある。
「ハッ、俺らを撃退とかマジ無理だぜ」
「フェフェッ、逆に返り討ちで犯しちゃうよぉ」
「はぁー、その口閉じてろよ松前! 当初の目的忘れず彼を捕縛するよ。女は殺すから」
「カリンちゃん、捕縛した後に手出しちゃだめだよ」
「えー」
「カリンちゃん!」
「はいはい」
4人の中では女二人は何とも仲睦まじい間柄のように会話をしている。
(あの二人の関係を逆手に取れないだろうか?)
邪悪な考え方だったがこの方法しか策はない。
「桜さん、あの二人のうち一人を人質にとって逃亡することは可能ですか?」
「人質ですか? 可能ですけど……彼女はジャッカロープというウサギの妖怪ですから少々手間取りそうです」
「でも、可能なんですね?」
「はい」
「なら、俺が彼らを引きつけますからその内に彼女を捕縛に専念してもらえますか?」
「え? でも、悪斗さんそれは危険です! 彼らは悪斗さんと違って怪物ですよ!」
「わかってます。だけど、俺は昔からこの手のオカルトに悩まされてきた男ですから相手の弱点はある程度把握して動けるかもしれませんから大丈夫です」
「え? 一体なんの話を‥‥」
彼女のことを無視して悪斗は駆けだした。
まず、男たち二人の間に入った。
一人は顔に魚のようなひれがあり鱗まみれ。そして、四肢が魚類のようなヒレのついた手足をしており尾びれもついている。特に尾びれは針が卸し金のように無数にあった。
触れたらただじゃ済まされない。
二人目の男はまるでクマのような図体をした顔と体をしていた。
だが、人間の面影も所々ある。
その二人の男の特徴を見て過去に読んだ妖怪百科事典の記憶をたどった。
昔から見えてしまったこの目を恨んでいたが最初の時期は付き合う覚悟や幽霊の困りごとを聞く癖があってその手のオカルト小説を悪斗は読みふけっていた過去がある。
(その時期が役に立つ日が来るとはな)
ある妖怪の名前を思い出した。
『絵本百物語』という江戸時代の奇談集。
それに記載されていた妖怪にいた。
ワニの方は海に生息している存在だが他に思いつかない。
クマは確信を持ってそうだと考えた。
「磯撫でと鬼熊か」
「「っ!?」」
二人の間に入った悪斗に二人が猛威を振るおうとしていた腕をストップした。
ただの人間が突如として口にしたのは自分たちの正体。
それを言われて驚くなと言う方が無理があろう。
すべてが予測通りの行動。
「な、なんだと?」
「おまえ、オカルト趣味でもあるんかい?」
「あんたらに教える気はないよ!」
そうした隙を作った悪斗はまず、『磯撫で』の男の顔面に蹴りを入れる。それは彼がサメやワニといった肉食魚類に系統した存在である弱点と考えた攻撃。
肉食魚類は主に嗅覚で獲物の動きを敏感にとらえる。
何よりも敏感な感覚器官でもある。
だから、急所となりうる。
それが妖怪にも同じことは言えるかどうかは定かではない作戦。
「がぁっふぇ!」
「よしっ!」
見事にあたりで彼は一発で後ろへ倒れた。
「何してるんだぜ!」
「次はお前だ!」
そう言いながら悪斗は一人駆け出した。
計画通りに宮永桜を置いての素早い行動。
どこかへ遠くへ走って行ってしまうが桜を一瞬だけ振り返り見てウィンクした。
それをアイコンタクトで桜も理解する。
「へぇー、あんた見捨てられてるじゃん。なぁーにが妻だっての。あは。離婚の危機ってやつぅ?」
「カリンちゃん、いくらなんでもかわいそうだよ」
「あのね、アリカ。あんたは敵に対してまで気使う必要ないって理解しなさいよ」
桜は二人の存在を注意深く観察する。
仲の睦まじい二人であっても両者は種族は別。
大好きな夫である悪斗を味わうということを言った女、カリンと呼ばれている彼女の姿は手足が馬のようでありながら他は人間のそれと変わらない容姿をしている。
だけど、その人間の容姿はあまりにも美しくあった。
切れ長の瞳やすっと整った鼻筋、小ぶりな唇、色白の肌、艶やかな黒髪に洗練されたプロポーションスタイル。
それぞれがモデルのように整っていた。
妖艶さをもった姿と馬の手足を見て種族は割り出せる『丙午』それが彼女の正体。
そして、捕縛対象の少女、アリカと呼ばれていた彼女もまたかわいらしいアイドルのような素顔と抜群のスタイルを持っているが人間とは異なる物も持ち合わせている。それは頭部から生えた耳と額から生えた角である。
それが西洋の悪魔の象徴たる『ジャッカロープ』の正体を物語る。
「丙午とジャッカロープ。東欧と西洋の妖怪ですのにずいぶんと仲がよろしいんですね」
「だったら、なんだい?」
「仲が良くて悪いんですか? 国壁とか種族の壁とかもう時代遅れです。私たちは親友です」
「そうですか‥‥私にはそんな風に言ってくれる人はいませんでしたよ!」
過去を思いながらエルフの桜は左掌から光の弾丸を打ち出した。
それは二人の間を引き裂くように着弾した。
二人は一度距離を離れてばらけて動き出す。
それを狙ってジャッカロープのアリカに向かい桜は動いた。
彼女の後ろに陣取るとその足を光の輪の拘束具で捕縛して転倒させる。
足の速さでは追いつけずとも足止めはできる。そのまま彼女の体を担ぎあげ疾走した。
「なっ! アリカをどこに連れてく気よ! 待ちなさい!」
「待ちません!」
エルフの特性たる、魔法を駆使して木々を操り彼女を絡め取って木に宙づりにした。
「まちなさーい!」
彼女の嘆きの声を背後から聞きながら桜は急いで悪斗の元に向かった。