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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第二章 内羽一族の秘密
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藤原君と四天王のみなさん

 ちなみに藤原君のその事件。


 あたしも詳しくは知らないんだけど、体育館の建て替え工事の時、藤原君と仲のよかった『吉永さん』という女の子が大怪我をしてしまったという話だった。

 解体作業中に足場が倒れてきて、その下敷きになったらしい。その時に頭を強く打ったらしく、彼女は今も意識不明のまま病院に入院しているそうだ。


   †


 ちなみに藤原君もその場に一緒にいたらしいのだが、彼はかすり傷一つ負わなかったという。

 このことでいろんな噂が流れた。

 もちろんひどい噂ばかり。


 藤原君は乱暴だしヤンキーだし、あたしは好きでも何でもないけど、立ち直ってほしいとは思っている。友達が壊れていくのを見るのはとてもつらいものだから。


 あたしは藤原君の空っぽの席を見るたび、なんだか切ない気分になる。


   †


 しばらくしてチャイムが鳴り、担任の小早川先生が教室に入ってきた。


「……おはよう。出席をとります」

 ニコリともせずに、それだけ。なんとも暗い先生である。

 あたしたちの担任で教科は歴史。


 いつもくたびれたスーツ姿で、白い靴下にサンダル履き。頭はいつも寝癖がついているし、ダメダメ感がオーラのように全身にまとわりついている人。

 しかも今日は具合が悪いのかマスクをつけていた。


   †


「インフルエンザがはやっているそうなので気をつけるように。かかったと思ったら病院に行って休むように」

 ボソボソっと一気にしゃべる。


 すると、

「だったらまずテメェが休めよ」

 ヤジを飛ばしたのは藤原君の仲間の一人『クサナギ君』。体は小さいんだけど、態度も声もでかくて、とにかく喧嘩っ早い。

 いつも先生を挑発してからかっている。


「はい静かにして」

 先生はそう言ったけど、クサナギ君がまったく聞く耳を持たないことは承知している。もうおなじみの光景なのだ。ほとんど学級崩壊という事態なのだ。


「静かにしてんだろうが!」

 とクサナギ君がわめく。ほんとウルサい。


   †


 それから小早川先生は出席簿をとりだし、チラッと藤原君の空席を見た。

 そういえば小早川先生はよく藤原君の席を見ている。やっぱり心配なのかな? と思わないでもないんだけど、小早川先生の場合は違う気がする。なにか後ろめたいことがあるような、そんな感じに見えるのだ。


 それからどういうわけだか、今度はあたしの事をチラッと見た。それはほんの一瞬だったけれど、あたしも先生を見ていたから、一瞬ばっちりと目があってしまった。


 なにか言ってくるのかな? と思わせるような沈黙があったけれど、それからフイッと視線をそらせていつものように出席簿の読み上げを始めた。


 まぁホントいつものこと。その間、クサナギ君はずっと大声で騒いでいて、クラス全体がざわめいていて、携帯電話があちこちで取り出されて、先生はなにも聞こえないような態度をとり続けていた。


 これがあたしのクラスの日常だった。

 

   †


 それから二時間ばかり授業が続き、ようやく中休みに入った。女子も男子もそれぞれのグループに固まり、さらに騒ぎは大きくなった。ほんとみんな若いから、大きな声でしゃべるし、よく笑っている。


 あたしはといえば、マーちゃんの席に行って、なんとなく二人でいて、大騒ぎしているみんなを眺めるのだった。


「さっちゃん、なんか調子悪そうだね」

 さっちゃん、というのはあたしのこと。


「うん。昨日夜更かししちゃってさ。寝不足なんだよね」

「なんかクマできてるよ」


「まぁね。寝癖もひどいし」

「インフルエンザ、はやってるみたいだから。ちょっと心配しちゃった」


 マーちゃんは本当に心配そうな顔をしていた。マーちゃんは本当、優しい子。


   †


「そういえば先生もそんなこと言ってたねぇ」とあたし。

「結構、かかってる人いるみたいだよ」


「そうなの?」

「うん、ウチに来てる人たちがそう言ってた。それもね、すごい勢いで増えてるんだって。マスクしてる人、よく見かけるし」


 マーちゃんの家は教会だから、いろんな人が出入りしている。しかもこの町の半分以上の人がキリスト教徒なので、マーちゃんは町の情報をよく知っているのだ。


「でも、こんな田舎で、接触もほとんどないのになんで広がるんだろ?」

「そうねぇ……」


 マーちゃんはそこでちょっと言葉を切った。それからちょっとメガネをなおした。

 キラリとメガネが光った気がするが、たぶん気のせい。マーちゃんの雰囲気が変わったせい。


「たぶん、なにかが起きている……とびきりの事件がね」


 マーガレット・メイ。

 彼女は無類の事件好きにして、推理が大好きな女の子なのだった。


   †


 そして昼休み。


「誰かがウィルスをばらまいているのよ」

 マーちゃんは机に紙ナプキンを広げながら、いきなりそう言った。あたしも隣で弁当の包みを広げる。


「誰が?何のために?」

「たぶん政府がらみ。この町で生体兵器の実験が極秘に行われてるのよ」


 そう言ってマーちゃんはニッコリと笑う。

 もちろん本気で言ってるわけではない。マーちゃんはそう言う話が好きなのだ。


「よくあるパターンかな」とあたし。

「だよねぇ、想像の翼がぜんぜん広がらないの。だってただの風邪なんだもん」


 マーちゃんのお弁当はお父さんが作るからたいてい紙袋に入れたサンドイッチとフルーツだ。あたしはお母さんが作る純和風弁当。

 で、あたしたちはたまにそっくり弁当を交換する。今日がその日だった。


「やっぱりさっちゃんのお母さん、料理の天才だわ、この卵焼き、たまんない」

「マーちゃんのパパだって、天才シェフだよ。この具の組み合わせが、すごいよ。アボガトとかエビとか、ナッツとかさ。こんなのスーパーに売ってたっけ?」


 お昼ご飯はいつも楽しいひととき。


   †


 だが同時にウルサい一時でもある。

 それは藤原君の仲間がほかのクラスからも集まってきて大騒ぎをするからだ。


 ちなみにこのグループ、『藤原君と四天王』と呼ばれている。

 ダサいと思うんだけど、四天王の人たちは自分たちでもそう名乗っている。ま、中学生だからね。


「あんだよ、藤原また休みかよ」

 四天王の一人『マザキ君』。ちょっとカマキリを思わせる人で、いつもナイフを持ち歩いている。今もチャキチャキと得意になってバタフライナイフを回している。


「ぜってーバイトだよ。あいつ金になるならなんでもすっからな」

 うちのクラスのちっちゃい『クサナギ君』。藤原君の机にひょいと腰掛ける。

 態度だけは大きくて、靴を机の上に載せちゃってる。


「そういう言い方、よせよ。あいつ、事情があるんだよ」 

『ゲンジ君』がそういうと、みんな少し黙る。ゲンジ君は体格がよくて、見るからに喧嘩が強そうな人だ。噂では空手をやってて、藤原君よりも強いらしい。でも普段は無口であんまりしゃべらない。

 ちなみにゲンジ君はいつもあたしの机に座ってしまう。だからあたしは自分の机で弁当を食べられないのだ。


「なぁ、それよりメシいこうぜ。腹減ったよ」

 四天王最後の一人は、ぽっちゃり体型の『アラガワ君』。

 ちなみに背も高いから、ちょっとスマートなお相撲さんみたい感じ。


   †


 ずいぶんと個性的な四人だが、いっつも藤原君のところに集まってくる。


 藤原君はカリスマ性というか、人を引きつける魅力があるのだ。

 たまにそういう人がいる。藤原君がまさにそれだった。


 ちなみに四天王のみなさんはそのまま昼休みいっぱいをそこで過ごす。

 そして昼休みが終わる頃に勝手に出かけて、たいていは戻ってこない。


   †


 さて。なんのかんので、学校が終わったのは四時半。

 帰宅部のあたしとマーちゃんはものすごいスローペースで、分かれ道までトボトボと一緒に帰る。


 これもいつものこと。その間にいろんなどうでもいいことを話す。

 分かれ道の十字路にさしかかる頃には山に夕陽が隠れようとしている。


「じゃーね、マーちゃん、また明日」

「うん。また明日ね、さっちゃん」


 そこで別れてから、さらにスローペースで家まで歩く。家が嫌いなわけではない。ただただ歩くのがめんどくさいのだ。

 その間に夕暮れのオレンジ色がどんどん薄くなって、頭上には筆でサッと書いたみたいに黒い夜空が現れ、その境界線では銀色の星粒があちこちで瞬きだす。


 あたしはこういう瞬間を見るのが好き。

 世界は美しいなって心からそう思える。


 そして五時半。あたしはようやく家にたどり着く。


 これだけで結構疲れてしまう。ふぅ。


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