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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第一章 若君のお目覚め
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若君との語らい

「キャアアア!」


 瞬間、あたしは今度こそ思いっきり悲鳴を上げた。

 理性のスイッチがふっ飛んでしまった。

 だって死体にいきなり怒鳴られたら、普通そうなるでしょう。

 悲鳴の一つや二つあげるでしょう。


   †


 でも実際に悲鳴を上げたのはあたしだけ。


「あら」

 母さんはちょっと口元を隠してそう言っただけ。

 いつもと変わらないおっとりした態度。


 父さんはまたすごかった。

「ふ、ふぇぁ」

 父さんは意味不明な声をもらし、どういうわけか背中をスッと延ばして棒アイスのように固まり、そのまま横にドサリと崩れ落ちてしまった。


 あたしは人が気を失うのをはじめて見たのだが、それはなかなか衝撃的な光景だった。


   †


 それはそうと、思いっきり悲鳴を上げたことで、あたしは妙に気が落ち着いた。

 なんだか考える余裕まで出てきた。


 そう、最初から驚くようなことではなかったのだ。


 これはつまり『()()()()()()()()()()()()』なのだ。


 なんで棺桶で眠っているのかは別として。


   †


「いったい、ワシをいつまで待たせるつもりじゃ!」


 その青年は棺の中から上半身だけむっくりと起き上がった。

 かなり上背がある。体つきは細かったけれど、かなり鍛えられている感じ。後ろでひとつにまとめた髪は、馬の尻尾みたいにつやつやして長かった。


「……まったく、また眠ってしまうところだったぞ」

 それから青年はゆっくりと棺から立ち上がり、ドンと日本刀を立てた。

 そして台の上からあたしと母さんをジッと見下ろした。


   †


「ひょっとして、あなたが若君様ですの?」

 母さんがその青年をその見上げながら尋ねた。


「うむ。いかにもそうじゃ。ワシが()()じゃ」

 その青年は自信たっぷりにそう宣言し、にんまりとした笑顔を浮かべた。


(普通、いい大人は自分の事を『若君』とは呼ばないと思うんだけどな)

 とは思ったが、もちろん口にする度胸はなかった。


   †


「いやぁ、今回はよく眠ったわ」


 その『若君』は台の上からひょいと飛び降りた。

 それから首をググッと曲げて伸ばし、肩をグルグルと回した。それでも足りないらしく、背中を伸ばし、とにかくありとあらゆる筋肉を伸ばした。


 どれだけ寝ていたか知らないが、ずいぶんとコッテいたらしい。


「それにしても、ずいぶんと主君を待たせてくれたものよ」


「すみません」あたしと母さんはつい謝ってしまった。


 この青年にはなんかそういう迫力というか、()()()()()()が実に自然に身についていた。

 じっと見られていると、なんだか小さくなってしまいそうになる。


「まぁよい。今回は許す」

「ありがとうございます」


 あたしと母さんはホッとため息を漏らし、あらためて間近に若君を見上げた。

 意志の強そうな大きな瞳、すっきりとした鼻の線、顎はがっしりとしてたくましい。その顔にはりりしさと美しさが絶妙のバランスで共存していた。

 とても同じ人間とは思えないような、まるで別の存在のような完璧さがあった。


「ところで、おぬしたちは無論(むろん)、内羽の者であろうな?」


   †


 それにしても、若君の言葉遣いはずいぶん妙だった。まるっきり時代劇の人だった。それに態度も殿様風が板についている。

 まだ若そうなのに時代劇マニアなのだろうか?

 侍の格好して。日本刀まで持ったりして。


 とはいえ、そんな格好をしている割に、実はあまり違和感を覚えなかった。

 話し方はもちろん、着物の着方にしても、その態度、物腰までが実に自然だった。

 まったく芝居をしているという感じがなく『生まれたときからこうですよ』という自然さがあった。


   †


 そんな雰囲気が母さんにも伝染したのだろう。

 母さんもなんだか時代劇のように若君に答えた。


「はい。内羽の者にございます。わたくしは清兵衛の妻『かえで』、こちらは娘の『さつき』にございます」


「そうか。ではさっそく、屋敷まで案内(あない)してもらおうかの」


「はい。かしこまりました。では、さつき、まいりましょうか」と母さん。


「は、はい。おかあさま」と思わずあたし。

 なんだかあたしまで時代劇言葉がうつってしまった。


   †


「ところで……」

 若君はそういって、刀の先を地面に向けた。

 もちろん刀は鞘に収まっている。

 その鞘で指していたのは、床にのびている父さんだった。


「……こやつが内羽の当主か?」

 刀の先で父さんのわき腹を突っつく。

 が、父さんはピクリともしなかった。

 完璧に気を失っていたからだ。


「その……」母さんは小さな顎に指をあててしばらく考えた。

「……たぶん、そうではないかと」


「まったく、だらしのないやつだな、内羽の男はいつもこうじゃ」

 そう言いつつ、若君は帯に刀を差して、父さんの横にかがみんだ。

 そして、ぐんにゃりした手を肩に回し、そのままひょいと肩の上にかつぎ上げる。

 それも軽々と。まるで洗濯物でも取り込むように。


「では行こうかの」

 かなりの重さのはずだが、若君は涼しい顔でそう言った。


   †


 それからあたしたちは赤蔵を出て、来た道を家へと引き返した。


 道案内の母さんが先頭、父さんを担いだ若君が続き、あたしが一番後ろだった。

 ちなみに父さんは気を失ったまま、若君の背中で両手をプラプラと揺らしていた。


「ここはまったく変わっておらんなぁ」

 若君は竹林に入ると、嬉しそうな声でそう言った。

 途中で細い枝を折り、子供みたいにそれを手にした。


「竹の手入れもなかなかに見事じゃ。褒めてつかわすぞ」

 若君は急にくるりとあたしを振りかえり、ニッと笑ってそう言った。

 その笑顔のまたステキなこと!


「は、はい。ありがとうございます」

 とは返事したけど、竹の手入れをしてるのはあたしじゃなかった。

 いつもじいちゃんが一人で、黙々とやっていたのだ。

 手伝ったことすら一度もない。


 つい、嘘をついてしまった。

 これはきっと乙女心のせいよ、許しておじいちゃん。


   †


「それに……」

 若君はずり落ちてきた父さんの体を担ぎ直しながら言った。

「……内羽の当主が代々頼りないのも、ちっとも変わっておらん」


 若君はハッハッハッと高らかに笑った。


 母さんとあたしもなんとなくホホホと一緒に笑ってしまった。

 なんとも不思議と楽しい気分だった。こんなにもかっこいい人が笑顔を向け、楽しそうに話しかけてくれる。たったそれだけのことが妙に嬉しくなってしまうのだ。

 それぐらい、若君の美貌は破壊力抜群だった。


   †


「まぁもっとも……」

 若君はそう言葉をつなげた。


「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そしてまたハッハッハッと笑った。


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