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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第七章 神のいない教会
57/130

寝過ごしたかな?

 なんだったんだろう、今のは?


 あたしはしばらく、藤原君のいた空間を見ていた。藤原君はホント一瞬で消えてしまった。手品のように、テレポーテーションのように。それはなんだか夢の中の出来事だったような、幻を見ていたような、不思議な感じだった。

 でも、あたしの手の中には、ちゃんと藤原君の財布があった。


   †


「やるって言われてもさ……もらうわけないでしょうが。あいつの方がメンドクサいじゃん」

 なんて一人でブツブツ言いながらも、つい好奇心で財布を開いてみる。


「げっ」

 一万円札がぎっしり詰まっていた。たぶん三十万円くらい。いや、もっとかな。


「アイツ、どういう生活してんのよ。なによこれ?」

 財布には学生証も入っていた。それから保険証と、中学生なのにクレジットカードなんかも入っている。どれも大事な物ばかりだ。これじゃますます返しに行かないといけない。


   †


「てか、月曜日に学校で返すしかないな」

 やっぱり一人でブツブツ言いながら山道を下ってゆく。

「……ホントめんどくさい!」


 そういえば『明日の日曜日までにこの町を出ろ』なんて妙なことを言ってた。なんでそんなこと言ったんだろ? たしかに藤原君の言葉は気にはなるんだけど、実際にそうするかと言えば出来そうもない。そうしなきゃいけない理由も分からないし、家族を説得するなんてまぁ無理な話だし。


「できるわけないじゃん……」

 やっぱり独り言を言いながら歩く。

「……できるわけないよ」


 そして再び若君のことを考え始めた。


   †


 あたしは三時頃に家に着いた。


 そのまますぐにシャワーを浴びて、それから自分の部屋に戻って服を着替えた。帰る途中にコンビニで菓子パンとペットボトルの紅茶を買っておいたので、夕食前だったけどそれを食べた。それでなんとなく落ち着いたので、ベッドに寝ころび天井を見上げてボーっとした。


 なんかいろんなことがあったなぁ。ナナちゃんの家に行って吸血鬼を見つけて、教会に行ってマーちゃんの濃いパパに会って、まだ夢みたいだけど藤原君にも会った。


 ホント忙しくてバタバタした一日だった。

 だけど、まだ終わってない。


 これから若君と対決しなければならないのだ。たぶんもうすぐだ。あと一時間もしたらこの部屋のドアがノックされ、若君が現れるだろう。いつもの散歩にあたしを誘うために。


   †


 まずは若君にきちんと聞いてみよう。あたし以外の、誰かほかの人の血を吸ったのか? その答え次第では若君と対決することになるんだろうけど、とにかくまずは聞いてみなくちゃ。

 全てはそれからなのだ。


 なんてことを考えていたら、あたしはいつの間にか眠り込んでしまった。自分でも気づかないうちに体中の力が抜け、スイッチが切れたように眠ってしまった。


 そして……


 コンコン……


 静かにノックの音が響く。


   †


 あたしはゆっくりと目を覚まし、自分が眠っていたことに気が付く。

 部屋の中はいつの間にか真っ暗になっていた。


 コンコンコン……


 再びノックの音が響く。同時にあたしはドバッと覚醒し、ベッドの上に起きあがった。しまった! 寝ちゃってた! 寝ているうちに若君と対決する覚悟も消えていてから、必死にそれをかき集める。


 コンコンコン……


 う……そろそろ、怒鳴られる頃だ。でもまだ覚悟が集まってない。それを集めるまでちょっと待っててほしいんだけど、ああ、でも怒鳴られる前にあけないと……


「はい。はーい、今、あけます」


 仕方ない。あたしはドアノブを握りしめ、それからガチャリと扉を開けた。


   †


「姉ちゃん、寝てただろ!」

 新兵衛だった。()()()()()()()だった。

 ビビって損した。あたしのこの悲壮な決意をどうしてくれんだ!


「なによ! なにしにきたのよ!」

「ねぇ、若さん、しらない?」

 新兵衛は剣道着姿で、竹刀に防具も持っていた。

 ということは、もうそんな時間なのかな?


「ねぇ、今、何時?」

「もう七時だよ。急がないと遅れちゃうんだよ。ねぇ、若さんどこにいるの?」


「今日は散歩に行かなかったのよ」

「なんだ、そうなんだ……どうしたんだろ? ま、いいかぁ。俺さ、先行ってるから、若さんが来たらそう言っといて」

 新兵衛はそう言うと、あわただしく走って行ってしまった。


   †


 あれ? 今日は、来なかったのかな?

 それはそれで、なんとなくホッとした。


 それともやっぱり、あたしがただ寝過ごしただけなのかな?

 たぶんそっちのような気がするな。


   †


 それからあたしは居間に降りていった。

 父さんはまだ帰ってないけど、ちょうど夕食を始めるところだった。父さんと新兵衛以外はみんな揃っている。相変わらず、机の上にロウソクをいっぱい灯して、それを取り囲むように夕食の大皿が並んでいる。なんかものすごい晩餐がはじまりそうな雰囲気だが、おかずは煮物中心だ。


「あら、今日は若君さんとお散歩に行かなかったの?」

 と母さん。そう言いながら、あたしにご飯をよそってくれた。

「いただきまーす。うん。あたし爆睡しちゃっててさ、来たかも知れないけど、わかんなかった」


「さつき、まさか若君様と喧嘩したんじゃないだろね?」

 とボタンばあちゃん。ボタンばあちゃんは先に食事を終え、お茶を飲んでいた。

「まさか」と答えるあたし。


「まぁ、たまには一人で散歩したくなったんじゃないのか?」

 とおじいちゃん。ビールをグビリとやりながらおかずをつまんでいる。まったく平和そのもの。

 いつも通り、ま、以前とはちょっと違うけど、それでも穏やかな日常だった。


「でも、一人で大丈夫かしらねぇ?」と芳子ばあちゃん。


 ……ム、そういえば……


   †


 みんなの顔を見てたら、急に藤原君の言葉を思い出した。

 家族をつれてここを出ろって、そんなことを言ってた。

 でも理由も話さずにこの人たちを説得するのは、やっぱり不可能だな、としみじみ思った。

 自分でも訳が分からないのに。


 それからみんなでどうでもいい話をした。

 若君に現代生活を教える方法とかそんなこと。そのうち新兵衛も帰ってきて、お父さんも帰ってきたけど、若君だけは結局現れなかった。

 ここ最近は若君もちょくちょく居間に顔を出すようになっていたのに。


 さらに夜も更けて、みんなで交代でお風呂に入って、やがてそれぞれの寝室に引き上げていった。あたしは珍しく母さんと一緒に最後まで残っていたけど、結局最後まで若君は現れなかった。

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