神父の役目
「吸血鬼? ありえまセンね」
あたしとマーちゃんは教会の奥の部屋に移動していた。
そこはメイ家の居間に当たる部屋。
大きな木の机を挟み、二人並んだあたしとマーちゃん。反対側には神父さんが座った。
あたしたちの間にはガラス製のティーポットとティーカップがあり、静かに湯気を上げていた。
部屋の中は薄暗く、高い位置の窓にはまた灰色の雨雲が見えている。
そして神父は、マーちゃんの話を聞くなり、両手をあげてそう言った。
†
「でもちゃんと見たんだよ。いつものマザキさんじゃなかった。あれは吸血鬼にかまれたんだよ、そうとしか思えない!」
マーちゃんは必死にパパを説得しているのだが、神父さんはごっつい腕を優雅に組んで、ハーブティーの香りを楽しんでいる。つまり神父は全く信じていないようだった。
「そうだよね、さっちゃん! ちゃんと見たよね!」
「神父さん、マーちゃんの言ったことは全部本当です。あたしもはっきり見ました」
「でも暗かったんでショ? 見間違いではないデスか?」
「ちゃんと懐中電灯つけてたのよ。それに二人で見たんだから、見間違いなんてありえないよ。ねぇ、どうして信じてくれないの?」
†
「いいデスか、マーガレット。この世には神も悪魔もいないのデス。いるのはただ人間だけ、その心の中に神と悪魔がいるのデスよ。もちろん吸血鬼もいないデス」
マーちゃんはイラだってなにか口にしようとしたが、ため息を付いただけだった。
もうなにを言っても無駄。という感じ。それはあたしも同じだった。
「あのぉ、」
それでも、あたしはそう言った。
「もし、もし、ですよ。吸血鬼がいるとしたら、それを退治するのは神父さんの役目じゃないんですか?」
†
「それは……まぁ、そうデスね」
神父さんはちょっと考えてから、そう答えた。そしてあたしはこの先の話の組立を頭の中で考えていた。
少なくとも、吸血鬼が存在することは確かなのだ。
そしてマーちゃんは教会に伝わるという銃を持ってきていた。
これは教会が吸血鬼を認めているというなによりの証拠なのだ。
「神父さんは、今も神父さんなんですよね?」
「まぁ、そうデス。神にとってあまり熱心な生徒ではありまセンがね」
「それでも、神父さんは吸血鬼を退治する方法を知ってるんですよね? 少なくともこの教会にはその方法が伝えられてるんじゃないですか?」
神父さんの表情が少し硬くなった。
そしてチラッとマーちゃんを見た。
†
「マーガレット。あの部屋に入ったデスか?」
マーちゃんはコクンとうなずいた。
「だって武器がいると思ったから……」
「あの銃を持ち出したデスね?」
「だってパパが来てくれないんだもん。吸血鬼を退治するのは教会の仕事でしょ、パパがやらないなら、あたしがやるしかないじゃん」
マーちゃんは睨むようにしばらくパパをじっと見つめた。
でも神父さんも負けていない。穏やかに平然とマーちゃんを見つめ返している。
かなり険悪な雰囲気になってしまった……そうするつもりはなかったんだけど。
†
「ごめんなさい。黙って持ち出して」
やがてマーちゃんがぽつりと先に謝った。
すると神父さんはあたしの方を見た。
「たしかに、ここはとても古い教会デス。普通の教会とは違う歴史がありマス。この教会にはそういう方法も確かに伝わってマス」
やっぱりそうなんだ。
歴史があるということは、なにかの事実を含んでいるということだ。若君はずっとこの土地で生きてきたのだから、その間にはきっと今と同じようなことがあったに違いない。
しかしそれはもう一つ、別のことを暗示していた。
それはこの神父さんと若君が敵対関係にあるということだ。かたや人の生き血をすする吸血鬼、かたやそれを狩る神父。
二つの存在はずっと昔から戦い続けてきたに違いないのだ。
†
今、それがハッキリと分かった。
あたしは自分の気持ちをはっきりさせなきゃならなかった。
若君の見方をするのか、神父の味方をするのか?
内羽家として若君を守るのか、『人』として若君と対するのか?
でもそもそもあたし、若君と戦うなんてことできるのかな?
この神父さんが若君を倒すなんてことができるのかな?
そこまではさすがにあたしの手に余る。
簡単に言うと、問題大きすぎ。
それでも、ナナちゃんのためにも、とにかく行動を起こさないとならないのだ。
今それが出来るのは、あたしだけなんだから……




