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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第一章 若君のお目覚め
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若君のお目覚め

 階段を下りると地下は完全な暗闇だった。


 見えているのは父さんのライターの明かりと、ほのかに浮かび上がる父さんの背中の輪郭だけ。

 それ以外は暗闇が濃密にたちこめ、目の前もまともに見えないくらいだった。


   †


「ねぇ、父さん、大丈夫?」

「いいや、すごく怖いぞぉ」

 隠れているはずの『小さな若君』に聞かせたいのだろう、父さんはわざとらしくそう言った。


「おや? こんなところにロウソクがあるぞ! なんだろう? よし、つけてみよう!」

 父さんの馬鹿芝居が続く。


 でも何か変な感じだ。

 あたしは嫌な予感がした。

 なにか罠があるような、だまされているような、そんな感じがする。


「ねぇ、父さん、ちょっと待ったほうが……」


 あたしがそう言うより早く、父さんはいつものマイペースでロウソクに火を灯した。


 ()()()()()()()()()()()()()()


   †


 まず一つ目のロウソクにポワッと火が灯った。

 と、その火が左右二手に分かれ、小さなヒトダマのようにスルスルと空中を移動しはじめた。


「これ、仕掛け、だよね……」とあたし。


 分かれた火は次のロウソクにたどり着き、そこでひときわ明るく輝くと、再び分岐して暗闇の中をゆらゆらと移動していった。


「……ああ。ずいぶんと凝ってるな」と父さん。

「でもとてもきれいねぇ」と母さん。拍手でもしそうな感じだった。


 ロウソクに次々と火が灯っていき、再び火がふわふわと漂い、ゆっくりと明かりがつながってゆく。


 最初は左右に、続いて部屋の奥へ向かってまっすぐ移動し、最後に左右から再び中央に向かって集まると、明かりは長方形の形につながった。

 その大きさは三畳くらい。


 そしてすべてのロウソクに火が灯り、部屋の中がフワリと明るくなった。


   †


()()()()()?」


 父さんは驚きに目を見開き、たった一言そうつぶやいた。


 あたしはその光景を目の前にして、その不気味さに声も出せなかった。 


  †


 ここは()()()()だった。

 よく分からないが、正確には霊廟というやつなのだろうか。


 空間全体は土を削っただけの壁で囲まれ、その空間の中央に大きな長方形の石台があった。

 その高さはあたしの膝くらい。

 さらにその石台の上に、西洋風の棺がデンと置かれていた。


 もちろんそんな物を見たのは初めてだったが、外国映画でよく出てくる黒い棺とほとんど同じだった。

 とても大きな、真っ黒い、六角形を伸ばしたような西洋風の棺。


 しかもその棺には不気味な彫刻が立体的に施されていた。

 変な模様とか、苦しむ人の顔とか、悪魔みたいな姿の生き物が、棺いっぱいにびっしりと彫られていた。


   †


 だがなにより不気味だったのは……


 その棺の蓋が半分ほどずらされて……


 隙間からは棺の中がチラリと見え……


 その棺の中に……


 暗闇がよどむ棺の中に……


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


   †


 キャアアア!


 これは心の悲鳴で、実際には悲鳴は上げなかった。

 いや、あんまりびっくりして悲鳴も上げられなかったのだ。


   †


「こ、これ、やっぱり死体か?」

 さすがの父さんも声が震えていた。


 てか、父さん医者でしょ! と言いたいところなのだが、さすがのあたしもビビッていた。

 まったく余裕なし。

 あたしは父さんの背中に隠れるようにして、もう一度じっくりと棺の中をみつめた。


   †


 まだ若い人。

 少年というほど若くはなさそうだが、お父さんほどふけてもいない。


 安らかな死に顔と言ったらいいのだろう。その口元には穏やかなほほえみが浮かんだままだった。


 肌は異様なまでに白かったが、それ以外はまるで眠っているように見えた。


 あたしはその姿に吸い寄せられた。ロウソクがほのかに瞬き、柔らかく影が踊る。

 その光が優しく棺の中を、そこに眠る青年の顔を照らしている。


 その顔は思わず息をのむほど美しかった。()()()()()()()()()

 どうしても目が離せない。ものすごく引きつけられる感じがした。


 人の顔を見てこんな気持ちになるのは初めてだった。


   †


「いったい誰なんだろう?」

 父さんがつぶやいた。


 あたしたちはもう少しよく見てみようと、もう一歩棺に近づいた。

 それからさらにもう一歩。

 そして三人並んだところで、そーっと棺の中をのぞきこんだ。


   †


 理由は分からないが、その青年は(サムライ)の格好をしていた。

 金と黒の刺繍が入った豪華な白いキモノ姿。

 黒髪は長く、前髪は左右に分けられて顎のあたりまで落ちている。いかにも若侍といった髪型。

 そしてその体の上には一振りの大きな太刀が抱かれていた。


   †


「それにしても、ずいぶんとまぁ、色男だな」

 父さんまでもが、ため息混じりに言った。


「本当……とてもきれいな人ね」

 母さんもそう答えた。


 そしてあたしは、ただただこの美しい人から目が離せなかった。


   †


「それにしても、これはいったいどういうことなんだ?」と父さん。


 それをあたしたちに聞かないでよ、と思いつつも、今は父さんが頼りだった。

 なんといっても唯一の男の人だし、なんといっても内羽家の長男、跡取りなのだ。

 父さんはキモノの袖を巻き込んで腕を組んだ。


「おばあちゃんたちなら知ってるんじゃない? いっかい戻ったほうがいいかも」

 あたしはとにかくここから早く出たくてそう言った。


「そんなことを言ってるんじゃない。蓋が開きっぱなしじゃないか!」

 こんな時にまた妙なことを言い出す。

 蓋が開いてることがそんなに問題? ここに死体があるほうがよっぽど問題じゃないの?


 だが父さんは違うらしい。


「それに、この人にはもうお迎えが来ちゃってるじゃないか」


 ううっ……なんか疲れる人だ。この人の思考とはいちいち噛み合わない気がする。


   †


 そして父さんは蓋を戻そうと手を伸ばした。


 まさにその瞬間だった。


 ()()()()()()()()()()()


 そのことに驚くヒマを与えず、()()()()()()()()()()()()()


()()()()!」


 死体の大音声(だいおんじょう)が地下室の空気をビリビリと震わせた。


  †


 これが、若君のお目覚めだった……


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