表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第四章 吸血鬼のいる日常
32/130

いかないでくれ……

 若君は小道の脇にある大きな石に、右腕をかけてぐったりと倒れていた。

 その大きな体にしとしとと霧雨がかかっている。


   †


「どうしたんですか?」


 どうやら緊急事態のようだ。

 あたしは若君に駆け寄ると、目の前にしゃがみ、濡れた前髪をかき上げて顔色を見てみた。


……が、さっぱり分からなかった。


 なにしろ若君は普段から顔色がまっ白い。具合がいいのか悪いのかもわからない。

 ただ、少し閉じられたまつげが震え、唇も震えていた。

 まるで捨てられた子犬のように、全身が小さく震えていた。


「若君、しっかりしてください」

「……った……が……らん……の……くれ」


 若君はうめくように答えた。でもその声は途切れ途切れで、ほとんど聞き取れない。


 あたしはあせった。なんだか若君がこのまま死んでしまいそうに見えた。

 そう思うとなぜだかやたら悲しく思えてきて、あたしまでが泣きたくなってきた。


   †


「若君、なんて言ったんです?」

 そういってから、若君の口元に耳を寄せる。

 苦しげな吐息までもが震えている。


「……った……が……らん……くれ」


 やっぱり聞きとれない! すごく弱ってる! どうしよう?


「待ってて、すぐ母さんを連れてくる!」


 そういって走り出そうとした途端、あたしの手をハシッと若君がつかんだ。

 だがその手はすぐに力を失って地面にフワリと落ちた。


「若君……」


 若君はゆっくりと首を横に振った。


()()()()()()()


 たぶんそういう意味。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……


 あたしはうなずいた。


……グゥゥ……


   †


 若君は()()()()()()()()()()で、必死にあたしを見つめている。

 こんなときになんだけど、苦しんでいる顔も妙にかっこよかった。


「大丈夫、どこにも行きませんよ。あたしはちゃんとここにいます」


 若君を守ってあげなくちゃ!

 今はあたしだけが頼りなんだから。


「……が……らん」


 若君はまた苦しそうに言葉を搾り出す。

 でもあたしにはさっぱり聞き取れない。


……グゥゥ……


   †


 グゥゥ……? なんだろうさっきから。


 ここであたしはなんか妙だと気付いた。

 冷静になって、若君の前にしゃがみこむ。


「あの、もう一度言ってください」


 若君は辛そうにうなずき、全身の力を振り絞り、ゆっくりと言葉を(つむ)ぐ。


「ハラが……へった……チが……たらん……ノませてくれ……たのむ……」


 そしてお腹の辺りから、またあの音。

 まるで子犬が催促でもするような、あの音。


……グゥゥ……


 が再び聞こえてきたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ