若君の狂宴
そして……若君の狂宴が幕を開けた!
ガキン!
鋭い金属音とともに、若君が日本刀をテレビに突き立てた。
画面の中央に日本刀が突き刺さり、ガラス面に蜘蛛の巣のようなひびがパッと広がる。
だがテレビは意外と丈夫だった。まだ映像を映し出している。
「くッ!」
若君はテレビに足をかけて日本刀を引き抜くと、今度はやたらめったらにテレビを切りつけはじめた。
†
「てえぃっ! でやっ!」
いくら本物の刀でも漫画のようにスパッと切れるわけではない。
テレビは切りつけられるたびに、ガラスとプラスチックの破片をまき散らした。
「小人め! 魔術師め!」
若君はさらに切りつける。画面に何度も切っ先をたたきつける。
そのたびに映っていた映像がノイズにまみれていく。
「くぬっ! こしゃくな!」
若君は容赦なくテレビに攻撃を加え、そのたびに画面が歪み、音が歪んでゆく。
それでもテレビは最後まで頑張って写っていたのだが……やがて完全に沈黙した。
†
あたしはあっけにとられた。
頭からポカンという音が聞こえてきそうだった。
テレビに驚く昔の人。
これはベタなネタだと思っていたけど……やっぱりそういうものなんだなぁ。
いや、かえって新鮮だなぁ。
などと考えていた。
†
そしておじいちゃんたちもこの場に合流した。
でもみんな若君を止められなかった。声すらかけられなかった。
若君の鬼気迫る様子を見れば無理もない。
だからみんなで居間の扉に固まって、若君が居間を破壊していくのをただただ黙って見守った。
「……これは止まらんな」とお父さん。
「まぁ気の済むようにしていただくしかないでしょうね」と母さん。
†
若君はようやくテレビを倒したと判断したらしい。
次にエアコンの破壊に取りかかった。
が、そこでいきなり電話が鳴りだした。
若君は子犬のようにビクリと驚いたが、それも一瞬。
すぐに刀を握り直し、今度は電話をガンガンと切りつけた。
それから再びエアコンの破壊に戻り、途中で炊きあがりのアラームを鳴らした炊飯器を壊した。
†
「まだ買ったばかりだったのにのぅ」とおじいちゃん。
「仕方ありませんよ」と芳子ばあちゃん。
「もうテレビは見られんな……リョン様ともしばらくお別れじゃ…」
とボタンばあちゃん。
「これで終わりじゃ!」
若君は最後に天井の蛍光灯を叩き割り、居間の破壊を終えた。
†
「おう。みなのもの、無事だったか?」
若君はゆっくりと青白い顔を上げた。
ちょっと汗ばんで息を切らしているが、なんとも晴れやかな表情。
あたしたちはこっくりとうなずいた。
そして集まったあたしたちに、なんとも素敵な笑顔を浮かべて言った。
「そうか、それはなによりじゃ。魔術というのは巧妙に忍び寄って人をだますものじゃ。皆も気をつけるがよいぞ」
スラリと長剣を鞘に納める。
その様がまたなんともカッコよく決まっている。
アタシたちはまた無言でこっくりとうなずく。
「なに、礼には及ばぬ。家臣を守るのはいつでも領主のつとめじゃ」
†
若君があたしたちを気遣ってくれるのはうれしいんだけど……
居間の惨状を目の前にすると、あたしたちは心からの笑顔を浮かべられず、つい笑顔がひきつってしまうのだった。




