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若君は吸血鬼  作者: 関川二尋
第三章 夕闇の訪問者
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病院でのあれこれ

 あたしと吉永さんは並んで壁にもたれて、父さんが出てくるのを待っていた。

 病室の半開きの扉からは父さんと看護師さんの声が流れてくる。


   †


(出入りした面会者の名簿も後で見せてほしいな。一応話を聞いておくから)

(何日分、用意したらいいでしょう?)


(一週間分でいいかなぁ。あと、足の裏もちゃんとふかないとダメだよ、汚れてるみたいだ)

(え? 毎日やってますよ)


(でも、ほら)

(あら。すみません)


 そんなやり取りが聞こえた後、やっと父さんが出てきた。


「それじゃ、また変化が現れたら呼んで。いつでもかまわないから、最優先で」

「わかりました」


   †


 父さんは白衣のポケットに両手を突っ込み、ちょっと身を屈め、のそっという感じで現れた。

 そしてあたしの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。

「お、来たな! さつき」


 それから隣の吉永さんを見て、急にまじめな表情に戻った。

「おつかれさま、吉永君。身内のこと頼んですまなかったね」

「いいえ。理事長の指示通り、すべての検査を終了しました」


「ありがとう。それと、妹さんのことだけど。まだはっきりしたことは分からない。でもきっといい知らせになると私も信じている。それでも、過度の期待はまだ早いよ。こういうケースだからね」

「はい。わかっています」


「じゃ、妹さんに付いててあげなさい。こっからは私がやっとくから」

「ありがとうございます」

 吉永さんはひとつ頭を下げると、静香さんの部屋へと入っていった。


   †


 そしてあたしは父さんと二人きり。

 なんとなくいつもと違う感じがして、なんだか照れくさい。


「疲れただろ?」

「うん。座りたい」

「よし、約束の味噌ラーメンをご馳走してやる」


 いや、ラーメンをねだった覚えはないんだけど……


   †


 それから父さんと職員用の食堂に行き、味噌ラーメンを食べた。

 あたしはその他に、おにぎり、父さんはチャーハンを食べた。

 父さんの言うとおり、すごくおいしかった。


「な、おいしかっただろ?」

「うん。病院のご飯ってみんなおいしくないと思ってた」


「今の病院はずいぶん違うんだよ。なんといってもサービス業だからな」

「ねぇ、あたしの検査結果大丈夫かな?」


「まぁ大丈夫だろう。特に連絡が入ってこないからな」

 と言ったとき、父の携帯がピピッと短く鳴った。

 なんとも間の悪いタイミング。心臓がドキリと跳ね上がる。


   †


「……はい、内羽です」

 父さんが携帯を耳に当てる。それからあたしのことをまっすぐに見つめた。

 そのままじっと何かを聞いて、うなずいている。


 まさか……なにか異常が見つかったとか?


 と、父さんが不器用にウィンクした。ちょっと口元を押さえて、あたしに囁いた。


「……大丈夫。おまえの事じゃないよ……」


 ホッ。マジでびびった。


「……わかった。何パック? 50? ちょっと多いな。うん。念のため、もう一度調べてみて。はい、はい、よろしくお願いします」

 父さんはパタリと携帯を閉じた。


「輸血パックの数が合わないって連絡。おまえの事じゃないから心配するな」


   †


 それからまた父さんの携帯に頻繁に連絡が入るようになった。

 どうもゆっくりしている場合じゃなさそうだった。


「ここのところ病院がバタバタしてるんだ。戻らなくちゃ。すまんな、さつき」

「別にいいよ、仕事だもん。それより、ね、父さん?」


「ん?」

「……お、お仕事がんばってね」

 なんか照れるけど、なんかそう言ってしまった。


「お、おう。がんばるよ。ありがとな」

 言われた父さんもなんだか照れたみたいで、それでもうれしそうに戻っていった。


 あたしはなんとも誇らしい気持ちで父さんの背中を見送った。

 そうか、職場ではちゃんと仕事してるんだ、なんて妙に感心しながら。

 

 それからあたしはおじいちゃんとおばあちゃんに合流して、車で家へと戻った。



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