病院でのあれこれ
あたしと吉永さんは並んで壁にもたれて、父さんが出てくるのを待っていた。
病室の半開きの扉からは父さんと看護師さんの声が流れてくる。
†
(出入りした面会者の名簿も後で見せてほしいな。一応話を聞いておくから)
(何日分、用意したらいいでしょう?)
(一週間分でいいかなぁ。あと、足の裏もちゃんとふかないとダメだよ、汚れてるみたいだ)
(え? 毎日やってますよ)
(でも、ほら)
(あら。すみません)
そんなやり取りが聞こえた後、やっと父さんが出てきた。
「それじゃ、また変化が現れたら呼んで。いつでもかまわないから、最優先で」
「わかりました」
†
父さんは白衣のポケットに両手を突っ込み、ちょっと身を屈め、のそっという感じで現れた。
そしてあたしの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「お、来たな! さつき」
それから隣の吉永さんを見て、急にまじめな表情に戻った。
「おつかれさま、吉永君。身内のこと頼んですまなかったね」
「いいえ。理事長の指示通り、すべての検査を終了しました」
「ありがとう。それと、妹さんのことだけど。まだはっきりしたことは分からない。でもきっといい知らせになると私も信じている。それでも、過度の期待はまだ早いよ。こういうケースだからね」
「はい。わかっています」
「じゃ、妹さんに付いててあげなさい。こっからは私がやっとくから」
「ありがとうございます」
吉永さんはひとつ頭を下げると、静香さんの部屋へと入っていった。
†
そしてあたしは父さんと二人きり。
なんとなくいつもと違う感じがして、なんだか照れくさい。
「疲れただろ?」
「うん。座りたい」
「よし、約束の味噌ラーメンをご馳走してやる」
いや、ラーメンをねだった覚えはないんだけど……
†
それから父さんと職員用の食堂に行き、味噌ラーメンを食べた。
あたしはその他に、おにぎり、父さんはチャーハンを食べた。
父さんの言うとおり、すごくおいしかった。
「な、おいしかっただろ?」
「うん。病院のご飯ってみんなおいしくないと思ってた」
「今の病院はずいぶん違うんだよ。なんといってもサービス業だからな」
「ねぇ、あたしの検査結果大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫だろう。特に連絡が入ってこないからな」
と言ったとき、父の携帯がピピッと短く鳴った。
なんとも間の悪いタイミング。心臓がドキリと跳ね上がる。
†
「……はい、内羽です」
父さんが携帯を耳に当てる。それからあたしのことをまっすぐに見つめた。
そのままじっと何かを聞いて、うなずいている。
まさか……なにか異常が見つかったとか?
と、父さんが不器用にウィンクした。ちょっと口元を押さえて、あたしに囁いた。
「……大丈夫。おまえの事じゃないよ……」
ホッ。マジでびびった。
「……わかった。何パック? 50? ちょっと多いな。うん。念のため、もう一度調べてみて。はい、はい、よろしくお願いします」
父さんはパタリと携帯を閉じた。
「輸血パックの数が合わないって連絡。おまえの事じゃないから心配するな」
†
それからまた父さんの携帯に頻繁に連絡が入るようになった。
どうもゆっくりしている場合じゃなさそうだった。
「ここのところ病院がバタバタしてるんだ。戻らなくちゃ。すまんな、さつき」
「別にいいよ、仕事だもん。それより、ね、父さん?」
「ん?」
「……お、お仕事がんばってね」
なんか照れるけど、なんかそう言ってしまった。
「お、おう。がんばるよ。ありがとな」
言われた父さんもなんだか照れたみたいで、それでもうれしそうに戻っていった。
あたしはなんとも誇らしい気持ちで父さんの背中を見送った。
そうか、職場ではちゃんと仕事してるんだ、なんて妙に感心しながら。
それからあたしはおじいちゃんとおばあちゃんに合流して、車で家へと戻った。




